上 下
3 / 246

2-1 まったりランチタイム

しおりを挟む
 購買でパンと飲み物を買った俺と柏葉は職員室に寄り、美術準備室の鍵を開けて中に入った。石膏せっこうの胸像やイーゼル、ベニヤパネルなんかがゴチャゴチャと置かれた部屋を抜け、広々とした美術室に辿り着く。
 内鍵の施錠を確認して窓を開け、近くの作業台の下にあるイスを二つ引き出した。

 腰を下ろして緑茶を一口飲んでから、物珍し気にキョロキョロと辺りを見回す柏葉に声をかける。

「座れよ。ここなら誰か来る心配はないから、ゆっくり出来る」

「美術の先生、アッサリ鍵渡すんだな。悪用するヤツもいんじゃねぇの? 委員長、信用あるじゃん」

「俺、美術部だから」

「へー意外。絵なんか描くんだ」

「週1日か2日だけ。家に帰る前の息抜きにな」

 ふうんと言って俺と直角になる位置に腰を落ち着けた柏葉と、黙々とパンを食べる。



 会ってまだ1時間ちょっとの人間と、二人きりでランチとか。
 普段の俺ならもっとこう……気詰まりで落ち着かなかったり変に警戒心高めになったりするのに、今はリラックスしてる。

 柏葉の視線は窓の外。
 校庭に植えられた木と誰もいないサッカーグラウンドと空しかない景色は、特に面白くはなさそうだ。

 それにしてもコイツ、急に存在感薄くなったな。なんか植物っぽい。わざと気配消してるんじゃないのってくらい。
 眠っちゃって……は、ないよね? 目開いてるし、口モグモグ動いてるし。

 まぁ、とりあえず。気にしないで俺も食おう。



 柏葉がいるのに自分ひとりでいるような気楽さの中。ふと気づけば、俺も窓からの景色をボーっと眺めてる。
 
 うん。面白くはない。
 けど、まったりするのに目を惹くものは要らないもんな。
 あー。誰かといても気使わなくて済むって、楽チンでいいわー。

 ここまでの俺は、予定外のまったりランチタイムを満喫してた。



「ごちそーさまでした」

 コーヒーのボトルをタンッと置いて立ち上がった柏葉が、おもむろにブレザーを脱いで作業台に放った。
 10月の晴れた日で、南西向きの窓際は確かに暑い。
 俺も脱ごうとブレザーを肩から外したところで、柏葉の視線を感じて手を止めた。合わせた目を逸らさずに、脱いだ上着をゆっくりと作業台に置く。

「委員長って、なんかスポーツでもやってんの? あ。美術部だっけ」

 俺のほうを向いて座り直し、柏葉が言った。

「中学の時につき合いで空手やってたけど、今は……姉とジムに行く程度かな」

 姉とのジム通いにツッコんでくるなよ?
 いつもは適当に答えることも、コイツにはつい事実を口にしちゃう自分が謎だ。
 嘘がつきにくいというか。嘘ついても……全く意味がなさそうだからか。

「何で聞く? 運動部に入りたいのか?」

「ううん。鍛えた身体からだしてんなーって思っただけ」

 柏葉がニッと微笑む。

 あーそれは……。



 姉をスルーしてくれたのはよし。
 だけど、俺の身体の筋肉具合を気にするのはよろしくない。
 いや、自意識過剰なのはわかってるよ?
 コイツに俺を襲う気がないのも。たとえ襲われても、華奢きゃしゃな身体つきのコイツに俺は力で勝てそうだってことも。

 だけど。
 誰も邪魔が入らない、校舎のはじっこにある美術室に二人きり。
 ほんの少し前までは、観葉植物のパキラみたいにただそこにいるだけって感じだったのに。今はしっかりと動物の気を発してる高2男子Aと、突然そいつを意識し出す高2男子B。
 これは、お互いに今まで何とも思っていなかった二人が、欲望に流されてセックスして恋の錯覚が生まれる絶好のシチュ……。



 はいカーット!
 腐男子の妄想は終わりね。

 はー……こんな俺、クラスのヤツらには絶対知られたくない。
 しかも、目の前にいる転校生を不埒ふらちな妄想に使うとは……腐敗具合もここまできたか。
 ダメだ。現実を見よう。

 うん。柏葉の俺を見る目はエロくない。
 もちろん、俺の目もな。

 俺が好むのは、あくまでも二次元のBL。
 なまじこの学校にリアルなゲイがいっぱい棲息してるからいけないんだよ。
 実際にあっちこっちで男同士のアレコレを見せられれば、BLファンタジーと現実がごっちゃにもなるわ。



「さて、と。この学校のこと教えてよ」

 見つめ合ったままの状態で、今回は柏葉から口を開いた。

「ここで平和に普通に生きるためには、どうすんのが最善かってのも。委員長が頑張ってるみたいにさー」

「何だよそれ。俺が無理して自分を作ってるように聞こえるな」

「あれ? そーじゃねぇの?」

 首を傾げる柏葉の瞳が鋭い。
 なんか……悪者の目つきなんだけど?

