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Chapter5(落日編)
Chapter5-⑨【失われた眺め】
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「新しいお飲み物をお作りしました。」
目の前にグラスが置かれた。
無意識にグラスを空けていた様だ。
もう何杯飲んだか、覚えていない。
「ショーンはいる?
先日のお礼をまだ言ってないんだ。」
一口飲んで、直ぐにグラスを戻す。
キャンドルの灯りでもその濃さが分かった。
これをもう一杯飲んだら、ヒロムと同じ状態になってしまいそうだ。
もう飲むまいと、固く誓う。
「それが…、ショーンさんは暫くお休みを頂いております。」
「暫く休みって、体調が悪いのか?」
予想外の返事に、声が裏返ってしまう。
慌ててグラスを傾ける。
今度は噎せ返ってしまった。
「いえ、ご家族が入院されたとの事です。
余り芳しくないご様子で。」
背中を擦りながら、カノンが答えた。
「家族は何処に住んでるの?」
両親共に外国籍なら、海外在住かもしれない。
「そこまでは聞いておりません。」
「そっか、暫く会えないのか。」
落胆の溜め息と共に、またドリンクを飲んでしまう。
「新しいお飲み物をお作りします。」
戻ってきたグラスにソーダの存在は皆無だ。
「このチョコ美味いな。
ヒロムはさ、一人で来た時、誰を指名してるのかな?」
取って付けた感想の後に核心を聞く。
「店に入って間もないので、存じ上げません。
ヒロム様の奉仕は今日初めてですし。
満足頂けるお答えが出来なくてすみません。」
定例句の様な言い回しに本心を悟る。
客の情報を話す事はタブーなのだ。
一つ違和感を」覚えたのが奉仕という単語だ。
接客の事を奉仕と言い換えただけかもしれない。
だがそれは本能が否定した。
俺がここに着く前に、カノンはヒロムに奉仕していた。
それは間違いない筈だ。
カノンの肥大したアナルがヒロムを包み込む。
ヒロムが珍しく酔っていたのはそれを隠すためだ。
「そろそろ帰るか。」
便所から戻ってきたヒロムが財布を出す。
他に重要な話があると思っていただけに、拍子抜けだ。
それに肝心の質問はまだしていない。
今でも会うのは月に一回程度で、遠距離と大差ない。
これは神様が聞くなといっているのだ。
質問をして気まずくなる位なら、このまま別れた方がいい。
ニューヨークでのデートを妄想してた方が互いにプラスになる筈だ。
そう考えると気が楽になり、最後にグラスを煽る。
「今日は忙しい中、悪かったな。
でも会えて嬉しかった。」
店を出たヒロムが先を歩く。
「俺も…。」
結局、肝心質問は出来てない。
大通りに出てタクシーを拾う。
「じゃ、また近い内に会おう。」
タクシーのドアが開き、道路に降りる。
段差に躓き、ヒロムが尻餅をついた。
腕を引くが、足に力が入らない様子だ。
片手では無理と諦め、鞄をガードレールの下へ置く。
両手で尻を持ち上げ、中へ押し込む。
「虎ノ門三丁目の駅へお願いします。」
ドライバーに告げると、ドアが閉まった。
きっと、ヒロムは何も知らない筈だ。
奉仕に深い意味はない。
非常事態宣言もあり、久しく店には行っていないと言っていた。
そう自分に言い聞かす。
小さくなっていくテールライトに手を振る。
「さあ、帰って仕事しなくちゃ。」
ガードレールに目を向ける。
そこにあるべき鞄がない。
道路にも、歩道にも見当たらない。
そんな訳はない。
ここに確実に置いたのだ。
ほんの少し前に。
「ない、ない、ない、ない、ない、なーい!」
悲鳴に似た絶叫は空しく夜空に吸い込まれていった。
(完)
目の前にグラスが置かれた。
無意識にグラスを空けていた様だ。
もう何杯飲んだか、覚えていない。
「ショーンはいる?
先日のお礼をまだ言ってないんだ。」
一口飲んで、直ぐにグラスを戻す。
キャンドルの灯りでもその濃さが分かった。
これをもう一杯飲んだら、ヒロムと同じ状態になってしまいそうだ。
もう飲むまいと、固く誓う。
「それが…、ショーンさんは暫くお休みを頂いております。」
「暫く休みって、体調が悪いのか?」
予想外の返事に、声が裏返ってしまう。
慌ててグラスを傾ける。
今度は噎せ返ってしまった。
「いえ、ご家族が入院されたとの事です。
余り芳しくないご様子で。」
背中を擦りながら、カノンが答えた。
「家族は何処に住んでるの?」
両親共に外国籍なら、海外在住かもしれない。
「そこまでは聞いておりません。」
「そっか、暫く会えないのか。」
落胆の溜め息と共に、またドリンクを飲んでしまう。
「新しいお飲み物をお作りします。」
戻ってきたグラスにソーダの存在は皆無だ。
「このチョコ美味いな。
ヒロムはさ、一人で来た時、誰を指名してるのかな?」
取って付けた感想の後に核心を聞く。
「店に入って間もないので、存じ上げません。
ヒロム様の奉仕は今日初めてですし。
満足頂けるお答えが出来なくてすみません。」
定例句の様な言い回しに本心を悟る。
客の情報を話す事はタブーなのだ。
一つ違和感を」覚えたのが奉仕という単語だ。
接客の事を奉仕と言い換えただけかもしれない。
だがそれは本能が否定した。
俺がここに着く前に、カノンはヒロムに奉仕していた。
それは間違いない筈だ。
カノンの肥大したアナルがヒロムを包み込む。
ヒロムが珍しく酔っていたのはそれを隠すためだ。
「そろそろ帰るか。」
便所から戻ってきたヒロムが財布を出す。
他に重要な話があると思っていただけに、拍子抜けだ。
それに肝心の質問はまだしていない。
今でも会うのは月に一回程度で、遠距離と大差ない。
これは神様が聞くなといっているのだ。
質問をして気まずくなる位なら、このまま別れた方がいい。
ニューヨークでのデートを妄想してた方が互いにプラスになる筈だ。
そう考えると気が楽になり、最後にグラスを煽る。
「今日は忙しい中、悪かったな。
でも会えて嬉しかった。」
店を出たヒロムが先を歩く。
「俺も…。」
結局、肝心質問は出来てない。
大通りに出てタクシーを拾う。
「じゃ、また近い内に会おう。」
タクシーのドアが開き、道路に降りる。
段差に躓き、ヒロムが尻餅をついた。
腕を引くが、足に力が入らない様子だ。
片手では無理と諦め、鞄をガードレールの下へ置く。
両手で尻を持ち上げ、中へ押し込む。
「虎ノ門三丁目の駅へお願いします。」
ドライバーに告げると、ドアが閉まった。
きっと、ヒロムは何も知らない筈だ。
奉仕に深い意味はない。
非常事態宣言もあり、久しく店には行っていないと言っていた。
そう自分に言い聞かす。
小さくなっていくテールライトに手を振る。
「さあ、帰って仕事しなくちゃ。」
ガードレールに目を向ける。
そこにあるべき鞄がない。
道路にも、歩道にも見当たらない。
そんな訳はない。
ここに確実に置いたのだ。
ほんの少し前に。
「ない、ない、ない、ない、ない、なーい!」
悲鳴に似た絶叫は空しく夜空に吸い込まれていった。
(完)
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