19 / 83
第4章 闇の瞳を持つ男
闇の正体 -3
しおりを挟む
「ラシャはもうひとつの世界、イエルに希由香と同じ魂を持つ者の存在を突き止め、その者から護りの場所を聞き出すつもりでいると汐から聞いた。あいつからが、無理だった場合に備えてな」
「それが…私なのね」
「そうだ」
キノの視線が、浩司のそれに絡む。
「俺が一族と一切のかかわりを持たずにいた理由を知った汐は、一刻も早くラシャに行き、継承者として覚醒するように言った。一族にとって必要なことだと。俺にはリシールの思想も信念も、ましてや継承者の使命なんかない。だが、俺はラシャに行く必要があった。汐と同様の力を得る必要もな。俺自身の意思でだ」
「どうして?」
「リシールとラシャから、守るためだ。希由香と…おまえをな」
キノは開きかけた口を閉じる。
「ラシャに行き、継承者として覚醒する。そして、俺を、希由香と同じ魂を持つ者に接触するその使いにさせる。そうすれば、これ以上希由香を危険に晒すこともなく、おまえをあいつの二の舞にしなくてすむ」
キノが再び口を開く。
「どうして? 希由香が護りを発動したのは彼女の意思でだよ。たとえ、知らずにだとしても。希由香は自分の運命の責任を、浩司に取らせる気なんかない。負担になりたくなんかない…私もよ」
キノは鋭い目で、浩司の瞳を射る。
「護りを見つけるのは、私の使命だって、そう言ったじゃない」
「その通りだ。だが、俺にもあるんだ。使命も、背負うべき十字架も、望みも。俺自身のためのな」
浩司の瞳の闇は、その暗さに共存する光を内包している。黒い、闇自身の放つ光。この瞳はこの先、これ以上、何を見なければならない運命なのだろう。
キノの心が、引き絞られるように痛んだ。
「汐さんは…納得したの?」
浩司が鼻で笑った。
「するしかないだろう。継承者の力を一番必要としてるのは、奴らだからな。汐には、希由香に何の手出しもするなと言ってある。もしあいつに何かあったら、俺の力がおまえたちのためになることはない。その逆だと」
「ラシャは?」
「…話し合いは長くかかったが、最後には了承した。お互い、相手の出す条件全てを飲んでな」
「条件?」
「合意するためには不可欠だろう。いろいろあるが…俺も向こうも、最優先するものは譲らずにすんだ」
「…浩司は何を手に入れて、何を…犠牲として払うの?」
「ほとんどは、護りが無事ラシャに戻ってからの話だ。おまえは知らなくていい」
「嫌よ!」
キノがいきなり立ち上がった。倒れた椅子の床にぶつかる音が、深い夜に響く。
「キノ…」
「私は、自分が護りを見つけたらどうなるか知らずに探すのは…嫌よ」
浩司は、キノの強い瞳を見つめる。
「世界を救うには、護りの力がどうしても必要だと言っただろう」
「だから何? 私は…私はこれ以上浩司に辛い思いをさせてまで、世界を救う気なんかない」
浩司は溜息をつきながら腰を上げ、キノに近づいて行く。
「私を眠らせる?」
その言葉に、浩司が足を止める。キノの涙は溢れる寸前だった。
「希由香には…世界よりも大切なものがあるの。希由香が守りたかったのは…浩司なんだよ。あなたを…闇から救いたかったのに…!」
力の限り、キノは浩司を抱き締める。かつて浩司が希由香にそうしたように。言葉に出せない切ない思いを、強く、優しく包み込むように。
「おまえに、希由香の記憶があるのはわかってる。これから更に思い出さなけりゃならないのもな。だが、おまえは希由香じゃない。それを忘れるな。俺に…忘れさせるな」
浩司はそっとキノの腕をほどく。
「これだけは信じろ。俺は、希由香を愛することは出来ないが、もう二度と、悲しませることもしない」
「…本当に?」
