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8話 騎士団長の様子がおかしいです
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救護室のベッドにサイラスを横たえ、ダンカンと二人で腕以外に外傷がないか、確認をする。
医者を呼ぶためダンカンが部屋を出て行ってすぐに、サイラスはむくりと起き上がった。
「安静にしていないと駄目ですよ」
「大した怪我ではないと言っただろう。……それよりも、なぜ邪魔をした?」
「それは団長自身がよくお判りだと思いますが」
眉間に皺を寄せるサイラスの額に、ミアは問答無用で手のひらをあてる。
「あ、やっぱり熱がある!」
目を見張ったサイラスを無視して、ベッドに押し戻した。
「熱で立っているのもやっとだったんじゃないですか?」
サイドテーブルから水差しを取り上げボウルに注ぎ、備品棚から拝借した清潔な布を浸した。
「失礼します」
固く絞った布でサイラスの顔を拭い、新しいものに取り換えて額に乗せる。
抵抗する気力が失せたのか、彼はされるがままに瞼を閉じていた。
「……団長の動きを何年も見ていれば気づきますよ」
「俺も、まだまだだな」
「副団長も気づいてましたからね。団長は演技が下手です」
顔に腕を置いて反省するサイラスからは、近寄りがたい雰囲気が薄れていた。意外な一面を発見し、ミアは微笑ましくなる。
「……お前も怪我をしているんじゃないか?」
ひとり反省会から戻ってきたサイラスがミアの額を指さす。前髪をかきあげると確かに血がついていた。
「これは団長の血ですよ」
「いや、額に傷があるだろ?」
「あ、これは……子どもの頃の古傷です」
十年前、横暴な伯爵に処刑されそうになっていた領民を庇った際に負った傷で、うっすらとではあるが、引き攣れた痕が残った。
「別に傷が開いたわけでもないので、ご心配なく……」
傷口を凝視するサイラスから隠すように、ミアは前髪を整えた。
「私のことより、ご自身の心配をしてください。万全ではないのに決闘を受けるなんて、兄に失礼ですよ」
「……あのまま戦闘を続けていても、勝機はあった。お前が割り込んだせいで、すべて無駄になったがな」
「兄はじっくりと相手の体力を削る戦法が得意なんです。団長が強くても、熱でふらつきながら勝てる相手ではありません」
「……仮定の話をしてもしょうがない。後日、義兄上には俺から決闘を申し込もう」
疲れたように再び目を閉じたサイラスに対して、ミアは自責の念に囚われた。サイラスの言う通り、彼は窮地を自力で切り抜けただろう。ミアは本当に決闘を台無しにしただけなのかもしれない。
「あの……」
躊躇いつつも、勇気を振り絞る。
「私に、何かできることはありますか……?」
言ってしまってからどんなことを要求されるのか緊張してしまうミアであった。
サイラスはじっと天井を見上げていたが、ミアのほうへ首を巡らすと、無傷の方の腕を伸ばした。
「……?」
ベッドに身を乗り出すと、その腕をグッと掴まれ体勢を崩した。
「え……。わっ!」
サイラスの肩口に顔を埋めるように倒れ込んでしまい、慌てて身体を起こそうとするも、長い腕に抱き込まれて身動きがとれない。
何が起こっているのだ。
ミアは混乱するばかりで反射的に暴れたが、「傷が開く」と怪我人に言われてしまえば、固まるしかない。
「あ、あの、団長……?」
「寒い」
「でしたら、毛布を持ってきますから……」
「何でもすると言っただろう」
「何でもとは言っていません」
「しばらく大人しくしていろ……」言い終るや、サイラスは健やかな寝息をたてはじめた。こうなってはどうすることもできない。
心臓がどくどくと経験したことのない速さで鼓動する。香水か煙草か、嗅いだことない甘いような苦いようなサイラスの香りに、頬が熱を持ち始めた。布越しの逞しい身体に触れていると、なんだか後ろめたい気持ちが芽生えてくる。
騎士たちの中で生活をしていれば、嫌でも男性の裸に遭遇することはある。今では慣れて、騎士団の仲間たちもミアの前で平気で上半身を晒すが、こんな至近距離で密着したことはない。騎士の訓練に明け暮れ、男性と関係を持ったこともないミアだ。脳内に対処法は皆無である。
――ど、どうしたらいいの。誰か助けて!
