＊いにしえのコトノハ＊８ なっちゃん

１６

前に進みながら何度か名前を叫んでみたが、こちらに気づいてくれる気配はない。

衣服が濡れて次第に体の自由がきかなくなってきた。

服を着たまま海に入ったのは失敗だったかもしれない。

だけどこの状況でどうするのが正解かわからない私は、そのまま前に進んだ。

名方さんとの距離は一向に縮まらない気がする。

と言うより、いつの前にか前方に名方さんの姿は見えなくなっていた。

「嘘でしょ」

ずっと背後を追っていたはずなのに、波の飛沫が目に入って顔をそむけた間に姿を見失ってしまった。

既に水深は鎖骨あたりまできている。

ここまできてどうしようもない不安に襲われる。

名方さんの姿を必死に探していると、ふと背後で泣き声が聞こえた気がした。

「なっちゃん」

泣き声は那智しか考えられない。

しかし結構遠くまできた。

この距離で届く声が那智のものなのかわからない。

確認しようと後ろを振り返った。

その瞬間、足元から砂の感覚が消えた。

足が底につかない。

一気に体が海の中に沈んだ。

溺れる！

足がつくところまで戻らないと！

その前に息ができない。

苦しい。

呼吸をしようと顔を出しても、水を吸った衣服の重みですぐに体は海の中に戻される。

もがけばもがくほど体力は奪われていって、手に力が入らなくなっていく。

深いところに行くほど水温は低くなって、足の指先はとても冷たい。

その冷たい感覚が体中に広がっていく。

たくさん海水を飲み込んで、薄れ行く意識の中で私は名方さんのことを考えていた。

どこに行ってしまったの？

どうして何も言わずに行ってしまったの？

どこかへ行くなら私も連れて行って。

困った時、私に手を差し伸べてくれたのは名方さんだったのに。

名方さんだけだったのに。

連れて行って。

同じところへ。

そしてまた私に手を差し伸べて。

ふと目を開けて見えたのは、青の濁った水だった。

そこに名方さんの姿はなかった。