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第6章 目の前の悪夢

真っ赤な楕円

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 最初にそれを見た時。
 思わず声を上げそうになり、すんでのところでそれを飲み込んだ。

 かいの右の鎖骨の下辺りに、真っ赤な血がアーモンド型の楕円形の枠の上下を描いたようについていた。

 荒い息をする凱の胸に、男が顔を近づける。
 血の楕円形のすぐ下。
 何の予備動作もなく、男がそこに咬みついた。

「うあっつっ! くっ……ッああッ! いっあッ……っあ……っあああッ!」

 凱が叫んだ。
 僕の位置から男の顔は見えないけど、凱の表情はよく見える。
 歯を食いしばって痛みに耐える凱の目は、固く閉じられている。

 男が顔を上げると、真っ赤な楕円は二つになっていた。



 この男……皮膚が破れるまで本当に……咬んでる……。

 何で……!?
 何してる……の……!?

 凱を痛めつけるため……?
 それとも、こんなことするのが……楽しいのか……!?



「似合うな。おまえに」

 凱から流れ出る血を指ですくい、男が言った。
 その血を凱の喉元から胸の間に、なすりつける。
 赤い縦の線。

「再開するか? それとも痛いほうがいいか?」

「どっちも……ごめん、だ……て、いってるだ、ろ……んッあ……!」

 男が大きく腰を突いた。

「そんな口がきけるうちは、まだ大丈夫だな」

「うあッ……くっそ……あう、んっ、やめっ……うあッ!」

 凱の呻きが、男の腰の動きとともに断続的になる。

 身動きが出来なかった。

 男は凱の膝裏にかけた手を持ち上げて、凱の身体を折りたたむように上体を傾けた。

「ああっ! ッ……あ、うっ、んッ……! くっああッ!」

 上から体重をかけて打ち下ろすような男の動きに、凱の背中がのけ反る。

「いい加減、降参したらどうだ」

 息づかいは少し荒いけど、男の声は冷静だった。

「う……るせ……なっ……はやく……いけ、よ……」

「まだだ。まだ足りない」

 男の言葉に、凱が薄目を開けた。
 瞼の隙間から、嫌悪の色に染まった瞳を男に向ける。



 僕が見ている間、凱はずっと眉間に皺を寄せて目を閉じていて……たまに目を開けても、宙を見ているみたいに焦点の定まらない瞳をしていた。
 だけど……。
 凱がこっちを見て僕に気づけば……。



 僕がいるって凱が知ったら。
 二人いれば、男をどうにか出来るかもしれない。



 たとえば、凱の合図で僕が男の不意を突くとか……。
 協力がなくても。
 僕が小屋の中に忍び込んだ時に、僕を見た凱がバレるようなリアクションをしないでいてくれるだけでもいい。
 男の気を逸らしてくれれば、もっといい。

 気づかれずに、捕まらずに近づければ……継承者の力で男の意識をなくせる。



「せっかくなんだ。おまえも楽しめよ」

 男が腰の動きを緩める。

「じょう、だ……ん……だろ……」

「諦めれば楽になるぞ」

「……ならね……えよ……はっ……っく!」

「強がっても、いずれ堕ちる」

「おちる、の……は、そっ……だ……くそっ、っく、ああッ……ッ」

 凱の声が再び呻きに変わる。
 男が腰を打ちつけ始めた。

「足を開いたまま何言っても、説得力はないな」

「くっ……ん、ああッ! うあっ……くっ……あ……うッ……!」

「先におまえを楽しませてやる」

「うっ……」

 クチュッと音がして、男が凱から離れた。



 凱!
 気づいて!
 凱……!



 心の中で凱を呼んだ。
 テレパシーが使えるわけじゃない。
 それでも。
 強く念じれば伝わるかもって、思わずにはいられない。

 ぐったりした表情で、凱はボーっと天井を見つめたまま。

 男は床から拾い上げた服を空いているベンチに放った。

 濃いグレーのズボン。
 薄いミント色のシャツ……が2枚……。
 深緑のジャケット……。

 え……?

 男のずり下がったズボンを見る。
 濃いグレー。

 男も……制服……?
 凱と……同じ学校、の……?

 じゃあ……この男も高校生で、凱の知り合い……なのか!?


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