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37-3 やめろ……!

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 カメラの視界を遮らないように、桝田ますだが俺の前に位置を取る。

「やめろ……」

 そう言ったのは5回か6回か……聞き入れられることはなく、桝田の手にうなじを押さえられ。

「ごめんね。好きじゃない男に。うまく出来ないけど」

 その言葉に続いて、桝田が唇を重ねてきた。

「や……んっ……」

 熱い唇が触れるのを、止める術はない。
 音もなく。
 俺の唇にそっと押しあてられる桝田のそれは微かに震えて、漏れる息が湿ってる。

 南海にいきなりされた一瞬のキスと違い、最初から認識してされるキスは……どう反応していいかわからなかった。

 桝田の言った通り、好きじゃない男にされて。
 嫌悪感がないわじゃない。逃れられなくて。手も頭も動かせなくて、ちっとも怖くないわけでもない。
 ただ……怒りが湧いてこないことに戸惑った。

 目は閉じなかった。
 開いてなくても、キスの相手が涼弥じゃないことを忘れたりはしないけど。

 つぶってた桝田の目が開く。

將梧そうご……」

 名前を呼ばれ。
 え!?って声を出すために開いた唇に、桝田が舌を差し込んだ。

「っ……やっ……」

 嫌だ……涼弥……!

 心で呼んで、ハッとする。



 涼弥が見てる! 今、これを……!

 

 不可抗力なのが明らかでも、俺にどうすることも出来なくても。
 今、涼弥を苦しめてるのは……俺だ。

 カメラに向けそうになった目線をなんとか抑え、目を閉じて開ける。

 至近距離で合わせた目を、入れ替わりみたいに桝田が閉じて。俺の口内で、遠慮がちに舌が動く。
 強引に奥に押し入っては来ず、激しく舐って快感を求めるでもなく。見つけた俺の舌を、控えめにチロチロと舐める。
 当然、桝田のキスに応えたりはしない。かといって、抵抗する余地はなく。この時間が終わるのを待つしかない。

 ムリヤリなのに落ち着いてられるのは、桝田が攻めてこないのと……瞳に熱さがなかったせいだ。
 この男が、性欲に任せて俺にキスしてるんじゃないのがわかるから。



 ゆっくりと目を開けて俺から唇を離した桝田が。もう一度触れるだけのキスを落として上体を起こし、息を吐いた。

「ごめんね」

「……謝るなら、するなよ」

 俺を見つめ、困った顔で頷く桝田。

「そうだね。でも、また……謝ることになる」

 桝田がカメラを一瞥し、パソコンの前に戻る。

「次は杉原だ」

「え? 嫌だ……やめろ……やめさせろ……」

 画面を見る。

 パソコンの前にいた南海みなみが、涼弥の正面に移動して屈み込む。
 最後の数センチの距離を詰める前に、チラリとカメラに視線を投げた。



 涼弥……!



 好きな男に、ほかのヤツがキスするのを見るのは……ものすごく不快だった。

 何より。本人が望んでしてるんじゃないことが、不快さに輪をかける。
 そりゃさ、浮気とかで本人がしたくてやってるのもすげー嫌な気分になるだろうけど……それはまた別っていうか、悲しい感が勝つだろ。

 今はただ。
 南海への怒りがドクドクと湧き上がる。

 抗うのを早々に諦めて無反応に徹した俺と違って、涼弥は出来得る抵抗を見せたのか。
 南海は両手で涼弥を押さえつけて唇を重ねてる。右手で首筋を、左手で結わえた髪を鷲掴んで……はたで見ててわかるくらい、ムリヤリ激しいキスをしてる。



「やめろ……!」



 ここでどんなに叫んでも届かない俺の声に。
 まるで応じるかのようなタイミングで、南海がガバッと身体を離した。口元を擦った自分の手に視線を落としてる。
 涼弥は……。

 南海を睨んで。そして、少し開いた口から血が一筋流れてる。



 噛みついたのか……南海に。唇か舌か……切れるほど……。



「さすが……」

 桝田が呟いた。

「杉原は手強いね。どうするかな」

「今度は……何する気だ……?」

晃大こうたが話すよ。杉原に言って、そのあとキミに。もう少し待ってて」

「……何で、こんなことする?」

 俺の問いに、桝田は深い溜息をついてから口を開く。

「失敗に終わったけど、尚久なおひさがキミにしたこと。それを後悔してないこと。自分がそうしなかったこと。いろいろ考えて、晃大は歪んだ。恋愛に対する思考っていうのかな」

「歪んだ?」

「感情の向きがおかしくなった。尚久がいなくなって、晃大はキミを見るようになったよ」

「は……!?」

「尚久が好きだったキミを求めたんだ。晃大に頼まれて、俺はキミを観察してた」

「え……涼弥じゃないのか? 南海はそう言ったぞ」

「キミだよ。先週、化学の授業から戻る時、物理室から出てくるキミと杉原を見かけて追った。一緒にいた淳志あつしと。階段の途中で見てたら、あのシーンで……」

「だから、撮ったのか」

「キミはノンケだと思ってたから……衝撃でね。チャイムと同時に下りたすぐあとに杉原が来て、淳志と揉めたんだ」

 桝田が真摯な眼差しを俺に向ける。

「俺がキミを追って撮った動画で、淳志に脅されるハメになったこと。本当にすまなかった」

「それはもういい。俺たちが原因だし。けど……!」

 力を込めて、桝田の瞳をまっすぐに見る。

「これは何だよ!? あんたの目的は……!?」

 俺から目を逸らさず。でも、桝田は答えない。

「南海が……ナオ先輩のことで俺にってのもわからないけど、今これで何をしたいんだ?」

 問いを変えた。

 暫しの間。

「晃大の心は俺にもわからない。ただ、欲望の対象が尚久からキミに、キミから杉原にシフトした」

「俺が……涼弥を好きだって知ったから……か?」

「そう」

「で、俺を質にして涼弥を……ムリヤリ? レイプするのか? 逆レイプか?」

 桝田がまた無言。
 無言は……肯定か。

「ふざけんな! 解けよ今すぐ……!」



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