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第2話 ベッド

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「失敗した・・・」
忘れ物をしてしまった。これでは待ち合わせ時間に間に合わない。
慌てて家に戻り、鍵を開けて部屋に向かう。
「ん?」
ギシッギシッという音。奇妙な音程のなにか動物の声。いや、これは人の声だ。
「え、やだもしかして空き巣?」
念のため武器になりそうなものを携帯して家の中を進んでいく。
音は自分が寝室にしている部屋からしているようだ。近づくにつれハッキリ聞こえてくる。
「あ、なんだ。そういうことか・・・」
肩から力が抜けるとともに不快感が沸き上がる。
部屋の扉を躊躇なく開ける。そこには予想通り、恋人のカズマとどこかのお姉さんのあられもないベッドシーンが繰り広げられていた。
「っお前・・・!」
「きゃあ!誰その女!やだ、見ないでよ」
「私も見たくありませんよ、だけどここ私の家なので。ついでに言うとあなたが今使っているベッドは私のベッドなんですよ」
そう言うと裸の女はさすがに沈黙した。
ハァーとさやはため息をつく。憂鬱だ。忘れ物をした上にこんなものを見る羽目になるなんて。
だが、ここで立ち止まっている暇はない。早く忘れ物を探して出かけなければ。人を待たせている。
「おい、さや・・・」
「待った、カズマくん。私急いでるの。もし話があるなら帰ってきてから、ね」
そう言ってクローゼットを開けた。普段使いのカバンから定期券を取り出す。
あったあった。やっぱりここに入ったままだったんだ。
今日は久しぶりに友達と会うからと、新しいバックを持って出かけたのが仇になった。この手の忘れ物はよくやってしまう。
「じゃあね、カズマくん。」
「おい、なんか言うことは・・・」
彼の言葉を待たず、バタンと扉を閉じた。

駅のコーヒーショップで友人は待っていた。
「ごめん!まじ待たせた。ここはおごります」
「いや、この期間限定ドリンク元々飲みに行く予定だったから別にいいよー」
「そういう訳には・・・なんかおわびさせてよ」
「相変わらずだね~その真面目な性格。ほんと気にしなくていいってば」
「う~ん・・・」
「じゃあさ、なんか代わりに面白い話でもしてよ。最近なんかあった?」
まさについ先ほど「なんかあった」のだが、面白い話とは言えない。友人を不快にさせるだけだろう。
「面白い話ね・・・あーそういえばこの前会社で・・・」

