1 / 59
溺死
しおりを挟む
豪雨の中、走って走って走って逃げている少女がいた。
名を美弥と言い、警察に追われていた。
彼女は警察犬とパトカーの灯りを視界の隅に捕らえて、
「絶対、無理っしょ。ここを切り抜けるなんて」
と呟いた。
そして疲労困憊の足が止まったのは淋しくうらぶれた漁村の波止場だった。
「ま、いっか、面白くもない人生をなかなか上手く泳いできたからさ。どうせあいつらも捕まったか、逃げる途中事故死か、そんなもんだろうし」
美弥のすぐ何メートルか後で警察犬が止まった。
犬はずぶ濡れで息も上がってる。
可哀想に、と美弥は思った。
パトカーが到着し、警官が降り、銃を構えて美弥に何か叫んだ。
もういいよ、投降する気はない。
このくそったれの人生、ここで終いにする。
「じゃーね~」
と言って美弥は背を向け、波止場から海に飛び込もうとした。
その瞬間、鋭い痛みが胸を貫いた。
身体は岸壁を踏み外して、海の中に真っ逆さまに落下していった。
海面に落ちるその瞬間、美弥を岸壁まで追ってきたドーベルマンの目がトパーズ色に輝いていて、犬がクスッと笑ったように見えた。
「お嬢様が気がお付きになられましたわ!」
と女の声がして、誰かが上から少女を覗き込んだ。
助かったの? マジか、警察の病院かどっかか? と美弥は思った。
どうやって逃げる? 真っ先に思ったのはそれだった。
ぐるっと目玉を回して周囲を見たら、え、何、このコスプレ軍団。
メイドが一人と白衣を着た熊がいて、
「お脈を失礼します」
と言って毛むくじゃらの手で彼女の手を取った。
「え、ちょ、何、だよその熊のかぶりもん、誰だよ!」
美弥は身体を起こして相手の頭を掴んだ。
映画に出てくるような獣人だった。
熊、大きなけむくじゃらの身体。
「お、お嬢様、ソフィア様……」
目の前の熊は本気で嫌がってて、頭をブルブルとさせていてその頭は温かかった。
「え、誰、お嬢様って……」
「お嬢様がご乱心……」
側にいるメイドがふるふると震え、熊が、
「お嬢様! お許し下さい!」
と叫んだので、美弥は手を離した。
熊とメイドは美弥から距離を起き、遠巻きに見ている。
途端に酷い痛みが美弥の頭を走った。
「痛っ!」
頭が割れそうだった。
痛い痛い痛い!
頭の中を流れる風景。
自分が誰かの中にいて、意地悪な姉達や従兄弟達にいじめられている。
今日も庭の噴水に落とし込まれて死んだはずだった。
いや、死ななくてもよかった。
けれどその娘はもう疲れきっていた。
異母姉妹の末っ子令嬢、姉達は美しく賢い。
従兄弟達も優秀で底意地が悪い。
そして何より王立魔法学院に通う毎日が死ぬほど辛かった。
姉達が率先していじめるのだから学園中がこの娘をいじめてもいい、と解釈されていた。
物を盗まれる、隠される、捨てられる、悪口を言われる、たたかれる、と思えば無視、クラス中が喪に服し、葬儀ごっこされた時もある。教師も見て見ぬ振り、どころか姉に娘の失敗をご注進。
ソフィア・ヘンデル伯爵令嬢、ただし、生母の地位は低くメイド。
故に娘として認知してもらっており部屋も与えられ学園にも通わせてもらっているが、陰湿な貴族のいじめの対象としてはうってつけな娘。
その娘の中に美弥はいた。
ソフィアは死にたがっていた。
弱い、弱すぎる、と美弥は思った。
「どうかお願い」
とソフィアは言った。
「お願い? 何を? ああ、復讐してって事? このあたしに頼むんだ、復讐以外にないよ?」
「違う……でも止められないなら、せめてその力を正しい方へ……お願い」
そう言うと、プラチナブロンドでシルバーの瞳、たいそう整ったソフィアの顔は悲しそうな表情をしてから消えていった。
その瞬間、身体が光って体内から放出される力。
「これ……なんだろ……」
もしかしたら、使えなかった魔力だろうか? と美弥は思った。
ソフィアは庶子、そして魔力のない子供。だから余計にいじめれていた。
この国では魔力の有無、またはその潜在量の値で地位が決まる。
ソフィアの身体から溢れる魔力。
そうか、その弱さゆえに発現しなかった魔力か、と蘇生した美弥は理解した。
元ソフィアの人を恐れる気持ちがまさに魔力を押し込めていたに違いない。
「ふふふ……こんな良い物どうして使わなかったのさ? あたしにくれるの? お気の毒様、こんな面白い身体、もう返さないよ? いいよ、今日からあたしがソフィアだ。でもあんたの安眠の為にせめて復讐くらいはしてやるから」
願わくば彼女の来世は穏やかで幸せな物でありますように。
殺人鬼の美弥にはそれを願うしか出来ない。
ソフィアになった美弥は復讐を胸に掲げる。
名を美弥と言い、警察に追われていた。
彼女は警察犬とパトカーの灯りを視界の隅に捕らえて、
「絶対、無理っしょ。ここを切り抜けるなんて」
と呟いた。
そして疲労困憊の足が止まったのは淋しくうらぶれた漁村の波止場だった。
「ま、いっか、面白くもない人生をなかなか上手く泳いできたからさ。どうせあいつらも捕まったか、逃げる途中事故死か、そんなもんだろうし」
美弥のすぐ何メートルか後で警察犬が止まった。
犬はずぶ濡れで息も上がってる。
可哀想に、と美弥は思った。
パトカーが到着し、警官が降り、銃を構えて美弥に何か叫んだ。
もういいよ、投降する気はない。
このくそったれの人生、ここで終いにする。
「じゃーね~」
と言って美弥は背を向け、波止場から海に飛び込もうとした。
その瞬間、鋭い痛みが胸を貫いた。
身体は岸壁を踏み外して、海の中に真っ逆さまに落下していった。