「ああ。護りが見つかれば、俺は何も失わない。得るものがあるだけだ」
「それなら、今は聞かない。でも、お願い。私に護りの場所がわかったら、手にする前に教えて。浩司が自分のために守りを見つけたいその理由…約束して」
浩司は一瞬躊躇し、うなずいた。
「わかった」
「嘘もなしよ」
「約束しなけりゃ、おまえは引き下がらないだろうからな」
そう言った途端、浩司の身体が揺れた。キノがそれを支える。
「どうしたの? どこか…?」
「ただ、少し…疲れてるだけだ。休めば治る」
「今日はもう寝た方がいいよ。ちゃんとベッドでゆっくり眠って。そうだ! コウの時はラシャの者だから大丈夫だって思ってたけど、浩司は生身の人間じゃない。今まで、随分無理してたんでしょ?」
「心配性なのは、あいつと一緒だな」
浩司が微笑む。
「とにかく横になって」
キノは、浩司を寝室へと連れて行く。心身ともに消耗しきっている浩司は、言われるままに身体を横たえた。
「朝までぐっすり眠って」
「おまえは…?」
「一緒に寝るよ。浩司が眠ったらね」
上体を起こそうとする浩司を制し、キノは浩司を見おろした。
「安心して。私も、襲ったりなんてしないから」
「自分の身の安全は? 俺はどんなに弱っても、その気になれば女を抱ける」
浩司の言葉に、キノは意味ありげな笑みを浮かべる。
「私もって言ったでしょう? 浩司が私に手を出すことはないもん。何故かは、自分でよくわかってるはずよ」
浩司が苦笑する。
「頭の切れ過ぎる女は、男には厄介だな」
「納得したら、眠って」
浩司が目を閉じるのを待って、キノは部屋の灯りを落とす。
「キノ…すまないな」
「おやすみなさい…いい夢を」
浩司の束の間の安息を願いながら、キノは静かにドアを閉めた。
「それが…私なのね」
「そうだ」
キノの視線が、浩司のそれに絡む。
「俺が一族と一切のかかわりを持たずにいた理由を知った汐は、一刻も早くラシャに行き、継承者として覚醒するように言った。一族にとって必要なことだと。俺にはリシールの思想も信念も、ましてや継承者の使命なんかない。だが、俺はラシャに行く必要があった。汐と同様の力を得る必要もな。俺自身の意思でだ」
「どうして?」
「リシールとラシャから、守るためだ。希由香と…おまえをな」
キノは開きかけた口を閉じる。
「ラシャに行き、継承者として覚醒する。そして、俺を、希由香と同じ魂を持つ者に接触するその使いにさせる。そうすれば、これ以上希由香を危険に晒すこともなく、おまえをあいつの二の舞にしなくてすむ」
キノが再び口を開く。
「どうして? 希由香が護りを発動したのは彼女の意思でだよ。たとえ、知らずにだとしても。希由香は自分の運命の責任を、浩司に取らせる気なんかない。負担になりたくなんかない…私もよ」
キノは鋭い目で、浩司の瞳を射る。
「護りを見つけるのは、私の使命だって、そう言ったじゃない」
「その通りだ。だが、俺にもあるんだ。使命も、背負うべき十字架も、望みも。俺自身のためのな」
浩司の瞳の闇は、その暗さに共存する光を内包している。黒い、闇自身の放つ光。この瞳はこの先、これ以上、何を見なければならない運命なのだろう。
キノの心が、引き絞られるように痛んだ。
「汐さんは…納得したの?」
浩司が鼻で笑った。
「するしかないだろう。継承者の力を一番必要としてるのは、奴らだからな。汐には、希由香に何の手出しもするなと言ってある。もしあいつに何かあったら、俺の力がおまえたちのためになることはない。その逆だと」
「ラシャは?」
「…話し合いは長くかかったが、最後には了承した。お互い、相手の出す条件全てを飲んでな」
「条件?」
「合意するためには不可欠だろう。いろいろあるが…俺も向こうも、最優先するものは譲らずにすんだ」