「ただいまー」
友達とおしゃべりしてショッピングして夕飯も取ってきた。さすがにカズマが連れ込んだ女性も帰っているだろう。
不快な気分が戻ってくる。思い出したくなくとも、あの時見た二人のベッドシーンが蘇ってくる。
早くベッドシーツ洗わないと。枕カバーも掛布団も。急ぎ部屋に入る。
そこにはベッドの上で掛布団をかぶって丸くなっているカズマの姿があった。
「カズマくん?」
声をかけるとかたまりがモゾっと動いた。
「何してるの?」
答えない。掛け布団から顔を半分だけ出してこちらを見つめている。
困ったな。これじゃ洗濯できないよ。
「あのね、カズマくん。言いたいことあるなら聞くから、ベッドから出てくれる?早く洗濯した」「お前、男と会ってたんだろ」
「え?」
「俺が女とヤッてても見向きもしないで急いで・・・どうせ男のところだろ!」
「いや、カズマくん。昨日私言ったよね、昔からの友達に会ってくるって。カズマくんも知ってる〇〇ちゃんだよ。」
「嘘だ」
「本当だよ」
「じゃあ男と会ってないって証明しろ」
「証明のしようがないよ。会ってないんだから」
「証明方法ならあるだろ」彼の顔がニヤリと笑って歪んだ。
「・・・服脱げよ。俺が直接確かめてやる」
「あー・・・」
素直にお盛んだな、と思った。午前中から女とセックスしてたのにまだ足りないのか。
「なんだよ。俺たち恋人同士だろ、何も問題ないだろうが」
「一応聞くけどこのベッドでするつもり?」
「ほかにどこがあるんだよ。俺のベッドじゃ狭すぎるだろうが」
彼は完全一人用のソファーベッドを使っている。
「いや、ちょっと他人がセックスしてたベッドにそのまま寝るのはさすがにムリ」
手で×を作った。彼はにやにや笑いながらベッドから立ち上がり、こちらに近づいてきた。
「じゃあ、ベッド以外でやるか?キッチンでもリビングでもどこだっていい」
「いや、どこも無理かな」
「なんだよ、そういうプレイみたいで恥ずかしいのか?」
「きついこというようだけど・・・カズマくん自体が無理なんだよね」
「え」にやにやしていた顔がこわばった。
「他の女の人とセックスしてた人と、セックスするのは・・・生理的にムリ、かな」
ドッと男が汗をかく。
「じゃ、じゃあシャワー浴びてくるから・・・」
「あーそういう問題じゃなくてもっと精神的なことかな」
「何だよそれ。じゃあお前俺とこの先ヤるつもりないってことか?」
「うーん。そういうことになっちゃうかもね」
「なん、だよ、それ。」彼は頭を抱えてよろめいた。
カズマがベッドから離れているこの隙に寝具を回収したい。
さやはベッドに近づき、シーツをはぎとった。臭いに顔をしかめる。
「何してんだよ、まだ話の途中だろ」
「そう?もう結論は出たんじゃない?うー、この臭い・・・もうカズマくん、セックスしたいんならちゃんとラブホに行ってよ」
「それは・・・」
「また嫉妬させたかった?は~それだけのことで、自分のベッド使われるなんて最悪だよ・・・」
「それだけって・・・」寝具をすべて回収し終わり、洗濯機がある洗面所へと向かおうとした。が、男がその前に立ちはだかる。
「待って、行くなよ、おれのこと置いていくな」
「別に置いていかないよ、これ洗濯に出すだけ。ごめん、ちょっとどけて・・・」
しかし彼は目の前に立ったまま動かない。
「なぁ、もうしない、だから・・・」
「あ~もう・・・」さすがにイライラしてきた。最近彼にイラつくことなんかなかったのに、自分のベッドをラブホ代わりにされたのは相当頭にきていたようで、だからつい言ってしまった。
「じゃま」思っていたより数倍冷えた声が出た。
カズマが震えながらドッと膝をついた。
あちゃ~と思ったが、言ってしまったものは仕方がない。洗濯しに行こう。
彼の身体を避けて再び洗面所に行こうとすると、つん、と足が止まった。彼がスカートの裾をつかんできたのだ。
「いかないで」
「カズマくん、これ置いたら戻ってくるから」
「いやだもどってこない、おまえはおれを捨てるつもりだ」
こうなったら彼はもう止まらない。
「おねがい、ゆるして、おれをゆるして、さや」
「おれ、ちゃんといい彼氏になる。だから前のさやにもどって、おれのこと好きな
さやにもどってよ」
「カズマくん、わたしカズマくんのこと・・・」
「聞きたくない!おわりにしないで、すてないでくれよ、おれが全部悪かったから」
「恋人でいたい。さやにさわりたい。全部ちゃんときれいにするから」
彼が床に伏せる。土下座しようとしている。
「ねぇ、そんなことするのやめて」
「おねがいします、おねがいします。ほんとにしたいのはさやとだけなんだ」
「しんじてください。ッウ、なんでもするから。・・・ハァ。さやにふれさせて。
・・・ズッ・・・おれとしてください」
彼が額をこすり付けている床のところが濡れていく。泣きながら、土下座しているらしい。
もうこれ以上見てるだけはできなかった。スーッと息を吸って覚悟を決める。
「カズマくん」彼の肩が震える。答えを待っている。
「・・・どこでしようか?」
彼の頭が上がった。その顔は安堵と、陶然とした喜びに満ちていた。
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