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九章 夢見の魔女リゲル
289.魔女の弟子と神話の時代
しおりを挟む「私の知っているアルカナ幹部はこんなに軟弱じゃないぞ?、…魔女リゲルの幻影というのも大したことないらしい」
「えぇ…」
魔女リゲル様によって閉じ込められた夢世界、そこでエリスは今まで戦った敵達の記憶を元に再現された幻影と果てしない戦いを繰り広げていたんだ
アジメクからアルスカース、デルセクトからコルスコルピ、そしてエトワールを飛ばしてここアガスティヤに辿り着いたエリスを待っていたのは
アグニス イグニス ヴィーラント
星のヘエ 太陽のレーシュ 審判のシン
と…、考えるだに恐ろしいメンツであった、それは流石に勝てない…事実エリスはこの幻影達を前に苦戦を強いられてあわや死の一歩手前に持っていかれたのだが、そこを助けてくれたのが意外も意外 かつての仇敵である審判のシンであった
彼女は幻影でありながらエリスの中に残っていた自我の記憶によりリゲル様の支配を跳ね除け、自らの意思で魔女への反逆を決意した…、魔女の手先となった大いなるアルカナの幻影を前にエリスと共に戦ってくれることになったシンなのだが
(つ…強い)
信じられないくらい強かった、ヘエもレーシュも敵じゃない…全員纏めて相手にした上で吹き飛ばし跳ね飛ばし口ほどにも無いと笑ってみせる、流石はアルカナ最強のアリエ…その中でも二番手の位置に付いている人だ、格が違う
圧倒するシンを前に思う、これエリス必要ないな…
「ん、まだ動くか?」
「シン…お前!裏切るのか!裏切ったのか!、魔女の弟子の味方をするなんて!」
するとシンに蹴り飛ばされたヘエが戻ってくる、流石にアリエか あの程度の攻撃じゃビクともしない、ってわけじゃなさそうだがそれでも消滅まではいかないようだ
「裏切る?、哀れだなヘエ…魔女の傀儡になっていることにも気がつかんとは、いやお前はそもそもヘエでは無かったな」
「何わけのわかんねぇこと言ってんだよ!この裏切り者がぁっ!『アラウンドグラビティ』!」
「『ライトニングステップ』!」
ヘエが作り出す極度の重力帯から瞬きの間に抜け出した雷光はジグザグとした軌道を描き、即座にヘエの背後に回ると
「いい加減に死ね!紛い者が!!」
「ぎぃっ!?」
ギロチンのように繰り出される雷蹴はヘエを背後から居抜き、その頸に叩き込まれる…、強い…強いとしか言えないくらい強い、シンは小賢しい戦法とか搦め手とかを使用しない純然たる強者だ それを再び肌で感じると
「ぐっ、ははっ!捕まえたよシン!」
「むっ!?」
首筋を蹴られたヘエは怯むことなくシンの足を掴むのだ、シンも強いがヘエだってアリエの一人だ、この程度じゃやられない!
「私に触れるとは愚かな、ならば望み通り感電させて…」
「レーシュ!やれ!」
「あいあいっと!」
「なっ!?」
すっ飛んできたのはレーシュだ、目の前でシンの魔術を食らってなおその動きに一切の衰えがない、まるで弾丸のように飛んできたレーシュは捕まれ動けなくなったシンの腹を的確に射抜くように蹴り飛ばし
「チッ、厄介な…」
いや、ガードしていた!いつのまにかレーシュの足と己の腹の間に腕を挟み込み衝撃を逃していたんだ、どんな反応速度だ…、と驚く間も無くシンはクルリと地面に着地し…
「流石にアリエ二人の粛清は骨が折れる…」
「私もいるよシン!」
「ッ…!?」
シンが着地した地面から木の根が生える、ヴィーラントだ!アイツあんな魔術を食らったのにまだ形を留めていたのか、と驚く間も無くメリメリと地面を剥がして蔦が現れシンの体を絡めとり…
「邪魔だぁぁあ!!『ヴァジュラボルト』ォッ!」
おお!判断が早い!、体に蔦が巻きつき気道を圧迫される前に魔術を使って体に電気を迸らせ蔦を焼き切った!、そうか さっきの巻きつきはああやって対処すればいいのか!
