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オオカミの贈り物
8. 片道切符
しおりを挟む「実は、まだ全然吹っ切れてなくって。」
その言葉から始まった風奏の感情を、詩乃は口を挟まずただ頷きながら耳を傾けた。
「もう1ヶ月経つのに、自分でも不思議なくらい、まだ渓太のこと好きなんだ。少し低い声も、明るい髪も。ただ立ってるだけでもかっこいいって思って、そう思う度に、あぁ私振られたんだって再確認しちゃって。」
うん。それだけ好きって思える人に会えるのって凄いことだよ。でもその分悲しくなるよな。
「せっかく忘れてても、すぐ思い出しちゃって。もう叶わないのに、未練がましい自分が嫌になるよ。ねぇ、どうしたら吹っ切れる?もうこんなにつらいのは嫌だ。」
次第に涙声になっていく。目にたくさん涙をためて、それでも堪えている風奏の目が詩乃を見つめる。
少しの沈黙の後、詩乃は慎重に言葉を探しながら問いかけに答えた。
「好きなのってさ、なかなか吹っ切れないもんだよ。吹っ切ろうとして何かして、もう大丈夫だ!って思っても、ふとした時にまた溢れてきたりするじゃん?ほかの楽しいことしても、結局夜に思い出しちゃったりして。」
「うん。」
「それで、大事なのは風奏の中の存在がどうなのかってこと。ここからは私の想像なんだけどね、それでもいい?」
詩乃は一旦区切って、風奏の表情を覗き込んで確認する。風奏は向日葵より少し下に動いていた視線を、視界に入ってきた詩乃の目に向ける。
「たぶん、風奏は、自分が持ってない物を持ってる渓太に憧れてるんじゃないかって思う。」
風奏は、意外にも驚いた顔はせず、頷いただけだった。そして、首を傾け、続きを促した。
「例えばさ、いつも買う服はだいたい同じタイプじゃない?風奏はモノトーン系が多い気がする。」
「うん」
「それでさ、服買いに行くとするじゃん?いつもと180度違う雰囲気の服買うと、それだけで楽しくならない?ワクワクするっていうかさ。」
「そう…かも」
「でしょ?きっと風奏にとっての渓太もそんな感じなんじゃないかなって。自分とは180度…とは言わないまでも、自分の普通とは違う渓太が珍しくて、惹かれてるだけなんじゃないかなって。
それで、すごく欲しいって思った服も、しばらく見ないと自然と落ち着いてくるじゃん。そうやって思えば、楽にならない?」
ーーなるほどな。そういうことか。
僕は何となく詩乃の言いたいことがわかった。自分の中にない、珍しいもの。憧れてるから手に入れたい、傍にいて欲しい。それがなかなか吹っ切れない理由か。
誌乃の落ち着いた声が心地いい。風奏も、少しは納得出来たみたいで黙ったまま頷いていた。
「まあさ、好きって気持ちはそんなすぐ忘れられるわけじゃないんだし、気にしないって無理に思わずにさ、とりあえずはそんな自分を受け入れてあげなよ。」
最後はありきたりな言葉だったけれど、風奏にはちゃんと届いたみたいだった。
再度頷いた風奏を見て、誌乃は満足気な表情を作り、
「よし、じゃあそろそろ昼休み終わりそうだし、教室戻ろっか!」
風奏の腕を掴んで立ち上がらせ、教室へと引っ張っていった。
ーーうーん。恋に落ちるのは運命の相手だけってそんな決まりが世界にあれば、すれ違うことも無いし気持ちが届かないことも無いのにな。
僕は、恋はまるで片道切符みたいだ、と。そう思った。
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