妄想日記5<<DISPARITY>>

YAMATO

文字の大きさ

大中小

234 / 236

Chapter11(物怪編)

Chapter11-⑪【Lemon】後編

しおりを挟む

このC200は神志那から譲り受けた車だ。
光る刃先が最後に会った日を思い出させた。
同じキラキラでも雲泥の差だが。
名古屋駅でこの車から顔を出した神志那は一気に老け込んでいた。
以前のギラギラした高圧さは失せ、柔和な笑みを浮かべている。
初めて見せた笑顔かもしれない。
「具合が悪いのですか？」
助手席に座ると、恐る恐る聞く。
筋肉に張りがなく、深く刻まれた皺を見詰める。
「今日はマシな方だ。
飯でも食いに行こう。
何か食いたい物はあるか？」
しゃがれた声が別人の様だ。

「長い間、私の道楽に付き合ってくれた礼がいいたくてな。」
神志那は料理に手を付ける事なく話し始めた。
「そんな…、丸で最後の晩餐みたいな言い方しないで下さい。」
中嶋は冗談めかして笑う。
「そうだな。
まだ一、ニ回は会えるかもな。
店を渡す事にした。
お前の知ってる男だ。
嫌なら辞めてもいいぞ。
充分な礼はする。」
「私の知っている…、人ですか？」
話の展開に付いて行けず、箸を置く。
「ああ、ナツキだ。」
「えっ、ナツキさんですか！」
「嫌か？」
「いえ、ナツキさんなら辞める必要はないです。」
「それは助かった。
奴は判断力には長けているが、その他の常識は小学生並みだ。
お前がサポートしてくれれば安心だ。」
神志那は安堵すると、テーブルに通帳と印鑑を置く。
「当面の運転資金だ。
これで奴をバックアップしてくれ。」
通帳を取り、中を確認する。
「これを私に預けるのですか？
もし私が持ち逃げしたら？」
「そんな心配は無用だ。
もし金が欲しがったら、帳簿を操作して今迄も金をくすねられたたろう？」
「はあ…、まあ…。」
「会計士がこんな明朗な帳簿は見た事ないと驚いてたぞ。」
「はあ…、ありがとう…ございます。」
恐縮して、益々食欲が失せる。

「それでお前には慰労金を用意する。
現金がいいか？
別に物でもいいぞ。」
唐突な誘いに戸惑う。
今までも給料は充分に貰っている。
赤字続きでも文句一つ言わず、好きにさせてくれた。
「そんな…、慰労金なんて…、私には不要です。」
中嶋は言葉を絞り出す。
「お前達は本当に欲がないな。
俺だったら、最初に誓約書を書かせるけどな。
口約束は信用しない方がいいぞ。」
「はい、社長以外なら、そうします。
金は本当に要りません。
店の資金だけで充分です。」
幾ら飲んでも酔いは訪れてこない。
「もう社長じゃない。
社長はナツキだ。
奴のサポートを頼む。
だったら好きな物を買ってやる。
時計でも、家電でも、何でもいい。
欲しい物を言ってみろ。
後で欲しいといっても、手遅れだぞ。
時間がないんだ。」
神志那が弱々しい視線を向けてきた。
「時間ですか…。」
堪えきれず、ジョッキに浮かぶレモンを眺める。
その先にベンツのキーがあった。
蛍光灯の明かりの下、キラキラ輝いている。
「でしたら…、そのキーを譲って貰えませんか？」
中嶋はジョークのつもりで言ってみた。

(つづく)

しおりを挟む