「『エルクシ・シューティングスター』!」
「くっ!?」
しかし蔦を焼き切った瞬間を狙いヘエがシン目掛け飛んでくる、自らの重量は何十倍にした上で前方向に重力を捻じ曲げ空を滑空する打撃技、あれはヘエの細い体からは考えられないくらい重く鋭く速いのだ
されどシンとて負けていない、こちらに向かって飛ぶように落下するヘエの突撃を巧みに片手で弾き受け流し、ヘエを自らの背後に落とす…が
「『ミトスホーミングレイ』!」
続けざまにレーシュの光弾が放たれる、一撃一撃が家屋を吹き飛ばすだけの威力を持ちながらそれぞれがそれぞれ追尾機能を持つ厄介極まり無い魔術だ、それが蔦でバランスを崩し ヘエの飛び蹴りでワンアクションを使ったシンに容赦なく降り注ぐ
「まったく、キリがない…『ライトニングスプレッド』!」
腕を振るう、振るわれた腕は電撃へと変換され空中に投げ出された網のように広がると共に迫る光弾の群れを全て叩き落とすのだ、完璧なレジスト!圧巻だ!
凄い…凄いぞ!、本当に幻影達を相手に渡り合ってる!
「グッ、行くぞ!我々もイグニス!」
「うーっ!」
「お代わりも来たか、無駄に頑丈な奴らめ」
次々と迫り来るアグニスとイグニス、そこにヘエもレーシュも加わり群がるようにシンを攻め立てる、がシンはそれを巧みに弾いて 捌いて応戦し…
ん?、なんだろう…あれ?、シン苦戦してないか?、最初は押していたが徐々に苦しそうに…ってそう言えば完全にエリスからシンにヘイトが移動してるじゃないか、流石にこの数を相手に圧倒し続けるのはシンも辛いか、まぁエリスでは手も足も出なかったそれを相手に互角にやりあえる時点で十分凄すぎるが
なんて考えていると、幻影の猛攻の隙間を縫うようにシンがこちらをギロリと睨み
「私だけに戦わせてお前は高みの見物か!?エリス!、いい身分だな!」
え?あ?、怒られた?…
「い いや!、手を出すなって言ったのはそっちでしょう!?」
「あれはポーズ!社交辞令だと何故分からん!、魔女からはその辺の礼儀を教えられてないのか!」
「えぇ…」
「私も言うことを聞かんのだ!、お前が大人しく私の言うこと聞いてどうする!」
つまり、一緒に戦えとのお達しだろう、最初に手を出すなと言ったのはそっちだろうに…なんて、思うわけがない
シンは今この場で唯一エリスに味方をしてくれている存在だ、しかもかつての自分の仲間と同じ姿をした存在を相手に戦っている、辛くないわけがない、そもそもこれはエリスが始めた戦い…ならばシンに任せず最後までエリスが戦い抜くべきだ
「分かりました!、『旋風圏跳』!からの『風刻槍』!」
故にシンに向けて飛ぶ、その背後から忍び寄るように拳を構えていたヘエの横っ面を叩き割るように蹴飛ばし、シンの背中を守るように風刻槍を放ち周囲を牽制し…構える
まさか、シンと背中を合わせて戦う日が来るとは
「…ふんっ、言っておくがこれは互いに勝手をやった結果、偶然にも助け合う形になってしまっただけだ、私はお前に助けを求めてないしお前は私を助けてない、分かっているな」
「分かってますよ、エリス達は敵同士…ですもんね」
「の割にはやけに嬉しそうだな」
「こう言っちゃなんですけど、エリスは貴方の雷招魔術の腕そのものは尊敬しています、貴方の魔術の使い方は勉強になるので…だから、こうして戦えること 光栄に思う一面もあります」
「何をわけのわからんことを、反吐がでる」
「でしょうね、ですけどまた学ばせてもらいますよ…先輩?」
なんちゃって と舌を出すとシンは顔をこちらにちらりと向け、ぐぇっと気色悪い物を見たように顔を歪める、そんな顔するなよ 本音なんだからさ
エリスは師匠以外の教えは受けない主義だ、でもそれとは別にシンの魔術の運用法を見てはたと思ったのは事実、彼女の魔術から着想を得た『真雷招』がエリスの危機を救ったことも多々あるのも事実
だから、敵とはいえリスペクトを向ける、彼女は一人の魔術師としてエリスの先にいる…いつか追いつき追い越す壁として今も意識しているんだ
「やめろ、お前とそう言う関係になりたいわけじゃない」
「ですね、…さて?どうしますか?シン、敵は多いですよ」
「ああそうだな、だが状況を見極めれば厄介なのはヘエとレーシュだけ、そう難しい状況でもない」
確かに、このアリエ二人が状況をややこしくしているのは確かだな、ならその二人から叩きたい…ところだが、そうもいかないのがアグニスとイグニスそしてヴィーラントの存在だ、彼らの存在が巧みにアリエ達から狙いを逸らさせる
「分かりました、では比較的撃破が楽なアグニスとイグニスから片付けましょう、どっちとやりたいですか?」
「向かってきた方でいいだろう、来るぞ!」
丁度、そのアグニスとイグニスが突っ込んでくる…エリスとシンを挟み込むようにだ、これだとイグニスはエリスを アグニスはシンを狙っているようにも見えるな、向こうから来てくれるならありがたいことこの上ないと言うもの
やるか!
