ヤクドクシ

猫又

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永遠の愛に効く薬毒

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「浴槽に水を張りこの薬毒を溶かすんだ。一晩相手を浴槽に沈めて薬毒を身体中に浸透させ、引き上げて乾燥させる。そしてまた浴槽に沈め、引き上げて乾燥。それを三回繰り返す。成功すれば可愛い可愛いあんたの奥さんはこれでもうよそ見をする事はない。永遠にあんたの側で綺麗な寝顔を見せてくれるよ」
 と薬毒店の店主が言ったのを思い出して男はクスクスと笑った。  
 男は薬毒店で購入してきた薬包を取り出した。

 なんて都合のいい薬なんだ、と男は思った。 
 口を開けば男を馬鹿にする言葉しか出てこない妻だったが、男は彼女を愛していた。  三十代後半でも男の妻は美しく、贅沢を望み、そして他の男に気が散る女だった。
 男は妻を愛していたので望むことは何でもした。
 贅沢も許したし、多少の浮気も見て見ぬふりをした。
 必ず自分の所へ戻ると信じていたし、これまではそうだったからだ。
 だが妻は男に離婚を申し出た。 
 他に好きな男が出来た、こんな生活はうんざりだと言い放ったのだ。  
  だから殺してしまった。
 だが美しい妻を火葬で燃やしてしまうなど考えられない。
 側に置いて置きたかった。永遠に。

 そして今夜で三晩目だった。
 男は急いで帰路についていた。
 運悪く歓迎会に強制参加させられて、さっきまで飲み会というものに時間を取られていたのだ。新しい上司の歓迎会なので断る事が出来ずに参加し、ようやく抜けてきた。
 もう十二時を過ぎてしまっているではないか、妻が待っているのに、と思いながら男は足早に歩き、駆け込むように自宅へ飛び込んだ。
 美しい妻は全裸でベッドに横たわっている。
 男の給料を全て自分の美貌を保つ事に費やしてきたのだから、美しくないはずがない。 引き締まった身体に、見事に盛り上がった二つの乳房。
 ウエストはきゅっと細く、肌は透き通るように白くきめ細やかだ。
 驚いたのは最初の一晩で妻の身体に弾力が戻ったことだった。
 妻の死体は堅く、冷たかった。
 肌は紫色に変色しかかっていたし、穴という穴から少しずつ体液が漏れ始めていたのに、それが止まり肌が柔らかくなった。
 二番目で暖かさが戻り、肌も生前と変わらず白く美しい肌に戻った。
 
 男は妻を確認してからバスルームに飛び込んだ。
 浴槽に水を貯めようと蛇口を捻る。
「あれ?」
 水は出なかった。いくら蛇口を捻っても水は一滴も出てこなかった。
「そんな!!」
 慌ててバスルームを飛び出し、二十四時間対応のマンションの管理ルームへ電話するが、オペレーターは非情にも「十二時から五時まで断水のお知らせをしてあります」と言った。「困るんだ!! 今すぐに水を出してくれ!!」
「申し訳ございませんがそれは出来かねます。十日前からマンション全体にお知らせしてあります。工事清掃が済み次第、水道は復旧いたします」
 受話器を持ったまま、男は床に膝をついた。
 十日前だって?
 男が妻と言い争いをした日だった。
 離婚を突きつけられて、男は咄嗟に手が出て妻を殺した。
 それから妻の死体を腐らないよう冷やして、必死に薬毒店を探した。
 男にはマンションの回覧板を見ている暇などなかった。

「そんな……いや、まだ手はあるコンビニで水をありったけ買ってくれば」
 男は妻の死体を先に浴槽に入れてから、部屋を出た。
 浴槽に二百リットルとして、二リットルのペットボトルが百本あればいい、と男は計算し、コンビニ一軒でそれだけの数を賄えるかどうかを考えながら男が一番近いコンビニに走った。

 そして男はようやく百本のペットボトルをマンション九階の自室に運び入れ終えた。
「早く……早く……」
 男はもうくたくただった。
 運搬する台車を持っていない男は百本のペットボトルを四本ずつ両手に提げてコンビニの店舗から自宅マンションのエントランスまで運び、そしてさらに九階の自室まで運び入れなければなかなかった。
 歓迎会で酒を飲んで来たため、車が使えないのが不運だった。
 百本のペットボトルを買うという目立つ行為をしなければならないのに、車を運転して行き酒を飲んでいるというのが他人に知れてしまうのは非情に危ない。
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