上 下
57 / 167

057 見過ごせない:S

しおりを挟む
 西住にしずみと顔を見合わせた。
 俺たちがいるのは、2階と3階の間の踊り場。下の階段の手前にいるのは、藤村とE組の……高林か。

 第一校舎の2、3階の教室でやってる出し物はなく。北側のこの階段に、人通りは少ない。現に。選挙結果発表の校内放送から今まで、この辺りには俺と西住しかいなかった。
 だからだろう。藤村と高林は、こっちの存在に気づいてない様子で。

「何のチャンスだ?」

「人前のがフリやすいじゃん? フラれたら、パフォーマンスの一部って感じで笑い取れるしよ」

 高林に答える藤村。
 聞くつもりはなくとも聞こえる会話は、今さっき西住が話したばかりの内容で。

「どこがチャンス? 意味わかんねぇ。お前、フラれたいの?」

「まさか……けど。あいつが俺をフルのに、罪悪感みたいなのナシにしてほしいんだ。出来るだけよそよそしくされたくねぇからさ」

「……お前がゲイなのはかまわなくても、自分を狙ってるとなりゃ話は別だ。当然、警戒すんだろ」

「させねぇよ。フラれたら、潔く。アレはジョークだって押し切る。そのためのステージ。チャンスなの」

「逆は?」

 暫しの間があり、高林が問う。

「ライブのラストに告られて。その場はノリでオッケー出して、あとでジョークって取り消すのもあんじゃねぇか?」

「ねぇだろ」

 藤村の笑いを含んだ声。

「観客の前でゲイ宣言。お前ならウケ狙いでオッケーするかもしんねぇけど、あいつはしねぇよ。イエスは、マジでイエスの時だけのはず」

「そう……かもな」

「ま、とにかく。ラストのパフォーマンス、委員長たちには話つけてあるからさ」

「止めてもムダか」

 高林が溜息をつく。

「結果はどうでも。バンド解散するハメにはなんねぇようにしろ」

「まかせて。俺、あいつに嫌われることは絶対しねぇよ」

「もうとっくに3時過ぎてる。急ぐぞ」

「やべ!」

 藤村と高林が、バタバタと走り去った。



守流まもるさん……」

 無言で2階に降りたところで、西住が口を開く。

「 成功してほしいです」

「ああ。うまくいくといいな」

 西住に合わせるわけじゃなく、そう思った。

「川北さんもライブ見に来てくださいね」

 藤村の思いを聞いちまったからには、見届けたい気もするが……。

「4時まで見回りだぞ」

「3時55分から4時15分までが持ち時間みたいです。ラスト1曲と告白には間に合いますよ」

「そうか」



 学祭ライブのトリの坂口のバンドは人気があるらしく。

『今年の軽音のライブは見に行けよ。とにかく一回聞いてみろ、マジで上手いから……』

 そう、ロック好きの和希に勧められ。
 玲史には、気が向いたら行ってみようと言ってある。



「高畑さんと一緒に?」

 そう尋ねる西住の瞳が、微妙に輝いてるようで。
 誤解、というか。勝手に。たぶん、見た目的な判断で。俺が玲史を抱いてる想像をされる……のは、やっぱりよくない。

「ああ。行くなら、一緒だ」

「いいなぁ、俺も誰かとつき合いたいです。高畑さんみたいにかわいいヤツと」

「西住。お前、ちょっと思い違いしてるようだが……」

 2階の教室を順に覗いてチェックしながら。
 努めてカジュアルに。

「俺は玲史を抱いちゃいない」

「え……まだやってないんですか?」

「やってない」

 ゆるく驚きの表情になった西住に。

「それに、玲史はタチだからな」

 明白な事実を。

「やるなら……あいつが俺に突っ込むんだ」
 
「え!?」

 そこまで驚かなくてもってくらい。口を開けたまま、西住が見開いた目で俺を見つめる。

「お前の中の玲史のイメージを壊して悪いが、まぁ……そういうことだ」

 ほとんど止まってるみたいなスローペースの歩調を少し速め、視線を西住から教室へと移す。
 ここも無人。学祭も終盤。出し物に未使用の教室でイチャつくカップルには、まだ遭遇してない。

「あ、の……マジで?」

 すぐ後ろから、西住がなおも聞く。

「高畑さんがあなたを、抱く?」

「……かわいい顔してようが、玲史は男だぞ」

 ケンカは強いし、サド嗜好の……ってのは言わないでおく。プライバシーだからな。

「わかってます。高畑さんがタチなのは意外だけど、それはそれでアリだと思うし」

 事実を伝えてスッキリしたところに。

「でも。あなたが抱かれる側っていうのは、正直……驚きです。イメージ湧かない。もともとなんですか?」

 また、質問。
 答えに窮する類の……。

「バイなら、女ともあるんですよね? で、男には抱かれるって。最初、抵抗とかなかったんですか? 男とやる時はいつもネコ役?」

 好奇心剥き出しなのはともかく。
 どうして問いを重ねまくるんだ、コイツは。
 しかも。
 思い出したくないことを、嫌でも思い出しちまう問いばかり……キツいな。
 嘘はつきたくないが。