「…浩司は何を手に入れて、何を…犠牲として払うの?」
「ほとんどは、護りが無事ラシャに戻ってからの話だ。おまえは知らなくていい」
「嫌よ!」
キノがいきなり立ち上がった。倒れた椅子の床にぶつかる音が、深い夜に響く。
「キノ…」
「私は、自分が護りを見つけたらどうなるか知らずに探すのは…嫌よ」
浩司は、キノの強い瞳を見つめる。
「世界を救うには、護りの力がどうしても必要だと言っただろう」
「だから何? 私は…私はこれ以上浩司に辛い思いをさせてまで、世界を救う気なんかない」
浩司は溜息をつきながら腰を上げ、キノに近づいて行く。
「私を眠らせる?」
その言葉に、浩司が足を止める。キノの涙は溢れる寸前だった。
「希由香には…世界よりも大切なものがあるの。希由香が守りたかったのは…浩司なんだよ。あなたを…闇から救いたかったのに…!」
力の限り、キノは浩司を抱き締める。かつて浩司が希由香にそうしたように。言葉に出せない切ない思いを、強く、優しく包み込むように。
「おまえに、希由香の記憶があるのはわかってる。これから更に思い出さなけりゃならないのもな。だが、おまえは希由香じゃない。それを忘れるな。俺に…忘れさせるな」
浩司はそっとキノの腕をほどく。
「これだけは信じろ。俺は、希由香を愛することは出来ないが、もう二度と、悲しませることもしない」
「…本当に?」
「ああ。護りが見つかれば、俺は何も失わない。得るものがあるだけだ」
「それなら、今は聞かない。でも、お願い。私に護りの場所がわかったら、手にする前に教えて。浩司が自分のために守りを見つけたいその理由…約束して」
浩司は一瞬躊躇し、うなずいた。
「わかった」
「嘘もなしよ」
「約束しなけりゃ、おまえは引き下がらないだろうからな」
そう言った途端、浩司の身体が揺れた。キノがそれを支える。
「どうしたの? どこか…?」
「ただ、少し…疲れてるだけだ。休めば治る」
「今日はもう寝た方がいいよ。ちゃんとベッドでゆっくり眠って。そうだ! コウの時はラシャの者だから大丈夫だって思ってたけど、浩司は生身の人間じゃない。今まで、随分無理してたんでしょ?」
「心配性なのは、あいつと一緒だな」
浩司が微笑む。
「とにかく横になって」
キノは、浩司を寝室へと連れて行く。心身ともに消耗しきっている浩司は、言われるままに身体を横たえた。
「朝までぐっすり眠って」
「おまえは…?」
「一緒に寝るよ。浩司が眠ったらね」
上体を起こそうとする浩司を制し、キノは浩司を見おろした。
「安心して。私も、襲ったりなんてしないから」
「自分の身の安全は? 俺はどんなに弱っても、その気になれば女を抱ける」
浩司の言葉に、キノは意味ありげな笑みを浮かべる。
「私もって言ったでしょう? 浩司が私に手を出すことはないもん。何故かは、自分でよくわかってるはずよ」
浩司が苦笑する。
「頭の切れ過ぎる女は、男には厄介だな」
「納得したら、眠って」
浩司が目を閉じるのを待って、キノは部屋の灯りを落とす。
「キノ…すまないな」
「おやすみなさい…いい夢を」
浩司の束の間の安息を願いながら、キノは静かにドアを閉めた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
反省の意
糸田造作
大衆娯楽
日常でくすりと笑えるお話はいつでもどこかに転がってるはず。
戦争、病気、犯罪、人間関係、仕事…
ストレスや不安が多いこの世の中で戦うすべての人に少しでもくすりと笑える時間を処方致します。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる