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第9章 受容する者

狂気

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「悪を悪で制することを否定しながら、その悪いことを平気でやっていた。そんな自分をきみに隠していたんだ」

 そう続けたリージェイクを責める気は、僕にない。

「でも、それは過去のことだし、聞かれないから話してなかっただけでしょ? 今のリージェイクは悪にならない。もし、なったとしても、理由があるなら僕はいいと思う」

 素直な気持ちを口にする。

「過去の……つらいことを話してくれて、リージェイクのことを前よりわかって……身近に感じられる。僕は今のリージェイクのこと、好きだよ」

「ありがとう」

 濡れた瞳で、リージェイクが微笑んだ。

「僕もジャルドが好きだよ。大切な弟だと思ってる。だから……僕のような思いをしてほしくない」

 僕とリージェイクの視線が絡む。
 張り詰めてはいないけど、しっかりと。

「復讐は誰も救えない。どうして僕がそう思うか、わかっただろう? どうして僕が、悪になることをしないのかも」

 わかった……十分過ぎるくらいに。



 リージェイクが経験した残酷な出来事は、復讐が引き起こしたもの。
 復讐が叶っても。
 続くその連鎖の終わりに……ハッピーエンドはない。

 そして。
 悪になることは、復讐の種を蒔くのと同じ。



 無言の肯定をする僕に、リージェイクが軽く頷く。

「すべての復讐を一括りに否定するのは乱暴だと思うよ。復讐が命の応酬になるのは、僕のいた悪が日常の世界や……よほどの被害を受けた場合だけだろう。それでも、悪になって復讐してまた新たな悪を生む。その負のリングに自ら飛び込んで、狂気に囚われてほしくない」

「狂気……なの? イーヴァたちの復讐も?」

「そう。そして、そこにいる間は狂気とは気づかない。気づくのは、何かを失って苦しみぬいてからだ」

「リージェイクも……?」

「トルライが僕に銃を向けているうちに行動していたらって、何度も考えた。そう言っただろう? 父が僕の代わりに死んだことをずっと後悔して苦しんだ。だけど、それはまだ狂気に気づいていなかったからだよ」

「どういうこと?」

「正気なら、後悔するのはそこじゃない。もっと早く復讐から手を引いていれば。それ以前に、復讐なんてしなければ。そのことを悔やむはずだ」

 瞬きをするリージェイクの瞳はもう濡れていない。
 涙の代わりにそれらを覆うのは、暗い光だ。

「僕も父も。そして、エイリフとサンデルも、狂気の中でヤツらと向き合っていた。だから、あの時の僕たちに、トルライを生かしておく選択肢がなかったんだ」

「でも、それは……そうしなきゃ終わらないから……」

「自分の生き延びる方法がほかになくて言ったとしても、トルライは提示していた。『誰も死なずに、仲良く全員でここから出るか』ってね。それは、父と僕二人ともが死なずに済む、唯一の選択肢だった」

 トルライへの復讐を諦めていれば……イーヴァもリージェイクも生きていた。

「結果として僕は死ななかった。でも、あの時あの場面で、僕は自分の命より復讐を選んだ。それが狂気だよ」

「リージェイクの言ってることはわかる」

 暫しの間を空けてから、口を開いた。

「狂気って、異常な精神状態や常軌を逸した思考のことだよね。でも、狂気に囚われない、冷静に考えてする復讐もあるでしょ?」

「そうだね。昔は復讐が制度だったり義務だったりもしたし、敵討ちが正当な権利の場合もあった。被害を感情的に穴埋めしたいと思うのは本能だという人もいる」

「なら……すべての復讐が狂気からじゃないし、悪いわけでもない?」



 自分のしようとしている復讐は狂気故の行為じゃない。
 報復感情があっても。
 怒りがあっても。
 身勝手で歪んだ望みじゃない。

 そう、信じたかった。



「たとえ誰も救えないとしても、復讐するほうも苦しむとしても。悪い人間に自分のしたことの報いを受けさせるのは……間違ってないでしょ?」

「ジャルド」

 リージェイクが、瞳の奥を覗き込むように僕を見つめる。

「きみには誰か……復讐したい人間がいるの?」


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