 もともとの性指向なんか知るか。
 女とやったのは一度だけ。
 最初に強要されたセックスで嫌々抱かれ、抵抗もクソもない。
 そいつに何度もやられたが、ほかはない。だから、『いつも』っていえる経験はない。



 そう、マジで答える気にもならない。

 そもそも。好きで男に抱かれたことなんかねぇのに、自分がネコだって認識……いや。ごまかすな。
 脅しを受け入れて。突っ込まれるのに屈辱を感じてた、くせに。
 このあさましい身体は、気持ちよがってた。ほしがってさえいた。あんなヤツの……。



 深く、息を吐く。

「俺はどっちでもかまわない。玲史が抱きたいなら、抱かれるだけだ」

 自分から持ち出しといて勝手だが、もう…この話題は終わりにしたい。

 嫌な記憶も。
 ここんとこずっと燻ってる欲の熱も。
 今は遠くへやって、見回りに集中しよう。

 都合よく。
 西住が口を開く前に、廊下の先でドアの開く音がした。

「何でもするって言ったよなぁ? 俺らの精液便所にしてやるからさ。とりあえず、順番にしゃぶってて」

 2階の一番奥。普段は使われてない空き教室から聞こえた不穏なセリフに。西住と視線を合わせ、すぐさま前に戻す。

「先にションベン出してくるわ」

 声とともに、痩せ体型で背の高い茶髪の男が現れた。
 私服だが、高校生に見える。うちの学園の生徒の知り合いか何かか。

「あー、もしかして見回り? ご苦労さん」

 ドアを閉めた男が、風紀の腕章をつけた俺たちを見て言い。そのまま素通りしようとする。

「待ってください」

 男の進路を塞ぐ形で、一歩足を踏み出した。

「今の、聞こえました。教室の中を確認します」

 何事もないようにされても、何事もないわけがない。

「は? 何で?」

 平然として、男が唇の端を上げる。

「お前らの世話になることしてねぇぜ?」

「学園内で、風紀を乱す行為は禁止されてるんですが……」

「フェラくらい、誰も見てねぇとこなら別にいいだろ」

 うちのヤツじゃなかろうと、どんな関係だろうと。ここでソレはアウトで。
 けど、そんなことより。

 どういう経緯か知らないが、人を精液便所にするってのは見過ごせない。



 本人が『何でもする』と言ったとしても、だ。



「ダメだ。とにかく、やめさせる」

「はぁ? おい!」
「川北さん!」

 西住が呼び止めるのを無視し、肩を掴もうとした男の手を振り払い。ドアを開けた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾り契約でしたが、契約更新には至らないようです

BBやっこ
恋愛
「分かれてくれ!」土下座せんばかりの勢いの旦那様。 その横には、メイドとして支えていた女性がいいます。お手をつけたという事ですか。 残念ながら、契約違反ですね。所定の手続きにより金銭の要求。 あ、早急に引っ越しますので。あとはご依頼主様からお聞きください。

婚約者の貴方が「結婚して下さい!」とプロポーズしているのは私の妹ですが、大丈夫ですか?

初瀬 叶
恋愛
私の名前はエリン・ストーン。良くいる伯爵令嬢だ。婚約者であるハロルド・パトリック伯爵令息との結婚を約一年後に控えたある日、父が病に倒れてしまった。 今、頼れるのは婚約者であるハロルドの筈なのに、彼は優雅に微笑むだけ。 優しい彼が大好きだけど、何だか……徐々に雲行きが怪しくなって……。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※ 相変わらずのゆるふわ設定です。R15は保険です ※ 史実等には則っておりません。ご了承下さい ※レナードの兄の名をハリソンへと変更いたしました。既に読んで下さった皆様、申し訳ありません

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

月読-つくよみ-

風見鶏ーKazamidoriー
BL
月読を継いだアキラには九郎という共に生きるものがいた。しかし、成長するにつれて複雑になっていく人間関係と周囲の環境。アキラは翻弄され、周囲の男達もまた翻弄される。アキラと九郎の2人はどのように乗りこえて行くのか!? 御山へすむ神と妖と人が織りなす物語。 登場人物があらかた体格の良い男ばかりです。妖とバトルあり、修行あり、エロありの物語。 怪我や血の表現もありますので、苦手な方は注意して下さい。爽やかではないギャグ要素も出てきます。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。 レイプなどモラルに反した描写もありますが、決して推奨しておりません。 ムーンライトノベルズにも掲載してます。 ⓒ2023 kazamidori 盗用・無断転載は禁止しています。

コブ付き女サヨナラと婚約破棄された占い聖女ですが、唐突に現れた一途王子に溺愛されて結果オーライです!

