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目立ちたがりやに効く薬毒6
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朝、目覚めた時に真木は身体中が冷たく、布団にシミがつくほどの汗をびっしょりとかいていた。
「健司さん、早くしないと学校に遅れるわよ」
と母親の顔が覗き込むように健司の顔を見下ろしていた。
「え……」
頭が痛く身体がぶるぶる震えている。
「か、母さん」
かすれた声で真木は母親に呼びかけた。
「はい? 何? あら、あなたどうしたの?!」
母親が口を押さえて酷く心配そうに言ったので、健司は恐る恐る身体を起こした。
箪笥の横に姿見が置いてあり、健司はそこまでよろよろと歩いた。
夢か? 今が夢か?
母親が元の母親で、風俗をしていた年老いた派手な女ではなかった。
身体中が震えてうまく歩けないし、足下が頼りない。
健司はようやく鏡を覗き込んだ。
「!」
真木の髪の毛は真っ白だった。
それに顔も骸骨のように痩せ細っている。
真木は顔を自分の手で触ってみた。
骨を薄い皮で巻いているような感触だった。
張りのないカサカサした皮膚。
「どうしたの? だって夕べはそんなんじゃなかった。横になってなさい。すぐに救急車を呼びます。あなた! あなた!」
母親が大きな声で夫を呼びながら部屋を走って出て行った。
真木は呆然としたまま、ベッドに腰を下ろした。
「夢だったのか? あれは……あんなリアルな? でも……良かった……」
真木の瞳から涙が流れた。
安堵の涙だった。
ぎゅっと握っている手に気がついて開くと、薄緑色の薬包が一包み手のひらにあった。
真木はすぐにそれをゴミ箱に投げ捨てた。
動物虐待をした自分はSNSでこのままずっと叩かれる。ネットには永遠に自分の名前が残るかもしれないし、もしかしたらこの白髪もこの骸骨のような顔もこのままかもしれない。
けれど今ここにある、家族が元に戻ったという幸せに比べたらどうでもよかった。
「兄さん、どうしたって?」
学生服の弟が顔を覗かせて酷くびっくりしたような顔をしたが、その顔はヤクザに弄ばれている少年の顔ではなかった。
「雅春……」
と真木は弟の名前を呼んだ。
「兄さん! どうしたって……?」
「良かった……良かった……」
真木はまた泣いた。
泣いて泣いて、救急車に運ばれる最中もただ泣き続けていた。
「珍しいな、ハヤテの旦那、今回は薬材を見逃してやったのかい」
骸が椅子の上で耳を搔きながら言った。
「若い傲慢な男はいい材料になるってのによぉ」
「別に」
ハヤテは店のカウンターに座ったまま新聞を広げた。
「願掛けでもしてんのかい?」
と茶化すように言った骸をハヤテはじろっと睨んだので、骸は小さなピンク色の舌をぺろっと出した。
「まあ、そう怒りなさんなよ。壱の旦那が戻れば、ハナちゃんの事も何とかなるかもよ」
と骸が椅子の上からひょいと飛び降りながら言った。
「どういう意味だ?」
「暮れ森のお婆がなんかそんな事を言ってたらしいぜ。ハナちゃんを全鬼にするのも不可能じゃないってな。壱の旦那の番いモネちゃんだ。モネちゃんがそんな事を聞いたって壱の旦那に言ったらしくてさ。旦那がこの度、薬毒の仕入れに行った際にちょっくら聞いてくるってよ。だから、その間ここで世話になってろってな。なあ、ハナちゃんが全鬼になれればいいな。暮れ森のお婆はそんな事ででたらめを言う人じゃないと思うぜ」
「そう……だな」
骸の予想に反してハヤテはそう嬉しそうな顔をしなかったので、骸は首を傾げた。
「何でぃ、せっかく壱の旦那がよ」
主人である壱の好意をハヤテが無駄にしたと感じた骸は少々むっとした声で言った。
「そうじゃない、壱の気持ちはありがたい。俺は……ハナが全鬼になればいいと思う」
「じゃあ、問題ねえじゃねえか」
「ハナは俺を恨んでいる。ハナには辛いことばかりだった。里では半鬼といじめられ、だが人間界にも戻れない。身体の限界が来れば心臓を入れ替え、俺の角と血肉で生き返らせて、そのせいで逆にもう身体はボロボロだ。力も身体も弱って半日は老婆の姿だ。俺はハナを助けたつもりで逆に苦境に陥れてしまったんだ。赤ん坊を拾うべきではなかった。あの時、喰ってしまえばよかった」
「そんな事はねえだろうさ、旦那。ハナちゃんはあんたを慕ってるよ」
「そうかな」
ハヤテはため息をついた。
「健司さん、早くしないと学校に遅れるわよ」
と母親の顔が覗き込むように健司の顔を見下ろしていた。
「え……」
頭が痛く身体がぶるぶる震えている。
「か、母さん」
かすれた声で真木は母親に呼びかけた。
「はい? 何? あら、あなたどうしたの?!」
母親が口を押さえて酷く心配そうに言ったので、健司は恐る恐る身体を起こした。
箪笥の横に姿見が置いてあり、健司はそこまでよろよろと歩いた。
夢か? 今が夢か?
母親が元の母親で、風俗をしていた年老いた派手な女ではなかった。
身体中が震えてうまく歩けないし、足下が頼りない。
健司はようやく鏡を覗き込んだ。
「!」
真木の髪の毛は真っ白だった。
それに顔も骸骨のように痩せ細っている。
真木は顔を自分の手で触ってみた。
骨を薄い皮で巻いているような感触だった。
張りのないカサカサした皮膚。
「どうしたの? だって夕べはそんなんじゃなかった。横になってなさい。すぐに救急車を呼びます。あなた! あなた!」
母親が大きな声で夫を呼びながら部屋を走って出て行った。
真木は呆然としたまま、ベッドに腰を下ろした。
「夢だったのか? あれは……あんなリアルな? でも……良かった……」
真木の瞳から涙が流れた。
安堵の涙だった。
ぎゅっと握っている手に気がついて開くと、薄緑色の薬包が一包み手のひらにあった。
真木はすぐにそれをゴミ箱に投げ捨てた。
動物虐待をした自分はSNSでこのままずっと叩かれる。ネットには永遠に自分の名前が残るかもしれないし、もしかしたらこの白髪もこの骸骨のような顔もこのままかもしれない。
けれど今ここにある、家族が元に戻ったという幸せに比べたらどうでもよかった。
「兄さん、どうしたって?」
学生服の弟が顔を覗かせて酷くびっくりしたような顔をしたが、その顔はヤクザに弄ばれている少年の顔ではなかった。
「雅春……」
と真木は弟の名前を呼んだ。
「兄さん! どうしたって……?」
「良かった……良かった……」
真木はまた泣いた。
泣いて泣いて、救急車に運ばれる最中もただ泣き続けていた。
「珍しいな、ハヤテの旦那、今回は薬材を見逃してやったのかい」
骸が椅子の上で耳を搔きながら言った。
「若い傲慢な男はいい材料になるってのによぉ」
「別に」
ハヤテは店のカウンターに座ったまま新聞を広げた。
「願掛けでもしてんのかい?」
と茶化すように言った骸をハヤテはじろっと睨んだので、骸は小さなピンク色の舌をぺろっと出した。
「まあ、そう怒りなさんなよ。壱の旦那が戻れば、ハナちゃんの事も何とかなるかもよ」
と骸が椅子の上からひょいと飛び降りながら言った。
「どういう意味だ?」
「暮れ森のお婆がなんかそんな事を言ってたらしいぜ。ハナちゃんを全鬼にするのも不可能じゃないってな。壱の旦那の番いモネちゃんだ。モネちゃんがそんな事を聞いたって壱の旦那に言ったらしくてさ。旦那がこの度、薬毒の仕入れに行った際にちょっくら聞いてくるってよ。だから、その間ここで世話になってろってな。なあ、ハナちゃんが全鬼になれればいいな。暮れ森のお婆はそんな事ででたらめを言う人じゃないと思うぜ」
「そう……だな」
骸の予想に反してハヤテはそう嬉しそうな顔をしなかったので、骸は首を傾げた。
「何でぃ、せっかく壱の旦那がよ」
主人である壱の好意をハヤテが無駄にしたと感じた骸は少々むっとした声で言った。
「そうじゃない、壱の気持ちはありがたい。俺は……ハナが全鬼になればいいと思う」
「じゃあ、問題ねえじゃねえか」
「ハナは俺を恨んでいる。ハナには辛いことばかりだった。里では半鬼といじめられ、だが人間界にも戻れない。身体の限界が来れば心臓を入れ替え、俺の角と血肉で生き返らせて、そのせいで逆にもう身体はボロボロだ。力も身体も弱って半日は老婆の姿だ。俺はハナを助けたつもりで逆に苦境に陥れてしまったんだ。赤ん坊を拾うべきではなかった。あの時、喰ってしまえばよかった」
「そんな事はねえだろうさ、旦那。ハナちゃんはあんたを慕ってるよ」
「そうかな」
ハヤテはため息をついた。
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