「だから俺、お前と仲良くなれそーって思ったんだぜ。クラスメイトに見せてんのと違う顔、あるよな? 早瀬」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君は優しいからと言われ浮気を正当化しておきながら今更復縁なんて認めません

ユウ
恋愛
十年以上婚約している男爵家の子息、カーサは婚約者であるグレーテルを蔑ろにしていた。 事あるごとに幼馴染との約束を優先してはこういうのだ。 「君は優しいから許してくれるだろ?」 都合のいい言葉だった。 百姓貴族であり、包丁侍女と呼ばれるグレーテル。 侍女の中では下っ端でかまど番を任されていた。 地位は高くないが侯爵家の厨房を任され真面目だけが取り柄だった。 しかし婚約者は容姿も地位もぱっとしないことで不満に思い。 対する彼の幼馴染は伯爵令嬢で美しく無邪気だったことから正反対だった。 甘え上手で絵にかいたようなお姫様。 そんな彼女を優先するあまり蔑ろにされ、社交界でも冷遇される中。 「グレーテル、君は優しいからこの恋を許してくれるだろ?」 浮気を正当した。 既に愛想をつかしていたグレーテルは 「解りました」 婚約者の願い通り消えることにした。 グレーテルには前世の記憶があった。 そのおかげで耐えることができたので包丁一本で侯爵家を去り、行きついた先は。 訳ありの辺境伯爵家だった。 使用人は一日で解雇されるほどの恐ろしい邸だった。 しかしその邸に仕える従者と出会う。 前世の夫だった。 運命の再会に喜ぶも傷物令嬢故に身を引こうとするのだが… その同時期。 元婚約者はグレーテルを追い出したことで侯爵家から責められ追い詰められてしまう。 侯爵家に縁を切られ家族からも責められる中、グレーテルが辺境伯爵家にいることを知り、連れ戻そうとする。 「君は優しいから許してくれるだろ?」 あの時と同じような言葉で連れ戻そうとするも。 「ふざけるな!」 前世の夫がブチ切れた。 元婚約者と元夫の仁義なき戦いが始まるのだった。

【石のやっさん旧作 短編集】勇者に恋人を寝取られ追放されたが、別に良い...シリーズ

石のやっさん
ファンタジー
パーティーでお荷物扱いされていたケインは、とうとう勇者にクビを宣告されてしまう。最愛の恋人も寝取られ、居場所がどこにもないことを悟った彼は... そこからは...

お兄ちゃんは弟が好きで好きでたまらない

霧乃ふー  短編
BL
お母さんが再婚して僕には新しい家族が出来た。 お父さんの奏さんとお兄ちゃんの和樹。今では大好きな家族だ。 熱い夏の日。 学校から帰り家についた僕は和樹の靴が玄関にあるのをみてリビングに向かった。 そこには、美味しそうにアイスを食べている和樹がいて……

銭投げ勇者の殲滅美学 ~無能勇者だと追放されたが、小銭を投げたら世界最強だった~

レオナール D
ファンタジー
クラスメイトと一緒に異世界に召喚された高校生・銭形一鉄。 彼が召喚によって授かったのは、小銭を投げて相手を攻撃する『銭投げ』という非常に役に立たないスキルだった。 戦う力のない無能者として自分を召喚した王女に追放されてしまった一鉄であったが、役立たずの烙印を押された『銭投げ』は実はとんでもなく強力なスキルだった!? 悪党も魔物も、どんな敵もコイン1枚で瞬殺爆殺! 最強無敵の銭投げ勇者、異世界に降臨!? 他サイトで投稿していた作品を改稿したものになります。

私はあなたの何番目ですか?

ましろ
恋愛
医療魔法士ルシアの恋人セシリオは王女の専属護衛騎士。王女はひと月後には隣国の王子のもとへ嫁ぐ。無事輿入れが終わったら結婚しようと約束していた。 しかし、隣国の情勢不安が騒がれだした。不安に怯える王女は、セシリオに1年だけ一緒に来てほしいと懇願した。 基本ご都合主義。R15は保険です。

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。 苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。 それでもなんとななれ始めたのだが、 目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。 そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。 義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。 仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。 「子供一人ぐらい楽勝だろ」 夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。 「家族なんだから助けてあげないと」 「家族なんだから助けあうべきだ」 夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。 「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」 「あの子は大変なんだ」 「母親ならできて当然よ」 シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。 その末に。 「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」 この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫
恋愛
婚約者と姉が自分に隠れて逢瀬を繰り返していると気付いたイルーゼ。 婚約者を諫めるも聞く耳を持たず、父に訴えても聞き流されるばかり。 このままでは不実な婚約者と結婚させられ、最悪姉に操を捧げると言い出しかねない。 婚約者を見限った彼女は、二人の逢瀬を両親に突きつける。 貴族なら愛や恋よりも義務を優先すべきと考える主人公が、自分の場所を求めて奮闘する話です。 R15は保険、タグは追加する可能性があります。 ふんわり設定のご都合主義の話なので、広いお心でお読みください。 24.3.1 女性向けHOTランキングで1位になりました。ありがとうございます。

処理中です...