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第2章:息子の同性愛指向を治したい

1. 母親と息子

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「こんにちは。カラーセラピー研究室『ドロック』にようこそ。助手の西園寺と申します」

 受付カウンターからいつも通りの挨拶をした私を見て、50代中頃とおぼしき女性が険しい表情で目を細めた。

「ここの先生を呼んでちょうだい」

「セラピーをご希望でしたら、まずこの受付表に……」

「先生に会ってみてからじゃないと、セラピーを受けるかどうか決められないと言ってるの」

 目の前の女性が、私の言葉をぞんざいに遮った。

 キレイにウェーブのかかった焦げ茶色の髪に、すきのないメイクで覆われた気難し気な顔。若い頃は美人と言われていたかもしれないし、今も十分に上品でステキな中年女性と評されるかもしれないけど。
 自らやって来たセラピーの受付で、初対面の私を見下すようなその態度は美しくない。

「早く先生を呼んできなさい」

 イライラした声で強要する女性に、ちょっとムカついてくる。

「先生はクライアントとしかお会いしません」

 あ。つい言っちゃった。
 まだ会って1分だけどわかる。
 私、この人好きになれないわ。

「何なのその言い方。失礼な人ね。とにかく先生を……」

「母さん!」

 バンとドアが開き、若い男性が飛び込んで来た。

「もういい加減諦めてください。帰ろう」

「まだ6時だもの。せっかく来たんだから、もうひとりくらいみてもらわなきゃ」

「3人で十分だろ? それに何度も言ってるように、誰にみてもらっても同じだよ。これは病気でも悪霊の仕業でもない。治るとかの次元の問題じゃないんだ」

「医者が役に立たないのはわかったわ。だから占いだのセラピーだのに頼ってるんじゃないの。力のある先生ならきっと……」

「どんな力があっても無理だ」

 若い男性の語気が強まる。

「俺は変わらない。たとえ母さんが受け入れられなくても……ごめん」

「あの……」

 私の存在を無視して目の前で繰り広げられる親子のいさかいに、口を挟む。

「セラピーを受ける気がないのであれば、続きは外でお願いします」

 諍いの原因にほんのちょっぴり好奇心が湧いたけど、クライアントではない人間は早々に退場してもらわなければ。

「受ける気があるからここに来たのよ」

「すみません。お騒がせしてしまって」

 二人の反応は正反対だ。

 傲慢ごうまんな態度の母親と、常識をわきまえているらしい息子。
 息子のほうは、スッキリと整った顔立ちに程よい長さのサラサラ茶髪。まだ学生かな? 女子にかなりモテそうな容姿をしている。

「先生を呼んで」

「セラピーは不要なので、すぐに出て行きます。ほら、母さん」

 母親の腕を引いて連れ出そうとする息子と、その手を払いのける母親。

 あーらちが明かないな。
 だけど、私が二人をドアの外に押し出すわけにはいかない。かといって、この程度のことで先生に助けを求めるのも情けない。

「あの!」

 押し問答を始めた二人に聞こえるように、音量を上げた声を出す。

「セラピーを受けるとしたら、お二人のうちどちらが?」

「この子よ。決まってるじゃない」

「俺は受けません」

 予想通りの答え。

「本人にセラピーを受ける意思がないのであれば、こちらとしても強制的にセラピーを行うことは出来ません。お引き取りください」

「客を追い返すの?」

「はい。すみませんでした」

 再び、息子が母親の腕を掴んで引っ張って行こうとした。

「どうして!」

 自分より強い息子の力に踏ん張ってその場に留まろうとする母親が、金切り声を上げる。

「あなたはわかってくれないの!?」

「それは母さんのほうだろ」

 静かに息子が言った。
 その声は悲しみと、それ以上の怒りを含んでいるように聞こえた。

 短い沈黙の中、セラピールームのドアが開くカチャリという音が響く。私と親子は同時にそっちへと目を向けた。
 現れたのはもちろん、セラピストの葦仁いとよ先生だ。

 ゆっくりとカウンターに近づいて来た葦仁先生が、親子の前で足を止める。

「あなたがここの先生?」

 先に口を開いたのは母親だった。

「ずいぶん若いのね」

「ドロックのセラピスト、梓葦仁です。あなたより若いけど、息子さんよりはずっと年上だと思うよ」

 値踏みするような視線を涼し気な表情で受け止め、葦仁先生が答える。

「で? あなたはここで何を? 大声で親子喧嘩するなら家に帰ってから、心おきなくどうぞ。窓をしっかり閉めるのを忘れずにね」

「な……」

 葦仁先生の言い草にカチンときたのか、ラフな口調が気に入らないのか。
 言葉を発せられないまま、母親が彼を睨む。

「あぁ違う。ケンカじゃない。息子の言葉を理解出来ないあなたが、一方的に自分の言い分を押しつけようと喚いてるだけか。いい年してみっともないな」

「あなたに何がわかるの!?」

 上気した顔で母親が声を荒げる。

「クライアントにそんな無礼な口の利き方して……」

「わかるはずないでしょう」

 さっきまでの緩くて嫌味っぽい喋り方から一転、葦仁先生が低めの威厳のある声音で言い放つ。

「どんなに心を近くする相手でも、言葉にして伝えなきゃわからないことがある。ましてや、僕とあなたは全くの他人だ。わかってほしいのなら、ちゃんと向き合って話すべきだろう」

 葦仁先生が母親の横に立つ息子を見やる。

「あなたの大切な息子とも」

 母親と息子は数秒間目を合わせたあと、それぞれが視線を葦仁先生に戻した。

「それに、クライアントにと言ったけど、本気でセラピーを受けるつもりあるの?」

「母がお騒がせしてすみませんでした。帰ります」

 葦仁先生に答えたのは息子だけ。
 母親は無言で先生を見つめ続けている。



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