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第9章 受容する者
自分が失くなる恐怖
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「トルライは、僕を犯しながら……言葉で追い詰めてきたんだ。単純な暴力にもレイプにも屈しない。使いものにならなくするわけにはいかないから、これまで以上の暴力で身体を傷つけることも出来ない。だから、精神的に崩すしかなくなったんだろう」
「……怖かった?」
「怖かったよ。自分が失くなっていく……そんな恐怖だ」
脳裏に浮かぶ暗いイメージを振り払うかのように、リージェイクが頭を振る。
「他人から見てどんなに無様でも、自分を信じている人間は自分を失くさない。誰にも壊されない。そう、教えられてきたからね。自分を守るためのプライドなんかは捨てても失くしてもいい。信じられる自分でいろ……って」
信じていれば、自分を失くさない。
自分を信じることが最大の強さ……厳しい教えだと思った。
「『おまえは間違っていないか? オレにやられながら生きてるおまえを見て、イーヴァは喜ぶと思うか?』そう聞かれて……イエスと即答出来なかった」
「それは……」
「冷静に考えればわかるよ。父がレイプするなら殺せっていうのは、自分たちはその卑劣な行為をしないって意味で……レイプされるくらいなら死を選べと言ってるんじゃない」
僕が続けられなかったことを、リージェイクが言った。
「だけど、あの時は一瞬疑ってしまった。そして、一度持った疑いは消せなくて、自分を信じきれなくなっていったんだ。そこからは……自分が失くなる恐怖との闘いだよ。その苦痛が、殺してほしいと思わせた。僕が僕でいられるうちに死にたいって」
「リージェイクが敵の言いなりになってる姿を見るほうが、お父さんは悲しまない……そう思ったの?」
「悲しむ悲しまないじゃなく……僕がもっとうまく立ち回っていれば、父は喜んだんじゃないかと思ったんだ。きみが言ったように、嘘でも何でもヤツらの納得する話をブチ上げて。従順になったフリをして勝機を待つ、とかね」
乾いた声で、リージェイクが続ける。
「『いずれ、おまえの身体がオレをほしがるようにしてやる。時間はいくらでもあるからな。イーヴァは間に合うかな?』そんな類のトルライの言葉は、僕の思考力を削っていったよ」
当時のリージェイクの絶望を想像して、僕の中にやり切れない思いが募る。
僕よりも何倍も残酷な状況を受容して。自分を信じることで自分を保ってきたのに、それを揺るがされて……って。
受容って何!?
なんかいいことある……!?
自分の選択の結果だからって、全部受け入れなきゃいけないの!?
変えられるものは変えればいい。
変えられないものだけ、自分の力ではどうにもできないことだけ受け入れれば……。
ああ……そうか。
『敵の言いなりにはならない』
それは、変えられないことじゃなく。
何があっても変えないって……リージェイクが自分で決めたこと。
そして、そう決めた自分を信じた。
プライドすら不要な彼にとって、自分を信じてその結果を受容することが……彼が自分自身でいる証だったんだ。
「自分がどうしたいのか、何を守ってるのかわからなくなった。支えにしていた『答えない自分』がそもそも間違いなら、アトレは何のために死んだのか。僕は何のために苦痛を受け入れて耐えるのか」
リージェイクの声が揺れる。
「この先何回やられたら、何ヶ月経ったら……自分の身体さえコントロール出来なくなるのか。どうすれば……何も感じなくなれるのか……」
「もういい!」
ぼんやりした瞳で呟くように話すリージェイクを現実に引き戻すように、声を上げた。
「もう、その時の自分を疑わないで……リージェイクは、間違ってない」
「ジャルド……」
リージェイクの瞳が僕を捉え、やさしげに緩まる。
「ありがとう。大丈夫だよ」
「無理して話さなくていいよ」
「うん。だけど、きみには話しておきたいんだ。僕が復讐は誰も救えないっていう理由を……最後まで」
互いを映す視線を逸らさずに頷いた。
「……怖かった?」
「怖かったよ。自分が失くなっていく……そんな恐怖だ」
脳裏に浮かぶ暗いイメージを振り払うかのように、リージェイクが頭を振る。
「他人から見てどんなに無様でも、自分を信じている人間は自分を失くさない。誰にも壊されない。そう、教えられてきたからね。自分を守るためのプライドなんかは捨てても失くしてもいい。信じられる自分でいろ……って」
信じていれば、自分を失くさない。
自分を信じることが最大の強さ……厳しい教えだと思った。
「『おまえは間違っていないか? オレにやられながら生きてるおまえを見て、イーヴァは喜ぶと思うか?』そう聞かれて……イエスと即答出来なかった」
「それは……」
「冷静に考えればわかるよ。父がレイプするなら殺せっていうのは、自分たちはその卑劣な行為をしないって意味で……レイプされるくらいなら死を選べと言ってるんじゃない」
僕が続けられなかったことを、リージェイクが言った。
「だけど、あの時は一瞬疑ってしまった。そして、一度持った疑いは消せなくて、自分を信じきれなくなっていったんだ。そこからは……自分が失くなる恐怖との闘いだよ。その苦痛が、殺してほしいと思わせた。僕が僕でいられるうちに死にたいって」
「リージェイクが敵の言いなりになってる姿を見るほうが、お父さんは悲しまない……そう思ったの?」
「悲しむ悲しまないじゃなく……僕がもっとうまく立ち回っていれば、父は喜んだんじゃないかと思ったんだ。きみが言ったように、嘘でも何でもヤツらの納得する話をブチ上げて。従順になったフリをして勝機を待つ、とかね」
乾いた声で、リージェイクが続ける。
「『いずれ、おまえの身体がオレをほしがるようにしてやる。時間はいくらでもあるからな。イーヴァは間に合うかな?』そんな類のトルライの言葉は、僕の思考力を削っていったよ」
当時のリージェイクの絶望を想像して、僕の中にやり切れない思いが募る。
僕よりも何倍も残酷な状況を受容して。自分を信じることで自分を保ってきたのに、それを揺るがされて……って。
受容って何!?
なんかいいことある……!?
自分の選択の結果だからって、全部受け入れなきゃいけないの!?
変えられるものは変えればいい。
変えられないものだけ、自分の力ではどうにもできないことだけ受け入れれば……。
ああ……そうか。
『敵の言いなりにはならない』
それは、変えられないことじゃなく。
何があっても変えないって……リージェイクが自分で決めたこと。
そして、そう決めた自分を信じた。
プライドすら不要な彼にとって、自分を信じてその結果を受容することが……彼が自分自身でいる証だったんだ。
「自分がどうしたいのか、何を守ってるのかわからなくなった。支えにしていた『答えない自分』がそもそも間違いなら、アトレは何のために死んだのか。僕は何のために苦痛を受け入れて耐えるのか」
リージェイクの声が揺れる。
「この先何回やられたら、何ヶ月経ったら……自分の身体さえコントロール出来なくなるのか。どうすれば……何も感じなくなれるのか……」
「もういい!」
ぼんやりした瞳で呟くように話すリージェイクを現実に引き戻すように、声を上げた。
「もう、その時の自分を疑わないで……リージェイクは、間違ってない」
「ジャルド……」
リージェイクの瞳が僕を捉え、やさしげに緩まる。
「ありがとう。大丈夫だよ」
「無理して話さなくていいよ」
「うん。だけど、きみには話しておきたいんだ。僕が復讐は誰も救えないっていう理由を……最後まで」
互いを映す視線を逸らさずに頷いた。
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