松ノ木るな
恋愛
 ある城下町で、聖女リィナは占い師を生業としながら、捨て子だった娘ルゥと穏やかに暮らしていた。  ある時、傲慢な国の第ニ王子に、聖女の物珍しさから妻になれと召し上げられ、その半年後、子持ちを理由に婚約破棄、王宮から追放される。  追放? いや、解放だ。やったー! といった頃。  自室で見知らぬ男がルゥと積み木遊びをしている……。  変質者!? 泥棒!? でもよく見ると、その男、とっても上質な衣裳に身を包む、とってもステキな青年だったのです。そんな男性が口をひらけば「結婚しよう!」?? ……私はあなたが分かりません!

【読み切り版】婚約破棄された先で助けたお爺さんが、実はエルフの国の王子様で死ぬほど溺愛される

卯月 三日
恋愛
公爵家に生まれたアンフェリカは、政略結婚で王太子との婚約者となる。しかし、アンフェリカの持っているスキルは、「種(たね)の保護」という訳の分からないものだった。 それに不満を持っていた王太子は、彼女に婚約破棄を告げる。 王太子に捨てられた主人公は、辺境に飛ばされ、傷心のまま一人街をさまよっていた。そこで出会ったのは、一人の老人。 老人を励ました主人公だったが、実はその老人は人間の世界にやってきたエルフの国の王子だった。彼は、彼女の心の美しさに感動し恋に落ちる。 そして、エルフの国に二人で向かったのだが、彼女の持つスキルの真の力に気付き、エルフの国が救われることになる物語。 読み切り作品です。 いくつかあげている中から、反応のよかったものを連載します! どうか、感想、評価をよろしくお願いします!

【18禁版】この世の果て

409号室
BL
昼メロチックな読み出したら止まらないジェットコースター18禁BL作品。 その復讐は行われるーー美しくも凄惨に。 日本有数の大企業・雪花コーポレーションの若き青年社長・雪花海杜は、元々はピアニストを目指しながらも、父の意向で後継者になった過去を持ち、自らの生き方に微かな疑問を抱き始めていた。 まだ学生時代、父の秘書としてある小さな町工場を訪れた海杜は、そこで信じられない光景を目にする。 融資を願い出る夫婦を冷酷にあしらう父の姿にショックを受けながら、そこを後にする瞬間、感じた視線。 それは、その夫婦の幼い息子の瞳だった。 彼はそれ以来、毎晩、その時、自分を刺すような目で見つめてた少年の夢でうなされていた。 そんな彼の右腕としてサポートする美貌の秘書・咲沼英葵。 実は彼こそ、海杜をはじめとした、雪花一族に復讐を誓うあの少年の成長した姿であった。 英葵は亡き両親の無念を晴らす為、雪花コーポレーションに入り込んでいた。 何も知らずに友情を深め合う、同級生の英葵の妹・美麻と海杜の妹・菊珂。 海杜に許されぬ愛を抱く、若く美しい義母・里香。 年の離れた海杜の弟で、里香の息子・夕貴。 海杜の従兄弟で、副社長を務め、形勢逆転を狙う野心的な更科恭兵。 飽和状態にまで張り詰めた彼らに突然降りかかる災厄。 それを期に、運命の歯車は静かに回り出す。 美しく、そして凄惨に。 イラスト:聖る様

ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。

濃子
BL
異世界に召喚され、世界に起こる災害、魔蝕(ましょく)を浄化することになった聖女ルート(男)と、その護衛の王子アレクセイとの恋物語です。 基本はギャグファンタジーなBLです。 ルートと一緒に異世界に転移したクラスメイト(双子の葛城姉弟、剣道部の東堂、不思議女子町子、クラス1の美人花蓮)達の、葛藤や成長の物語でもあります。 最初は勢いで、結婚することをオッケーをしてしまったルートですが、アレクセイの優しさにふれ、少しだったり突然だったり、困難を乗り越えながら二人の距離が縮まっていきます。 第一部の終わりに結婚した二人ですが、第二部では仲間の環境、国外の問題に向き合いながら、結婚生活を楽しんでいます。 タイトルの後ろに♡があるときは、ラブな展開があります。☆があるときは、ちょっとエッチな展開があります。 よろしければお目をとめてください。

処理中です...