殺人鬼転生・鏖の令嬢

猫又

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溺死

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 豪雨の中、走って走って走って逃げている少女がいた。
 名を美弥と言い、警察に追われていた。
 彼女は警察犬とパトカーの灯りを視界の隅に捕らえて、
「絶対、無理っしょ。ここを切り抜けるなんて」
 と呟いた。
 そして疲労困憊の足が止まったのは淋しくうらぶれた漁村の波止場だった。
「ま、いっか、面白くもない人生をなかなか上手く泳いできたからさ。どうせあいつらも捕まったか、逃げる途中事故死か、そんなもんだろうし」
 美弥のすぐ何メートルか後で警察犬が止まった。
 犬はずぶ濡れで息も上がってる。
 可哀想に、と美弥は思った。
 パトカーが到着し、警官が降り、銃を構えて美弥に何か叫んだ。

 もういいよ、投降する気はない。
 このくそったれの人生、ここで終いにする。
 
「じゃーね~」
 と言って美弥は背を向け、波止場から海に飛び込もうとした。
 その瞬間、鋭い痛みが胸を貫いた。
 身体は岸壁を踏み外して、海の中に真っ逆さまに落下していった。
 海面に落ちるその瞬間、美弥を岸壁まで追ってきたドーベルマンの目がトパーズ色に輝いていて、犬がクスッと笑ったように見えた。


「お嬢様が気がお付きになられましたわ!」
 と女の声がして、誰かが上から少女を覗き込んだ。

 助かったの? マジか、警察の病院かどっかか? と美弥は思った。
 どうやって逃げる? 真っ先に思ったのはそれだった。
 ぐるっと目玉を回して周囲を見たら、え、何、このコスプレ軍団。

 メイドが一人と白衣を着た熊がいて、
「お脈を失礼します」
 と言って毛むくじゃらの手で彼女の手を取った。
「え、ちょ、何、だよその熊のかぶりもん、誰だよ!」
 美弥は身体を起こして相手の頭を掴んだ。
 映画に出てくるような獣人だった。
 熊、大きなけむくじゃらの身体。
「お、お嬢様、ソフィア様……」
 目の前の熊は本気で嫌がってて、頭をブルブルとさせていてその頭は温かかった。
「え、誰、お嬢様って……」
「お嬢様がご乱心……」
 側にいるメイドがふるふると震え、熊が、
「お嬢様! お許し下さい!」
 と叫んだので、美弥は手を離した。
 熊とメイドは美弥から距離を起き、遠巻きに見ている。
 途端に酷い痛みが美弥の頭を走った。
「痛っ!」

 頭が割れそうだった。
 痛い痛い痛い!
 頭の中を流れる風景。
 自分が誰かの中にいて、意地悪な姉達や従兄弟達にいじめられている。
 今日も庭の噴水に落とし込まれて死んだはずだった。
 いや、死ななくてもよかった。
   けれどその娘はもう疲れきっていた。
 異母姉妹の末っ子令嬢、姉達は美しく賢い。
 従兄弟達も優秀で底意地が悪い。
 そして何より王立魔法学院に通う毎日が死ぬほど辛かった。
 姉達が率先していじめるのだから学園中がこの娘をいじめてもいい、と解釈されていた。
 物を盗まれる、隠される、捨てられる、悪口を言われる、たたかれる、と思えば無視、クラス中が喪に服し、葬儀ごっこされた時もある。教師も見て見ぬ振り、どころか姉に娘の失敗をご注進。
 
 ソフィア・ヘンデル伯爵令嬢、ただし、生母の地位は低くメイド。
 故に娘として認知してもらっており部屋も与えられ学園にも通わせてもらっているが、陰湿な貴族のいじめの対象としてはうってつけな娘。
 その娘の中に美弥はいた。

 ソフィアは死にたがっていた。
 弱い、弱すぎる、と美弥は思った。
「どうかお願い」
 とソフィアは言った。
「お願い? 何を? ああ、復讐してって事? このあたしに頼むんだ、復讐以外にないよ?」
「違う……でも止められないなら、せめてその力を正しい方へ……お願い」
 そう言うと、プラチナブロンドでシルバーの瞳、たいそう整ったソフィアの顔は悲しそうな表情をしてから消えていった。
 その瞬間、身体が光って体内から放出される力。
「これ……なんだろ……」
 もしかしたら、使えなかった魔力だろうか? と美弥は思った。
 ソフィアは庶子、そして魔力のない子供。だから余計にいじめれていた。
 この国では魔力の有無、またはその潜在量の値で地位が決まる。
 ソフィアの身体から溢れる魔力。
 そうか、その弱さゆえに発現しなかった魔力か、と蘇生した美弥は理解した。 
 元ソフィアの人を恐れる気持ちがまさに魔力を押し込めていたに違いない。
「ふふふ……こんな良い物どうして使わなかったのさ? あたしにくれるの? お気の毒様、こんな面白い身体、もう返さないよ? いいよ、今日からあたしがソフィアだ。でもあんたの安眠の為にせめて復讐くらいはしてやるから」

 願わくば彼女の来世は穏やかで幸せな物でありますように。
 殺人鬼の美弥にはそれを願うしか出来ない。
 
 ソフィアになった美弥は復讐を胸に掲げる。
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