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Chapter11(物怪編)
Chapter11-⑫【春が来てぼくら】前編
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「ベンツがいいのか?」
「えっ!譲ってくれるのですか?」
「嫌だったら、新車でもいいぞ。
俺のお下がりより、新しい方が気持ちがいいだろ。」
神志那のC200は特別仕様で真紅の本革だった。
クリムゾン、中嶋の好きな色だ。
赤いボディカラーは流石に気恥ずかしい。
内なる闘志に似た、赤い内色が好ましかった。
いつかこんな車に乗りたいと、神志那と会う度に思っていた。
まさか実現する日が来るとは。
シートに身を委ね、好きなプログレを大音響で聞きたい。
自分が運転し、ランマ、ナツキ、ワタルの四人で日本を巡る。
そんな他愛もない夢が頭を掠めた。
他人が聞けば、小さな夢だ。
だが中嶋にはそれが酷く困難に思えた。
「いえ、社長のベンツがいいです。
いや、社長のベンツがいいんです。」
「ああ、俺にはもう必要ない。
だったら乗って帰れ。」
神志那がキーを滑らせて寄越した。
テーブルから落下したキーを拾い上げる。
中央に君臨するエンブレムが一際輝いていた。
「名義変更はディーラに伝えておく。
少し疲れた。
タクシーを呼んでくれ。」
神志那は組んだ手の甲に顎を乗せると、深く目を閉じた。
個室の外で待機する店員に声を掛ける。
「あの、タクシーを呼んで貰えますか?
それとお会計を…。」
「お代は頂いております。
お車が到着する迄、暫くお待ち下さい。」
店員がそそくさと廊下を歩いて行く。
「暫くお待ち…。」
神志那が寝ている様に見えた。
余程悪いのだろう。
中嶋が座ると、水菓子を持った店員が入ってきた。
「15分程、掛かるそうです。
お具合が悪い様でしたら、車椅子をご用意致しましょうか?」
「いや、大丈夫。
少し疲れただけだ。
気を使ってくれてありがとう。」
中嶋は神志那が『ありがとう』と言うのを初めて聞く。
車に乗り込んだ神志那が窓を下ろす。
「今日は楽しかった。
ナツキを頼んだぞ。
ゾーンに入ったアイツは何かに憑かれている。
それを制御出来るのはお前だけだ。」
力ない声に中嶋は頷く。
それが最後に聞いた言葉だった。
中嶋は両足を踏ん張る。
左腕でナイフを止めた時が一瞬のチャンスだ。
正拳突きで仕留める。
チャンスは一発だけだ。
それを逃したら、滅多刺しになるだろう。
瞼の裏がやけに明るい。
ライトを遮っていた影が失せていた。
その後ろにもう一つの影が現れる。
「これはさっきのお返しだ。」
三脚を持った男が言う。
「そしてこれは利子だ!」
男は蹲る半裸の男を蹴り上げると、三脚を投げ付けた。
半裸の男が前のめりに倒れ、派手に水飛沫が飛んだ。
「怪我はないですか?」
息を弾ませたランマか聞く。
「ああ、大丈夫。
この人のお陰でね。」
中嶋はへなへなと座り込む。
冷や汗を大粒の雨が流してくれた。
ライトを浴びた男が呆然と立ち尽くしていた。
額から血が流れている。
「出血しています。
病院へ行きましょう。」
「こんなの平気さ。
絆創膏貼っておけば直に治る。
俺、リュウヘイって言うんだ。
ワタルのゴーゴー仲間。
こんな男に狙われるって、ワタルは何したんだ?」
男は指で掬った血に舌を伸ばした。
(つづく)
「えっ!譲ってくれるのですか?」
「嫌だったら、新車でもいいぞ。
俺のお下がりより、新しい方が気持ちがいいだろ。」
神志那のC200は特別仕様で真紅の本革だった。
クリムゾン、中嶋の好きな色だ。
赤いボディカラーは流石に気恥ずかしい。
内なる闘志に似た、赤い内色が好ましかった。
いつかこんな車に乗りたいと、神志那と会う度に思っていた。
まさか実現する日が来るとは。
シートに身を委ね、好きなプログレを大音響で聞きたい。
自分が運転し、ランマ、ナツキ、ワタルの四人で日本を巡る。
そんな他愛もない夢が頭を掠めた。
他人が聞けば、小さな夢だ。
だが中嶋にはそれが酷く困難に思えた。
「いえ、社長のベンツがいいです。
いや、社長のベンツがいいんです。」
「ああ、俺にはもう必要ない。
だったら乗って帰れ。」
神志那がキーを滑らせて寄越した。
テーブルから落下したキーを拾い上げる。
中央に君臨するエンブレムが一際輝いていた。
「名義変更はディーラに伝えておく。
少し疲れた。
タクシーを呼んでくれ。」
神志那は組んだ手の甲に顎を乗せると、深く目を閉じた。
個室の外で待機する店員に声を掛ける。
「あの、タクシーを呼んで貰えますか?
それとお会計を…。」
「お代は頂いております。
お車が到着する迄、暫くお待ち下さい。」
店員がそそくさと廊下を歩いて行く。
「暫くお待ち…。」
神志那が寝ている様に見えた。
余程悪いのだろう。
中嶋が座ると、水菓子を持った店員が入ってきた。
「15分程、掛かるそうです。
お具合が悪い様でしたら、車椅子をご用意致しましょうか?」
「いや、大丈夫。
少し疲れただけだ。
気を使ってくれてありがとう。」
中嶋は神志那が『ありがとう』と言うのを初めて聞く。
車に乗り込んだ神志那が窓を下ろす。
「今日は楽しかった。
ナツキを頼んだぞ。
ゾーンに入ったアイツは何かに憑かれている。
それを制御出来るのはお前だけだ。」
力ない声に中嶋は頷く。
それが最後に聞いた言葉だった。
中嶋は両足を踏ん張る。
左腕でナイフを止めた時が一瞬のチャンスだ。
正拳突きで仕留める。
チャンスは一発だけだ。
それを逃したら、滅多刺しになるだろう。
瞼の裏がやけに明るい。
ライトを遮っていた影が失せていた。
その後ろにもう一つの影が現れる。
「これはさっきのお返しだ。」
三脚を持った男が言う。
「そしてこれは利子だ!」
男は蹲る半裸の男を蹴り上げると、三脚を投げ付けた。
半裸の男が前のめりに倒れ、派手に水飛沫が飛んだ。
「怪我はないですか?」
息を弾ませたランマか聞く。
「ああ、大丈夫。
この人のお陰でね。」
中嶋はへなへなと座り込む。
冷や汗を大粒の雨が流してくれた。
ライトを浴びた男が呆然と立ち尽くしていた。
額から血が流れている。
「出血しています。
病院へ行きましょう。」
「こんなの平気さ。
絆創膏貼っておけば直に治る。
俺、リュウヘイって言うんだ。
ワタルのゴーゴー仲間。
こんな男に狙われるって、ワタルは何したんだ?」
男は指で掬った血に舌を伸ばした。
(つづく)
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