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第2章:息子の同性愛指向を治したい
2. セラピーを受けるなら二人一緒にだ
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「どうする? 悩みがあるのはあなただろう?」
やわらかくなった葦仁先生の口調に、母親が気を取り直すように息を吐く。
「私の知り合いが、先生のことを高く評価していたの。ここのセラピーは占いとは違う。悩みの根本を解決してくれると」
先程までの高飛車な態度は少し弱まったものの、挑むような瞳を葦仁先生に向ける母親。
「今までに何人もの先生に相談したけど、本人抜きで私だけじゃうまくいかないみたいで……今日、やっとこの子がこのビルまでつき合って来てくれたから、どうしても先生のセラピーを受けさせたいの」
「じゃあ、助手を困らせず、素直に受付を済ませればいい。なぜ僕に会ってから決めたいと?」
「それは……」
それは?
ここまで聞いたら、気になるのも道理でしょ。
お望み通り先生に会ったんだし、正式にクライアントとして……あ。結局、クライアントは息子ってこと?
でも、本人は受ける気はないって……。
「先生が信用出来る人物か確かめたかったのよ。デリケートな問題を打ち明けるんだから」
「それで? 僕はあなたの信用に足る人間だと判断されたのかな」
「ええ。ぜひ、この子にセラピーをお願いするわ」
「母さん。俺にセラピーは必要ない。何度言ったらわかるんだ」
うんざりした様子で息子が拒否の言葉を口にする。
「どうしてもって言うから今日1日、3軒も占いと霊能者のところに行った。だけど、何の意味もなかっただろ。それは母さんの悩みで俺のじゃないからだよ」
「きみは悩んでないんだね?」
葦仁先生が息子に尋ねた。
「はい。だから、母に取り合わなくていいです」
「でも、彼女が悩んでいるのはきみのことなんだろう?」
「俺のことだけど、俺のためにじゃない」
「あなたのためよ! だってこのままじゃこの先どうするの? 世間にも……」
「結局! 俺のせいで自分が恥ずかしい思いをするのが嫌なだけだろ?」
また親子間でヒートアップしていきそうな言い合いに、葦仁先生が割って入る。
「きみは学生?」
「はい。大学2年で20歳です」
息子の答えに頷くと、葦仁先生は母親と向き合った。
「彼はもう法的にも自分に責任の持てる年齢だ。たとえ息子でも、あなたに彼の人生をコントロールする権利はないよ」
「大人と呼ばれる歳になっても、親が我が子に幸せになってほしいと願うのは当然でしょう? 間違いを正してあげようとするのも」
「間違い?」
葦仁先生の視線を受け、息子が短く溜息をつく。
「俺は同性愛者なんです。母は、俺の性指向をどうにかして治したい……心の病気か悪霊に取りつかれたせいだと思ってるから」
突然のカミングアウトに、シンと空気が固まった。
息子がゲイなのが母親の悩み……でも、これ……。
「なんだ。そんなことか」
葦仁先生が笑った。
先生にとっては当人以外が悩むようなことじゃない。
今の世の中、ゲイもレズも特別な存在じゃないもの。
「間違ってるのはあなただよ、お母さん」
人を小馬鹿にしたような物言いに、母親が口を開く。だけど、言葉は出てこない。
「そして、息子がゲイであることがあなたの悩みなら、今すぐ解決出来る。解決というより、消滅かな」
「あなたに……」
母親が声を絞り出す。
「私の悩みを消す力があるっていうのね?」
「あるよ。息子じゃなくあなたがクライアントとしてセラピーを受けるならね」
葦仁先生が母親を見据える。
驚いた。
ここまでアグレッシブな先生、初めて見たわ。
感情的になることはほとんどない。ムキになったり意地になったりすることなく、人と接することが出来る。
それがカラーセラピストに必要な資質だと、先生を見て思ってたのに。
「どうする? 僕のクライアントになるか、悩みを抱えたまま生きていくか」
「あの……先生?」
母親が答えを選ぶ前に、息子が口を開いた。
「俺がゲイなのは大したことじゃないんですか?」
「きみは何か問題があると思ってるの?」
「問題というか……親には申し訳ないって思いますよね、普通」
葦仁先生が呆れ顔で息子を見て首を振る。
「そうか。きみがそう思うことは問題だな。わかった。セラピーを受けるなら二人一緒にだ。でなければ意味がない。お母さん?」
呼びかけに母親が自分と目を合わせるのを待って、葦仁先生が続ける。
「息子と二人でのセラピーを受けるかどうか、あなたが今決めてください」
葦仁先生の誠実な眼差し。眉を寄せる息子の悲し気な瞳。
それらを交互に見つめ、母親が浅く2度頷いた。
「この悩みが消えるというなら……受けるしかないわね。これが最後になることを信じるわ」
「母さん……」
息子はホッとしたような、ちょっと警戒するような複雑な表情で呟いた。
「受付のあなた。何か手続きがあるなら早くして」
私に対してはあくまでも偉そうな口調の母親に内心苦笑しつつ、表面上は穏やかな笑みを浮かべて受付表を取り出した。
「まずは、こちらの受付表にご記入をお願いします」
カウンターの上に1枚の紙とペンを置く。
「注意事項が記載されていますので、お二人ともしっかりと目を通してください」
親子が並んで紙面に目を落とすのを見て、カウンターから出た私は入り口のドアへと向かった。
葦仁先生は、セラピールームに戻ったようだ。
ドアにかけてある『受付中』の札を裏返して『カウンセリング中』にする。
そして、いつものようにドアの内鍵をカチャリとかけた。
やわらかくなった葦仁先生の口調に、母親が気を取り直すように息を吐く。
「私の知り合いが、先生のことを高く評価していたの。ここのセラピーは占いとは違う。悩みの根本を解決してくれると」
先程までの高飛車な態度は少し弱まったものの、挑むような瞳を葦仁先生に向ける母親。
「今までに何人もの先生に相談したけど、本人抜きで私だけじゃうまくいかないみたいで……今日、やっとこの子がこのビルまでつき合って来てくれたから、どうしても先生のセラピーを受けさせたいの」
「じゃあ、助手を困らせず、素直に受付を済ませればいい。なぜ僕に会ってから決めたいと?」
「それは……」
それは?
