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第8章 カウンセラー

質問

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「あなたはそのルールでいいんですか?」

 とりあえず、確認。

「そうね。知らないフリが出来ないのは、私にはあまりデメリットじゃない。それに……私は出来る限り、あなたの質問に答えるつもりだから」

 今までソファの背に身体をあずけていたあやさんが、前屈みになりテーブルに肘をつく。

「昨夜、本当は何があってかいは腰を痛めてるの?」

 え……!?
 急にその質問……!?

「たとえば、私がそう聞いた場合」

 たとえ話……に、それって……。
 僕の瞳が一瞬泳いだこと、気づいたかな。

「あなたはその内容を話すか、本当に知らなくて知らないと答えるか。答えたくないと言うか。答えたくないならスルーするけど、凱が腰を痛めた理由をあなたは知っていることになる。それでかまわない?」

 綾さんから視線を外さずに考える。



 答えたくない質問に答えなくて済むのは、最大のメリットだ。
 知らないフリは出来なくても、言わずに済むほうがいい。



「そのルールでお願いします」

「じゃあ、決定。さっそくだけど、私からの質問」

 綾さんは、まっすぐに姿勢を戻した。

 少しだけ警戒する。

「来週からの学校生活に不安はある?」

 いざ心して聞かれたのがこれで拍子抜けして、答えるのに数秒の間が開いた。

「特に……不安はありません。れつも一緒ですし」

 僕の言葉に、何故か綾さんの眉間に細い皺が寄る。

「あなたは、日本語に不便はなく、学力も問題ない。当たり障りのない人づきあいのすべも会得してる。クラスの子たちより、精神年齢も高い。だから、困ることはないはずよ。でも、それがマイナスに作用することもあるわ」

「たとえばどんな……?」

「ひと言で言えば、退屈……かしら。勉強がつまらない。同じ歳の子たちとの交流に興味が持てない。そうなると、学校生活はひどく退屈なものになる」

 綾さんの言いたいことはわかる。

 現に。学校に通うのをめんどくさいこと、かったるいことだと思っている。
 それは今聞いた通り、すでに学校生活は退屈でつまらないだろうと予想しているからだ。

「不安はないっていうのは、裏を返せば、期待もしていないってことでしょう?」

「そう……ですね。確かに楽しみにはしていません」

 綾さんが溜息をつく。

「でも、心配は要りません。学校自体に期待してはいないけど、同年代の子どもと話したり遊んだりすることはちょっと楽しみになりました」

 半分作って半分自然な笑みを浮かべて続けた。

「今までにそういう経験がなかったからわからなかっただけで、友人と呼べる人間がいたらとても心強いんじゃないかと……今は思っています」

「ジャルド……あなた……」

 呟くように言った綾さんの表情は、どこか悲しげだ。
 まるで、目の前に痛々しく傷ついた生き物がいるみたいに。

「そうよね。小さい頃から……あなたは特殊な環境で教育を受けてきて、友だちと遊ぶ機会もあまりなくて。ひとりで考えて対処して、苦しんで……それが普通のことだと思ってる」

「僕だって、必要な時は人の意見も聞くし、人の手も借ります」

 感情を抑えて言う。

 かわいそうなものを見るような綾さんの瞳に、同情は不要ですって声を荒げちゃいそうだったから。

「ひとりで苦しむのは普通でしょう? 自分の苦しみを人に受け持ってもらうことは出来ないし、たとえ出来ても僕はしません。僕は……苦しい思いを誰かになくしてもらえるとは思わない。自分でどうにかするしかないものです」

「苦しい思いは、今もある? あなたの中に」

 短い沈黙のあと。
 静かに尋ねる綾さんに、答えるのをためらった。



 あるって言ったら、その要因を聞かれそうで。
 でも。
 ないって言ったら嘘になるし、嘘はなしのルールだ。

「あります」

 答えたくないって言ってもよかったけど、認めた。

「そう……」

 綾さんは、僕の苦しい思いについては何も聞かず。

「烈とはいい友人になれそう?」

「はい」

 話の転換にちょっととまどいながらも、素直に答えた。

「それはよかったわ。あなたにも、烈にとっても」

 烈にとっても……?

「あなたと同じように、烈も……ひとりで内に抱え込むタイプだから。自分の弱みや醜さをさらけ出せる……信頼し合える相手が必要なの」

 綾さんを見つめた。

 彼女の瞳に宿るのは憐みや同情じゃなく、もっと強い……違うベクトルを持つ感情だ。

「子どもなのに子どもらしくいることを許されない……それは、とても淋しいことよ。自分が淋しいってことさえ認識出来ないくらいに」

「僕がそうだと……?」

「あなたも、烈も。凱とリージェイクもね」


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