海面に落ちるその瞬間、美弥を岸壁まで追ってきたドーベルマンの目がトパーズ色に輝いていて、犬がクスッと笑ったように見えた。
「お嬢様が気がお付きになられましたわ!」
と女の声がして、誰かが上から少女を覗き込んだ。
助かったの? マジか、警察の病院かどっかか? と美弥は思った。
どうやって逃げる? 真っ先に思ったのはそれだった。
ぐるっと目玉を回して周囲を見たら、え、何、このコスプレ軍団。
メイドが一人と白衣を着た熊がいて、
「お脈を失礼します」
と言って毛むくじゃらの手で彼女の手を取った。
「え、ちょ、何、だよその熊のかぶりもん、誰だよ!」
美弥は身体を起こして相手の頭を掴んだ。
映画に出てくるような獣人だった。
熊、大きなけむくじゃらの身体。
「お、お嬢様、ソフィア様……」
目の前の熊は本気で嫌がってて、頭をブルブルとさせていてその頭は温かかった。
「え、誰、お嬢様って……」
「お嬢様がご乱心……」
側にいるメイドがふるふると震え、熊が、
「お嬢様! お許し下さい!」
と叫んだので、美弥は手を離した。
熊とメイドは美弥から距離を起き、遠巻きに見ている。
途端に酷い痛みが美弥の頭を走った。
「痛っ!」
頭が割れそうだった。
痛い痛い痛い!
頭の中を流れる風景。
自分が誰かの中にいて、意地悪な姉達や従兄弟達にいじめられている。
今日も庭の噴水に落とし込まれて死んだはずだった。
いや、死ななくてもよかった。
けれどその娘はもう疲れきっていた。
異母姉妹の末っ子令嬢、姉達は美しく賢い。
従兄弟達も優秀で底意地が悪い。
そして何より王立魔法学院に通う毎日が死ぬほど辛かった。
姉達が率先していじめるのだから学園中がこの娘をいじめてもいい、と解釈されていた。
物を盗まれる、隠される、捨てられる、悪口を言われる、たたかれる、と思えば無視、クラス中が喪に服し、葬儀ごっこされた時もある。教師も見て見ぬ振り、どころか姉に娘の失敗をご注進。
ソフィア・ヘンデル伯爵令嬢、ただし、生母の地位は低くメイド。
故に娘として認知してもらっており部屋も与えられ学園にも通わせてもらっているが、陰湿な貴族のいじめの対象としてはうってつけな娘。
その娘の中に美弥はいた。
ソフィアは死にたがっていた。
弱い、弱すぎる、と美弥は思った。
「どうかお願い」
とソフィアは言った。
「お願い? 何を? ああ、復讐してって事? このあたしに頼むんだ、復讐以外にないよ?」
「違う……でも止められないなら、せめてその力を正しい方へ……お願い」
そう言うと、プラチナブロンドでシルバーの瞳、たいそう整ったソフィアの顔は悲しそうな表情をしてから消えていった。
その瞬間、身体が光って体内から放出される力。
「これ……なんだろ……」
もしかしたら、使えなかった魔力だろうか? と美弥は思った。
ソフィアは庶子、そして魔力のない子供。だから余計にいじめれていた。
この国では魔力の有無、またはその潜在量の値で地位が決まる。
ソフィアの身体から溢れる魔力。
そうか、その弱さゆえに発現しなかった魔力か、と蘇生した美弥は理解した。
元ソフィアの人を恐れる気持ちがまさに魔力を押し込めていたに違いない。
「ふふふ……こんな良い物どうして使わなかったのさ? あたしにくれるの? お気の毒様、こんな面白い身体、もう返さないよ? いいよ、今日からあたしがソフィアだ。でもあんたの安眠の為にせめて復讐くらいはしてやるから」
願わくば彼女の来世は穏やかで幸せな物でありますように。
殺人鬼の美弥にはそれを願うしか出来ない。
ソフィアになった美弥は復讐を胸に掲げる。
12
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
最強魔法師の壁内生活
雅鳳飛恋
ファンタジー
その日を境に、人類は滅亡の危機に瀕した。
数多の国がそれぞれの文化を持ち生活を送っていたが、魔興歴四七〇年に突如として世界中に魔物が大量に溢れ、人々は魔法や武器を用いて奮戦するも、対応しきれずに生活圏を追われることとなった。
そんな中、ある国が王都を囲っていた壁を利用し、避難して来た自国の民や他国の民と国籍や人種を問わず等しく受け入れ、共に力を合わせて壁内に立て籠ることで安定した生活圏を確保することに成功した。
魔法師と非魔法師が共存して少しずつ生活圏を広げ、円形に四重の壁を築き、壁内で安定した暮らしを送れるに至った魔興歴一二五五年現在、ウェスペルシュタイン国で生活する一人の少年が、国内に十二校設置されている魔法技能師――魔法師の正式名称――の養成を目的に設立された国立魔法教育高等学校の内の一校であるランチェスター学園に入学する。
チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】
Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。
でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?!
感謝を込めて別世界で転生することに!
めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外?
しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?!
どうなる?私の人生!
※R15は保険です。
※しれっと改正することがあります。
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる