真っ白のバンドスコア

夏木

文字の大きさ
上 下
60 / 76
Track6 チューンアップ

Song.58 評価とこれから

しおりを挟む
「ついさっき、選考結果と評価コメントがメールで来ていたので皆さんにお渡ししますね」

 先生から渡された一枚の紙。そこの書かれた内容を見れば、審査員から見たいい点と悪い点がずらずらと書かれている。

 さっと読めば、どうやら俺たちのライブでよかった点は、主にパフォーマンスだそうだ。
 ライブに来ている人たちと一体感が生まれていたこと。躍動感があったこと。おおまかにいえばそんなところだろうか。
 この点で言えば、大輝がいるからこそできていることである。
 教えていないのに、ステージ上を移動して、煽って煽って煽る。そこに俺たちを巻き込んでいく。見て聞いて楽しい。全ての感覚を使ったライブであったことが評価されたようだ。

 悪かった点、改善点は、スタートダッシュについて。
 静かに始まり、ドカンと他の音が加わる際にズレがあったらしい。実際に弾いているときはわからなかったが。
 それと、唄の始まりをもっとしっかりしろと書かれている。こればかりは大輝のコンディションが悪かったことが関連しているだろう。あの時は一時的に不調だっただけ。というか、悠真の兄貴の言葉が刺さっただけ。今は回復しているから、次の時にはフルスロットルでできるはずだ。

 なら、改善すべき点は音のズレか。
 もっと曲についてダメ出しされるのかと思っていたけど、演奏の方に問題が多かったみたい。
 悠真と初めて一緒に作ったものだし、互いに納得のいく曲になっている。それを否定されなかったから、ちょっと安心した。

「やっぱ俺が原因じゃあん。みっちゃーん。俺を慰めてー」
「大輝先輩はすごかったですよ。この結果を踏まえてまた練習しましょう」
「みっちゃん優しいー!」

 へこたれては瑞樹に助けを求め、コロコロ顔を変える大輝のことは、俺にはよくわからない。大輝を対処できる瑞樹の懐が広いな。
 大輝に散々振り回されていた瑞樹は、今では大輝の手綱をしっかり握っているようにも見える。

「野崎」
「あ?」

 鋼太郎が横から何やらスマートフォンを見せてきた。
 今のタイミングで何の用だと画面を見れば、そこに表示されていたのは他の通過者の名前だった。

「これ、あれだろ。兄貴の……」
「マジかよ。あの会場で二バンド通過したのかよ……」

 全国で行われた第三次選考で通過したのは全部で9組。
 応募総数は1万を超えているだろうから、俺たちはかなり狭い門を通過したことになる。
 そしてその中に知っているバンド名――Logの名前がある。

「嫌になるよね。僕の所にやたら連絡が来るんだけど」

 悠真にも聞こえていたらしく、兄貴とのトーク画面を悠真は見せてきた。
『三次選考突破おめでとう! お兄ちゃんは嬉しいぞ』
『兄弟そろって違うバンドで通過できるなんて、前代未聞だろ?』
『できそこないのくせに、やればできるんだな』
 そんな内容のメッセージが送られてきているが、相変わらず悠真は一言も返信していないようだ。兄弟とはそんなに冷たい関係になるのだろうか。

「僕らとはやっている音楽の根本から違うから比較するのは変だけど、斬新性で言えば向こうの方が上。だけど、僕も負ける気はないよ。あの大嫌いな人に」
「言ってくれんじゃねぇか」
「まあね。僕だって負け続けるのは御免だよ」

 悠真が兄貴のことを嫌いなのはよく知っている。
 まさか、また同じステージに立つとは思ってもいなかったが、兄貴の存在が悠真の闘争心に火をつける。
 いつもクールぶっている悠真が、ここまで燃えているのはレアだ。

「はいはい。みなさんお静かに。今後の予定についてお知らせしますよ」

 興奮してざわついていた空気を、今まで黙っていた先生が鎮める。

「最終選考は3月。東京の屋外ステージ、野音《やおん》です」
「……や、おん?」

 音楽に詳しくない大輝と鋼太郎には会場が伝わらなかったらしい。確かに日頃ライブに行ったりするほどの音楽好きじゃなければ、あまり聞きなれないだろう。
 二人を除いた俺、瑞樹、悠真はわかっている。
 反応の違いを見た先生は、詳しく説明し始めた。

