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第9章 受容する者

何をされようと

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「それにね」

 表情を少し緩め、リージェイクが続ける。

「何をしてでも妹を助けたかったアトレは、父が母を助けたい気持ちを誰よりも理解していた。だから、妹を解放することに加え、母の救出に向かう僕たちに手を出さないことを取引の条件にしたんだ。そのあとで、僕をヤツらに引き渡す……とね」



 大切な人を助けたい。

 その気持ちが、アトレに大切な人以外の人間を切り捨てさせた。
 誰かを救うために、別の誰かを犠牲にする……それを延々と繰り返しても。
 結局、ひとりも救えたことにはならないんだ。



「ヤツらはそれに合意した。だから、あの時あそこにいた仲間は僕たちが来ることを知らされていなかったし、応援も送り込まれなかった」

 そうだ。
 リージェイクたちが来るのがわかった時点でそこに大人数を潜ませておけば、壊滅的なダメージを与えられるのに。
 それを放棄してまで……。

「あの建物で僕たちを襲撃したら、混乱の中で僕がやられるかもしれない。それは避けたかったんだろう」

「そこまで……リージェイクがほしかったの?」

「そうらしいね。ヤツらのトップ……トルライという男は、何故か僕に固執した。どうにかして自分が支配しようとしたんだ」



 リージェイクを支配する……それは、リシールの継承者を支配すること。

 自分の意思じゃなきゃ何の力も使えないとしても、絶対にそうなったらダメだ。
 一族から逃げたリージェイクも、それは十分に承知していたはず。



「トルライは、母を監禁していた仲間を切った。僕を手に入れることと引き換えに、母を取り戻されることを容認したんだ」

「でも、お母さんは……」

 僕を見るリージェイクの瞳が、悲しみの色を深める。

「トルライの誤算は、父を夫の仇とするあの女が、確実に自分も死ぬとわかっているのに母を殺したことだ」

「誤算……?」

「そう。彼のシナリオでは……僕を奪われた父の怒りは、母を取り戻したことである程度中和されるはずだったんだ。当然、僕を助けには来るだろうけど、そこでは僕という切り札を持つ自分側に有利な取引ができる。僕を取り込めていれば、なおさらね」

「でも、結局、向こうはリージェイクを盾にして取引するだろうから……同じことじゃないの?」

「ジャルド」

 リージェイクが僕を見つめる。
 まっすぐなその眼差しは、逸らしたくなるほどの痛みを宿していた。

「父は目の前で母を撃たれ、自分がその場にいたにもかかわらず僕を連れ去られた」

 僕と視線を合わせたまま、リージェイクが僅かに首を傾げる。

「平常心を保てると思う? もし、自分が先に女を殺していれば。もし、自分が僕から目を離さずにいれば。もし……自分が仲間の裏切りに気づけていれば」

 リージェイクが、今度は小さく首を横に振る。

「父の頭には、もう取引や話し合いの余地なんか全くない。ヤツらを……トルライを潰すか自分が潰されるか、どっちかのラストしかなくなったんだ」

 そんな……。
 でも、リージェイクのお父さんは亡くなった。

「僕の監禁場所を見つけ出すまでに、父は敵側の人間を何人も倒した。自分の前に立ち塞がるもの全てに、手加減も容赦もしなかった。あとで、エイリフにそう聞いたよ。タガが外れた父を止める方法は、殺す以外になかっただろうってね」

「え……」

「もちろん、エイリフは父を殺さないよ。止められないなら、最後までつき合ってやる……そう思ってくれたから」



 あ……よかった。
 仲間がお父さんを……ってなったらきっと……リージェイクは壊れて、今ここにいなかったかもしれない。



「父は、はじめの4日間は僕を探していたけど、5日目からは、トルライを探した」

「どうして……?」

「僕たちが人を拉致する時、その目的のほとんどは、情報を聞き出すためか取引の材料にするためだ。その場合、用が済んで放り出すにしろ交渉の連絡をするにしろ、たいてい3日以内には相手側はその人間の安否がわかることになる」

「お母さんの時は……?」

「母をさらった女は、最初から……母を殺すのが目的だった。夫を殺された復讐のためにボスのトルライにさえ内緒にして、夫の腹心たちだけで動いていたんだ」

 リージェイクが深い溜息をついた。

「組織としては、母は……父との取引に使うのにこれ以上ない人間だったはずだ。アトレが母の救出の黙認を条件に出した時にはじめて、トルライは母が自分たちの手中にあることを知った。もし、父がやらなかったとしても、彼女はトルライに制裁を受けたと思うよ」

 暫しの間が開いた。



 遠い瞳で、僕の背後の森を見やるリージェイク。
 過去の何を思い出しているのか。

 彼の悪夢の続きを、本当に聞きたいか……?

 その答えを出す前に、リージェイクの視線が僕に戻る。



「4日経っても、向こうは何の交渉もしてこない。その理由を父は考えた。僕を生かして返す気がないか、もう死んでるか」

「……それだけ?」

「うん。生かして返す気がないのは、もともと情報を取って用なしになったら僕を殺すつもりか……利用するつもりだった場合。もう死んでるのは、拷問に耐え切れずに僕が力尽きた場合」

「拷問って……情報を聞き出すために……?」

「そう。あとは、僕を手駒にして使えるように服従させるため……かな」

 そう言って、リージェイクは疲れた笑みを浮かべた。

「父は僕をよくわかっていた。何をされようと、僕は口を割らない。そして、母を殺した敵の言いなりになることもない……絶対にね。だから、5日目からは、父は僕が生きている可能性を捨ててトルライを探したんだ」

「じゃあ……」

 恐怖に見開いた僕の瞳に、頷くリージェイクが映る。

「父が来るまでの6日間、僕は拷問を受け続けた……レイプは、その一環だ」


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