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さらなる悲劇

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 誰かの呼び声で覚めた。
 目を開けると真っ赤に目を腫らしたサラの顔が視線の前、というか上にあったので、ああ、サラの声だったんだ、と思った。
「リリアン様!」
 私は前世の時から、目が覚めると今日は何曜日で何をしなければいけない日かをすぐに考える癖があり、ここでもその癖は変わっていない。
 だからここはウエールズ侯爵家で、私は奥様で、侯爵様は死霊王に喰われた、という事もすぐに思い出した。
「サラ」
「リリアン様、心配しましたぁ。目が覚めて良かったぁ。何か喉を湿らす物をお持ちします。お食事も食べられますか?」
「いいえ、今は、飲み物だけでいいわ……私、どれくらい寝ていたの?」
 頭元から声がして、
「三日もコンコンと寝てたで、いきなりあんな大きな聖魔法使うのは無茶やで。なんぼ魔力があっても訓練しとる魔術師とは身体が違うんやから」
 とおっさんが枕の端っこに座っていた。
「そうね。もう使う事もないわ。ガイラス様を助けることも出来ない魔法なんて」

 サラが持って来てくれた、少し冷ましたたぬるめの紅茶を飲んでいると、ガンガンとドアがノックされ、返事も待たずにノイルが入って来て、
「さあ、義姉上、今度こそ、この屋敷から出て行ってもらいましょう」
 と、意気揚々とそう言った。
「ノイル様! 奥様はまだお体の加減が!」
 と言いかけるサラをノイルは手で制止して、
「黙れ、メイドの分際で!」
 といつになく強気に言い放った。
「兄上の訃報はもうお聞きですか。死霊王に喰われたそうですね。お気の毒に。葬儀は目一杯派手にしてさしあげますよ。あなたが出て行くのは葬儀の前ですか? 後にしますか?」
「何故、私が出て行かなければならないの? 前にも言ったけど、私はここの女主人よ? ガイラス様がお亡くなりになっても、その立場は変わらないわ」

 正直、ガイラス様がいないこの侯爵家に何の未練もないが、ノイルのにやにや顔が腹立つのでそう言い返す。

「そうですか、そう仰るなら、私はそれでも構いませんよ。私が貴方を娶ってあげましょう」
 とノイルが言った。

「え? 何故?」

「リリアン、あなたは兄の妻だが、兄はもういない。ウエールズ侯爵家の存続を考えれば後継者が必要だ。あなたの腹に兄の子がいるというならそれで問題はない。あなたが次世代の後継者を育てれば良い。だがそれがかなわないのなら、私に兄の爵位を譲りあなたは出ていくか、私の妻になり子を産むかだ。ウエールズ侯爵家では他所の血が混ざる事を良しとしない。だからあなたがここで女主人になり、他家の男を婿に迎えるのは許されない。血筋の男が死んだ場合、その兄弟、従兄弟から婿を迎えるのが一族のしきたり。配偶者の兄弟と結婚するのもよくある話だ」

 私は一息ついて、「ノイル、あなたの妻にはなりません」と言った。
 ノイルはそれを予想していたのだろう、
「そうですか、では早急に荷物をまとめて出て行ってもらいましょう」
 と言った。
 口の端をにやりと歪めて、いい気味だ、とでも思っているのだろう。
「ガイラス様が本当に死んだかどうかは分からないじゃない。遺体があるわけじゃないんでしょう?」
「化け物に喰われたと伝令兵が言いましたよ。とても助からないでしょう。騎士団の部下達もだれも手の打ちようがなかったらしいですよ。相手は死霊王ですからね」

 兄弟の死を少しも悲しんでいないこの男にこれ以上は何をいっても無駄だろう。
「国に貢献した兄ですから、王都の大聖堂で葬儀を行うと知らせが来ました。出席なさるならどうぞ。そしてそのまま実家に帰ればいいんじゃないですか」
 
 ノイルはそう言って、クックと笑いながら部屋を出て行った。
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