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第9章 受容する者
でも…しなかった
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無意識に息を潜めていた。
沈黙を、リージェイクが破るのを待つことしか出来ない。
リージェイクがゆっくりと口を開く。
「僕の父は、明らかに犯罪者と呼べる人間だった。だけど、仲間がレイプすることだけは許さなかった。レイプするくらいなら相手を殺せ。そう言っていたよ」
その言葉に、眉を寄せて口を引き結ぶ。
レイプされるくらいなら死んだほうがマシ。
そう考える人もいる。
それと同じなんだろう。
だけど、僕はそう思わない。
いや。
そう思えない。
そう思ったらダメだ。
レイプされたことのある人間は、きっとそう。
なぜなら。
今、自分が生きているから。
『死んだほうがマシな状態』なのに、自分は生きている……そう思いながら生きるのはごめんだ。
「そして、やられたあと……部屋のすみに転がされたアトレが、僕の鎖を外すトルライに言った。『やめろ! やるなら殺せ! オレもジェイクも、殺してくれ!』」
リージェイクが、いったん言葉を止めて息をついた。
「それまで、何をされても言わなかったそのセリフを聞いて……思ったよ。今からされるのは、死ぬより苦痛なことなのか……って」
死ぬより苦痛なこと……そう認識してレイプされるのは、なおさら恐怖だっただろう。
人は、死んだことがないのに。
死んだほうがマシだとか。
死ぬほうがよっぽど楽だとか。
死ぬよりつらいとか。
死ねばよかったとか、思う。
肉体的にも精神的にも、逃げ出したい苦痛の最中にある時、全てから解放される死という終息を希う瞬間がある。
その気持ちは、僕も身をもって知っている。
だけど。
そこを通過して振り返って見た時、死んでいない自分があとからその瞬間を見た時……たいていの場合、思うはずだ。
死ぬほどのことじゃなかった……って。
程度の差はあっても。
苦痛の記憶を心や身体に刻まれたまま、人は生きている。
今のリージェイクは、思えているんだろうか。
死ぬより苦痛なことじゃなかった。
だから、自分はこうして生きているんだ……って。
「喚き続けるアトレを黙らせるために、ヤツらのひとりが彼を蹴りつけた。それでも罵声は止まない。『そいつはもう用済みだ。望み通り殺ってやれ』。僕の頭上でトルライが言った」
「それ……で……」
「反射的に見上げた僕に、続けたよ。『どうする? 話す気があるなら聞こう』それは、降伏する最後のチャンスだった」
今度の沈黙は、僕が破った。
「でも……しなかった」
呟きは、質問形じゃない。
「アトレは殺されて、リージェイクは……レイプされた」
一番つらい事実を、簡潔に言った。
詳細を聞きたくなかったからじゃない。
リージェイクに、言わせたくなかったから。
「それでも、敵の言いなりにはならなかったんでしょ?」
リージェイクが力なく微笑んだ。
「そうだね。言うことを聞くなら、はじめからそうしていた」
「どうやって耐えたの? 途中から死んでもいいって思った、殺してほしい苦痛を味わったって……レイプのこと……だよね」
詳細を話させたくないと思いながら、どうやってそれを耐えたのかを聞く……。
リージェイクにどんな答えを求めているのか……自分でもわからない。
「ごめん……僕、ひどいこと聞いてる」
口にしてすぐに、問いの答えを自分で知っていることに気づいた。
「耐えたくて耐えたんじゃない。ほかに為す術がなかっただけ。身体は死ねないし、心は壊れない……自分の意思では、どうすることも出来なかっただけ……そうでしょ?」
「ジャルド……」
僕の言葉に、リージェイクが苦しげな顔になる。
「きみには、そこから逃れる選択肢がなかった。自分から苦痛を受け入れたわけじゃない。理不尽な出来事を、状況を、自分の意思じゃなかったとしても耐えられたのは、きみの強さだ」
「そうか……な」
あの時。
逃げるのが可能だったかどうかは別として、僕は抵抗しなかった。
母を、僕のせいで傷つけられるのを避けるために。
ほんの僅かにでも、あの状況を変えられる選択肢があったら……僕は苦痛に耐えるよりも、それを選んだだろうか。
本当の強さが僕にあったら、それを見つけることが出来たんじゃないか……。
「僕の場合は、そうじゃない」
え……?
