怪の轍

馬骨

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一踏

山奥の別荘

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十三の頃に引っ越した先の学校で、男子グループのみで肝試しを行うことになりました。

その学校があるのが結構な田舎で、山間部に位置する小さな集落です。

その山の中腹にある神社の脇のけもの道から、さらに五分ほど奥へ歩くと、ほぼ廃屋に近い別荘がありました。

何でも放置されてからかなり年月が経過しているらしく、その寂れた雰囲気は肝試しにうってつけとのこと。

引っ越してきたばかりで新しい土地へ馴染めるか、そういった不安が多かった僕は、肝試しへの恐怖よりも、これで仲間入りを果たせるのでは、と。
そういう希望の方が大きかった記憶があります。

午後十時、すっかり寝入った家族にバレないように家から抜け出して、暗い夜道を一人歩きました。

神社に着いた頃には、随分と人数が集まっていて、子供ならではの冒険心に駆られ、無性にワクワクしたものでした。

肝試しと言っても二人組を作って一階をぐるりと周回してくるという、適当な難易度でした。

僕は少しぽっちゃりしたクラスメートの男の子と回ることになりました。

道中、彼は自分に気を遣ってこれから行く別荘のことや、村の話を次から次へと語ってくれました。

僕はそれに相槌を打ちながら、深い森に続くけもの道を照らすライトの光を、ぼんやりと眺めていました。

別荘に着くと、早速彼と僕は侵入口を探しました。

中央のドアは腐りかけているものの、まだ頑丈な錠が掛かっていて開きそうにありません。

仕方が無いので、等間隔に設置されているガラス窓から割れているものを探し、そこから入ることにしました。

館内は湿り気が漂っていて、ライトから発せられた光の帯が、空気の濁りを露わにしていました。

不気味な雰囲気に飲まれて、それまでベラベラと饒舌に喋っていた彼の口数がめっきりと少なくなりました。

ゆっくりと歩き出すと、劣化した床の木材が微かに軋む音を立てます。
少しでも歩を早めれば床が抜け落ちそうでした。

持ち主のいない空洞をすり抜ける空気の音が反響して、地響きのように耳を包みました。
一歩、また一歩と、慎重なことこの上ないスピードで一階を巡っていきました。

ちょうど半分を回ったところで、ある違和感に気づいたんです。

足音が一人分、多い気がすると。

横にいる彼の方を一瞥すると、自分の感覚が気のせいではないことが表情から見て取れました。

彼もそれを察したのでしょうか、手持ちのライトの薄明かりの中でもはっきりと分かるほど、みるみる顔が青ざめていきます。

示し合わせるでもなく、二人ともピタリと歩みが止まりました。

ですが、不可解なことに足音だけが止まりません。


一拍置いて、横から甲高い叫び声が聞こえたかと思うと、彼は自分を残してものすごい速さで逃げていきました。

慌ただしい足音が徐々に別荘の外へと続いていきます。

僕はと言えば、完全に体が動かなくなってしまいました。

足音はゆっくりではあるが、着実に自分の方に近づいてきているんです。

もう、ダメだ。

そう思って、幼いながら死すら覚悟したところで、誰かに肩を勢いよく掴まれました。

心臓が痛いほど跳ねて、同時に体を反転させられます。

「こんな時間にここで何やってるんだ」

無愛想な声が聞こえました。

咄嗟に声の主をライトで照らすと、そこに立っていたのは警備服を着た初老の男性でした。
男性は驚かせてしまったことに罪悪感を感じたのだろうか、少々困ったような顔になると、

「大方肝試しかなにかだろう、ここは危ないからおじさんと一緒に出ようか」

と、優しく語りかけてくれました。

「じゃあもう、こんなとこ来るなよ」
そう言って、別荘の外まで送ってくれた男性は、再び館内の闇の中に消えていきました。

ぼんやりとした気持ちで神社に戻ると、泣きじゃくる彼と、それを囲んでまごついた表情を見せる皆の姿がありました。

どうやらひどく泣きわめく彼の様子から、誰も館内に乗り込む勇気がなく、かと言って親に助けを求めれば叱られることは目に見えているため、どうすればいいか迷っていたとのこと。

自分が足音の正体は警備員であったことを話すと、皆一様に狐につままれたような表情を浮かべました。

「どうしたの?」
そう訪ねると、一人が口を開きました。

「だって、あの別荘放置されてからもう十年も経ってるんだ。今更警備なんているかな?」

そう言われればそうです。

冷静になって考えてみると、安堵にかき消された違和感が次々と頭をよぎりました。

別荘がある場所はこのけものみちを除いて、車以外たどりつけないはずですが、何故かそれらしきものは見当たらなかったこと。

深夜に別荘の前に幼い子供一人を置いて、さっさと警備の仕事に戻ったこと。

あんな暗闇の中でライトも持たずに、一人で巡回していたこと。

数々の違和感が浮き彫りになると、途端に寒気が止まらなくなりました。

その晩は肝試しどころの雰囲気ではなくなってしまい、皆急いで自宅に戻りました。

それから八年後の冬、あの別荘は取り壊され、あの時肝試しの場にいたメンバーも上京やら就職やらで、自然と散り散りになってしまいました。

今、あの時のことを思い出しても不思議と怖いという感情は湧いてきません。

ただ、暗闇の中でかすかに照らされた狼狽えた顔だけが、どう頭を捻っても思い出せないままです。
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