上 下
153 / 246

37-7 助けたのは

しおりを挟む
 部屋にいる数人の目をはばからず。
 涼弥は俺を抱きしめた。俺も、涼弥を抱きしめる。

 微かに震えてるのは、俺か涼弥か。鼓動が速いのは、どっちか。
 どっちでもいい……どっちもだ。

 不安に潰されそうだった。
 傷つくのが、傷つけるのが、苦しむのが、苦しめるのが……怖かった。
 俺も涼弥も。

 抱きしめ合えてよかった。

 涼弥の怒りが収まってよかった……とりあえず、俺が目に入るくらいには。



瓜生くりゅうさんは何でここに?」

 肩に涼弥の顎をのせた俺の耳に、上沢の声が聞こえる。

「通りかかったら声がした。嫌だ、やめろ……確認しないわけにはいかない。見回り中で鍵は持ってる」

「へぇ……偶然か」

「お前は? そこに映ってたのは外の空き部室だな。桝田ますだがいた」

「俺は早瀬と連絡つかねぇんで、美術部行ったらよ。そこで南海みなみと一緒に出たってのと、南海が杉原連れて部室棟行くの見たって聞いて……ヤバいことなってんじゃねぇかってな」

「応援に来たぜ……って。もう終わってる?」

 足音がして、知らない声に目を開けると。
 見かけたことくらいはある、チャラい3年がいた。

 瓜生が呼んだ風紀委員か?

「遅かったな、坂口。手当てが必要なケガ人はいない」

「南海じゃん。誰にやられた?」

 長めの金髪で中背のチャラ男、坂口が辺りを見回す。

「江藤の男が何かの報復とか?」

「俺じゃねぇよ」

 坂口の指摘に、上沢が答える。

「じゃあ、そこのデカいの……お前ら、何でイチャついてんの?」

 坂口と目が合って。涼弥に回した腕を解いて、肩を叩いた。

「あれ? 昨日いたよね?」

 どっかから現実に戻ってきたみたいに目を瞬く涼弥を見て、坂口が言う。

「うちの新人?」

「杉原だ。4発ほど殴らせた」

「えー! 何したか知んないけど、暴力で処罰はダメだろ。緊急時以外」

「レイプ未遂。杉原は当事者だ」

「てことは……」

 瓜生の言葉に。坂口が涼弥を、そして、俺を見る。

「南海にその子が襲われて、彼氏がキレて殴った」

「だから、少し待ってから止めた」

「納得。未遂で済んで何より」

 坂口が、座り込んでる南海の腕を取る。

「さ、顔洗って。自業自得には同情しないけど。正当な理由があるなら聞きたいなぁ?」

「ないよ。俺の自分勝手な欲だけ」

 ふらりと立ち上がった南海が、ハッキリと言った。

「涼弥!」

 バッと身体の向きを変えた涼弥を押さえる。

「あとは……俺の分だ」

 険しい表情の涼弥が口を開くより先に動き、南海の前へ。



 自分を押さえつけてレイプしようとした男……だけど、もう怖くはない。
 今、やられる危険がゼロだからじゃない。

 俺をやろうとした理由の欲は、満たされてると思うから。



「満足した?」

 南海と視線を合わせる。

「俺をレイプしようとして、涼弥に殴られて……ナオ先輩と同じ結果で」

「そうだね。俺は……これで……気が済んだ」

 逸らさない南海の瞳は、穏やかに見える。

「ごめんね。好きなだけ、殴っていいよ」

「いや。そんなんじゃ割に合わない」

「何されても文句は言えないな」

「桝田が言った。ナオ先輩は……忘れられるより、憎まれて心に残りたかった……って。あんたも?」

「どう……だろう」

「俺にじゃなく、ナオ先輩にだよ。それは間違ってると思うけど、あんたもそう思ったのか? 俺は、先輩の代わり?」

「ああ……それもある、かな」

 笑った南海が、痛いのか顔をしかめる。

尚久なおひさの思いを遂げたいと思ってたけど、止められて果たせなくて……よかったよ。キミを傷つけて心に残るのが俺じゃ、意味がない。それに……」

 いったん言葉を切って、南海が俺の瞳を見つめる。

「あいつは、本当は……キミを傷つけたくはなかったと思うから」

「だから、俺は忘れる。キレイサッパリ。今日のことも……ナオ先輩がしたことも。記憶に残してなんかやらない」

 一瞬傷ついた顔をした南海が、笑みを戻して頷く。

「ありがとう」

「あんたのためじゃない」

 もう一度頷いて。すぐ後ろの流し台で、南海が顔を洗い始めた。
 それを機に、張り詰めた場が緩む。

「そうだ!」

 最初に声を上げたのは坂口だ。

「廊下に桝田と水本がいたんだよね。入るなって言ってあるけど、もういい?」

 え……!?

 焦って見やった涼弥の眉間に、深い溝。



 せっかく落ち着いてきたとこなのに……!
 てか、もう帰りたい……涼弥に……ちゃんと謝りたい……。



「そっちの部屋で話を聞いてくれ。南海にもな」

「りょーかい」

 瓜生の指示で、坂口が南海を連れて暗室の外へ。



 水本と桝田がすぐそこにいたら、涼弥の怒りがまたマックスに……。

「大丈夫だ。早瀬。向こうで話はつけてある」

 上沢から救いの言葉が。

「そう……か。お前が涼弥を解放……」

「してからが大変だったぞ。あいつ止めんの。仕方ねぇから、一発ずつは殴らせたけどよ」

「お前じゃなきゃ無理だったな」

 ほんとに……って。あ!

