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第9章 受容する者

当時は、平気だったんだよ

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「どうして……」

 あまりにも意外な予期せぬ展開に、そう呟くのが精一杯だった。

「父を愛していたから」

 リージェイクは一言で答えてから、説明を加える。

「単純なことだよ。片方しか選べないのであれば、大切なほうを。逆に、どっちを捨てられるかも考えた。その頃の僕の選択……その結果だ」

「追われなかったの?」

「父と母が死ぬまで、一族からの追手の存在を感じたことはなかった。その代わり、父と敵対する組織からは狙われたよ。父には敵が多かったし、突然現れた母と僕は恰好のターゲット……彼の弱点だったからね」

「そんなんじゃ……危ない生活だったでしょ? なのに、一緒に……?」

「危険を承知で、父は僕たちをそばに置いていたんだ。もちろん、母と僕も覚悟の上で一緒にいたしね。1年くらいは、多少のイザコザはあっても幸せと呼べる日々だった」

「その間も、その……お父さんは法に触れるようなことを続けてたの?」

「それが父の選んだ生き方だ。そして、そんな彼を母は愛した。僕もね」

 リージェイクが目を伏せる。



 何を思い出しているのか。
 何を言おうとしているのか。
 何を、僕に打ち明けるつもりなのか。

 僕はただ待っていた。



 沈黙の後、顔を上げたリージェイクが話し始める。

「父と暮らし始めて暫くして、僕は彼の仕事に同行するようになった」

「え? 仕事って……」

「窃盗や不法侵入、拉致、違法薬物の売買。ほかにも、いろいろと。さすがに、もしやっていたとしても、傷害や殺人を僕に手伝わせることはなかったな」

「な……自分の子どもに犯罪行為をやらせたの!? 何で? 無理やり? まさか、力ずくで言うこと聞かせられたの!?」

「ジャルド」

 僕を見つめるリージェイクの瞳が淋しげに揺れる。

「僕が頼んだんだよ。手伝いたい。役に立つからってね」

「どうして……だって、犯罪でしょ!? 悪いことだよ? 悪を悪で制するのにも反対なのに……!?」

 ひとりで熱くなる。

「さっき言ったじゃん。傷つけないほうを選ぶって。盗むものによっては誰も傷つかないかもしれないけど、拉致とかって人を傷つけるためでしょ? 薬物だって……」

「それは、今の僕が選ぶことだ。当時は、平気だったんだよ。父と母、そして、父の仲間……自分の大切な人間以外を傷つけることも、自分が悪になることも」

 リージェイクをまじまじと見つめた。



 いつもやさしくて正しい、頼りになる兄のような存在。
 そのやさしさと正しさに。復讐を求める今の僕は後ろめたさを覚えて、最近は距離を感じていた。
 悪を許容しない、悪に屈しない……しなやかで強い芯のある人間。

 僕の中で作り上げられていたリージェイク像が、ぐにゃりと歪んでいく。



「継承者の力を犯罪に使ったよ」

 リージェイクが新たな爆弾発言をする。

「邪魔な人間を静かに倒せるのは、かなりのアドバンテージだから。子どもだっていうこともね。僕の役目は、子どもの姿で相手を油断させて近づいて眠らせること。そのあとの仕事を格段にやりやすくしてあげられた」

「ちょっと……待って」

 手を上げて、リージェイクを止めた。
 話を先に進める前に、今の言葉の意味を確認したかった。



 継承者の力は、人の額に触れてその人間の意識を奪える。

 それを、犯罪に使った……。
 必要に迫られてじゃなく。
 私欲のため、有利にことを進めるために、意図的に……。

 僕たちリシールは、その存在を世間に知られるような行動を禁じられている。
 警察に関わる危険性のある行為をするのは当然、厳罰処分の対象になる。
 一見、超能力の類に見える継承者の力は、特に気をつけるべきもの。

 リージェイクの行為は、明らかなルール違反だ。



「それも、リージェイクが……自分から? 継承者の力を知ったお父さんの考え……?」

 少しの期待を込めて、僕は聞いた。

 大好きなお父さんに頼まれて、仕方なくやったんだ……って。

 期待はあっさり裏切られる。

「父はむしろ反対したよ。僕が手伝わせてほしいと言った時も、この力を使うことも。法からは外れた人間だったけど、父は仕事でも敵との抗争でもフェアな闘い方を好んだからね。僕を使うのは、禁じ手のようなものだろう」

「じゃあ、お父さんが反対したのに、何で……?」

「反発したかったから……かな」

「何……に?」


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