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第6章 目の前の悪夢

胸騒ぎ

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「どうしたの? 何かあった?」

 笑みを浮かべて聞くと、リージェイクが微笑みを返した。

「いや。特に何かあるわけじゃないけど、きみとあまり話してなかったから」

「とりあえず、入ってよ」

 二人でベッドに腰かける。

「今日は何してたの?」

 リージェイクの口調は、普段通りだ。

「んーと。昼過ぎまで森にいたよ。下の大通りまで歩いたり、森の中を散策した。ここいいね。気に入ったな」

「きみは向こうでも時間があれば森にいたからね。こっちにもくつろげる自然があってよかった」

「リージェイクは?」

「私は学校の準備をしたり、ショウの仕事を手伝ったり。あとは、せきに英語を教えたよ」

「英語?」

「苦手なんだって。せっかくだから家庭教師代わりに教えてほしいと、ショウに頼まれたんだ」

「汐ってキレイだよね」

 素直な感想を口にした。

 欧米のモデルみたいに華やかな感じじゃなくて、静かにそこにいるだけなのに何故か目を惹く……繊細で透明な美しさがある感じ。
 はじめて見た時から、その印象は変わらない。

「女の人は、みんなキレイだよ」

 そう言って、やわらかい笑みを浮かべるリージェイク。

「リージェイクは彼女つくらないの?」

 つい、尋ねた。

 修哉さんに聞いたことが頭にある僕には、いろいろな疑問があっての質問だったけど。リージェイクにとっては突然だっただろう。

「えっと……イギリスで一緒だったのに、見たことも聞いたこともないから」

「いたよ。家に呼んだことはないし、きみに言わなかったけど」

「そっか。ならよかった」

 リージェイクが不思議そうに僕を見る。

「だって……」

 どうしてだろう。
 不用意な言葉を口にしちゃう。



 イギリスでリージェイクに彼女がいたって聞いて、僕がよかったって思ったのは……かいのしたことが心の傷になって今も引きずってたりしなければいいなと思ってたからで……。
 それは僕自身が、人のセックスを見ただけで怖いと感じたから。

 たぶん……心は切り捨てられても、あの事件の恐怖が……未だに僕の身体には残っているんだろう。
 でも。
 それを今、リージェイクに言うわけにはいかない。



「この前……言ってたでしょ? 凱が周りの人間を苦しめるから人と関わらないようにした、みたいなこと。だから、よかったなって」

「凱はもう、私を悪にしようとはしない。前にもそう言ったろう?」

「じゃあ、こっちでもちゃんと人と関わる?」

「そうだね。人づきあいはあまり得意じゃないけど」

「リージェイクは女にもてたんでしょ? 修哉さんが言ってた」

 あ……。

 また、口を滑らせた。
 ダメだ。
 今の僕はどこかおかしい。

「修哉さん?」

 リージェイクの眉間に微かな皺が寄る。

「彼と話したの?」

「うん、そう。庭で会って少し……前ここにいた頃、凱とリージェイクが女にもててたって。それだけ」

 探るようなリージェイクの視線から、瞳は逸らさない。



 凱とリージェイクの間に何があったのか、修哉さんから聞き出した。
 自分のいないところで自分のことを話題にされるのは、愉快じゃない。
 ましてや、内容が内容だ。



「あと、カレーのことも。日曜は男が料理当番なんだって。れつと僕はまだいいけど、リージェイクはやらなきゃね。得意でしょ? 料理」

「……料理は好きだよ。思った通りに出来上がった時の満足感がね」

 そっと息を吐いた。

「凱と仲良くやれる?」

 凱のことを口にするのは危険なのに、聞かずにいられない。
 
 頭と心がチグハグだ。
 胸がざわざわする。

「凱を……嫌いじゃないんでしょ?」

「私はね。凱のほうは……どうかな」



 リージェイクは凱に何もしてないじゃん!
 あんなひどいことされたのに……!



 そう叫び出さないだけの冷静さは残っていた。

「僕はまだ、凱とまともに喋ったことないけど……知りたいと思うよ。何であんな……人を壊すとか、そういうことをするのか」

「ジャルド……」

「大丈夫! 僕は壊されないし、何の罪もない人を苦しめたいなんて思わないから」

 勢いよく立ち上がる。

「ちょっと散歩してくる。夜の森も好きなんだ。知ってるでしょ?」

「ジャルド。本当に大丈夫か? 凱のことじゃなく……」

 リージェイクが言い淀む。
 黙ったまま、次の言葉を待った。



 変な胸騒ぎがしてちょっとおかしいけど、いつも通りに頭は回る。
 
 リージェイクはきっと、僕が修哉さんにレイプのことを聞いたって思ったんだ。
 そして。
 そのことが、僕に悪夢を思い出させたんじゃないかって……。

 だから、僕を心配してる。

 凱とのこと……僕に知られたくなかったかもしれないのに。
 勝手に話されたことに苛立ったかもしれないのに。
 起きた事実は変えられないし、なかったことには出来なくても。
 せめて他人の記憶の中では……風化させたいはずなのに。



 リージェイクはいつもやさしい。
 そのやさしさは、涙が出るほどありがたくて嬉しい時もあるけど……疎ましく思う時もある。

 やさしくされる資格がないような自分に慈悲深く差し伸べられる手は、さらに自分を自己嫌悪へと追い詰める。
 そんな時、求めるのは、あたたかい手じゃなく……冷たい手だ。



 自分を残酷に扱う手を求める瞬間が、確かにある。



 もしかして、これが修哉さんの言ってた自分に残酷になるってこと?
 肉体的に残酷なことをされたい願望はないけど、精神的になら……あり得るかもしれない。

 悪を悪で制するように、苦しみを苦しみで制したいと望むことが……。



「本当に大丈夫だよ。凱のことも……ほかのことも。ありがとう」

 そう、言った。

 リージェイクが言葉を続けなくて済むように。
 彼が何を言いたかったか、僕がわかっているって伝えるために。
 そして、それは伝わったみたいだ。

 頷いたリージェイクと一緒に部屋を出た。



 凱のところに行かなきゃ。


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