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最後の闘い

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 デニスは薄ら笑いを引きつらせて答えた。
「分かってますよ。おらぁ汚い奴は苦手なんですがね」
「行くぞ」
 一喝と共にキースは亡者どもに斬りこんだ。キースの愛剣は簡単に亡者の首や胴を切り裂いたが、首が飛んでも腕を飛ばされても亡者達は一向に平気で突き進んでくる。
「なんてことだ」
「当たり前だ。ここにいる奴は一度死んでいる。二度死ぬ事はない」
 シドがキースの遥か頭上を旋回しながら言った。
「おい、自分だけ逃げるな。ではどうすればいいのだ」
 亡者達はいまやキースの目前であった。
「分からん。俺にはどうする事もできん」
「おい、薄情だな。さて困ったな。おい、亡者よ。俺達を食ってもうまくはないぞ」
「何言ってんのさ。こいつらに言葉が通じるわけないじゃんか」
 混乱したミラルカが言う。ところが亡者の一人が答えたのである。
「おい、お前、わしらだって元は人間だったんだぞ」
 どんよりとした悪臭が広がる。
「お、お前らを食った所でどうにも、な、ならん事は分かっているさ。こ、この腹じゃあ抜けちまうしな」
 亡者は自分の腹を見て、笑うようなを素振りした。
「し、しかしな。こんな所でさまようのは空しいんだ。ここは寒くて怖い。本来の生きている場所に戻りたい。悲しい、辛いんだ。永遠にこんな所で……」
 ぽっかり空いた目が何故か潤んだように見えた。回りで騒いでいた者達も小さな呻き声を上げながら啜り泣いていた。
「だから、妖魔王は俺達にささやかな楽しみを与えてくれる。仲間を増やし、一時の喜びを与えてくれる。彼は俺達の味方なのさ。彼のような美しい男が俺達の目を楽しませてくれる。美しい声で歌を奏で、語りをしてくれるのさ」
「ほう、妖魔王はお前達の味方なのか」
「そ、そうさ。俺達の苦しみや恨みを黙って聞いてくれる。彼は何も言わない。何もかも忘れるまで叫んでもいいのさ」
 別の亡者が言った。彼はまだ新しい亡者のようで、人間であった時の面影がかすかに残っていた。
「妖魔王はお前達の苦しみを飲み込んでくれるのか。彼こそが地獄の猛火に焼かれているのか。行き場のない悲しみを彼が浄化していたのか」
「そうだ」
 悲哀がキースの心を乱した。
「聞きましたか。ダノン王弟、あなたには出来まい。亡者の悲しみを一人で背負い、少しでも彼らが安らぐように心を砕いている彼のまねは出来まい」
 うなだれたダノンが突然、頭を抱えて倒れ込んだ。顔は一気に年をとったように皺が刻まれた。目は大きく見開かれ、口は酷く歪んでいる。恐怖の為か髪の毛は白くなり、ばさりと抜け落ちた。
「ダノンよ。どうだ妖魔王になった気分は。うれしいか」
 ダノンの心に亡者達の叫びが流れ込んできたのである。悲哀が、非運が、煩悶が、ダノンはのたうち転げ、泣いた。
「分かったか。亡者どもを受け入れる事が出来たら、お前は妖魔王となり妖魔地帯を支配し、さまざまな魔力を手に入れる事が可能である。お前には出来まい」
「わ、私は……」
 口から泡を吹いて、ダノンは気を失った。
「ナス、お前にはすぐに迎えが来る。ロブ伯爵はお前の罪にいたく心を沈ませている。ジユダでお前の言葉を信じて待っているサダめも今頃はお前の失敗を知ってさぞ落胆しているだろう」
 妖魔王はパチンと指を鳴らした。亡者は消え現れたのはギランである。
「ギラン様!」
「おお、カ-タにシド。久しいのう。この度の働き御苦労である。ロブ様もお前達の正しい心を喜ばれておる」
 珍しくギランはほほ笑んでいた。といっても醜い、かさかさの顔はほほ笑んでも奇妙であるが。
「お前達も早く帰って来るのじゃ。わしは一足先にこの裏切り者を連れて帰るのでな」 
 妖魔王に一礼すると、ギランはそそくさとナスを連れてまた消えていった。宿敵であるナスが捕えられたのは、ギランにとってもしてやったりという所である。
「さて、キース伯爵、ミラルカ、カ-タにシドよ。レイラにデニス。御苦労であったな。お前達のような若者がいてくれて、我は救われたぞ」
 美しい顔をほころばせて、妖魔王は笑った。
「一つ聞いてもいいかなあ」
 ミラルカが憔悴を隠しきれずに、疲れた顔で面白くなさそうに言った。
「なんだ」
 ギルオンがミラルカに優しい笑顔で言った。
「どうして妖魔王様はあの男が願ったように、世界の王にならないのさ。亡者や亡霊の叫びを聞き、あなたは何者の心も分かってやれるのに。素晴らしい魔力で世界を統一出来るんだろう」

「ミラルカよ。お前は知っておるか。私は永遠の命を持っているのだ。長い間ここにいる。長い間人間達を見てきた。しかし、何一つ変わらないのだよ。暴力と力が支配する時代は多い。死ぬ間際に後悔した者達も生まれ変わる時、その魂は次の陰謀に黒く膨らんでいるのだ。後悔しなかった者は尚更だ。あまりにも愚かなのだ。ここにいる哀れな亡者どもが次の世でどうすると思うかね。長い間ここにいた者に限ってまた、まい戻ってくる。悲しい事だが、事実なのだ」

「それじゃあ、いつまでたっても力や金が物を言う、こんな時代が続くのかい」
「そうだ。愚かな人間どもが地上にいる限りそうであろう」
「違う、それは違うぞ。力や金で人の心までも支配できるものか。俺は愛や希望を語り、夢を紡いで生きて行くぞ。その為にここまできたのだからな」
 キースが叫んだ。
「そうだな、キース伯爵。お前達のような人間がいるのを知ってうれしいぞ。我は少々人間不信に陥っていたのでな。お前達の言う通りに魔術などと言う物は所詮、一時のまやかしに過ぎん。人は自分の力でつかみとってこそが、夢なのだからな。これからお前達がどう生きてゆくかじっくり見物させてもらおうか。楽しみにしているぞ」
 言い終えたギルオンはゆっくりと闇の中に消えていった。
「おお、そうだ。シド、お前の罪を許してやる。元の姿にしてやろう。お前もこれからは術の修業に励んで、まやかしでない術を、人間の役にたつ術を修得するのだ」
 声だけがして、シドが声を上げる間もなく彼の黒い翼は白い人の腕になり、翠石のような瞳は鮮やかなグリ-ンに変わっていった。
「シド、よかったね」
 カ-タが潤んだ声で言う。
「ああ、人間の姿に戻れるなんて思ってもみなかった。妖魔王様、感謝します」
「おい、ずいぶん男前なのだな。想像とは少し違うぞ」
 キースが笑った。

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