5 / 110
第1章 始まり
僕が守る
しおりを挟む
「ジャルド……」
「ん?」
奏子を見る。
その顔は、何かを思い詰めているようでもあり。何かを吹っ切れたようでもあった。
「おじさん……はね、ミカちゃんのお父さんなの。ミカちゃんは、保育園のおともだち」
「そ……そうなんだ」
思わず、どもった。
驚きをうまく隠せただろうか。
保育園に通う子ども……の父親……が……!?
「でね、うちの森で葉っぱを集めてるの。お仕事の、けんちゅう……じゃなくて、けんきゅうで使うからって」
何……だそれ……葉っぱを仕事で、研究……?
「ちゃんとママにいいよって言ってもらってるから、ここで何しても大丈夫。だから、この子たちのおうちも……おじさんが作ったから大丈夫だよって」
ママにいいよって……館の許可を得て、この森を好きに歩き回ってるってこと……?
それで……。
この子たちのおうちは、おじさんが作ったから……おじさんが作ってあげたから……おじさんがいいよって言われてるから……だから……。
僕の考えに、奏子の声が重なる。
「だから、あたしがね……あたしがいつも、ちゃんとおじさんの言うこと聞いてないと……このおうちがなくなっちゃうの」
「奏子……」
無意識に奏子の手を取った。
僕の手からクロが、奏子の手からはチャロがずり落ちる。
そのまま、奏子を抱きしめた。
そうせずにはいられなかった。
何故なら、震えているのは僕のほうだったから。
同じだ……。
あの時……。
『僕がこの男の言うことを聞かなきゃ、お母さんが痛めつけられる』
それが嫌だったから、そうしたくなかったから……だから……!
僕は自分を……諦めたんだ。
「……ジャルド? どうしたの? 大丈夫?」
奏子の温かい髪に顔を埋めたまま、大きく息をついた。
震えはまだ収まらない。
この震えは、過去の経験を思い出した恐怖じゃなく……怒りだ。
僕と母を襲った男たちへの怒り。
僕を助けられなかった母への怒り。
母を助けられなかった僕への怒り。
自分を助けられなかった自分自身への怒り。
そして、今。
あの男……『おじさん』への怒り。
「ねえ、ジャルド? 頭痛くなっちゃったの? お薬持ってくる?」
奏子の言葉に。ただでさえ怒りで熱くなっている僕の胸が、その熱量を増す。
僕は普通の表情を作るための最大限の努力をしてから、腕を緩めた。
「ごめん……大丈夫だよ。ちょっと痛かったけど、もう治っちゃった。奏子がいてくれたから」
僕は微笑んだ。
うまく微笑めたかどうか、自信はない。
「奏子は? どこも痛くない?」
「うん。大丈夫だよ」
奏子の瞳に嘘はない。
長袖Tシャツに膝までのスカート姿。
見たところ、どこもケガはしてなさそうだ。
さっきは……あの小屋の前で会ったときは、そこまで頭が回らなかったけど。あの男に何をされたのか、もっと気にかけるべきだった。
とりあえず。身体にひどいダメージはないようで、少し安心した。
奏子は、最悪の行為……レイプはされていないはず。
僕の時は……終わったあと、立ても歩けもしなかった。
膝の感覚はないし、足も腰も痛くて動かせなかったから。
いや、待て。
奏子は『いつも』って言った。
今日が初めてじゃない……かもしれない。
そして、この先まだ続く可能性も……。
「ママもよく頭痛いってなって、お薬飲んでたの。でも、奏子が笑ってるの見てればすぐよくなるわって」
「そうだね。大切な人が笑ってると……元気が出るんだ」
言いながら、僕は考える。
もう二度と、こんなことが起きないようにしないと……。
「あたしも。ハロ! おいで!」
奏子はうんうんと頷くと、ちょっと離れた場所にいた子猫を呼んだ。
トコトコと近寄って来たハロと、クロ、チャロの頭を撫でる。
「この子たちと遊ぶと、元気になるの。嫌なことがなくなるの。汐に怒られても、ユウにイジワルされてもね、平気」
「おじさんも?」
自分に言い聞かせるように話す奏子を見て。つい、言った。
子猫とじゃれる奏子の手が止まる。
どうする?
聞いて大丈夫か?
言っちゃったものは取り消せない。
素早く深呼吸して、奏子の瞳をまっすぐに見る。
「おじさんに、何かされても……平気?」
奏子が目を瞠る。
「おじさんに嫌なことされても、平気?」
奏子と視線を合わせたまま、続ける。
「僕は、秘密を守るよ」
奏子の瞳が濡れていく。
「秘密だけじゃない。僕が守る」
はっきりと口にする。
「奏子を守る。クロも、チャロも、ハロも、守る」
奏子が小刻みに首を横に振る。
「ひとりで……がんばったね」
「うあーーーっ!」
奏子が僕にぶつかってくるのと、高く濁った叫び声が聞こえてくるのは同時だった。
小屋の前で奏子が僕に飛び込んできたときも、僕たちの心はお互いに向けて開いて……通じ合い、繋がる何かがあった。
でも。
このときはもっと原始的で、剥き出しの……心に棲みついている何かを、共有した。
とても獰猛な、何かを。
好きなだけ叫べ。
好きなだけ喚け。
好きなだけ、泣いていいんだ。
もう、堪えなくていい。
我慢しなくていい。
耳を塞ぎたくなるほど悲痛な叫び声。
助けたいと思った。
今度こそ。
助けられないと知っていた、悪夢の中の叫び声じゃない。
声の主は、今この手の中にいる。
まだ、間に合う。
僕が助けるんだ……!
