殺人鬼転生・鏖の令嬢

猫又

文字の大きさ
上 下
37 / 59

マルクのメイド

しおりを挟む
「いってらっしゃいませ、エリオット様」
 とソフィアは馬車に乗って出て行くエリオットを見送り、屋敷の中に引き返した。
 ケイトはすでに出発していて、屋敷は引きこもりのマルクと後は執事やメイド達だけだ。
「フランちゃん、自由になりたい?」
 とソフィアが言った。
 ソフィアの部屋に戻ったが、動けないままフランは左目を潰され、全身には雷魔法の痺れが続いている。
「は、はい、お願いです。助けて……」
 とフランは身体中の体液を流しながら言った。
「そりゃ、シリルのようになりたくないわな」
「は、はい」
「じゃあさ、教えろ。ソフィアの母親、かなり虐められてたつったな? 最後はどうやって死んだんだ? 餓死か? それとも執事連中にヤリ殺されたのか? よく赤ん坊のソフィアは無事だったな?」
 ソフィアの言葉を聞いてフランは、ああ、なるほどと思った。
 これはソフィアの姿をした悪魔なのだと、それでようやく納得がいった。
 泣きべそでウジウジとして弱かったソフィア、魔力も少なかったはずのソフィアが急に魔法を使いローガンもエリオットも引き込んでしまっている。
 これは正真正銘の悪魔だ、ソフィアは悪魔に乗っ取られた、とうてい敵うはずがない、とフランは思い、絶望した。

「さ、先程も申し上げましたが万が一の為に貴族の子供は必要、ミランダが子を産むまではそれなりに看病もしてましたが……その後は奥様の手にかかり……」
「お前、助かりたいからって、他人に罪をなすりつけてんじゃねえぞ」
「ち、違いますわ。奥様は……それはミランダを憎んでおりましたから……生まれた赤ん坊はすぐに取り上げられ、庭師の夫妻がちょうど子を産んだので離乳するまでは一緒に育てました。ミランダは一目も赤ん坊に会わせてもらえないのと、身体も衰弱しておりましたし……」
「庭師の夫妻って今もいるの?」
「いえ、ソフィア様が離乳しお屋敷の中で暮らすようになってから、夫妻はすぐにお屋敷をクビになりました」
「何故?」
「それは……ソフィア様を産んだミランダは奥様に馬小屋に追いやられました。そこで寝起きさせたのは奥様のお言いつけで……それを哀れに思ったのでしょう。庭師の夫妻はソフィア様を育てながらも、ミランダの世話をしておりました」
「馬小屋?」
「は、はい……その、出産したすぐのミランダを馬小屋に……身体も復調せぬうちに…」
「そのせいで死んだわけ?」
「は、はい、さようで。ソフィア様が生まれたのは……さ、寒い冬の最中でした……私はそこまでしか……馬小屋に移った後の事は……存じません。ミランダを気の毒に思う使用人もおりましたからしばらくは生きていたようですが、奥様の怒りは凄まじく。うかつに世話をする事も出来ませんでしたから……」
 フランはそこまで言ってからソフィアの顔を見て「ひっ」と叫んだ。
 八歳のソフィア、小さく、華奢で、美しく愛らしい妖精のようなソフィア。
 母親のミランダ譲りの美貌で儚く、守ってやりたいような淋しげな瞳。
 だが、今のソフィアの顔は怒りと憎しみで整った顔は崩壊し、白く透きとおった肌は赤黒く、プラチナブロンドもシルバーの瞳もが禍々しく光っていた。
「こい、場所変えるから」
 ソフィアはパキンと指を鳴らした。


 次にソフィアが現れたのはマルクの部屋だった。
 ミルルとメルルがいない今は「マルク様、ぼっちゃま様」とおだて上げてくれる人間がおらずさぞかし腐っているだろうマルク。
 コンコンとノックをするとドアを開けたのはメアリだった。
「くそニート野郎は?」
「マ、マルク様は奥でお食事中でございます」
 とメアリは言いながら道を空けた。
 今にも噴き出しそうな攻撃的な怒りを感じたからだ。

 ソフィアはマルクの部屋に入った。
 嫡男だけあり、大きな豪華な部屋だった。
 リビングがあり、奥にはベッドルームと食事をする部屋、さらにバスルームに仕える水場もあった。
 案内されてソフィアが食事をする部屋を覗くと、
「さっさと食えよ。こっちも忙しいんだからさ」
 とマイアに責められていた。
 ケイトと顔を合わせたくないマルクは最近は部屋でもそもそと一人で食事を取っている。
「お前一人の為に余計な手間がかかってんだ」
「ご、ごめん、マイア、で、でも、そんなに言わなくても、ぼ、僕は伯爵家の嫡男だぞ!」
「は? 知るかそんなもん。あたしらから見たら、お前なんぞ肉塊にしか見えねえよ」
 とマイアに言われてマルクはえへへと頭をかいた。

「楽しそうね」
 ソフィアの声にマイアはぱっと顔を明るくしたが、ソフィアの発する憎悪を感じ口を閉じた。同僚のメアリも「何も言うな、動くな」と警戒している。
「ソ、ソフィアか、まだ食事中なんだけど、こんな早朝から何だ」
 とマルクが言い、フォークを置いた。
 鈍感なのは人間だけだった。
 ソフィアがまた指をパキンと鳴らすと、シュッとその場にフランが現れて床に倒れ込んだ。
「フ、フラン、何をやって?」
 フラン左目を押さえてたまま、床に蹲ったままで震えている。
「マイア、ローガンを呼べ、どこにいんだよ!」
 とソフィアが怒鳴った。
「ローガン様ですか? 今は学院の方へ」
「だったら、呼びに行け! 今すぐ! ローガンを! ローガンンンンン!!!」
 ソフィアは我が儘な子供が我慢出来ないふうに地団駄を踏んだ。
「わ、分かりました! メアリ! 今すぐローガン様の所へ走れ!」
「はっ!」
 そこに人間のマルクがいようが、フランがいようが、構わずにメアリはその場からしゅっと姿を消した。

 マルクはぽかんとそれを見送り、フランは床に蹲ったまま震えている。
「ソフィア様、一体どうしたんです? メイド長のフラン様じゃないですか」
 とマイアが言った。
「そうだ、こいつ、今日からクズニートのメイドな。ミルルとメルルが着てた、あのピンクとブルーのメイド服、あるだろ? 超ミニスカート、ニーソックス、厚底ブーツでパンチラさせながら、ボンボン袖のあれ、こいつの制服な。それ以外認めないから」
「「「え!」」」
 マルクとマイアとフランの声が重なり、
「そ、そんな……」
「えー、フランにあのメイド服は無理だよ。フランて母様と同じ年だろ? 無理無理」
「ぷっ」
 三人三様の返事があった。
「嫌ならいいよ。二人とも、エリオットのおやつ箱な。新鮮な生で喰ってもらえよ」
「!」
 フランは泣きだし、マルクは首を傾げ、
「え? ちょっと何言ってるのか分からないんだが」
 と言った。
「うるせえ! この豚野郎! テメエ、丸焼きにしてやろうか!」
 フランの顔は真っ青で、マルクは意味が分からず、マイアはソフィアをこれ以上怒らせるのはまずいと感じ、黙っている。
 ぼっとソフィアの手の平に炎が灯った。
 その炎をマルクに叩きつけたが、空間からひょいと手が出て、その炎を受け止めてから握り潰した。
「ローガン様!」
 とマイラの声がして、手の次にローガンが姿を現した。
「ローガン、いつの間にそんな空間転移なんて高等魔法を使えるようになったんだ? いや、それにソフィアも……それ炎爆だろ? お前、魔法が使えたのか」
 と炎を恐れ、腕で顔を庇うような体勢だったマルクが呟いた。

「ソフィア様、どうしたんですか? 急なお呼びで」
「ローガン、乳飲み子のソフィアを育てた庭師の夫婦って今どこにいるの?」
「それは探してみないと分かりかねますね」
「探して、今すぐ」
「今すぐですか?」
「今すぐったら今すぐよ!」
「承りました」
「見つけたら、話が聞きたいから連れてきて」
「では、執事長のワルドを仲間にしてもよろしいか? ローガンの記憶と情報によると、伯爵家の雇用、人事関係は執事長のワルドが采配をふるいます。あなたが生まれた八年前、ワルドはすでに執事長の地位にありましたが、伯爵夫人の言いつけ通り、率先してあなたの母親を虐める役をこなしておりました」
 ソフィアの顔がぴくりと引きつった。
「何でもお見通しなのね、ええ、そう。母親に関する事を聞きたいの。だからワルドを歓迎してやってちょうだい。丁寧にね」
「かしこまりました」
 ローガンは丁寧に一礼したが、マルクとフランを見て、
「この二人は?」
 と言った。
「フランはミルルとメルルの代わりにあの制服を着て、マルク兄様のメイドになるのよ。フラン、毎朝、ちゃんとマルク兄様を起こして、朝食へ連れて着てね。ちゃんと制服着用してね?」
 ソフィアがフランに微笑みかけ、フランに回復魔法をかけた。
 右目の傷も、雷魔法の痺れも取れたが、フランは恐怖で腰が抜けたままだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。 苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。 それでもなんとななれ始めたのだが、 目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。 そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。 義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。 仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。 「子供一人ぐらい楽勝だろ」 夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。 「家族なんだから助けてあげないと」 「家族なんだから助けあうべきだ」 夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。 「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」 「あの子は大変なんだ」 「母親ならできて当然よ」 シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。 その末に。 「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」 この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

処理中です...