上 下
79 / 110
第9章 受容する者

自分が失くなる恐怖

しおりを挟む
「トルライは、僕を犯しながら……言葉で追い詰めてきたんだ。単純な暴力にもレイプにも屈しない。使いものにならなくするわけにはいかないから、これまで以上の暴力で身体を傷つけることも出来ない。だから、精神的に崩すしかなくなったんだろう」

「……怖かった?」

「怖かったよ。自分が失くなっていく……そんな恐怖だ」

 脳裏に浮かぶ暗いイメージを振り払うかのように、リージェイクが頭を振る。

「他人から見てどんなに無様でも、自分を信じている人間は自分を失くさない。誰にも壊されない。そう、教えられてきたからね。自分を守るためのプライドなんかは捨てても失くしてもいい。信じられる自分でいろ……って」



 信じていれば、自分を失くさない。
 自分を信じることが最大の強さ……厳しい教えだと思った。



「『おまえは間違っていないか? オレにやられながら生きてるおまえを見て、イーヴァは喜ぶと思うか?』そう聞かれて……イエスと即答出来なかった」

「それは……」

「冷静に考えればわかるよ。父がレイプするなら殺せっていうのは、自分たちはその卑劣な行為をしないって意味で……レイプされるくらいなら死を選べと言ってるんじゃない」

 僕が続けられなかったことを、リージェイクが言った。

「だけど、あの時は一瞬疑ってしまった。そして、一度持った疑いは消せなくて、自分を信じきれなくなっていったんだ。そこからは……自分が失くなる恐怖との闘いだよ。その苦痛が、殺してほしいと思わせた。僕が僕でいられるうちに死にたいって」

「リージェイクが敵の言いなりになってる姿を見るほうが、お父さんは悲しまない……そう思ったの?」

「悲しむ悲しまないじゃなく……僕がもっとうまく立ち回っていれば、父は喜んだんじゃないかと思ったんだ。きみが言ったように、嘘でも何でもヤツらの納得する話をブチ上げて。従順になったフリをして勝機を待つ、とかね」

 乾いた声で、リージェイクが続ける。

「『いずれ、おまえの身体がオレをほしがるようにしてやる。時間はいくらでもあるからな。イーヴァは間に合うかな?』そんな類のトルライの言葉は、僕の思考力を削っていったよ」

 当時のリージェイクの絶望を想像して、僕の中にやり切れない思いが募る。



 僕よりも何倍も残酷な状況を受容して。自分を信じることで自分を保ってきたのに、それを揺るがされて……って。

 受容って何!?
 なんかいいことある……!?
 自分の選択の結果だからって、全部受け入れなきゃいけないの!?

 変えられるものは変えればいい。
 変えられないものだけ、自分の力ではどうにもできないことだけ受け入れれば……。

 ああ……そうか。


 
『敵の言いなりにはならない』



 それは、変えられないことじゃなく。
 何があっても変えないって……リージェイクが自分で決めたこと。
 そして、そう決めた自分を信じた。

 プライドすら不要な彼にとって、自分を信じてその結果を受容することが……彼が自分自身でいるあかしだったんだ。



「自分がどうしたいのか、何を守ってるのかわからなくなった。支えにしていた『答えない自分』がそもそも間違いなら、アトレは何のために死んだのか。僕は何のために苦痛を受け入れて耐えるのか」

 リージェイクの声が揺れる。

「この先何回やられたら、何ヶ月経ったら……自分の身体さえコントロール出来なくなるのか。どうすれば……何も感じなくなれるのか……」

「もういい!」

 ぼんやりした瞳で呟くように話すリージェイクを現実に引き戻すように、声を上げた。

「もう、その時の自分を疑わないで……リージェイクは、間違ってない」

「ジャルド……」

 リージェイクの瞳が僕を捉え、やさしげに緩まる。

「ありがとう。大丈夫だよ」

「無理して話さなくていいよ」

「うん。だけど、きみには話しておきたいんだ。僕が復讐は誰も救えないっていう理由を……最後まで」

 互いを映す視線を逸らさずに頷いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...