ミアの願いは、数十分後、ダンカンが医者を連れてきたことで叶った。
医者を呼ぶためダンカンが部屋を出て行ってすぐに、サイラスはむくりと起き上がった。
「安静にしていないと駄目ですよ」
「大した怪我ではないと言っただろう。……それよりも、なぜ邪魔をした?」
「それは団長自身がよくお判りだと思いますが」
眉間に皺を寄せるサイラスの額に、ミアは問答無用で手のひらをあてる。
「あ、やっぱり熱がある!」
目を見張ったサイラスを無視して、ベッドに押し戻した。
「熱で立っているのもやっとだったんじゃないですか?」
サイドテーブルから水差しを取り上げボウルに注ぎ、備品棚から拝借した清潔な布を浸した。
「失礼します」
固く絞った布でサイラスの顔を拭い、新しいものに取り換えて額に乗せる。
抵抗する気力が失せたのか、彼はされるがままに瞼を閉じていた。
「……団長の動きを何年も見ていれば気づきますよ」
「俺も、まだまだだな」
「副団長も気づいてましたからね。団長は演技が下手です」
顔に腕を置いて反省するサイラスからは、近寄りがたい雰囲気が薄れていた。意外な一面を発見し、ミアは微笑ましくなる。
「……お前も怪我をしているんじゃないか?」
ひとり反省会から戻ってきたサイラスがミアの額を指さす。前髪をかきあげると確かに血がついていた。
「これは団長の血ですよ」
「いや、額に傷があるだろ?」
「あ、これは……子どもの頃の古傷です」
十年前、横暴な伯爵に処刑されそうになっていた領民を庇った際に負った傷で、うっすらとではあるが、引き攣れた痕が残った。
「別に傷が開いたわけでもないので、ご心配なく……」
傷口を凝視するサイラスから隠すように、ミアは前髪を整えた。
「私のことより、ご自身の心配をしてください。万全ではないのに決闘を受けるなんて、兄に失礼ですよ」
「……あのまま戦闘を続けていても、勝機はあった。お前が割り込んだせいで、すべて無駄になったがな」
「兄はじっくりと相手の体力を削る戦法が得意なんです。団長が強くても、熱でふらつきながら勝てる相手ではありません」
「……仮定の話をしてもしょうがない。後日、義兄上には俺から決闘を申し込もう」
疲れたように再び目を閉じたサイラスに対して、ミアは自責の念に囚われた。サイラスの言う通り、彼は窮地を自力で切り抜けただろう。ミアは本当に決闘を台無しにしただけなのかもしれない。
「あの……」
躊躇いつつも、勇気を振り絞る。
「私に、何かできることはありますか……?」
言ってしまってからどんなことを要求されるのか緊張してしまうミアであった。
サイラスはじっと天井を見上げていたが、ミアのほうへ首を巡らすと、無傷の方の腕を伸ばした。
「……?」
ベッドに身を乗り出すと、その腕をグッと掴まれ体勢を崩した。
「え……。わっ!」
サイラスの肩口に顔を埋めるように倒れ込んでしまい、慌てて身体を起こそうとするも、長い腕に抱き込まれて身動きがとれない。
何が起こっているのだ。
ミアは混乱するばかりで反射的に暴れたが、「傷が開く」と怪我人に言われてしまえば、固まるしかない。
「あ、あの、団長……?」
「寒い」
「でしたら、毛布を持ってきますから……」
「何でもすると言っただろう」
「何でもとは言っていません」
「しばらく大人しくしていろ……」言い終るや、サイラスは健やかな寝息をたてはじめた。こうなってはどうすることもできない。
心臓がどくどくと経験したことのない速さで鼓動する。香水か煙草か、嗅いだことない甘いような苦いようなサイラスの香りに、頬が熱を持ち始めた。布越しの逞しい身体に触れていると、なんだか後ろめたい気持ちが芽生えてくる。
騎士たちの中で生活をしていれば、嫌でも男性の裸に遭遇することはある。今では慣れて、騎士団の仲間たちもミアの前で平気で上半身を晒すが、こんな至近距離で密着したことはない。騎士の訓練に明け暮れ、男性と関係を持ったこともないミアだ。脳内に対処法は皆無である。
――ど、どうしたらいいの。誰か助けて!
ミアの願いは、数十分後、ダンカンが医者を連れてきたことで叶った。
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