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51 裏切りの
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長いまつ毛で鳶色の目は隠され、俯く珠緒の表情は読めない。言い過ぎたかなと反省しながらも、政信は疑心を捨てきれずにいた。
珠緒との付き合いは長い。本来なら、全滅した家族を除いて、もっとも信頼できる相手のはずだ。
珠緒と出会ったのは、混沌の軍勢と対峙する城塞都市で、政信が五歳のころだ。
エルフでは珍しい和名の片倉一族が、ダークエルフに堕とされて、城塞に送られた直後のはなしだ。
以来、珠緒が脱走する十七歳までの約十二年間、苦楽を共にした仲だ。
当然、政信としては信じたい相手だが、珠緒の属する結城氏に、問題があった。
結城氏は、政信の片倉氏同様、竜骨大陸の西側にある島嶼国家・桑弓国の影響が強い氏族として知られていた。
元々西王国は、ハイエルフの王国――その地に住まうハイエルフとエルフ以外からは東王国と呼ばれる――で、桑弓国を後ろ盾にしたエルフ貴族とダークエルフの戦士団が手を組み、二百年前に分離独立した国だ。
普段、罪人であるダークエルフは、ほかのエルフ族とは仲が悪い。協力できたのは、反主流派として不遇をかこっていたエルフの貴族と、最前線で戦功を立てながら評価されないダークエルフ戦士団の利害が一致したからだ。
桑弓国の有力者と、婚姻で結ばれるエルフの氏族は複数あった。
珠緒の所属する結城氏は、元々ユッキ氏と名乗っていた。
西王国が今の東王国から分離独立する際、エルフ貴族の中で最も早く桑弓風の結城と、氏族名を改めたのだ。
改姓はまだいい。後に続いたエルフの貴族も多かったからだ。
問題は、結城氏が裏切りの氏族と呼ばれている理由だ。
通常、エルフやハイエルフは、罪を犯すと混沌の怪物から培養された〝芽〟を植え付けられることで、ダークエルフとなる。ところが結城氏は、自ら混沌の芽を植え付けて、ダークエルフになっていた。
芽の植え付けによるダークエルフ化に失敗すると、戦奴隷のオークや混沌の怪物に変化しかねない。そんな危険な行為に結城氏踏み切ったのは、桑弓国は、ダークエルフの白兵戦技を高く評価していたからだと、伝えられていた。
エルフ貴族であった結城氏は、桑弓国の歓心を買うために、自らの意思でダークエルフに堕ちたのだ。以来、結城氏を蔑む者は、内外に多かった。
疑心を持つ理由はいくつもあるが、政信は珠緒を信じたかった。
政信は、力強く宣言する。
「タマ、俺はお前を疑わない。ちょっとだけしか」
「それくらいで、ちょうどいいわよ」
珠緒は、気取った仕草で肩をすくめた。
「で、話を戻すが、仲間を売った件の落とし前、どうつけてくれるのか教えて欲しいんだけどな。じゃなきゃ、けじめを取るしかないぞ」
「えーと、カタリンちゃんが太守閣下と結婚して、ハッピーエンドっていうのは?」
都合のいいストーリーを語りだす珠緒に、政信はにべもない。
「駄目だ。兄貴分の俺が許さん」
「そこをなんとか」
「冗談じゃないっすよ。ボクは誰とも結婚とかしないっすから」
結婚の話が出るや、カタリンの顔に陰が差した。
衣装や装飾品をあさっていたムーナが、意外そうに口を挟む。
「結婚って、女の子なら憧れませんか?」
「普通はそうかもですけど、ボクは家庭にいい印象はないんすよね」
カタリンがまだこの異世界に転生する前、日本で村田ミズキと名乗っていたころを、政信はよく知っていた。
両親から日常的に暴行を受け、ロクに食事も与えられず、学校の給食が命綱だった。服さえロクに買ってもらえず、真冬でもサイズの合わない半袖半ズボン姿のミズキは、いじめの対象となった。
ミズキは家でも学校でも安心して過ごす時間を持てず、自然と街を徘徊するようになり、チンピラの先輩と出会う。よくある話だ。
よくある話だが、思い返す政信の心は沈んだ。
ミズキの顔立ちは整っていたが、政信が世話をするまで、やせ細りて薄汚れ、異臭を放っていた。
そんなカタリン――ミズキ――を拾ってやった政信に恩を感じてか、あるいは親の代わりを求めてか、カタリンはいつも政信について回っていた。
街のチンピラが、徘徊する孤独な少年少女――特に美形の少年や少女――に声をかける理由を、知らなかったのだろう。ミズキは楽しそうに、金魚のフンをやっていた。
政信は、ミズキの世話をしていて幸いにも、その先へ移行する前に、政信とミズキは、揃って死んだ。
カタリンと出会って短い期間で死んで良かったと、今になって政信は思うのだった。
珠緒との付き合いは長い。本来なら、全滅した家族を除いて、もっとも信頼できる相手のはずだ。
珠緒と出会ったのは、混沌の軍勢と対峙する城塞都市で、政信が五歳のころだ。
エルフでは珍しい和名の片倉一族が、ダークエルフに堕とされて、城塞に送られた直後のはなしだ。
以来、珠緒が脱走する十七歳までの約十二年間、苦楽を共にした仲だ。
当然、政信としては信じたい相手だが、珠緒の属する結城氏に、問題があった。
結城氏は、政信の片倉氏同様、竜骨大陸の西側にある島嶼国家・桑弓国の影響が強い氏族として知られていた。
元々西王国は、ハイエルフの王国――その地に住まうハイエルフとエルフ以外からは東王国と呼ばれる――で、桑弓国を後ろ盾にしたエルフ貴族とダークエルフの戦士団が手を組み、二百年前に分離独立した国だ。
普段、罪人であるダークエルフは、ほかのエルフ族とは仲が悪い。協力できたのは、反主流派として不遇をかこっていたエルフの貴族と、最前線で戦功を立てながら評価されないダークエルフ戦士団の利害が一致したからだ。
桑弓国の有力者と、婚姻で結ばれるエルフの氏族は複数あった。
珠緒の所属する結城氏は、元々ユッキ氏と名乗っていた。
西王国が今の東王国から分離独立する際、エルフ貴族の中で最も早く桑弓風の結城と、氏族名を改めたのだ。
改姓はまだいい。後に続いたエルフの貴族も多かったからだ。
問題は、結城氏が裏切りの氏族と呼ばれている理由だ。
通常、エルフやハイエルフは、罪を犯すと混沌の怪物から培養された〝芽〟を植え付けられることで、ダークエルフとなる。ところが結城氏は、自ら混沌の芽を植え付けて、ダークエルフになっていた。
芽の植え付けによるダークエルフ化に失敗すると、戦奴隷のオークや混沌の怪物に変化しかねない。そんな危険な行為に結城氏踏み切ったのは、桑弓国は、ダークエルフの白兵戦技を高く評価していたからだと、伝えられていた。
エルフ貴族であった結城氏は、桑弓国の歓心を買うために、自らの意思でダークエルフに堕ちたのだ。以来、結城氏を蔑む者は、内外に多かった。
疑心を持つ理由はいくつもあるが、政信は珠緒を信じたかった。
政信は、力強く宣言する。
「タマ、俺はお前を疑わない。ちょっとだけしか」
「それくらいで、ちょうどいいわよ」
珠緒は、気取った仕草で肩をすくめた。
「で、話を戻すが、仲間を売った件の落とし前、どうつけてくれるのか教えて欲しいんだけどな。じゃなきゃ、けじめを取るしかないぞ」
「えーと、カタリンちゃんが太守閣下と結婚して、ハッピーエンドっていうのは?」
都合のいいストーリーを語りだす珠緒に、政信はにべもない。
「駄目だ。兄貴分の俺が許さん」
「そこをなんとか」
「冗談じゃないっすよ。ボクは誰とも結婚とかしないっすから」
結婚の話が出るや、カタリンの顔に陰が差した。
衣装や装飾品をあさっていたムーナが、意外そうに口を挟む。
「結婚って、女の子なら憧れませんか?」
「普通はそうかもですけど、ボクは家庭にいい印象はないんすよね」
カタリンがまだこの異世界に転生する前、日本で村田ミズキと名乗っていたころを、政信はよく知っていた。
両親から日常的に暴行を受け、ロクに食事も与えられず、学校の給食が命綱だった。服さえロクに買ってもらえず、真冬でもサイズの合わない半袖半ズボン姿のミズキは、いじめの対象となった。
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そんなカタリン――ミズキ――を拾ってやった政信に恩を感じてか、あるいは親の代わりを求めてか、カタリンはいつも政信について回っていた。
街のチンピラが、徘徊する孤独な少年少女――特に美形の少年や少女――に声をかける理由を、知らなかったのだろう。ミズキは楽しそうに、金魚のフンをやっていた。
政信は、ミズキの世話をしていて幸いにも、その先へ移行する前に、政信とミズキは、揃って死んだ。
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