上 下
23 / 91
第一章

第二十二話

しおりを挟む
無駄な会話をしつつ、楡浬は浴槽に入った。眉間に寄っていたシワがなくなっている。
「あ~、生き返るわね。この言葉は、死にそうだった人間を神が神痛力のお湯で救ったことが始まりなのよ。神に感謝したその人間が広めたということらしいわ。タップン、タップン。」

「そうなのか、そうなのか、そうなのか。」
 大悟の耳に、楡浬の薀蓄話は届かない。音という魔物が、湯船に浮かぶ楡浬のふたつのおっぱい漂流中ということを大悟に囁いている。

「こうして、豊かなこれがプカプカ浮かぶことは繁栄を表現しているのよ。」

「そうなのか、そうなのか、僧なのか。」
 ますます大悟脳内は新たな情報を受け入れるキャパを失っていた。

「なんだか、話が噛み合わないようだわ。入浴の儀式はまだ続いているのよ。」

「僧なのか、僧なのか、僧になってやる。」

「こんなところで、即身成仏する気なのかしら。ほら、早くこの中に入りなさいよ。」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?」
 崖から落ちるという夢を見て目覚めた時のような大悟。

「こっちに入りなさいよ。アタシの方を向きなさい。これから言うことを耳に大タコを作って聞いて、寸分たりとも指示を間違っちゃいけないんだからね。故意でなくても、ミスしたら、このお風呂場に二度とお湯を張ることがなくなるわよ。」

「あ、ああ。オレは、風呂に入らないといい夢が見られない性癖の持ち主だからな。入浴は命の次に大切なんだぞ。」

「馬嫁の命って、空気よりも軽いんじゃないの?生きる上での宝物をまったく持っていないのね。悲し過ぎて涙も出ないわ。」

「ほっといてくれ。清貧というきれいな言い方もあるだろう。」

「もういいわ。儀式を続けるわよ。まず、アイマスクを取って、目を開くのよ。」

「そ、そ、そ、そんなことしたら、この世で最も見てはいけないものが、この澄み切った角膜に投影されてしまうだろう。」

「その濁り切ったひび割れレンズには、崇高なアタシが映ることは永遠にないわ。」

「そんなこと、物理的に不可能だろう。」

「だから、馬嫁って呼ばれるのよ。目を開けたままで、心の視野を閉鎖するのよ。」

「オレはそんなに器用じゃない。オレは熱を使用せずにごはんを炊く技術を持たないぞ。」

「それじゃあ、いちばん簡単な方法を教えてやるわ。目を開けたままで、馬嫁の頭と胴体を切り離してしまえばいいんだけど。」

「それはいやだ。わかった。言う通りに木偶の棒になってやる!」

「ちょっと、待ちなさいよ。その次のプロセスを説明するわ。脳内に映像が浮かばない状態で、湯煙の中に浮かぶアタシの大事な部分に祈りを捧げるのよ。」

「やっぱり見るんじゃないか。それに浮かぶ部分って、もしかしたらオッパ」
『バチン!』楡浬の平手打ちが炸裂した。

「それ以上は言っちゃダメ。とにかく、その部分を祈ることが、神を崇拝する精神を醸成するんだから。」

「なんだか、よくわからないけど、じゃあやるぞ。目、目を開けるぞ。心の目だけで、見るんだな。」

「そ、そ、そうよ。でもいいわね。アタシのか、からだを見たら、ぜったいに殺すからね。」

「わ、わかってる。よし、精神集中だ。オレは今漢文の問題を微分方程式で解いているんだ。」
 アイマスクを取った大悟はゆっくり、ゆっくりと瞼の筋肉を弛緩させた。

「きゃあ!ぜったい見ないでよ!」
 楡浬は顔を強く顰めて、下を向いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アーコレードへようこそ

松穂
ライト文芸
洋食レストラン『アーコレード(Accolade)』慧徳学園前店のひよっこ店長、水奈瀬葵。  楽しいスタッフや温かいお客様に囲まれて毎日大忙し。  やっと軌道に乗り始めたこの時期、突然のマネージャー交代?  異名サイボーグの新任上司とは?  葵の抱える過去の傷とは?  変化する日常と動き出す人間模様。  二人の間にめでたく恋情は芽生えるのか?  どこか懐かしくて最高に美味しい洋食料理とご一緒に、一読いかがですか。  ※ 完結いたしました。ありがとうございました。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

J1チームを追放されたおっさん監督は、女子マネと一緒に3部リーグで無双することにしました

寝る犬
ライト文芸
 ある地方の解散された企業サッカー部。  その元選手たちと、熱狂的なファンたちが作る「俺達のサッカークラブ」  沢山の人の努力と、絆、そして少しの幸運で紡ぎだされる、夢の様な物語。 (※ベガルタ仙台のクラブの歴史にインスパイアされて書いています)

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

40歳を過ぎても女性の手を繋いだことのない男性を私が守るのですか!?

鈴木トモヒロ
ライト文芸
実際にTVに出た人を見て、小説を書こうと思いました。 60代の男性。 愛した人は、若く病で亡くなったそうだ。 それ以降、その1人の女性だけを愛して時を過ごす。 その姿に少し感動し、光を当てたかった。 純粋に1人の女性を愛し続ける男性を少なからず私は知っています。 また、結婚したくても出来なかった男性の話も聞いたことがあります。 フィクションとして 「40歳を過ぎても女性の手を繋いだことのない男性を私が守るのですか!?」を書いてみたいと思いました。 若い女性を主人公に、男性とは違う視点を想像しながら文章を書いてみたいと思います。 どんなストーリーになるかは... わたしも楽しみなところです。

超エンジェル戦士シャイニングカクウ

レールフルース
ライト文芸
何もかもがダメで、グータラだけどちょっとした正義感があるごく普通の中学生の佐東誠心(さとうまさむね)がある日メモリーパワーを受けてシャイニングカクウになってしまった! シャイニングカクウに変身できるようになった誠心は大喜び。だけど周りの人には見えないから自慢ができない。 人間に密かに憑依して悪事を働くジェラサイドと言う悪の組織に立ち向かいながらも青春や恋愛に友情などを味わうヒーロー物語! 果たして佐東誠心はこの世界を守れるか!?

三度目の庄司

西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。 小学校に入学する前、両親が離婚した。 中学校に入学する前、両親が再婚した。 両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。 名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。 有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。 健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。

処理中です...