その決意が伝わったかのように、僕にしがみつく奏子の力が強まった。
僕の復讐が、始まる。
「ん?」
奏子を見る。
その顔は、何かを思い詰めているようでもあり。何かを吹っ切れたようでもあった。
「おじさん……はね、ミカちゃんのお父さんなの。ミカちゃんは、保育園のおともだち」
「そ……そうなんだ」
思わず、どもった。
驚きをうまく隠せただろうか。
保育園に通う子ども……の父親……が……!?
「でね、うちの森で葉っぱを集めてるの。お仕事の、けんちゅう……じゃなくて、けんきゅうで使うからって」
何……だそれ……葉っぱを仕事で、研究……?
「ちゃんとママにいいよって言ってもらってるから、ここで何しても大丈夫。だから、この子たちのおうちも……おじさんが作ったから大丈夫だよって」
ママにいいよって……館の許可を得て、この森を好きに歩き回ってるってこと……?
それで……。
この子たちのおうちは、おじさんが作ったから……おじさんが作ってあげたから……おじさんがいいよって言われてるから……だから……。
僕の考えに、奏子の声が重なる。
「だから、あたしがね……あたしがいつも、ちゃんとおじさんの言うこと聞いてないと……このおうちがなくなっちゃうの」
「奏子……」
無意識に奏子の手を取った。
僕の手からクロが、奏子の手からはチャロがずり落ちる。
そのまま、奏子を抱きしめた。
そうせずにはいられなかった。
何故なら、震えているのは僕のほうだったから。
同じだ……。
あの時……。
『僕がこの男の言うことを聞かなきゃ、お母さんが痛めつけられる』
それが嫌だったから、そうしたくなかったから……だから……!
僕は自分を……諦めたんだ。
「……ジャルド? どうしたの? 大丈夫?」
奏子の温かい髪に顔を埋めたまま、大きく息をついた。
震えはまだ収まらない。
この震えは、過去の経験を思い出した恐怖じゃなく……怒りだ。
僕と母を襲った男たちへの怒り。
僕を助けられなかった母への怒り。
母を助けられなかった僕への怒り。
自分を助けられなかった自分自身への怒り。
そして、今。
あの男……『おじさん』への怒り。
「ねえ、ジャルド? 頭痛くなっちゃったの? お薬持ってくる?」
奏子の言葉に。ただでさえ怒りで熱くなっている僕の胸が、その熱量を増す。
僕は普通の表情を作るための最大限の努力をしてから、腕を緩めた。
「ごめん……大丈夫だよ。ちょっと痛かったけど、もう治っちゃった。奏子がいてくれたから」
僕は微笑んだ。
うまく微笑めたかどうか、自信はない。
「奏子は? どこも痛くない?」
「うん。大丈夫だよ」
奏子の瞳に嘘はない。
長袖Tシャツに膝までのスカート姿。
見たところ、どこもケガはしてなさそうだ。
さっきは……あの小屋の前で会ったときは、そこまで頭が回らなかったけど。あの男に何をされたのか、もっと気にかけるべきだった。
とりあえず。身体にひどいダメージはないようで、少し安心した。
奏子は、最悪の行為……レイプはされていないはず。
僕の時は……終わったあと、立ても歩けもしなかった。
膝の感覚はないし、足も腰も痛くて動かせなかったから。
いや、待て。
奏子は『いつも』って言った。
今日が初めてじゃない……かもしれない。
そして、この先まだ続く可能性も……。
「ママもよく頭痛いってなって、お薬飲んでたの。でも、奏子が笑ってるの見てればすぐよくなるわって」
「そうだね。大切な人が笑ってると……元気が出るんだ」
言いながら、僕は考える。
もう二度と、こんなことが起きないようにしないと……。
「あたしも。ハロ! おいで!」
奏子はうんうんと頷くと、ちょっと離れた場所にいた子猫を呼んだ。
トコトコと近寄って来たハロと、クロ、チャロの頭を撫でる。
「この子たちと遊ぶと、元気になるの。嫌なことがなくなるの。汐に怒られても、ユウにイジワルされてもね、平気」
「おじさんも?」
自分に言い聞かせるように話す奏子を見て。つい、言った。
子猫とじゃれる奏子の手が止まる。
どうする?
聞いて大丈夫か?
言っちゃったものは取り消せない。
素早く深呼吸して、奏子の瞳をまっすぐに見る。
「おじさんに、何かされても……平気?」
奏子が目を瞠る。
「おじさんに嫌なことされても、平気?」
奏子と視線を合わせたまま、続ける。
「僕は、秘密を守るよ」
奏子の瞳が濡れていく。
「秘密だけじゃない。僕が守る」
はっきりと口にする。
「奏子を守る。クロも、チャロも、ハロも、守る」
奏子が小刻みに首を横に振る。
「ひとりで……がんばったね」
「うあーーーっ!」
奏子が僕にぶつかってくるのと、高く濁った叫び声が聞こえてくるのは同時だった。
小屋の前で奏子が僕に飛び込んできたときも、僕たちの心はお互いに向けて開いて……通じ合い、繋がる何かがあった。
でも。
このときはもっと原始的で、剥き出しの……心に棲みついている何かを、共有した。
とても獰猛な、何かを。
好きなだけ叫べ。
好きなだけ喚け。
好きなだけ、泣いていいんだ。
もう、堪えなくていい。
我慢しなくていい。
耳を塞ぎたくなるほど悲痛な叫び声。
助けたいと思った。
今度こそ。
助けられないと知っていた、悪夢の中の叫び声じゃない。
声の主は、今この手の中にいる。
まだ、間に合う。
僕が助けるんだ……!
その決意が伝わったかのように、僕にしがみつく奏子の力が強まった。
僕の復讐が、始まる。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる