雪をあざむく

寿里~kotori ~

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銀世界の恋

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容姿の美しさを誉められたのは生まれて初めてだ


「僕が今まで見てきた美しさなんて全部偽物だって思う。それくらい君は綺麗だ」

「貴方は目が悪いのか?こんな傷痕がある顔のどこが良いのか理解不明だよ」


そう・・・・・・私の顔には生まれつきの傷痕がある

その傷痕は雪世界では吉兆として歓迎され私は醜い傷痕のおかげで、この雪白な世界を治める資格を手に入れた。

ここは不香の花国・・・絶え間なく舞い落ちる不香の花・・・雪花が支配する純白世界で暮らす不香魂達の統治者として私はもうずーっと長きにわたり君臨して、なんの不満もなかったのに、ある日、生まれて初めて顔の傷が疼いた・・・侵入者だと傷が咄嗟に私を動かし急ぎ異世界との境目まで走った。付き従おうとする配下を残して。


案の定、境界の入り口にはグッタリ横たわる屍らしき若者が転がっている。

恐らく登山でもしていて偶然、彼らの住む世界からここへの境界を越えてしまったのだろう。

そう思い、屍を再び下界に戻そうと近づいて奇妙な点に気づいた。

彼ら人間のことは知らないが山に入るには装束が軽装過ぎる・・・そして、腕だけでも無数の傷とそもそも腕がありえない方向に曲がっている。

念のため若者の顔を確認したら、まだ少年の面影のこるあどけない顔が腫れ上がるほど殴られた痕跡があり、そしてさらに意外なことに生きている。

「・・・ここに来る前に心臓がとまる寸前で迷いこんだか」

あの世との境目が曖昧になっている者がこの世界に迷いこむと稀に生存する可能性があると長老達が話していたが滅多にないことなのでお伽噺だと思っていたが、どうやら、この若者は生死のはざまでここに辿り着いたらしい。

特に侵入者を抹殺する掟もないし仮にあってもこの死にかけた若者なんて敵じゃない。

完全に臨終するまで観察するかと腰をおろしたとき若者のうめき声が聴こえた。

「寒いよ・・・・・・痛い」

恐らく人間が巣から落ちた小鳥をいけないとわかっていてもかまってしまうときはこんな感じだと私はため息つくと傷だらけの若者を担ぎ上げたとき、なかなか戻らぬ主君を案じた従者がすっ飛んできたので私はごく自然に命令した。

「客人だ。ひどく怪我をしている。社に戻り手当てをするから手伝ってくれ。早く」

こうして私は珍妙な小鳥を連れ帰ってしまった。不思議なことに顔の傷は彼をみた瞬間にピタリとおさまったのだ。


・・・・・・❄️❄️

結局、若者は昏々と眠り続け、ようやく目を醒ましたのは拾ってから数日後であった。

我ら不香魂は食事をしないが若者にはそうはいかないので従者に命じて人間の世界のコンビニで食糧や着るものなどを調達された。

「拾ったからにはキチンと面倒みるのが義務です」

そう従者がうるさいので傷を手当てしたり冷水だと可哀想なので嫌々、お湯をわかして身体をふいてやったりボロボロの服を着替えさせてやったりマジで手間がかかる。途中何度も元いた場所に遺棄しようかと思ったが従者の目が光っているので粛々と看護していた。

そんな日々か少し続き唐突にコイツは意識を取り戻した。それは私が傷に薬をつけてやろうと彼の顔に触れた丁度そのときだ。

「綺麗な手だね・・・こんな美人が優しく触れてくれるなんて、やっぱりあの世ってあるんだ」

ゆっくりと瞳をあけて微笑む彼の眼差しを見て私が思った率直な感想

(従者にバカにつける薬もって来させよう)

どうやら傷が深く頭にも損傷があるっぽいので従者を呼びに行こうとしたら、まだ傷が生々しく残る手で思いっきりつかまれた。

「美しい人・・・君の名前は?僕をずっと看病してくれたのは君だろ?」

思ったより強い力に私は怯んだが、この不香の世界を司る者がこんな死にかけの頭変な奴に狼狽えるなどあってはならないのでわざと冷たく手を払いのけた。

「私は不香魂命「ふこうみたまのみこと」・・・この世界を司る使命を持つ和魂(にぎみたま)。人間などではない」

「呼びづらいから雪ちゃんでいい?僕は・・・」

勝手に私の名前を改名しだした若者は自分が名のる段になって途端に表情が抜けて頭を抱えだした。

「あれ・・・?思い出せない・・・ゴメン、僕の名前なんだっけ!?」

「知るか、たわけ者。貴方の真の名など興味はない。しかし名無しでは不便ゆえ小鳥と名乗れ。傷が癒えて体力が戻るまでは面倒みてやる。目覚めて空腹なら粥を作る。とりあえず何か食べろ」

記憶に混乱をきたしているらしい彼に私はそう言って彼を寝かせている寝床を離れようとすると若者が泣きそうな顔で言った。

「小鳥か・・・いい名前だね。ありがと雪ちゃん」

だから雪じゃねーしと突っ込みたかったが布団でうずくまる小鳥の様子があまりに悲しそうなので私は無言で粥を作りにというよりコンビニのレトルト粥を用意しに向かった。


「僕は孤児で施設育ちなんだ。だから義務教育が終わったら働いて、でも・・・雪ちゃんが言うようにバカだから悪い話に騙されて凄く痛くて怖い思いして死んだと思ったらここに来てた」

傷が大分癒えて社の寝床から起きあがれるようになった若者こと小鳥は記憶の糸を辿るようにポツポツと私に自分の話をしだした。

長老達に診せたらやはり暴力により記憶が一時的に飛んでいるようだと語り、恐らく小鳥自身が思い出したくないほど悲惨な現実を封じているようだとも言っていた。

「人間とは恐ろしい生き物・・・あの若者は大変な苦労をしておる。不香神よ、僭越ながら粥ばかりでは若い人間の男が元気にならぬ。ファミチキとか食わせにゃ」

「山のお供えにファミチキはありませぬ」

なので適当に下界の山の家から少し食料品をかっぱらい礼に不香花を添えてきた。

不香花とはその名前とおり雪の花で香りはないが、この神域がある山里の者には神のご利益として慶ばれる。これを見た者は雪崩、滑落などの雪山事故から護られるからで神域を司る不香魂命・・・私のみがつくりだすことが可能なのだ。

なんで私は一応、「神」なのに下界で泥棒まがいな真似をして罪滅ぼしにご利益授けにゃならんのだと小鳥の惚けたアホツラ見る度に腹立たしいが意外と小鳥は神域の不香魂達に好かれている。

「お婆ちゃん、肩もんであげるよ」

「悪いね~小鳥さんや」

「小鳥くん、次はワシもたのむ」

「小鳥さ~ん!人間の話を聴かせて」

ここの者達は基本下界に出ないため人間の小鳥が珍しく、また小鳥が穏やかで優しいため長老から年若い者から子供まで暇さえあると小鳥、小鳥と構いたがるのだ。あくまで個人的な見解だが小鳥の容姿が青年なのにどこか儚く護ってあげたい雰囲気に整っているのも原因だと思う。

「楽しそうだな」

社で食事をしている小鳥に声をかけたとき彼はなんだか照れたようにはにかんで見せた。

「僕・・・どこでも邪魔か役立たずでこんなに皆の笑顔を見たの初めてなんだ。雪ちゃんのこと皆に聞いたよ。やっぱり君は妖精だから年齢は200歳くらいかな?」

ぶっちゃけ200などゆうに越えてるので無視

「君のことが知りたい。ここの神様としてじゃなくて雪ちゃんとして。夢とかある?」

意外な質問に私はしばし沈黙したが小鳥は辛抱強く待っているのでポツリと答えた。

「夏を見たい・・・こことは縁のない季節だ。でも、この世界は知らない方が幸せなこと沢山あるだろ?」

「夏か・・・そうだね。君の言うとおりだ」

それだけ言うと小鳥は静かに食事を再開した。


「あの者・・・小鳥殿はここで暮らした方が良いのでは?」

従者がこっそり出した人間の世界の新聞を見て私はやはりと力なく笑った。

(麻薬売買の主犯、山中にて仲間を谷底に落とし逃走中!!警察は遺体の発見現場から広範囲に包囲網を展開・・・◯◯容疑者はいまだ行方不明)

容疑者と記された男の写真は紛れもなく小鳥であった。

小鳥が嘘偽りで記憶を失ったふりをしている可能性は皆無だ。そうなら神である私がすぐに見破る。

どんなやりとりの果てに小鳥が仲間を殺し大怪我を負ってここに来たかはわからない。わかりたくもない。

皆に優しく自分を美しいと誉めてくれた彼の笑顔は本物だった。罪を犯した人間でもそれはあくまで人の世界の出来事であり神域は関係ない。あんな穏やかな笑みで笑う男を犯罪に駆り立てた人間の世界の方が腐っているのだ。

恐らく従者も同じ思いなのだろう。だから、あえて真実を見せて小鳥を追い出すのでなくかくまうことを進言した。

「この穢らわしい紙は始末せよ。どうすべきかは小鳥が決めることだ」

従者をさがらせると再び顔の傷が疼き思わず顔をおさえたら、いつの間にか社に小鳥が佇んでいた。

「小鳥・・・・・・」

「雪ちゃん、ありがとう。こんな僕を助けてくれて」

そう言って社から去ろうとする小鳥の手を私は無意識ににぎりしめ止めていた。

「いいんだ・・・君に出逢えて初めて誰かを愛せたんだ・・・」

これが僕のハッピーエンド


振り返り笑う小鳥の晴れやかな表情に私は震える声で呟いていた。

「貴方と暮らせて幸せだった。だから、今はとてつもなく悲しい・・・約束してくれ、いつまでも待つから、また私の前に現れて・・・・・・」

私の精一杯の願いに頷くと小鳥は元の世界に戻っていった・・・

私は不香魂命・・・もう、ずっと、ずっと昔から、また傷が疼くのを待っている。

旅立った小鳥を待つように


end












    
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