「うぉぉぉぉぉお!魔女の弟子も裏切り者も纏めて殺してやるっ!『イグニッションバースト』!!」
「我等レーシュ様の下僕、牙を剥くなら審判のシンとはいえ許しはせん!『スカーレットムスペルヘイム』!」
迫る紅蓮の火炎、まるで烈火の顎門がエリスとシンを噛み砕こうとしているように迫るアグニスとイグニスの挟撃を前にしても、不思議とさっきまでの焦りはない
それは背中を任せた女の強さをエリスは何よりも知ってるからだろう、この女の強さを知っているからこそ信じられる、任せられる…ならばエリスは
前を見るだけだ!
「行くぞ、合わせろよエリス」
「分かってます、掛け声もいりませんから」
エリスとシンは互いに背中をくっつけ互いに手を前に突き出し…、隆起させる!魔力を!
「『ゼストスケラウノス』」
「『火雷招』ッ!」
放たれた双光の雷撃は背中合わせに互いの敵を穿ち抜く、荒れ狂う二つの炎雷は止め処なく溢れる滝のように放電を続けアグニスとイグニスを包み込む
「ぐっ!?がぁぁぁぁぁあああああ!?!?」
「ぎぃっ!?ぁぁぁあああああああああ!?!?」
二人の悲鳴とともに鳴り響く爆音、エリスとシン…互いに持つ同系統の魔術が肩を並べ背中を合わせ敵を砕いた、もはや負ける気がしないとはこのことだ!
「ぁ…がぁ…!」
「む、アグニスが光の粒子になって消えた?…、本当に幻影だったのか」
「半信半疑で戦ってんですか!?」
「お 驚いただけだろ!、人が光の粒子になるなんて…見たことないし」
そういやエリスも最初見たときびっくりしたな、ここに来るまで山ほど見てきたからあんまり何も思わなくなってたけど…
「あらぁ?、アグニスとイグニスがやられちゃったかぁ…残念だなぁ、二人とも気に入ってたんだけど」
「レーシュ…どうやらお前はやはり私の知るレーシュではないな」
「んん?、どうしてかな?」
「アイツはあれで部下思いだ、それをやられて黙ってるような真似もしないし 自分が出るときは巻き添えにしない為二人を引かせる…、それをしないと言うことは、そう言うことだ」
「……んふふふ」
睨みつけるシンの言葉を聞いて思う、そうだったんだと…まぁ確かにレーシュは二人を自分と一緒に戦わせなかったけど、そんなに部下思いとは知らなかったな
「そうだったんだ…」
なんてエリスが思ったことをポロリと口に漏らすと、今度はシンの眼光がギロリとこちらを睨み
「そう言えばアレはお前のイメージから出来ていたんだったな!、お前レーシュをなんだと思っている!」
「い いやぁ、イかれた外道だと思ってました」
「アイツはイかれた外道だがアレでいていい奴…では…ないな、うん 否定出来ないかもしれん、実際イかれた外道だったし」
どっちだよ…、まぁイかれているのと仲間想いは両立するってことなのかな、確かにレーシュは一本筋の通った人だったよ?悪い意味でさ
「ともあれ、これでアリエとタイマンを張れるな、私は偽レーシュをやるからお前は偽ヘエをやれ」
「ヴィーラントは?」
「アレは後にとっておく、ちょくちょく邪魔を入れてくるが雷で焼けば障害にもならない、何よりたっぷり痛めつけたいからな」
「いいですねそれ、乗りました」
ヴィーラントは痛めつけ足りないからな、縛ってボコボコにしてやりたいと思ってたんだ、…しかしこれでエリスはアリエとタイマンを張れることになった、最初に比べれば随分楽な状況だ
まぁそれでもヘエが強いことに変わりはないが…
「負けるなよ、エリス」
「誰にモノ言ってんですか?、負けないからここまで来たんでしょう」
「そうだった、憎らしい奴め…」
すり足で地面を滑るように徐々に移動する、互いに背中を見せたまま正眼に捉えるのはエリス達を睨むヘエとレーシュの幻影達、これ以上時間を掛けてもいられない…とっとと決めてやる
「では…行くぞ!『ライトニングステップ』!」
「はい!『旋風圏跳』!」
「あははは!来る?来ちゃう?シン!、私を刻みつけてやるよぉっ!」
「魔女の弟子がァ!、ここにお前の墓標を立ててやる…!」
走る旋風駆ける稲妻、星と太陽を落とす為大地を弾き走り抜ける…エリスが目指すはヘエだ!
