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包帯の下

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 秋桜あきなが向かったのは保健室ではなく、その先のトイレだった。自分の他に誰もいないことを確認して、手前の個室に入る。保健室へ行く必要はない。替えの包帯もテープも自分のものを持っている。それにこれを保健医が見たらなんて言うか分からない。
 包帯を解いていく。シップもあざもない。包帯の下にあるのは切り傷だけだ。腕の内側に手首から十五センチくらいの傷がある。だからこれは誰にも見せられない。
 先程痛みに違和感があった通り、かさぶたから血が出ていた。ボールが当たった振動か何かで傷口が開いたのだろう。秋桜あきなはガーゼを当て、新しい包帯を慣れた手付きで巻いていく。これで血が滲んでくる心配もない。先生に何も言わずに授業を抜け出してきてしまったから早く戻ろうと思い、個室を出た。
「!」
 入る時には確かになかったのに、トイレの床に桜の花弁が落ちていた。奥の窓が換気のために開いている。そこから入ってくる風が花弁を運んでくるようだ。秋桜あきなはそちらを睨みつける。
 窓枠に桜花おうかが腰かけていた。黙ってこちらを見つめる双眸は真剣で、悲しんでいるようにも怒っているようにも見える。
「……なんですか」
 騒がしい人という印象があるだけに、静かにされると別人のようだ。何を考えているのか全く分からない。
「その傷、カッターじゃないわね。それでいて浅くない。何でやってるの?」
「どうだっていいじゃない! そんなこと!」
「……そうね」
 秋桜あきなが怒鳴っても、桜花おうかは表情を変えないどころか眉一つ動かさない。秋桜あきなはそれが逆に癇に障った。
「と、止めないんですか? 私を助けたいとか言っといて」
「止めたら、あなたを救えるのかしら」
 秋桜あきなの怒りが頂点に達する。トイレの仕切り板を右腕で乱暴に叩いた。
「いい加減にしてください! 何なんですか! あなたは、あなたたちはっ……!」
 桜花おうかは依然として全てを見透かすような眼でこちらを見ている。言葉はなかった。
「あきー? いるのー?」
 保健室に行ったことになっている秋桜あきなの様子を見に来たのか、友達が女子トイレに入ってくる。本当に桜花おうかは見えていないようだ。
「どうしたの?」
 友達を前にして桜花おうかと話すわけにはいかない。話はこれで終わりだ。尤もこんな幽霊みたいな人と話すことなんて最初からないのだ。
「……何でもない」
 秋桜あきなは踵を返してトイレから出ていった。

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