ここまで聞いたら、気になるのも道理でしょ。
お望み通り先生に会ったんだし、正式にクライアントとして……あ。結局、クライアントは息子ってこと?
でも、本人は受ける気はないって……。
「先生が信用出来る人物か確かめたかったのよ。デリケートな問題を打ち明けるんだから」
「それで? 僕はあなたの信用に足る人間だと判断されたのかな」
「ええ。ぜひ、この子にセラピーをお願いするわ」
「母さん。俺にセラピーは必要ない。何度言ったらわかるんだ」
うんざりした様子で息子が拒否の言葉を口にする。
「どうしてもって言うから今日1日、3軒も占いと霊能者のところに行った。だけど、何の意味もなかっただろ。それは母さんの悩みで俺のじゃないからだよ」
「きみは悩んでないんだね?」
葦仁先生が息子に尋ねた。
「はい。だから、母に取り合わなくていいです」
「でも、彼女が悩んでいるのはきみのことなんだろう?」
「俺のことだけど、俺のためにじゃない」
「あなたのためよ! だってこのままじゃこの先どうするの? 世間にも……」
「結局! 俺のせいで自分が恥ずかしい思いをするのが嫌なだけだろ?」
また親子間でヒートアップしていきそうな言い合いに、葦仁先生が割って入る。
「きみは学生?」
「はい。大学2年で20歳です」
息子の答えに頷くと、葦仁先生は母親と向き合った。
「彼はもう法的にも自分に責任の持てる年齢だ。たとえ息子でも、あなたに彼の人生をコントロールする権利はないよ」
「大人と呼ばれる歳になっても、親が我が子に幸せになってほしいと願うのは当然でしょう? 間違いを正してあげようとするのも」
「間違い?」
葦仁先生の視線を受け、息子が短く溜息をつく。
「俺は同性愛者なんです。母は、俺の性指向をどうにかして治したい……心の病気か悪霊に取りつかれたせいだと思ってるから」
突然のカミングアウトに、シンと空気が固まった。
息子がゲイなのが母親の悩み……でも、これ……。
「なんだ。そんなことか」
葦仁先生が笑った。
先生にとっては当人以外が悩むようなことじゃない。
今の世の中、ゲイもレズも特別な存在じゃないもの。
「間違ってるのはあなただよ、お母さん」
人を小馬鹿にしたような物言いに、母親が口を開く。だけど、言葉は出てこない。
「そして、息子がゲイであることがあなたの悩みなら、今すぐ解決出来る。解決というより、消滅かな」
「あなたに……」
母親が声を絞り出す。
「私の悩みを消す力があるっていうのね?」
「あるよ。息子じゃなくあなたがクライアントとしてセラピーを受けるならね」
葦仁先生が母親を見据える。
驚いた。
ここまでアグレッシブな先生、初めて見たわ。
感情的になることはほとんどない。ムキになったり意地になったりすることなく、人と接することが出来る。
それがカラーセラピストに必要な資質だと、先生を見て思ってたのに。
「どうする? 僕のクライアントになるか、悩みを抱えたまま生きていくか」
「あの……先生?」
母親が答えを選ぶ前に、息子が口を開いた。
「俺がゲイなのは大したことじゃないんですか?」
「きみは何か問題があると思ってるの?」
「問題というか……親には申し訳ないって思いますよね、普通」
葦仁先生が呆れ顔で息子を見て首を振る。
「そうか。きみがそう思うことは問題だな。わかった。セラピーを受けるなら二人一緒にだ。でなければ意味がない。お母さん?」
呼びかけに母親が自分と目を合わせるのを待って、葦仁先生が続ける。
「息子と二人でのセラピーを受けるかどうか、あなたが今決めてください」
葦仁先生の誠実な眼差し。眉を寄せる息子の悲し気な瞳。
それらを交互に見つめ、母親が浅く2度頷いた。
「この悩みが消えるというなら……受けるしかないわね。これが最後になることを信じるわ」
「母さん……」
息子はホッとしたような、ちょっと警戒するような複雑な表情で呟いた。
「受付のあなた。何か手続きがあるなら早くして」
私に対してはあくまでも偉そうな口調の母親に内心苦笑しつつ、表面上は穏やかな笑みを浮かべて受付表を取り出した。
「まずは、こちらの受付表にご記入をお願いします」
カウンターの上に1枚の紙とペンを置く。
「注意事項が記載されていますので、お二人ともしっかりと目を通してください」
親子が並んで紙面に目を落とすのを見て、カウンターから出た私は入り口のドアへと向かった。
葦仁先生は、セラピールームに戻ったようだ。
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