上 下
14 / 56

交差する想い

しおりを挟む
 あたしが腕組みをしてどうしたもんか、と考えていると大きな木の扉が開いてミス・アンバーがワゴンを押して入ってきた。
「恐れ入りますわ。ヴィンセント様」
 とミス・アンバーがピンク色の頬でそう言い、開いた木のドアを押さえて彼女の押すワゴンが通れるようにしているのはヴィンセント皇子だった。
 皇子はミス・アンバーへこの上もなく優しい笑顔を見せた。
 ミス・アンバーも皇子と同じ黒髪で、長身の皇子に釣り合うほどの背丈。何より知的な瞳と生まれ育った貴族階級の育ちの良さがうかがえる。
 教養もあり、美しく装えばきっと皇子に似合いの美しい令嬢に。

 ふと視線を避けて壁際のガラスを見た。
 映っているのは白薔薇のような綺麗なブロンドでもなく、ミス・アンバーのような魅惑的な黒髪でもない、赤い髪の毛。ごわごわして、しかも天然パーマなんでくるくるしてて、寝起きなんかはぼっさりしてて。 いつも髪の毛を結ってくれるメイドのサリーが「こんなに手強い髪質は初めてですわ!」と毎朝、格闘するのだ。

 しかもあたし、背が低くてさ、長身のヴィンセント皇子とはバランスが悪いんだよね。 あれぇ? 何でだろう、ローレンス皇子の時はそんな事思ってもみなかったような気がする。

「マリア様、お茶をお持ちしましたわ。ヴィンセント様もご用でこちらにいらしてましたので、お茶にお誘いしましたのよ」
 とミス・アンバーが言いながら、書物や小冊子、羽ペンなどを片付け、カチャカチャとカップやティーポットを机の上に置いた。
「あーそう」
 ヴィンセント皇子はミス・アンバーに向ける笑顔とは違う笑顔をあたしに見せた。
 それはいつもの事だけど、何と言うか、少し皮肉めいたようなからかうような笑顔。

「勉強は捗っているか?」
 とヴィンセント皇子があたしの向かいに腰を下ろしながら言った。
「え、ええ、まあ」
「ヴィンセント様、マリア様はとても優秀ですわ。熱心で真面目でいらっしゃいます」
 とミス・アンバーがティーカップにお茶を注ぎながら答えた。
 それから皇子とあたしの前にカップを置いてから、あたしの前に座った。

 ん?

「そうか、無理はしないように、先は長いのだからな」
 と皇子が優しい口調で言い、
「そうですわね。出来ることから少しずつですわ。学ぶべき事はたくさんありますもの」
 とミス・アンバーが答えた。

 何、この図。
 図書館で生徒会長と委員長の前に一人で座らされている落ちこぼれ生徒、みたいな構図。 

「この図書館はアンバーの家みたいなものでここに収められている書物は全て読んで終わっているそうだから、何でもアンバーに教えてもらうがいい」
「ヴィンセント様、それは大袈裟ですわ。遠い古の国の書物もありますのよ。まだまだ目を通してない本もありますの。それに毎年、増えてますし」
「それは君が出入りの商人を捕まえては新しい本をねだるからだろう。君の剣幕に恐れをなしてグリンデルに立ち入る商人は書物の十冊も持っていないと、取引不可という噂が流れているからだ」
 と言って皇子がさもおかしそうに笑った。
「まあ、そんな」
 ミス・アンバーは頬を赤らめた。
「本当に君は書物が好きなのだな」
「ええ、だって、新しい事をたくさん教えてもらえるんですもの! この世には知らない事がまだまだたくさんありますわ。私はもっといろいろな事が知りたいのです。行ってみた事のない国、動物、植物、風土、習慣、言語!」
 ミス・アンバーは瞳をきらきらさせて早口でそう言った。

 なんだこれ。
 何であたしが頬を赤く染めたミス・アンバーに優しい瞳を向けるヴィンセント皇子を机のこっち側から眺めてなくちゃならないんだろう。
 いやいやいやいや。
 深い意味はないよ。
 
 ミス・アンバーは家庭教師で、皇子はあたしの婚約者で、あたしは皇太子妃候補で。
 でもこの三人の中で交差してる想いはヴィンセント皇子とミス・アンバーなだけのような気がしたんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆

白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』 女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。 それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、 愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ! 彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます! 異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆  《完結しました》

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

悪役令嬢は攻略対象者を早く卒業させたい

砂山一座
恋愛
公爵令嬢イザベラは学園の風紀委員として君臨している。 風紀委員の隠された役割とは、生徒の共通の敵として立ちふさがること。 イザベラの敵は男爵令嬢、王子、宰相の息子、騎士に、魔術師。 一人で立ち向かうには荷が重いと国から貸し出された魔族とともに、悪役令嬢を務めあげる。 強欲悪役令嬢ストーリー(笑) 二万字くらいで六話完結。完結まで毎日更新です。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

処理中です...