16 / 28
16(栗原side)
しおりを挟む(栗原side)
--もうそろそろかな。次の診察が終わったら稲場さんの所へ行こう。
稲場さんを検査へ送り出してからちょうど1時間位経っている。検査の内容からしてもうそろそろ終わってもいい頃だ。
「加藤さーん」
看護師に名前を呼ばれ診察室に患者が入ってくる。
「こんにちは、加藤さん。調子はどうですか?」
〝お手本のお医者さん〟のように優しい笑顔を作り、話しかける。それに加えて普段よりゆっくりで少しだけ大きい声。加藤さんはもうおばあちゃんだ。できるだけゆっくりと話していく。
--まずいな、思ったより時間がかかってる。
「うんうん」と話を聞きながら、頭の中では時間が押していることに焦る。
「それでねぇ、ここがねぇ--」
「はいはい、それではこちらを処方しておきますね。」
軽く薬の説明をして加藤さんを診察室から出す。
--それにしてもさっきから連絡用の携帯がうるさいな。
この時間は〝診察〟にしてたはずなんだけど。
ピッピッと携帯を操作して履歴を遡る。
見てみると履歴には、同じ携帯からの連絡が何個も来ている。こんなことは滅多にない。あまりの異様さに1周回って冷静になった栗原は、折り返し連絡しようとした。
そのとき
ピピピピピピピ
無機質な電子音が携帯から響いた。
--さっきと同じ番号、、、。何があったんだ
ポチッ
「はい、栗原です。」
「>">\*%^;$$\$"_;#」」\-&」?!!!!」
あまりの慌てっぷりに言葉になっていない声が聞こえてきた。慎重に言葉を理解していく。
「稲場、、さん、3階東エレベーター、、?」
聞き取れたのはその部分だけ。
--とりあえず向かうしかない。
〝エレベーター〟か。きっと精神科に行くところだったんだろう。冷静にそう考えるが、焦るように急いでいた。
--初めて稲場さんを見た時…、
目の下にできた隈、かすかに震える手、そして首にある絞められた痕。それはまだ新しくて、彼がどんなに助けを求めているのか、誰もがひと目で分かった。
いつもなら作り笑いをする。高い技術と少しの愛嬌。それが医者に求められるものだから。だから〝私は〝優しいお医者さん〟を演じる。
でも稲場さんの前ではできなかった。
あまりにも純粋に真っ直ぐ、助けを求めてきたから。
一つ一つ丁寧に診察していく。心臓の動き、呼吸、喉。そして首の痕。彼が壊れないように、優しく優しく触る。
--酷いな。かなりの力じゃないか。
きっと男友達か、知人と喧嘩でもしたのだろう。そして多分引っ込みがつかなくなって、手を出された、のかな。今のところは。
でもただの喧嘩でここまで怯えるか…?彼は今にも泣き出しそうじゃないか。
そして聞いてみる。知りたくて。
いや、検診のため知る必要があった。
「稲場さん、無理にとは言いません。…教えてくださいますか?」
いつもより優しく、子供に言い聞かせるみたいに。
「--実は…」
彼が教えてくれたのはとんでもないことだった。上京した時にお世話になった人と付き合ってたけど、二股をかけられていた。都合のいい男として扱われていたけど、好きだから耐えていた。
そして、妊娠したから一方的に別れられた。
〝妊娠〟
言わずとも分かった。彼は男と付き合っていたのだ。その男に別れる際首を絞められたのだろう。
俺はその男に怒りを覚えた。
彼が二股をかけられる理由も、傷つく理由も、何も無いのだ。彼を助けたい。
「それじゃあ、、どうして首の痕をつけられたのか、教えて頂けますか?」
助けたいと、その一心で何も考えずに聞いてしまった。
その結果、彼をパニックにし気絶させるまでに至らしてしまった。彼の傷は周りが思っている以上に深かったのだ。
気絶した彼をベッドに運び治療する。治療と言っても、首に塗り薬を塗って包帯を巻くことしか出来なかったが。
いつもと同じなのに、医者でありながらどうすることもできない自分が歯痒い。
--どうして。
1時間以上経ってようやく目が覚めた彼。そしてそんな彼と話をしたこと。
たまたま寄ったコンビニでおにぎりを持った彼に会ったこと。
そこで検査の話をしたこと。
診察したこと。
挨拶を交わしたこと。
全てを思い出しながら彼のいる所へ向かう。
--こんなに俺は焦ってるんだ。
予期せぬ異常事態。
これは今回だけでなく、いつもでも起こりうること。そう分かってるはずなのに。いつもなら焦らない。冷静に、ただ淡々と自分に仕事を処理していくだけ。
なのに
会ったばかりの彼のことになると、どうしても冷静でいられない自分がいた。
早く彼に会わなければ。彼を助けられるのは自分しかいない。
「うああぁああ、、あぁああ!!!」
エレベーターに近づいていく度に大きくなる声。
「稲場さん!!しっかり!!」
「稲場さん!!!」
そしてそれに負けじと声を張り、彼を収めようとする声たち。
コツコツ
足音を鳴らし、地面に丸くなり泣き叫ぶ彼に近寄る。
「稲場さん、遅くなってごめんね。」
俺が助けるよ。
━━━━━━━━━━━━━
この回でも受けは攻めの名前しれなかったー!!誤算です!!!!次の回で!!翔太は栗原の名前を知ります!(たぶん)
お気に入り数400↑ありがとうございます(;;)
98
お気に入りに追加
1,065
あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?


身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

風邪ひいた社会人がおねしょする話
こじらせた処女
BL
恋人の咲耶(さくや)が出張に行っている間、日翔(にちか)は風邪をひいてしまう。
一年前に風邪をひいたときには、咲耶にお粥を食べさせてもらったり、寝かしつけてもらったりと甘やかされたことを思い出して、寂しくなってしまう。一緒の気分を味わいたくて咲耶の部屋のベッドで寝るけれど…?

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる