56 / 81
さらなる悲劇
しおりを挟む
誰かの呼び声で覚めた。
目を開けると真っ赤に目を腫らしたサラの顔が視線の前、というか上にあったので、ああ、サラの声だったんだ、と思った。
「リリアン様!」
私は前世の時から、目が覚めると今日は何曜日で何をしなければいけない日かをすぐに考える癖があり、ここでもその癖は変わっていない。
だからここはウエールズ侯爵家で、私は奥様で、侯爵様は死霊王に喰われた、という事もすぐに思い出した。
「サラ」
「リリアン様、心配しましたぁ。目が覚めて良かったぁ。何か喉を湿らす物をお持ちします。お食事も食べられますか?」
「いいえ、今は、飲み物だけでいいわ……私、どれくらい寝ていたの?」
頭元から声がして、
「三日もコンコンと寝てたで、いきなりあんな大きな聖魔法使うのは無茶やで。なんぼ魔力があっても訓練しとる魔術師とは身体が違うんやから」
とおっさんが枕の端っこに座っていた。
「そうね。もう使う事もないわ。ガイラス様を助けることも出来ない魔法なんて」
サラが持って来てくれた、少し冷ましたたぬるめの紅茶を飲んでいると、ガンガンとドアがノックされ、返事も待たずにノイルが入って来て、
「さあ、義姉上、今度こそ、この屋敷から出て行ってもらいましょう」
と、意気揚々とそう言った。
「ノイル様! 奥様はまだお体の加減が!」
と言いかけるサラをノイルは手で制止して、
「黙れ、メイドの分際で!」
といつになく強気に言い放った。
「兄上の訃報はもうお聞きですか。死霊王に喰われたそうですね。お気の毒に。葬儀は目一杯派手にしてさしあげますよ。あなたが出て行くのは葬儀の前ですか? 後にしますか?」
「何故、私が出て行かなければならないの? 前にも言ったけど、私はここの女主人よ? ガイラス様がお亡くなりになっても、その立場は変わらないわ」
正直、ガイラス様がいないこの侯爵家に何の未練もないが、ノイルのにやにや顔が腹立つのでそう言い返す。
「そうですか、そう仰るなら、私はそれでも構いませんよ。私が貴方を娶ってあげましょう」
とノイルが言った。
「え? 何故?」
「リリアン、あなたは兄の妻だが、兄はもういない。ウエールズ侯爵家の存続を考えれば後継者が必要だ。あなたの腹に兄の子がいるというならそれで問題はない。あなたが次世代の後継者を育てれば良い。だがそれがかなわないのなら、私に兄の爵位を譲りあなたは出ていくか、私の妻になり子を産むかだ。ウエールズ侯爵家では他所の血が混ざる事を良しとしない。だからあなたがここで女主人になり、他家の男を婿に迎えるのは許されない。血筋の男が死んだ場合、その兄弟、従兄弟から婿を迎えるのが一族のしきたり。配偶者の兄弟と結婚するのもよくある話だ」
私は一息ついて、「ノイル、あなたの妻にはなりません」と言った。
ノイルはそれを予想していたのだろう、
「そうですか、では早急に荷物をまとめて出て行ってもらいましょう」
と言った。
口の端をにやりと歪めて、いい気味だ、とでも思っているのだろう。
「ガイラス様が本当に死んだかどうかは分からないじゃない。遺体があるわけじゃないんでしょう?」
「化け物に喰われたと伝令兵が言いましたよ。とても助からないでしょう。騎士団の部下達もだれも手の打ちようがなかったらしいですよ。相手は死霊王ですからね」
兄弟の死を少しも悲しんでいないこの男にこれ以上は何をいっても無駄だろう。
「国に貢献した兄ですから、王都の大聖堂で葬儀を行うと知らせが来ました。出席なさるならどうぞ。そしてそのまま実家に帰ればいいんじゃないですか」
ノイルはそう言って、クックと笑いながら部屋を出て行った。