「野音と言うのは、東京の日比谷公園大音楽堂です。屋外にあるステージなんですよ。なので開放感はすごいです。そこではいろいろなアーティストがライブをしていますね。キャパは……3000ぐらいあるんじゃないでしょうか?」
「3000!? ユーマ、それってどのくらいだ?」
「何その聞き方。大輝、馬鹿なの? 馬鹿だけど」
「馬鹿だけど! 馬鹿だけどさ!」

 キャパにびっくりした大輝が、バッと振り向いた悠真に聞く。確かに馬鹿な俺でも、大輝の質問は俺以上に馬鹿みたいな内容だと思う。

「3000と言えば、文化祭の3倍……ぐらいか?」
「そうですね。一学年が300人ぐらいなので、文化祭はだいたい1000人ぐらいとすると約3倍です。僕も行ったことありますけど、今までと全然違いますよ!」
「お、おう……」

 目をキラキラさせて話す瑞樹に、鋼太郎は引き気味だ。
 今まで瑞樹がこんな顔を見せたことがあまりなかったからだろう。俺も久しぶりに見た気がする。

「ね、キョウちゃん! これならきっと、きっと届くよね?」

 鋼太郎を通り越して、瑞樹が俺に明るい顔を向けてくる。
 その言葉の意味を俺が組み間違えるはずがない。
 もともと俺の音楽を届けたかったあの人に、やっと届くかもしれない。親父が死んでから、まったく姿を見せないあの人に。
 俺の家の話は瑞樹に全部話してあるから、それを意味しているはずだ。

「聞いてくれれば、な。何しているかまったくわかんねぇし」

 バンフェスを気にしていたら、俺たちを見てくれるだろう。だけど、見ているかどうか、確証はない。
 見て、聞いていたとして、あの人――柊木隼人が動くだろうか。
 今まで作っていたNoKとしての曲は全く届いていなかったし、今回リアルバンドとしてステージに立ったなら届くのか。
 やってみなきゃわからないから、やるしかねえ。

「不安になっている君に朗報」
「なんだよ」
「ほら、これ」

 今度は悠真がスマートフォンを操作して何かを見せてきた。
 それを興味深そうに、大輝、瑞樹、鋼太郎も顔を寄せて見る。

「おいおい……まじかよっ」

 見せてくれたのはMapの公式ファンクラブサイト。
 画面をスクロールしていった先、『お知らせ』が並ぶボタンを押して開かれたページ。
 そこには、『バンドフェスティバル特別ゲストとして参加決定』の文字が。

「Mapってあれ? キョウちゃんパパのバンドだよね?」
「ああ……あの引きこもりバンドが出てくる! 瑞樹の師も出てくるよな!?」
「うん! きっと!」

 俺と瑞樹がはしゃぐ声を聞いていた先生の低い「え!?」という声で、はっとした。
 俺の親父について、メンバーは知っているけど先生は知らないんだった。

「野崎くんのお父さんは……」
「先生」

 先生の言いかけた言葉を遮るよう、口元で人差し指を立てれば口をつぐむ。まさか先生がいろんな人にベラベラ話すことはないと思うけど、念のために口止めしておく。

「世の中狭いものですね……憧れの人の子が教え子になるなんて……はい、みなさん。お喋りをやめてくださいね。まだ話が終わっていませんので」

 先生は仕切り直して俺たちと向き合う。
 そして今後の予定について説明し始めるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

My Angel -マイ・エンジェル-

甲斐てつろう
青春
逃げて、向き合って、そして始まる。 いくら頑張っても認めてもらえず全てを投げ出して現実逃避の旅に出る事を選んだ丈二。 道中で同じく現実に嫌気がさした麗奈と共に行く事になるが彼女は親に無断で家出をした未成年だった。 世間では誘拐事件と言われてしまい現実逃避の旅は過酷となって行く。 旅の果てに彼らの導く答えとは。

伯爵令嬢が婚約破棄され、兄の騎士団長が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

妹と朝帰りをするに至ったワケ 他

池堂海都
青春
降りしきる大雨の中。両親は手を離せず、妹を迎えに行くことになった。 他妹をテーマにしたショート (個々が独立した話です)

神絵師、青春を履修する

exa
青春
「はやく二次元に帰りたい」 そうぼやく上江史郎は、高校生でありながらイラストを描いてお金をもらっている絵師だ。二次元でそこそこの評価を得ている彼は過去のトラウマからクラスどころか学校の誰ともかかわらずに日々を過ごしていた。 そんなある日、クラスメイトのお気楽ギャル猿渡楓花が急接近し、史郎の平穏な隠れ絵師生活は一転する。 二次元に引きこもりたい高校生絵師と押しの強い女子高生の青春ラブコメディ! 小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...