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第6章 目の前の悪夢

離れろ!

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「しっかりしろ。まだ終わりじゃない」

「うっ……はあっ、はッ……ッう……ン、ああッ! ッアア……ッ!」



 何……で……!?



 男が射精したことで、目の前の悪夢が終わると思った。

 これでやっと終わる。
 これ以上、凱は苦しまない。
 これ以上、見なくて済むって……。

 ああ……そう……だった。
 
 あの時……あの男も、僕の口で射精してすぐに……レイプしたんだ。
 1回で終わるとは限らない。

 この悪夢がいつまで続くか……わからないんだ。



「っく……ア、アッ! もうっ……ン、ア……つッ……! やめ……あアッ……ッアアアッ……!」

 凱の叫び。
 激しく動く男。
 痙攣。

 それをもう2回、繰り返した。
 凱の痙攣は、ほとんど止まることがなくなった。



 凱は、もう呻きの混じらない呼吸をしていない。
 掴んだ腰を男が離せば、凱の身体は即座に崩れ落ちるだろう。



 このままじゃ……凱が壊れる……!



 今すぐ助けに行かなきゃ……!
 こんなになるまで動かない僕がバカだった。

 僕の中で、怒りが恐怖を超えた。



 待ってて……!



 窓枠に固まった指を離そうとしたその時。
 ベンチから起こさないままの凱の頭が、僅かに上を向いた。
 開いた凱の目が、僕を見やる。

 その目が、ちょっと見開いた。
 そして、凱は呆れたように笑った……ように見えた。

 薄く開いた凱の目は、僕に向いている。

「こいつ……う、つッ……! は……あぶ……ない……から……ッア……!」

 凱……!?

「何だ?」

「みつか……ったら……ウ、ア……おまえ……が……やば……いッ……ンアッくッ……!」



『こいつは危ないから』

『見かったらおまえがやばい』



「何を言ってる?」

 男が動きを止める。

「う……かれーは、うまい……よ……な……」

「カレー? どうした。イキっぱなしで飛んだか?」

「おれは……だい、じょ……ぶ……だ……から」



『おれは大丈夫だから』



「大丈夫だ?」

 髪を掴み、男が凱の頭を持ち上げる。

「もう限界だろう?」



「ッく……っは……はなれろっ! ジャルド……!」



「じゃ……ど? 何だそれは」

「こ、んど……ふたり、で……おほし、さま……みよう……ぜ」

「おまえ、やっぱりイキ過ぎで飛んでるな」

 男が、掴んでいた凱の髪を放るように離した。
 ゴツンと音がして、凱の頭がベンチに落ちる。

「気絶して逃げようなんてのは、フェアじゃないな」

「にげね……えよ……」

「おまえにそのつもりがなくてもだ」

「そうなった……ら、これ……このひも……はずして、けよ……」

「まったくおまえは……仕方ない。あと1回イッたら終わりにしてやる」

「おれ……が……?」

「こっちが、に決まってる」

「ッ……! アッふ、アア……うッ……! ンッア……ひッ……ア、くうッ……! ア、アアア……ッ!」



 緊張と恐怖と怒りで凝り固まった足を動かして、やっとのことでポリタンクから降りた。
 大きく深呼吸して、小屋に背を向けて走り出す。

 東屋を通り過ぎる。

 凱の叫び声が段々と遠くなる。

 深緑のジャケットが見えてきた。
 私道に辿り着く。



 館まで、約1キロ。

 頭野中で、凱の言葉がグルグル回る。



『こいつは危ないから』

『見つかったらおまえがやばい』

『おれは大丈夫だから』



 みんな……僕も含めて、大丈夫じゃないのに『大丈夫』って言うけど……。
 本当は大丈夫じゃないってわかる時……聞くほうは、つらい……。

 修哉さんを連れて戻ろう。
 1秒でも早く。



 凱が僕に帰れって言ったのは、助けはいらないって言ったのは……男が危ない人間だから。
 凱を助けようとして失敗して、僕が捕まったら……。

 今目の前で見た悪夢が、すぐにでも自分の身に起きたかもしれない。

 もし、凱が今夜、僕を壊そうと思ったなら……簡単だっただろう。
 小屋のすぐ外に僕がいることを、男に教えるだけでいい……。



『離れろ! ジャルド!』



 あの状態で、男に全く疑いを持たせずにはっきりと僕にそう言うことが……凱にとってどれだけ大変だったのか。
 

 その凱の言葉に従った。
 だから今、こうして走っている。

 だけど、助けは呼ぶ。

 僕だけじゃ無理でも、修哉さんがいれば絶対に助けられる。



 どのくらい時間が経ったんだろう……?
 どのくらいの間……凱の叫び声を聞き続けていたんだろう……。
 時間の感覚がなくなるほど……恐怖に支配されていた。

 でも。
 今は、恐怖より怒りのほうが強い。
 僕が怒ることじゃないし、僕が口出しすることでもない。
 これは凱の問題で、僕に解決する権利はない。

 それでも。

 今夜、僕をあそこに行かせたのは凱だ。
 凱が、僕を関わらせた。
 だから。
 僕には、凱を助ける理由があるはず。



 残りあとちょっとの距離を、走り続けた。


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