「俺に電話したのか?」

「タイミングいいだろ。じゅんが選挙立候補者の写真撮影の予定上げにここ来たら、南海がいて……桝田の様子がおかしかったんだと」

「で、お前に?」

「何かやるなら今日かもしんねぇ。早瀬が校内に残ってんなら、どんな誘いにも乗るなって言っとけってな」

「ありがとう……礼、伝えといて。江藤にも」

「おう。俺はそろそろ行くぜ。あれ……まだ全然平常心じゃねぇよな。このあと、大丈夫かお前?」

 俺と上沢の視線の先で、仏頂面の涼弥が瓜生の質問に答えてる。

「うん。俺のせいだから」

「そりゃそうだ。まぁ、間に合ってラッキーだったな」

 手遅れだったら今頃……やめよう。考えたくもない。

「お前も、普通にしてるが……けっこう堪えてんじゃねぇか?」

「ん……でも、大丈夫だ。涼弥がいる」

「そう言えんのは羨ましいぜ」

 上沢が、らしくないやさしげな笑みを浮かべた。

圭佑けいすけ! この二人はちょっと協力してくれただけって、南海が言ってる。すでに杉原に一発もらってるみたい」

「そうか。早瀬」

 坂口の話を受け、瓜生が俺を呼ぶ。

「はい」

「お前がいいなら、これで終わりにするが」

「いいです」

 即答する。
 チラリと見た涼弥は、反論しなかった。

「わかった。お前たちは先に行け。上沢も」

 瓜生にお辞儀をして。上沢を先頭に、暗室を出る。



「絢によろしくな」

「和解成立って言っときます」

 聞こえた水本と上沢の会話。

 和解って……涼弥と? したのか?

「嬉しいか、杉原。瓜生のおかげでそいつ、無傷でよ」

「……黙れ」

「南海にゃ悪いが、あのままやってお前に半殺されりゃ寝覚めが悪いとこだったぜ。お互い、よかったなぁ?」

「どの口が言いやがる。もう一発……」

「やめろ。帰るぞ」

 俺が止める前に、上沢が涼弥を前に押しやる。

「早瀬」

 後ろで瓜生が呼んだ。
 振り向くと手招きされ、暗室の入り口へと戻る。



「先に忠告するが……間違っても今、礼なんか口にするなよ」

 俺にしか聞こえないだろう声で、瓜生が言った。

 は……!?

「誰に……?」

「桝田が俺に電話してきた。急いで写真部に行ってくれ。南海が2年生をレイプしようとしてる……と」

「え……?」

 思いがけない事実に目を瞠る俺に。

「友達を裏切ってお前を助けた。だからと言って許す必要はない。ただ、あいつにしては必死だったからな。お前に知らせておくのがフェアだろう」

 続けた瓜生の言葉が頭を巡る。



 俺を助けた……。

 
 
「これからは、もう少しガードを上げたほうがいい」

「はい……」

 無意識に頭を下げ、暗室に背を向けた。

 開いたドアを支えた涼弥が、俺を待ってる。
 部室にいる4人が、俺を見る。

「もう騙されないようにねー」

「はい」

 陽気に手を振る坂口。水本は無言。南海がごめんねと呟いた。
 目が合った桝田は、ほんの微かな笑みを見せた。



 ありがとう……。



 口に出さずにそう言って、写真部を後にした。



 騙すヤツは当然悪いけど。騙されたほうに罪はない、なんて思えない。
 自分の甘さが招いた今日のこの事態で、大切な人間を苦しめた俺。

 二度とないって……誓えよな。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いろいろ疲れちゃった高校生の話

こじらせた処女
BL
父親が逮捕されて親が居なくなった高校生がとあるゲイカップルの養子に入るけれど、複雑な感情が渦巻いて、うまくできない話

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

上司に連れられていったオカマバー。唯一の可愛い子がよりにもよって性欲が強い

papporopueeee
BL
契約社員として働いている川崎 翠(かわさき あきら)。 派遣先の上司からミドリと呼ばれている彼は、ある日オカマバーへと連れていかれる。 そこで出会ったのは可憐な容姿を持つ少年ツキ。 無垢な少女然としたツキに惹かれるミドリであったが、 女性との性経験の無いままにツキに入れ込んでいいものか苦悩する。 一方、ツキは性欲の赴くままにアキラへとアプローチをかけるのだった。

【R18】息子とすることになりました♡

みんくす
BL
【完結】イケメン息子×ガタイのいい父親が、オナニーをきっかけにセックスして恋人同士になる話。 近親相姦(息子×父)・ハート喘ぎ・濁点喘ぎあり。 章ごとに話を区切っている、短編シリーズとなっています。 最初から読んでいただけると、分かりやすいかと思います。 攻め:優人(ゆうと) 19歳 父親より小柄なものの、整った顔立ちをしているイケメンで周囲からの人気も高い。 だが父である和志に対して恋心と劣情を抱いているため、そんな周囲のことには興味がない。 受け:和志(かずし) 43歳 学生時代から筋トレが趣味で、ガタイがよく体毛も濃い。 元妻とは15年ほど前に離婚し、それ以来息子の優人と2人暮らし。 pixivにも投稿しています。

少年売買契約

眠りん
BL
 殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。  闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。  性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。 表紙:右京 梓様 ※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。

処理中です...