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十三踏
川辺に佇む
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うちの母親の出身地は、山に囲まれた集落なのだが、母が小さい頃はよく、近くに住んでいる高齢者が麓の川に頭を突っ込んで死んでいるという事故が、多発していたらしい。
なぜそのようなことになっているかというと、なんとも嘘くさい話ではあるが、なんとたぬきに化かされて道に迷い、山の中を歩き回され、疲れてへとへとになったあたりで川が見えてくるらしい。
で、川の水を飲んだところで死んでしまう。
母さんがその訳を聞くと、周りの大人たちからは決まってこのように話されたようだ。
化かされないようにするには、タバコを吸う、もしくは、吸わなくてもタバコに火をつけるだけで、煙を嫌がって狸は逃げるらしい。
で、話は変わってこれは僕が中学生の頃の話。
僕自身は母親の実家に帰省する時も件の川へ近付くこと自体あまり無かった。だが、その年、僕が中学生の冬休みに赴いた折であった。
久しぶりの挨拶もそこそこに談笑を始めた祖母と母親と父親の輪より少し外れたこたつの隅で、テレビをダラダラと見ていた僕は、何となく外に出たくなった。
そこで件の川の話を思い出した僕は、どうせなら肝試しでもしてやろうと、山の上流へと続く川沿いを歩いて見ることにした。
川沿いをぶらぶらとしていると、遠くから何やらこちらに手を振る小さい影がある。
目を凝らしてみると、見たことは無いが、物腰柔らかそうなおばあさんがいた。部屋着に古ぼけた半纏という高齢者のテンプレートのような格好で、こちらに手招きをしている。
そちらに近づいていくと、おばあさんは「山岸さんのお孫さんかえ」と一言僕に言った。
やけに目が輝いていたのを覚えている。
山岸という苗字には聞き覚えがなかったが、初対面のおばあさんに急に話しかけられた動揺で、僕は咄嗟に「うん」と一言言ってしまった。
そうするとおばあさんは「ほうかほうか」と嬉しそうに頷き、「冷いもの用意しとるから、おいで」と
僕は「遠慮します」と一言断ったが、おばあさんは「ええからええから」と、強引に僕の手を掴み、引き寄せた。
自分の手を握るおばあさんの力の強さに違和感を覚える頃には、私はこれがただのお婆さんではなく、化け狸だと考え始めた。
だが、所詮はたぬき。中学にあがりたてで体力にも自信があった僕は当時の異様な状況を軽んじていた。
そこからどこをどう歩いたか、覚えているのは川のせせらぎの音と、木々の隙間から漏れでる冬の太陽の光。
そして、こちらを一切振り向かずに歩くおばあさんの小さい後ろ姿。
気づいた時には膝下まで水が浸かっていて、冬場の水の冷たさで目が覚めたんだと思う。
川の中央には、おばあさんが立っていた。
立っていたと言うよりは、浮かんでいた。
膝まで浸した体をそのままにニコニコとした顔をしながらこちらを見ていた。
異様な状況に足元から凍てついていく体。
背筋には氷柱のような悪寒が走っていた。
逃げようと目線を外さぬように、ずずっと右足を後ろに動かした。
すると、おばあさんの顔が先程のにこやかな表情から一転し始めた。
みるみるうちに眉間にシワがよっていき、上がりっぱなしだった口角が下がりはじめ、つり上がった両の目がこちらを憎々しげに睨んでいた。
ピクリとも動けなくなった僕を他所に、おばあさんは鬼の形相のまま、なにか声を出し始めた。
「おぉ…おぉ…お…」
そんな声だったと思う。
変わり果てたおばあさんの顔つきからは考えられないほど、弱々しく、脆い声だった。
呆気に取られていると突然、おばあさんの頭が顔から川の水面に勢いよく衝突した。
川の水がバシャりと音を立てて跳ね上がる。
おばあさんの顔が完全に沈んでしまうと、やがて水の中で吐き出しているであろう息の気泡が、ぶくぶくと音を立てて、沈んでいるおばあさんの頭の周りに浮かび始めた。
ここら辺で、僕の恐怖は限界に達してしまった。
それから僕は無我夢中で夕暮れの道を走った。
道中、おばあさんにいつ肩を叩かれるかと、恐怖の思いに駆られながら。
それ以来この話を聞くとこう思う。
あの川は姥捨て山ならぬ姥捨て川であり、
実は迷ったのではなくて、人目のつきにくい夜中に川に連れ出し、無理矢理首を埋めたのではなかろうかと。
あのおばあさんが僕をあそこに連れていったのは、そういった悲しい歴史があったことを教えるためでは無いのかと。
