上 下
52 / 246

18-3 心構えが出来るまで、見守ってて

しおりを挟む
「りょ……っ」

 昼休みと同様に。
 発する声を防ぐための手が、俺の口を塞いだ。その手の主と俺が呼ぼうとした名前が、今回は逆で。
 そして、俺の心拍数は平常値のまま。



「送ってくれてありがとう。寄ってく? 將梧そうごもいると思うし」

「いや。今日はやめておく」

「さっきも言ったけど……ほんとに將梧に聞かなくていいの?」

「ああ」

「私だったら嫌だな。自分のこと勝手にこうだって思われて、勝手に自己完結されてたら。涼弥はかまわないんだ」

「誤解されたくなけりゃ、どうしても伝えたいことは伝える。今じゃなくてもな。將梧も……そうしてくれるはずだ」

「だといいけど……そうね。わかった」

「じゃあ、また」

「うん。今度遊びに来て」



 沙羅と涼弥の話し声が止んでほどなくして。入り口に沙羅が現れ、玄関に向かってくる。

 俺の口を塞いだかいの手は、息を詰めて二人の会話を聞いてる間に外されて。今は自由に声が出せる。
 ちょっと迷ってから声をかけようとしたら、先に沙羅が俺たちに気づいた。



 一瞬見開いた目を細めて、こっちに来て足を止めた沙羅の第一声は。

「こんな暗がりで、いけないことでもしてるの?」

 これだ。

「何でわざわざ外でするんだよ。誰もいない家の中に部屋あるのに。ていうか、しないだろ普通。友達と」

 嘘じゃない。これはほんとだよね?
 現時点では。

「沙羅ちゃんは、外でやんのが好きなの?」

 凱の軽口に、沙羅が口元だけをほころばせる。

「いいえ。星空の下もロマンチックだけど。完全防音仕様で、SMプレイ設備のある部屋のほうが好き」

「いーねー楽しそう。けど俺、SMは好きじゃねぇな」

「私も嫌い」

「声出す女は好きだぜ。外は近所迷惑になるから抑えろよ?」

「凱くんこそ。男とやる時は、あんあん喘ぎまくってるんでしょ? 聞けなくて残念」

「おい」

 たまらず、制止の声をかける。

 何故、コイツらはエロい嫌味の応酬を始めるのか。
 ろくに知らない同士なのに、息合ってるし。

「二人ともやめろ」

 沙羅の視線が俺に移る。

「ほんとは何してたの?」

「俺の恋愛相談だよ。それより、沙羅。何で涼弥と?」

「駅でバッタリ。暗くて危ないから家まで送るって言われて、何か話あるのかなって思ったから一緒に来たの」

 ベンチの横にあったプラスチック製のイスを俺たちの向かい側に持ってきて、沙羅が腰を下ろした。

「涼弥、何だって?」

「將梧には内緒にしてほしいって、頼まれてるから」

 フフンってあやしく光る瞳で見つめてくる沙羅。

「昨夜の、將梧の気持ちもちゃんと黙ってたわ。すっごく言いたくなったけど。グッとこらえたのよ」

「あーそれは、ありがとな。お前のこと信用してる」

「涼弥にも信用されてるから言わない」

 う。それは正しい……けどさ。
 俺のことも、信用してくれてるよね?



 沙羅が俺に話したって涼弥に言わないから!

