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第7章 対話

素直

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 僕とれつは、東屋で二人を待つことにした。

 外で待てとは言われてないけど、まだ人手が要るかもしれないし。
 烈に聞きたいこともあったから。

「リージェイクが言ってた処理って何?」

「あれは、かいに精液を出させるの」

 尋ねると、烈は言いにくいことを口にする素振りなく答える。

「え? 誰の……?」

「凱をやった男の。中に入ったままだろうから。あと、たぶん、凱のも」

「どうやって……え? 凱の?」

 素でわからない僕を見る、烈の瞳が生あたたかい。

「僕もさ、自分の感覚で知ってるんじゃなくて。聞いたり見たりした情報からになるけど、凱は……変態プレイであそこを縛られて、射精出来なくされてたんでしょ? だから、出さないと身体がつらいままなんだと思う」

「そ……うなの……か」

 必要以上に避けてはいないつもりだったけど、僕はセックスに関する情報を無意識に避けていたのかもしれない。
 自分で思っているよりも、知らないことばかりな気がする。

 それか……烈が歳のわりに知りすぎているのか。

「だから、今……え? リージェイクが……?」

「凱が自分で出来なそうだったら、手伝うんだよ」

 リージェイクが手伝うって……。
 具体的な内容は、あえて聞かないことにした。

「男のは、穴から掻き出すの。成分的には無害だけど、お腹壊すことあるし。中に残ってるのも、後で出てくるのも嫌なんじゃないかな」

 リアルな物言いに、ちょっと顔をしかめた。
 それも、リージェイクが手伝う……のか。

「リージェイクが、凱の面倒をそこまで見てあげるのが……意外だよ」

 烈の言葉に、ゆっくりと頷いた。

「うん。きっと……凱のこと、本当に心配してるんだ」

「そうだね。あの凱を見て、全然満足そうじゃなかった」

「本気で怒ってたよ。リージェイクは……」

 そうか。
 リージェイクが怒っていたのは、凱が……自分自身をああいう状況に陥らせたことに、だ。

「凱に苦しんでほしいなんて、思ってない」

「うん。僕も」

 烈がホッとした顔になる。

「とりあえず、おかしくなってなくてよかった」

「ねえ……凱って普段もあんな感じ?」

 気になっていたことを口にする。

「そうだけど……何か変だった?」

「変じゃないのかもしれないけど……いつもあんな素直な感じなの? なんか……夕食会の時の態度や、きみやリージェイクの話からイメージしてたのと違うんだもん。おとなしく言うこと聞いて、子どもみたいっていうか……」

「もっと冷酷で自己中で、プライドが高い俺様タイプな男だと思ってた?」

「うん、まあ……そんな感じ」

 烈が笑う。

「そういう男を演出することはあるかもね。人を騙したり、威嚇するのに都合がいい場合とか。でも、凱は基本、素直だよ」

「きみが言うなら、そうなのかな」



 まだちょっと腑に落ちない。

 あれがデフォだって……凱が周りに信じ込ませているのかも。
 烈が『人見知り』に擬態しているように……。



「普通はさ、プライドが邪魔して素直になれないことって多いでしょ? 弱みを見せたくないとか。悔しいとか、恥ずかしいとか。自尊心を守りたいって。凱には、それがないんだ」



 確かに。
 僕自身……人から同情されたり憐みの目で見られるのが嫌で、強がることがある。
 みっともない姿を晒すのは恥ずかしいし、無様な自分を人に知られたくないと思う。



「もちろん、全くの他人に対してはあんなに無防備じゃないだろうけど。僕たちに虚勢を張る必要はないし、自分を助けに来たってわかってるし」

「来て……よかったんだよね? あの姿を僕たちに見られても、凱は……プライドが傷ついたりしないの?」

「きみが現場を見てなくて僕たちが来なかったら、凱は自分で動けるまでひとりであのままだったんだから。普通に感謝してるよ。それに、凱はこんなことで傷つくようなプライドは持ってない。だから、素直なんだ。そして、怖い」

「怖い?」

「プライドを守る気がさらさらない人間って怖いよ。何でも出来るからね。凱は頭も切れるし、度胸もある。その上、自分を投げ出せるんだから……敵にしたら最悪」



 自分を投げ出せる……。
 修哉さんが言ってたっけ。

『自分を放り出すな』

 あれは……凱がそうしてるから、僕にはそうなるなってこと……?



「凱のそういうとこ、見習いたいよ。僕は素直に人に弱みを見せたり、助けを求めたり出来ないから」

 それは、僕にも当てはまる。

「僕も、わりとそう……かな」



 自分の苦しみを人に知られて気遣ってもらいたくはない。
 それは、自分は弱くない強いんだって思い込みたい……ちゃちなプライドを守りたいからだ。

 本当に強い人間は、自分のプライドなんかに執着しないのか。
 あるいは。
 守る必要がないくらい、ちょっとやそっとのことでは傷つかない鋼のプライドなのか。

 でも。
 今の僕は、逆に人を欺くために自分の苦しみを利用することが出来る。
 切り捨てた心のパーツには、プライドの一部も含まれるのかもしれない。



「あ! 出てきた」

 その声に、小屋のほうに目を向ける。

「リージェイクも……凱とは別の意味で怖いな」

 この『怖い』の意味は、僕にもわかった。

 自分への過去のひどい仕打ちを忘れてはいないはずなのに、凱を本気で怒るほど心配出来るリージェイク。
 その心の深さは、見えない底に対する本能的な恐怖を感じさせるんだ。



 バッグと紙袋、ペットボトル、タオルを脇に抱え。凱を背負ったリージェイクが、小屋の扉を閉めてこっちに向かってくる。

 僕と烈は、彼の荷を受け持つべく腰を上げた。



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