「きみも言っただろう? 『でも、しなかった』って。僕には選択肢があった。最初からね。そして、降伏する最後のチャンスも、自分で蹴ったんだよ」
「何……」
「僕は、耐えるしかなかったんじゃなく。ほかにどうしようもなかったわけでもなく。苦痛に耐えることを、自分で……受け入れたんだ」
沈黙を、リージェイクが破るのを待つことしか出来ない。
リージェイクがゆっくりと口を開く。
「僕の父は、明らかに犯罪者と呼べる人間だった。だけど、仲間がレイプすることだけは許さなかった。レイプするくらいなら相手を殺せ。そう言っていたよ」
その言葉に、眉を寄せて口を引き結ぶ。
レイプされるくらいなら死んだほうがマシ。
そう考える人もいる。
それと同じなんだろう。
だけど、僕はそう思わない。
いや。
そう思えない。
そう思ったらダメだ。
レイプされたことのある人間は、きっとそう。
なぜなら。
今、自分が生きているから。
『死んだほうがマシな状態』なのに、自分は生きている……そう思いながら生きるのはごめんだ。
「そして、やられたあと……部屋のすみに転がされたアトレが、僕の鎖を外すトルライに言った。『やめろ! やるなら殺せ! オレもジェイクも、殺してくれ!』」
リージェイクが、いったん言葉を止めて息をついた。
「それまで、何をされても言わなかったそのセリフを聞いて……思ったよ。今からされるのは、死ぬより苦痛なことなのか……って」
死ぬより苦痛なこと……そう認識してレイプされるのは、なおさら恐怖だっただろう。
人は、死んだことがないのに。
死んだほうがマシだとか。
死ぬほうがよっぽど楽だとか。
死ぬよりつらいとか。
死ねばよかったとか、思う。
肉体的にも精神的にも、逃げ出したい苦痛の最中にある時、全てから解放される死という終息を希う瞬間がある。
その気持ちは、僕も身をもって知っている。
だけど。
そこを通過して振り返って見た時、死んでいない自分があとからその瞬間を見た時……たいていの場合、思うはずだ。
死ぬほどのことじゃなかった……って。
程度の差はあっても。
苦痛の記憶を心や身体に刻まれたまま、人は生きている。
今のリージェイクは、思えているんだろうか。
死ぬより苦痛なことじゃなかった。
だから、自分はこうして生きているんだ……って。
「喚き続けるアトレを黙らせるために、ヤツらのひとりが彼を蹴りつけた。それでも罵声は止まない。『そいつはもう用済みだ。望み通り殺ってやれ』。僕の頭上でトルライが言った」
「それ……で……」
「反射的に見上げた僕に、続けたよ。『どうする? 話す気があるなら聞こう』それは、降伏する最後のチャンスだった」
今度の沈黙は、僕が破った。
「でも……しなかった」
呟きは、質問形じゃない。
「アトレは殺されて、リージェイクは……レイプされた」
一番つらい事実を、簡潔に言った。
詳細を聞きたくなかったからじゃない。
リージェイクに、言わせたくなかったから。
「それでも、敵の言いなりにはならなかったんでしょ?」
リージェイクが力なく微笑んだ。
「そうだね。言うことを聞くなら、はじめからそうしていた」
「どうやって耐えたの? 途中から死んでもいいって思った、殺してほしい苦痛を味わったって……レイプのこと……だよね」
詳細を話させたくないと思いながら、どうやってそれを耐えたのかを聞く……。
リージェイクにどんな答えを求めているのか……自分でもわからない。
「ごめん……僕、ひどいこと聞いてる」
口にしてすぐに、問いの答えを自分で知っていることに気づいた。
「耐えたくて耐えたんじゃない。ほかに為す術がなかっただけ。身体は死ねないし、心は壊れない……自分の意思では、どうすることも出来なかっただけ……そうでしょ?」
「ジャルド……」
僕の言葉に、リージェイクが苦しげな顔になる。
「きみには、そこから逃れる選択肢がなかった。自分から苦痛を受け入れたわけじゃない。理不尽な出来事を、状況を、自分の意思じゃなかったとしても耐えられたのは、きみの強さだ」
「そうか……な」
あの時。
逃げるのが可能だったかどうかは別として、僕は抵抗しなかった。
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ほんの僅かにでも、あの状況を変えられる選択肢があったら……僕は苦痛に耐えるよりも、それを選んだだろうか。
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「僕の場合は、そうじゃない」
え……?
「きみも言っただろう? 『でも、しなかった』って。僕には選択肢があった。最初からね。そして、降伏する最後のチャンスも、自分で蹴ったんだよ」
「何……」
「僕は、耐えるしかなかったんじゃなく。ほかにどうしようもなかったわけでもなく。苦痛に耐えることを、自分で……受け入れたんだ」
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