 なんて。
 秘密って、こうやって縛り口緩んで漏れてくんだろうな。



「わかった」

 とりあえず、今は諦めとこう。

「でも、俺の話してたんだろ? 言いたいの堪えたって……何話しててバラしたくなったんだよ」

 沙羅が凱を見やる。

「凱は俺の気持ち知ってるから。涼弥のもな。勘と洞察力で」

「何それ」

「將梧のこと好きなんだろ、あいつ」

 唇の端を片側だけ上げる凱の笑み。

「もう知ってるから内緒じゃねぇな」

「なんでわかったの?」

「そうしか見えねぇじゃん?」

「そっか。凱くんは鋭いな。昨夜、そう思うって言ったのに……將梧は全然信じなくて」

「やっと信じたとこ。どっちも相手のことに鈍いからねー」

「そうなの! しかも二人とも恋愛にオクテだから、きっかけがないと進まなそうだし」

「沙羅ちゃんは進んでほしいの?」

「せっかく両想いなんだから、早くハッピーになってほしい。見てるこっちがじれったくなっちゃう」

 俺をチラリと見て、沙羅が溜息をつく。

「つき合う自信ないとか言っちゃって。何にでも『はじめて』はあるし、不安なのは当然でしょ? 時間かけて考えても、未知の世界は未知のまま」

「知りたいなら行くしかねぇよな」

「そう。いいこと言うじゃない、凱くん」

 惜しみない微笑みを浮かべる沙羅。
 凱に絡みたい気分は、もうどこかいったのね。
 
「特に涼弥は、將梧がハッキリ言わない限り絶対気づかないわ。教えてあげる人がいないと……」

「言うなよ。ほんとにそれだけは、頼むから」

 かなり本気で懇願する。

「今じゃなくても、どうしても伝えたいことは伝えるって……あいつ、言ってたじゃん。俺もそうするはずって。その通りだから」

 沙羅の眉間に微かな皺が寄る。

「聞いてたの?」

「すぐそこで話されたら聞こえるだろ。とにかく、自分のタイミングで言うからさ。急かさないで」

「いつ来るのよ、そのタイミング。つき合ってみなきゃわからないのに」

「もう少し……」

 男が平気か試してからね、とは言えない。

「心構えが出来た時。それまで見守ってて。あたたかく」

 俺を見る沙羅の表情はやさし気で。俺のハッピーを願ってくれてるのは本当だ。



 だけども。
 そのために俺が凱と……ってのは、沙羅の理解の範疇か?

 御坂の女癖の悪さに傷ついて。
 恋愛関係において、浮気しないことがかなり重要な沙羅の価値観で。
 涼弥が好きなのに凱とアレコレするって知ったら、反対されそうだよな。

 深音の時と同じ。二人とも何考えてるの?ってさ。



 涼弥とはまだつき合ってないから浮気じゃないし。
 何度もする予定はないし。
 理由を話せばわかってくれるかもしれない……けど。

 沙羅も涼弥と友達で、会えば話す間柄。
 セックスを試すことが内緒なのはもちろん、俺と凱があやしい……なんて思われないようにしないと。



「心構え……ね。それを相談してたの? わざわざうちに来て?」

 あー沙羅の瞳がイキイキ輝いてる。
 やっぱりあやしんでるのか……!?



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いろいろ疲れちゃった高校生の話

こじらせた処女
BL
父親が逮捕されて親が居なくなった高校生がとあるゲイカップルの養子に入るけれど、複雑な感情が渦巻いて、うまくできない話

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

上司に連れられていったオカマバー。唯一の可愛い子がよりにもよって性欲が強い

papporopueeee
BL
契約社員として働いている川崎 翠(かわさき あきら)。 派遣先の上司からミドリと呼ばれている彼は、ある日オカマバーへと連れていかれる。 そこで出会ったのは可憐な容姿を持つ少年ツキ。 無垢な少女然としたツキに惹かれるミドリであったが、 女性との性経験の無いままにツキに入れ込んでいいものか苦悩する。 一方、ツキは性欲の赴くままにアキラへとアプローチをかけるのだった。

【R18】息子とすることになりました♡

みんくす
BL
【完結】イケメン息子×ガタイのいい父親が、オナニーをきっかけにセックスして恋人同士になる話。 近親相姦(息子×父)・ハート喘ぎ・濁点喘ぎあり。 章ごとに話を区切っている、短編シリーズとなっています。 最初から読んでいただけると、分かりやすいかと思います。 攻め:優人(ゆうと) 19歳 父親より小柄なものの、整った顔立ちをしているイケメンで周囲からの人気も高い。 だが父である和志に対して恋心と劣情を抱いているため、そんな周囲のことには興味がない。 受け:和志(かずし) 43歳 学生時代から筋トレが趣味で、ガタイがよく体毛も濃い。 元妻とは15年ほど前に離婚し、それ以来息子の優人と2人暮らし。 pixivにも投稿しています。

処理中です...