あの時、強引に僕の手を掴んだ冷たい手と、首の裏にくっきりと浮かんでいた青黒い手形を思い出す度、なんとも言えない気分になる。
なぜそのようなことになっているかというと、なんとも嘘くさい話ではあるが、なんとたぬきに化かされて道に迷い、山の中を歩き回され、疲れてへとへとになったあたりで川が見えてくるらしい。
で、川の水を飲んだところで死んでしまう。
母さんがその訳を聞くと、周りの大人たちからは決まってこのように話されたようだ。
化かされないようにするには、タバコを吸う、もしくは、吸わなくてもタバコに火をつけるだけで、煙を嫌がって狸は逃げるらしい。
で、話は変わってこれは僕が中学生の頃の話。
僕自身は母親の実家に帰省する時も件の川へ近付くこと自体あまり無かった。だが、その年、僕が中学生の冬休みに赴いた折であった。
久しぶりの挨拶もそこそこに談笑を始めた祖母と母親と父親の輪より少し外れたこたつの隅で、テレビをダラダラと見ていた僕は、何となく外に出たくなった。
そこで件の川の話を思い出した僕は、どうせなら肝試しでもしてやろうと、山の上流へと続く川沿いを歩いて見ることにした。
川沿いをぶらぶらとしていると、遠くから何やらこちらに手を振る小さい影がある。
目を凝らしてみると、見たことは無いが、物腰柔らかそうなおばあさんがいた。部屋着に古ぼけた半纏という高齢者のテンプレートのような格好で、こちらに手招きをしている。
そちらに近づいていくと、おばあさんは「山岸さんのお孫さんかえ」と一言僕に言った。
やけに目が輝いていたのを覚えている。
山岸という苗字には聞き覚えがなかったが、初対面のおばあさんに急に話しかけられた動揺で、僕は咄嗟に「うん」と一言言ってしまった。
そうするとおばあさんは「ほうかほうか」と嬉しそうに頷き、「冷いもの用意しとるから、おいで」と
僕は「遠慮します」と一言断ったが、おばあさんは「ええからええから」と、強引に僕の手を掴み、引き寄せた。
自分の手を握るおばあさんの力の強さに違和感を覚える頃には、私はこれがただのお婆さんではなく、化け狸だと考え始めた。
だが、所詮はたぬき。中学にあがりたてで体力にも自信があった僕は当時の異様な状況を軽んじていた。
そこからどこをどう歩いたか、覚えているのは川のせせらぎの音と、木々の隙間から漏れでる冬の太陽の光。
そして、こちらを一切振り向かずに歩くおばあさんの小さい後ろ姿。
気づいた時には膝下まで水が浸かっていて、冬場の水の冷たさで目が覚めたんだと思う。
川の中央には、おばあさんが立っていた。
立っていたと言うよりは、浮かんでいた。
膝まで浸した体をそのままにニコニコとした顔をしながらこちらを見ていた。
異様な状況に足元から凍てついていく体。
背筋には氷柱のような悪寒が走っていた。
逃げようと目線を外さぬように、ずずっと右足を後ろに動かした。
すると、おばあさんの顔が先程のにこやかな表情から一転し始めた。
みるみるうちに眉間にシワがよっていき、上がりっぱなしだった口角が下がりはじめ、つり上がった両の目がこちらを憎々しげに睨んでいた。
ピクリとも動けなくなった僕を他所に、おばあさんは鬼の形相のまま、なにか声を出し始めた。
「おぉ…おぉ…お…」
そんな声だったと思う。
変わり果てたおばあさんの顔つきからは考えられないほど、弱々しく、脆い声だった。
呆気に取られていると突然、おばあさんの頭が顔から川の水面に勢いよく衝突した。
川の水がバシャりと音を立てて跳ね上がる。
おばあさんの顔が完全に沈んでしまうと、やがて水の中で吐き出しているであろう息の気泡が、ぶくぶくと音を立てて、沈んでいるおばあさんの頭の周りに浮かび始めた。
ここら辺で、僕の恐怖は限界に達してしまった。
それから僕は無我夢中で夕暮れの道を走った。
道中、おばあさんにいつ肩を叩かれるかと、恐怖の思いに駆られながら。
それ以来この話を聞くとこう思う。
あの川は姥捨て山ならぬ姥捨て川であり、
実は迷ったのではなくて、人目のつきにくい夜中に川に連れ出し、無理矢理首を埋めたのではなかろうかと。
あのおばあさんが僕をあそこに連れていったのは、そういった悲しい歴史があったことを教えるためでは無いのかと。
あの時、強引に僕の手を掴んだ冷たい手と、首の裏にくっきりと浮かんでいた青黒い手形を思い出す度、なんとも言えない気分になる。
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