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十四踏
朧月の夜は、振り返ってはいけない。
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朧月の夜は振り返ってはいけない。
はるか昔の、京の都のことであった。
日の光がとうに去って、黒染めの空に満月がぼんやりと浮かんでいた。
月明かりに夜が照らされる薄暗闇の中を、男が一人歩いていた。
寄り添って数歩先に延びる影法師を眺め、コオロギの鳴き声に耳を任せながら。
突然、輝きを放っていた月の光が切れ切れの雲に遮られ、まばらで大きな影を産んだ。
男の影法師はその大きな影に呑まれ、辺りは忽然と暗闇に包まれた。
自然と、歩が早まる。
じわりと滲み出た冷や汗が、粘っこく肌に纏わりつく。
不意に、ぴちょんと水の垂れる音が後方から聞こえた。
思わず歩みを止めた男は、振り返った先の未来を想像した。
恨めしそうにこちらをねめる女の幽霊か、ギラついた牙の隙間から涎を垂らし、此方を爛々と光る眼で睨む猫又か、
そのうち恐怖に耐えきれなくなった体が、弾かれるようにその場から逃げ出した。
粘ついた汗を総身に纏い、息を切らして逃げ帰ってくると、家人が問うた。
『どうなさったんですか』
カラカラに乾き、涎すら垂れない口腔の奥から、か細い声が響いた。
『おっきな何かが…後ろから…』
次第に京の人々は、こう噂するようになった。
『朧月の夜は、振り返ってはいけない。もし、振り返ってしまえば…』
はるか昔の、京の都のことであった。
日の光がとうに去って、黒染めの空に満月がぼんやりと浮かんでいた。
月明かりに夜が照らされる薄暗闇の中を、男が一人歩いていた。
寄り添って数歩先に延びる影法師を眺め、コオロギの鳴き声に耳を任せながら。
突然、輝きを放っていた月の光が切れ切れの雲に遮られ、まばらで大きな影を産んだ。
男の影法師はその大きな影に呑まれ、辺りは忽然と暗闇に包まれた。
自然と、歩が早まる。
じわりと滲み出た冷や汗が、粘っこく肌に纏わりつく。
不意に、ぴちょんと水の垂れる音が後方から聞こえた。
思わず歩みを止めた男は、振り返った先の未来を想像した。
恨めしそうにこちらをねめる女の幽霊か、ギラついた牙の隙間から涎を垂らし、此方を爛々と光る眼で睨む猫又か、
そのうち恐怖に耐えきれなくなった体が、弾かれるようにその場から逃げ出した。
粘ついた汗を総身に纏い、息を切らして逃げ帰ってくると、家人が問うた。
『どうなさったんですか』
カラカラに乾き、涎すら垂れない口腔の奥から、か細い声が響いた。
『おっきな何かが…後ろから…』
次第に京の人々は、こう噂するようになった。
『朧月の夜は、振り返ってはいけない。もし、振り返ってしまえば…』
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