上 下
62 / 110
第8章 カウンセラー

この人に、話したい

しおりを挟む
 そうだ。
 僕が修哉さんに言ったんだ。

かいのやったことは許せないけど、凱は許せる』って。

 綾さんもきっと……同じなんだ。
 だけど……。

「だから、凱とは普通に話もするし、相談にも乗るし。勉強もみてあげてるのよ。相変わらず、カウンセリングは受けてくれないけど」

 そう続けて、綾さんが息をつく。

 だけど……綾さんは当事者だ。

「凱と二人でいて……怖くないですか?」

 静かに言った。

「その時の恐怖は、残ってないんですか。思い出しませんか」

「ジャルド」

 綾さんも静かに。でも、はっきりとした声で言う。

「凱が私をレイプしようとしたのは、実際にするためじゃない。言わば、パフォーマンスよ。それがわかってるから、恐怖はないわ」

「じゃあ……実際にされていたら……? 恐怖を感じますよね?」

 眉を寄せた綾さんの黒い瞳が、僕を見つめる。



 この人に……何を聞きたいのか。
 何を言わせたいのか。

 凱のことじゃない。
 そうじゃなくて……。

 心から切り捨てたパーツがそこにある。
 それに目をやった。
 まだ、見るべきじゃないのに。
 まだ……拾い上げる勇気は、ないのに。

 自分の中に巣食うセックスへの恐怖に怯えている。

 だから。
 レイプされそうになった綾さんに、その時の恐怖をどうやって消したのか聞きたかった。
 彼女にも生じたはずのセックスへの恐怖の葬り方を、知りたかった。

 でも。
 やっぱり、実際にされているのといないのとは同じじゃないのか……。



「私……」

 心がグルグルと回り始めた時、綾さんが呟いた。

「レイプされたことがあるの。学生の頃に」

 え……?

 声を出さずに、口を開いた。

「その時は……すべての男が怖くなったわ。絶対に私を襲うことはないって思える友人も、教授さえもね」

 驚きよりも恐怖に見開いた僕の瞳を見据え、綾さんが続ける。

「同性の友人に後ろから肩を叩かれるだけで、ビクッとしちゃって……人に触れられるのが嫌だった。もちろん、恋人ともセックスなんか出来ない。一生出来ないと思ったわ」

「ほんとの話……なんですよね」

「あたりまえでしょう。あなたの気持ちはよくわかるって近づくのに効果的だとしても、私は空想を事実のように語ったりはしない」

 僕の発言に目を眇めてそう言った綾さんの瞳に、嘘はない。

「ごめんなさい」

 素直に謝った。

「そんなこと言わせて……」

「いいのよ。さっき言わずに済ませたのは私だから」

 綾さんの表情が和らいだ。

「レイプ未遂にさほど傷つかないのは、それ以上の経験があるからだって言わずに。凱が本気じゃなかったから、で済まそうとしたの。私はもう平気だけど、出来れば知られたくはないことだし……あなたにもきついと思ったしね」

「僕は……」

 何て言えばいいんだろう……?

「話したいことがあるんでしょう?」

 僕の代わりに綾さんが言う。

「何でも聞くわ」



 この人に、話したい。
 何でそう思うんだろう。

 綾さんは、僕に……何をしたのか。

 今日、この部屋で、僕たちはカウンセリングという名目で雑談をしていた。
 いろいろな話を聞いた。
 エルファのこと。
 ショウのこと。
 凱のこと。
 れつのこと。
 綾さんのこと。

 彼女は、とても誠実に僕と向き合っている。
 同情じゃなく。
 指導でもなく。
 嘘くさい慈悲もなく。



 心にドアがあるとすれば。
 それをノックするわけじゃなく、ただドアの前にいる感じ。
 
『開けて』とは言わず。
 待っているからとプレッシャーをかけることもない。
 北風と太陽作戦に引っかかったりもしない。



 なのに、今、そのドアが消えていた。



 僕とほかの人を隔てるドアは、知っているかどうかのボーダーだった。
 知識として頭でわかっているんじゃなく、実体験で心と身体が知っているかだ。

 女の人が男にレイプされるのと少年がレイプされるのとでは、その恐怖も屈辱も心身の受ける苦痛も違うだろう。

 それでも。
 自分の意思なく相手に強行され、尊厳を奪われるその行為。
 そして。
 それが自分に及ぼす影響を身をもって知っている人間は、ボーダーで分けられた同じ側にいる。

 その存在に、僕の気が緩んだ。
 そして、僕はすでに綾さんを信用している。



 だから……心を見せることが出来るのか。



「怖いんです。セックスが。人がしているのを見ただけで、恐怖を感じます」

 棒読みで言った。

 ギリギリでせき止めている感情を僅かにでもこぼしたら、ガードが一気に崩れちゃいそうで。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

サディストの飼主さんに飼われてるマゾの日記。

恋愛
サディストの飼主さんに飼われてるマゾヒストのペット日記。 飼主さんが大好きです。 グロ表現、 性的表現もあります。 行為は「鬼畜系」なので苦手な人は見ないでください。 基本的に苦痛系のみですが 飼主さんとペットの関係は甘々です。 マゾ目線Only。 フィクションです。 ※ノンフィクションの方にアップしてたけど、混乱させそうなので別にしました。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

【R18】女の子にさせないで。

秋葉 幾三
恋愛
初投稿です長文は初めてなので読みにくいです。 体だけが女の子になってしまった、主人公:牧野 郁(まきの かおる)が、憧れのヒロインの:鈴木 怜香(すずき れいか)と恋人同士になれるかの物語、時代背景は遺伝子とか最適化された、チョット未来です、男心だけでHな恋人関係になれるのか?というドタバタ劇です。 12月からプロローグ章を追加中、女の子になってから女子校に通い始めるまでのお話です、 二章か三章程になる予定です、宜しくお願いします 小説家になろう(18歳以上向け)サイトでも挿絵付きで掲載中、 (https://novel18.syosetu.com/n3110gq/ 18禁サイトへ飛びます、注意) 「カクヨミ」サイトでも掲載中です、宜しくお願いします。 (https://kakuyomu.jp/works/1177354055272742317)

処理中です...