目を開けると真っ赤に目を腫らしたサラの顔が視線の前、というか上にあったので、ああ、サラの声だったんだ、と思った。
「リリアン様!」
私は前世の時から、目が覚めると今日は何曜日で何をしなければいけない日かをすぐに考える癖があり、ここでもその癖は変わっていない。
だからここはウエールズ侯爵家で、私は奥様で、侯爵様は死霊王に喰われた、という事もすぐに思い出した。
「サラ」
「リリアン様、心配しましたぁ。目が覚めて良かったぁ。何か喉を湿らす物をお持ちします。お食事も食べられますか?」
「いいえ、今は、飲み物だけでいいわ……私、どれくらい寝ていたの?」
頭元から声がして、
「三日もコンコンと寝てたで、いきなりあんな大きな聖魔法使うのは無茶やで。なんぼ魔力があっても訓練しとる魔術師とは身体が違うんやから」
とおっさんが枕の端っこに座っていた。
「そうね。もう使う事もないわ。ガイラス様を助けることも出来ない魔法なんて」
サラが持って来てくれた、少し冷ましたたぬるめの紅茶を飲んでいると、ガンガンとドアがノックされ、返事も待たずにノイルが入って来て、
「さあ、義姉上、今度こそ、この屋敷から出て行ってもらいましょう」
と、意気揚々とそう言った。
「ノイル様! 奥様はまだお体の加減が!」
と言いかけるサラをノイルは手で制止して、
「黙れ、メイドの分際で!」
といつになく強気に言い放った。
「兄上の訃報はもうお聞きですか。死霊王に喰われたそうですね。お気の毒に。葬儀は目一杯派手にしてさしあげますよ。あなたが出て行くのは葬儀の前ですか? 後にしますか?」
「何故、私が出て行かなければならないの? 前にも言ったけど、私はここの女主人よ? ガイラス様がお亡くなりになっても、その立場は変わらないわ」
正直、ガイラス様がいないこの侯爵家に何の未練もないが、ノイルのにやにや顔が腹立つのでそう言い返す。
「そうですか、そう仰るなら、私はそれでも構いませんよ。私が貴方を娶ってあげましょう」
とノイルが言った。
「え? 何故?」
「リリアン、あなたは兄の妻だが、兄はもういない。ウエールズ侯爵家の存続を考えれば後継者が必要だ。あなたの腹に兄の子がいるというならそれで問題はない。あなたが次世代の後継者を育てれば良い。だがそれがかなわないのなら、私に兄の爵位を譲りあなたは出ていくか、私の妻になり子を産むかだ。ウエールズ侯爵家では他所の血が混ざる事を良しとしない。だからあなたがここで女主人になり、他家の男を婿に迎えるのは許されない。血筋の男が死んだ場合、その兄弟、従兄弟から婿を迎えるのが一族のしきたり。配偶者の兄弟と結婚するのもよくある話だ」
私は一息ついて、「ノイル、あなたの妻にはなりません」と言った。
ノイルはそれを予想していたのだろう、
「そうですか、では早急に荷物をまとめて出て行ってもらいましょう」
と言った。
口の端をにやりと歪めて、いい気味だ、とでも思っているのだろう。
「ガイラス様が本当に死んだかどうかは分からないじゃない。遺体があるわけじゃないんでしょう?」
「化け物に喰われたと伝令兵が言いましたよ。とても助からないでしょう。騎士団の部下達もだれも手の打ちようがなかったらしいですよ。相手は死霊王ですからね」
兄弟の死を少しも悲しんでいないこの男にこれ以上は何をいっても無駄だろう。
「国に貢献した兄ですから、王都の大聖堂で葬儀を行うと知らせが来ました。出席なさるならどうぞ。そしてそのまま実家に帰ればいいんじゃないですか」
ノイルはそう言って、クックと笑いながら部屋を出て行った。
2
お気に入りに追加
1,252
あなたにおすすめの小説
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる