上 下
9 / 41

8話 騎士団長の様子がおかしいです

しおりを挟む
 救護室のベッドにサイラスを横たえ、ダンカンと二人で腕以外に外傷がないか、確認をする。
 医者を呼ぶためダンカンが部屋を出て行ってすぐに、サイラスはむくりと起き上がった。
「安静にしていないと駄目ですよ」
「大した怪我ではないと言っただろう。……それよりも、なぜ邪魔をした?」
「それは団長自身がよくお判りだと思いますが」
 眉間に皺を寄せるサイラスの額に、ミアは問答無用で手のひらをあてる。
「あ、やっぱり熱がある!」
 目を見張ったサイラスを無視して、ベッドに押し戻した。
「熱で立っているのもやっとだったんじゃないですか?」
 サイドテーブルから水差しを取り上げボウルに注ぎ、備品棚から拝借した清潔な布を浸した。

「失礼します」

 固く絞った布でサイラスの顔を拭い、新しいものに取り換えて額に乗せる。
 抵抗する気力が失せたのか、彼はされるがままに瞼を閉じていた。
「……団長の動きを何年も見ていれば気づきますよ」
「俺も、まだまだだな」
「副団長も気づいてましたからね。団長は演技が下手です」
 顔に腕を置いて反省するサイラスからは、近寄りがたい雰囲気が薄れていた。意外な一面を発見し、ミアは微笑ましくなる。
「……お前も怪我をしているんじゃないか?」
 ひとり反省会から戻ってきたサイラスがミアの額を指さす。前髪をかきあげると確かに血がついていた。
「これは団長の血ですよ」
「いや、額に傷があるだろ?」
「あ、これは……子どもの頃の古傷です」

 十年前、横暴な伯爵に処刑されそうになっていた領民を庇った際に負った傷で、うっすらとではあるが、引き攣れた痕が残った。

「別に傷が開いたわけでもないので、ご心配なく……」
傷口を凝視するサイラスから隠すように、ミアは前髪を整えた。

「私のことより、ご自身の心配をしてください。万全ではないのに決闘を受けるなんて、兄に失礼ですよ」
「……あのまま戦闘を続けていても、勝機はあった。お前が割り込んだせいで、すべて無駄になったがな」
「兄はじっくりと相手の体力を削る戦法が得意なんです。団長が強くても、熱でふらつきながら勝てる相手ではありません」
「……仮定の話をしてもしょうがない。後日、義兄上には俺から決闘を申し込もう」

 疲れたように再び目を閉じたサイラスに対して、ミアは自責の念に囚われた。サイラスの言う通り、彼は窮地を自力で切り抜けただろう。ミアは本当に決闘を台無しにしただけなのかもしれない。

「あの……」
 躊躇ためらいつつも、勇気を振り絞る。
「私に、何かできることはありますか……?」
 言ってしまってからどんなことを要求されるのか緊張してしまうミアであった。
 サイラスはじっと天井を見上げていたが、ミアのほうへ首を巡らすと、無傷の方の腕を伸ばした。
「……?」
 ベッドに身を乗り出すと、その腕をグッと掴まれ体勢を崩した。
「え……。わっ!」
 サイラスの肩口に顔を埋めるように倒れ込んでしまい、慌てて身体を起こそうとするも、長い腕に抱き込まれて身動きがとれない。

 何が起こっているのだ。

 ミアは混乱するばかりで反射的に暴れたが、「傷が開く」と怪我人に言われてしまえば、固まるしかない。
「あ、あの、団長……?」
「寒い」
「でしたら、毛布を持ってきますから……」
「何でもすると言っただろう」
「何でもとは言っていません」
「しばらく大人しくしていろ……」言い終るや、サイラスは健やかな寝息をたてはじめた。こうなってはどうすることもできない。
 心臓がどくどくと経験したことのない速さで鼓動する。香水か煙草か、嗅いだことない甘いような苦いようなサイラスの香りに、頬が熱を持ち始めた。布越しの逞しい身体に触れていると、なんだか後ろめたい気持ちが芽生えてくる。

 騎士たちの中で生活をしていれば、嫌でも男性の裸に遭遇することはある。今では慣れて、騎士団の仲間たちもミアの前で平気で上半身を晒すが、こんな至近距離で密着したことはない。騎士の訓練に明け暮れ、男性と関係を持ったこともないミアだ。脳内に対処法は皆無である。

 ――ど、どうしたらいいの。誰か助けて!

 ミアの願いは、数十分後、ダンカンが医者を連れてきたことで叶った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

可愛すぎてつらい

羽鳥むぅ
恋愛
無表情で無口な「氷伯爵」と呼ばれているフレッドに嫁いできたチェルシーは彼との関係を諦めている。 初めは仲良くできるよう努めていたが、素っ気ない態度に諦めたのだ。それからは特に不満も楽しみもない淡々とした日々を過ごす。 初恋も知らないチェルシーはいつか誰かと恋愛したい。それは相手はフレッドでなくても構わない。どうせ彼もチェルシーのことなんてなんとも思っていないのだから。 しかしある日、拾ったメモを見て彼の新しい一面を知りたくなってしまう。 *** なんちゃって西洋風です。実際の西洋の時代背景や生活様式とは異なることがあります。ご容赦ください。 ムーンさんでも同じものを投稿しています。

不幸な平凡メイドは、悪役令弟に溺愛される

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 敵は悪役令嬢ですか? 違います。むしろ彼が、悪役令嬢の弟でした! 「恋と憧れは別のもの――?」  平民のマリア・ヒュドールは、不運な十六歳の女の子。  その類いまれなるドジのため、なかなか簡単なアルバイトでも長続きがしない。  いよいよ雇ってくれる場所がないと絶望しながら歩いていたら、馬に蹴られて――!  死んだ……!  そう思ったマリアが次に目覚めた場所は、綺麗な貴族のお屋敷の中。    そばには、冷徹で残忍で狡猾な性格だと評判な、テオドール・ピストリークス伯爵の姿が――!  慌てふためいていると、テオドールから、住み込みメイド兼恋人役を頼まれてしまって――?  恋人が出来たことのない私に、恋人役なんて無理なんじゃ……。  だけど、不器用ながらも優しい引きこもりなテオドールのことがどんどん気になっていって……。    彼が人嫌いになった本当の理由は――?(一番上に書いてある)  悪役令嬢の弟・引きこもり伯爵×成り上がり騎士の妹メイド。  二人が結婚するまでの、勘違いで進む恋愛物語。 ※全24話。4万4千字数。3年前、執筆開始したばかりの頃の拙い文章そのままです。一瞬では終わりません、耐えぬ方が身のためです。ご容赦いただける方のみご覧ください。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

処理中です...