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サダ魔法人

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 その時、重くかすれた声が響いてきた。
「何者じゃ。死にたくなければ即刻出てゆくのだ」
 ぼうっと辺りが霞み、白い髭に白衣を着た老人が現れた。
 キースが丁寧な口調で言った。
「御老人、我らは西方ジユダ国からやってきた者。ここに山賊アレゾの財宝が隠されていると聞いた」
「それがどうした。ジユダ国は山賊の宝を盗まねばならぬほど貧乏なのか」
「わけはいえぬ。財宝の場所を教えてもらいたい。礼はする」
「断る。確かにアレゾと名乗る男に頼まれた物はここにある。しかし、お主らに渡すようには言われておらん」
 老人はうるさそうに手を振った。
「ここにいる娘はアレゾの愛娘だ。彼女には受け取る権利がある」
 キースはミラルカを指した。
「ほう、似ておらん娘じゃな。その証拠はどこにある」
 キースはミラルカを見た。ミラルカは相変わらず不機嫌そうに黙りこんでいた。
「アレゾの身内を語る奴はお前で十人を越えた。そいつらは皆ここで眠っとるよ。そうならに内に帰れ」
 困ったキースはファラを見た。
「じいさん。あたしはアレゾの情婦だった女でファラってもんさ。確かにこの子はアレゾの娘さ。あんたに土産がある」
 ファラは馬の背から荷物を取り出し、
「そら、これだよ」
 と、放り投げた。
 それはかなり大きな荷で、頑丈に何重にも梱包されていた。老人は荷をほどいて、顔をほころばせた。
「おお、これは確かにわしがあの男に頼んだ物じゃ。間違いない」
 それは魔術や呪いに関する書物であった。
「これで認めるだろ。じいさん」
「分かった。お主らは正しくアレゾの身内の者。宝を引き渡そう」
「それはありがたいんだがね。身内はこの娘とあたしだけさ。この男達はあたし達から宝を横取りする気なのさ」
「何、それはいかん。そんな事は認めん。それではわしは約束を守ったあの男に申し訳がたたん」
 老人はかっと瞳を見開いた。キースはとっさに瘴気を感じ老人に向かっていった。
「待て、我らからも土産がある。これを見てもらおう」
 いつの間にかキースの手には小さな水晶玉が握られていた。
 それはナス魔道師に、もし自分達の手におえない時には出せ、と言われていた物であった。
 水晶玉はだんだんと透明から灰色になり、そこに一人の老婆の姿が映った。老婆は醜く、黒衣を着ていたがその隙間からでた肌は岩のようで、蛙のようにしゃがれおしつれた声であった。
「久しぶりよのう、サダ。わしを覚えておるか」
「お前はナス魔道師ではないか。この連中についておるのはお前なのか」
「そうじゃ。のうサダ、お前は悔しくはないのか。ロブ伯爵にこんな砂漠へ追いやられ、何百年もたった一人で話し相手もおらず、魔道の研究さえも禁じられ、哀れよのう」
「何が言いたい」
 サダ魔法人はむっとしたように言った。
「そこから出たいとは思わぬか」
「出たい。しかしそれは出来ぬ」
「わしが出してやるといったらどうする」
「たとえお主でもそれは無理じゃろう。もしそれができても、ギルオン妖魔王の怒りをかい、もっとひどい罰を受けるだけじゃ。お主とてただでは済むまい」
 サダは悲しそうな顔で言った。
「それは分からん。お前がこのダノン王弟にアレゾの財宝の中の一つ、七色の石を渡してくれれば事は済む」
「七色の石だと。まさかお主らは」
「そうじゃ。七色の石により臨める石を手に入れる。そうして世界はジユダ国が支配するのだ。臨める石を手に入れば、ギルオン妖魔王だとて赤子同然。恐れる事はない。どうじゃサダ」
「しかし、」
「迷うな、忘れたのか。ささいな罪でこのような地に追いやられた屈辱を。それともこれより果てない年月をここで暮らすか。お前はあと何千年の寿命を持っておるのじゃ。砂と風とだけを友とし、朝も夜も獣の咆哮だけを聞き、ただ一人きり暮らすか。もうお前に希望はないのか」
 ナスは哀れみと嘲りをもって笑い、サダは気も狂わんばかりに叫んだ。
「やめてくれ。お主の言う通りじゃ。わしはロブ伯爵が憎い。あやつはわしから魔道を取り上げた。西妖魔の第一級魔法人であるわしからじゃ。わしはもう耐えられん。このような土地でただ一人きり生きながらえるのは。いいとも、ダノン王弟よ。お主に七色の石を与えよう。世界の王となるがいい。しかしそのあかつきには、あやつがわしに与えた恥辱よりももっとむごいやり方であやつに制裁を加えてくれような」
 サダの瞳はらんらんと輝き、もう先程の貧弱な老人ではなく邪気を漂わせ口元に壮絶な笑みを浮かべた。
「分かった。約束する。お主の屈辱は必ず私が晴らしてやろう」
 ダノンは頷き、ファラが叫んだ。
「そんな、約束が違うじゃないか」
「許せ、わしはこの地より出たい。いつとは知れぬ妖魔王の許しを待つよりも、二度と西妖魔へ帰れずとも今、ここを出たい」
 ファラとミラルカは茫然となり、ダノンは勝ち誇った顔をした。
「そ、それで、石はどこにある。早く見せてくれ。その石さえあれば臨める石が手に入るのだな」
 サダはゆっくりと呪文を唱えると彼らの先にある大岩を動かした。ざざっと音がして岩の向こうから膨大な量の宝石や金、銀、毛皮や薬草などが転げ落ちてきた。ダイヤモンドの王冠、サファイア、ルビ-などの首飾りや指輪、アクアマリンの水剣にザザの国の珍しい吹雪の鎧、これまで彼らが見たこともないような宝ばかりである。ダノンにデニス、従者は歓声をあげて宝の山に走りこみ、財宝を手にし、はしゃぎ始めた。
 サダはその中から二つの石を取り出し、キースに渡した。
「これが七色の石の中の二つじゃ」
「それでは七色の石とは七つの石なのか」
「そうだ。あと五つ探さねばならん。しかし石はそれぞれ光を発し、引きつけあう物。いずれお互いを呼ぶであろう」
 キースは手渡された黄色とオレンジ色の石を見た。なるほどに二つの石はキースの手の中で鮮明な光を放っている。しかし彼はミラルカの胸の中でもまた真っ赤な光が発しているのを知らなかった。
「あとの五つのありかは分からんか」
「さあな。さて、ナス。石は渡した。約束通りここから出してもらおう」
「分かった。それではここにいる女のどちらかにお前の影を映すのだ。わしとお前の魔力ならそう簡単には破れんだろう。どちらの女がよいかな」
 サダはファラとミラルカを見た。彼女らは絶望と驚愕に震えていた。
 初めて聞いたダノン王弟の陰謀に恐れおののく。妖魔王を支配し世界を手中にしようなどと考えるなど、彼らは正気ではない。
 キースはファラを指さした。
「ほう、何故じゃ」
「こっちの娘は怪我をしている。このままここに残して行けば遠からず死ぬ。ここで生きていてもらわねば困るのだろう」
「そうじゃ。ではこの女にしようか」
 サダはファラを見た。
 ファラはありったけの悪態をついて、彼を責めたがサダは首を振って言った。
「済まぬ。かならずここから出してやるが、少しの間辛抱してくれ」
 サダとナスはお互いを追いかけるように口々に呪文を唱えた。二人の身体からオ-ラが出てファラを包みこみ、そしてファラの姿を消した。代わりに現れたのは少し薄いサダの影であり、それは悲しそうにミラルカを見た。「ファラ、なんて姿に」
 ミラルカはあまりのショックに口もきけない。 憎々しげにダノンを見、剣を振り回そうとしたが、ミラルカに向けられたサダの呪文で気が遠くなっていった。体はすべるように地面に倒れ、怪我をした目に激痛がはしる。
 体が重くなり、ファラの名前とギルオンの呪いがいつかお前達を滅ぼすぞと、つぶやきながら意識は闇に吸い込まれていった。
「では行くか」
 ダノンは満足げに言った。キースは痛々しそうにミラルカを見た。ダノンはそんなキースに不愉快な目を向けた。
「キース、その小娘は殺してしまえ。もう用はないはずだ」
「それは出来ませぬ」
「貴様、主人に刃向かうか。貴様の剣は誰に忠誠を誓ったのだ。その娘か、この私か」
「ダノン王弟殿下に捧げましたる剣に嘘偽りはございませぬ。しかし、何の罪もない娘を殺すのはあまりに」
「罪だと。これは面白い。その娘は世間を騒がし人々を恐怖に陥れる盗賊だぞ。切り殺されても文句は言えん筈。どうした、各国で死神将軍と恐れられ、戦場では幾多もの勝利を治めたあの雄姿はどこへいった。それに貴様はどうやら大事な事を忘れたらしいな。貴様に地位や名声を与えたのは誰だ? 貴様の汚らしいふた親が捨てた赤子を拾い育て、ここまで取り立ててやったの我が兄ではないか。本来なら奴隷の子など一生地にはいつくばっているのが身分相応というものだ。キース伯爵などと言われはしても貴様になど一筋も高貴な血は流れておらぬ」
 ダノンはこの美しい戦士の顔が青ざめるのを見ていいようもない喜びを感じた。キースは何も言わずうなだれていた。
「分かったか。私の言うことは絶対だ。ただ黙って言う通りにしていればよいのだ」
 哀れなこの王弟は自分の説に酔いしれた。キースの心に今、幾筋の血が流れたか、忘れようとし乾き始めていた傷にまたどれほど痛手を負ったか、気遣う心はなかった。
「もういいでしょう。砂漠じゃこの娘にも助けられたし、帰りにも砂漠を通るこった。また役に立つやもしれませんぜ」
 あまりの悪罵にデニスでさえ顔をしかめ口を挟んだ。
 サダは夢から覚めたように黙って立っている。
「よし、まあいい。さっさと城に帰るとするか。早くこの汗を流したいものだな」
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