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6-1 モヤモヤ押し込み、LHR開始
しおりを挟むうちの学園のトイレは広くてキレイだ。
といっても。トイレは用を足すための場所だから、くつろいで談話するのにはもちろん向かない。
俺と凱は2列ある個室の向こう、入り口から死角になるスペースまで足を進めて止まった。
「どうした? 立ってんのつらい?」
そう言われて、凱の肩にかけた腕と手に力が入ってたことに気づく。
「悪い。大丈夫……」
凱から腕を外し、大きく深呼吸。
そして、自分でもおかしいだろって思うレベルの作り笑いを浮かべた。
俺の不審な挙動に、凱は何も言わない。ただジッと俺の瞳を凝視してる。
ううっ……お願い何か喋って!
面白くなくていいから。
ほら、聞きたいことない……? やっぱ今はダメ。涼弥のこと聞かれても話せない。今は。ここでは。
ほかに何か……頼みとかない? 今ならオッケーするよ?
「將梧」
俺の心の声が聞こえたのか、凱が口を開く。
「今日か明日、学校終わってから時間ある?」
「へ……?」
「どっかで話する時間」
「あ……えーと、今日は用事あるけど明日なら……」
「んじゃ、明日な。俺、オシッコして先教室戻るねー」
俺の頭を無造作にひと撫でし、凱は去っていった。
有無をいう間もなく、明日の予定を入れられてしまった。
だけど……その強引さが、この場合は楽だったりもする。
何よりも今、俺をひとりにしてくれたことがありがたい。
頭と心に渦巻くモヤモヤを。晴らすのは無理でも、とりあえず奥の方に押し込んでおかないと……。
解決を先延ばしにされて見えないところに詰め込まれた問題は、いつかキャパを超えて噴出する。
それをわかっていながら今回もそうする愚かな俺は、6限目開始ギリギリに教室へと戻った。
タイミング悪く。
6限目はLHR。今日の長い学活は、来月開催される学祭の出し物を決めることになってる。
議長は委員長の俺……はぁ。
ここはしっかり、いつもの顔でこなさねば。
前半で個人の意見を周囲の人間と話し合ってある程度まとめてもらい、後半にそれらの候補から投票で決定。
何か決める時は、だいたいこのオーソドックスな方法が一番スムーズにいく……ていうか楽。俺がね。
ガヤガヤと話し声の飛び交う中。俺は副委員長の高畑玲史と書記の川北紫道とともに、教壇に腰を下ろした。
「当日は楽しいけど、準備がめんどくさいよね。学祭って」
明るい栗色に染めた髪をフワフワさせた、小柄で童顔な美少年系ゲイの玲史が言う。
「どうせなら繁盛する露店がいいなぁ」
「男女どっちにもウケる店じゃないとダメだぞ」
これは黒髪短髪で身長190センチの武闘派、紫道のコメント。
強面で硬派な紫道は、自己申告ではバイ。だけど、女の影はないし、ここの生徒との噂も聞いたことないから実態は不明。
「お前たちだけが楽しむ仕様で女の客が呼べないと、正親がむくれて協力しないだろうからな」
佐野正親は、うちのクラスの女好き代表だ。
美形とまではいかないけど人懐っこい顔とノリの良さ、そして、とにかく女にはやさしくマメらしくよくモテる。
そして、ゲイやバイに対しても、過激なヤツらに比べればまぁ理解があるほう……かな。
その佐野の声がクラス中に響く。
「やった! やっぱそうじゃん。言ったろ? こっち側だって」
「マジかー。俺が抱こうと思ってたのによ。ほんとにノンケ?」
「今は男とやる気はねぇな。女に飽きたら考えてみるよ」
「考えろ、今すぐ。世界が変わるぜ?」
「へー。だけど、そん時は俺が抱くほうね」
佐野に続いた声はサッカー部の岸岡幸佑。ガタイのいいクールなイケメン。この学園の受けにモテる。
そのバリタチの岸岡に、凱はなかなかいい返ししてるね。うん。
予定通り、ノンケのチャラ男設定でいくみたいだな。
「はいはーい! じゃあ、その気になったら、僕が手取り足取り教えてあげる!」
これは新庄。先月3ヶ月続いた先輩と別れたせいか積極的。
「僕も今から立候補しとこうかな」
俺の横で玲史が呟いた。
「え!? お前、ゴツめ悪めの男が好みじゃなかった?」
委員長キャラの俺にも、気さくに話せる友達が数人いる。
玲史と紫道は1年の時も同じクラスだったし、一緒にクラス委員をやるうちにさらに打ち解けたって感じ。
「そうだよ。でも興味深いんだよね、柏葉くん。ヘラヘラしてるけど、すごく影あると思うから。影って言うか闇? ああいう男を快楽で狂わせてみたい」
かわいい顔に不似合いな、ギラつく瞳を凱に向ける玲史。
いいところ突いてるけど、瞳が危ないって。
ギャップ萌え……になるのか?
自分よりひと回りも二回りも身体の大きな屈強な男を相手にする玲史は、岸岡と同じバリタチ。しかも鬼畜でドSらしい。
それを知らずに力づくで犯そうとした先輩を返り討ちにした玲史は、腕っぷしも強い。
ここまで見た目を裏切る性癖のヤツは、うちの学園でほかにいないだろうなぁ。
「来週は中間テスト、一月後には学祭。トラブルはごめんだ。ノンケに手を出すのはよしとけ」
「その通りだ、玲史。転校生はよそのクラスからも注目されて、ちょっかい出されやすい。わざわざうちで面倒を起こすな」
紫道に続けて、俺も先に言っておく。
「わかってるってば。あーつまんない。紫道は誘っても遊んでくれないし」
「お前の欲望についていける自信はないからな」
遊び……セックスは娯楽のひとつか。
今更だけど、みんな気軽にやるよね。そういうこと。
それが普通? 一般的な感覚? 高校生ってそんなもん?
俺だって、セックスを神聖な行為だなんて思ってないよ。
相手をただ出すためだけのオナホ代わりにしてるヤツはまた別だけどさ。恋愛感情がなくても。ちょっと好みだとかいいなってくらいで、誘うのも勃つのもイケるのもおかしくない。
批判的に見てるんじゃないの。
ただ単に、俺は……気軽にどころか、誰ともやりたいって思わないだけ。
「將梧は? 彼女、春からだっけ? そろそろ飽きてきたんじゃない?」
彼女……。
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