「ヘエ!、貴方の相手はエリスです!」
「上等だよッ!!『アラウンドゼログラビティ』!!」
ドンっと一つ大地を叩くように手を下に向けると共に薙ぎ倒された木々が宙に浮かび上がり、ヘエへと飛びかかるエリスに向け次々と落ちてくる、へし折られた木の断面とは鋭利なものでまるで巨大な槍のようだ
それが群がるように次々と迫る、その弾幕の圧倒的な事…筆舌に尽くしがたい程だ、けれど止まる理由にはならない!
「『転輪 灼炎刀』!」
足先に炎を纏い旋風圏跳の回転を合わせ切り裂く合体魔術を用い虚空を滑り踊るような姿勢で迫る木々を切り裂き焼き切り、迫る ヘエの眼前に…!
「ヘエ!覚悟…しなさいっ!」
捉えた、射程圏内にヘエを捉えると共に縦に回転し振り落とすのは紅蓮の踵、杭を打つ鉄槌の如き一撃でヘエの頭を狙うも…
「ナメるなよ魔女の弟子ィッ!『ギガトンインパクトグラビティ』!」
迎え撃つのはヘエの拳、それもただの拳ではない 重力にて何倍にも重さを増幅させた拳だ、それを方向操作で上方向に向かって落とし エリスの踵落としを迎え撃ち、相殺する
「ぐぅっ!?」
「いってぇっ!」
足と手がぶつかった、ただそれだけで火炎が大地を焼き衝撃が岩を砕く、最弱のアリエと呼ばれはするものの彼だって立派にアリエ、アルカナ最高戦力の一人なんだ…生半可じゃないのは分かってる!
だから
「ぐるるるぁぁぁ!!!」
「なっ!?」
襲う 牙を剥いてヘエのに飛びかかる、身にかかる衝撃も圧力も無視しての決死の突撃、離れればこいつの重力に囚われるのは知っている、だから 何が何でも食らいつく必要があるんだ!
「この!、離れろよ!」
「ガジガジ!」
「お前人間か本当に!?」
肩に食らいつき暴れるヘエの暴走に耐える、離してたまるか…せっかく捕まえたんだ、このまま持っていく!エリスの勝ちまで!
「っぱはー!…オラァッ!!」
「グッッ!?!?」
口を離しヘエの胸ぐらを掴んだまま今度は頭突きを加え、怯んだところに握る拳に魔力を乗せて…
「『ッッ煌王火雷招』!!」
「がぼぁっ!?…この、ナメんじゃねぇつってんだろうが!」
「へげぇっ!?」
殴り抜く炎拳に打たれてなお止まらないヘエは代わりにとばかりにエリスの首を掴むと共に重力を操りブンブンと振り回す、あまりの遠心力で胃袋がお尻から出そうな激烈な痛みが全身に走る…!
「ぅぐぅっ…!」
「あはははは!、このまま地面に叩きつけてやるよ!」
「させませんよ…!、魔力覚醒!」
「ッ…!」
体を引きちぎろうと暴れる遠心力の中、魔力を魂に集中させる、本日二度目の魔力覚醒…負荷がどうとか言い出したらキリがないが、この男を相手に魔力覚醒抜きで勝つのは難しいだろう
故にこういう時は即断即決!迷えば死ぬなら迷わないまでだ!
「『ゼナ・デュナミス』!」
「こいつ…お前がその気ならこっちも…、魔力覚醒!『シュバルツ…』」
「だからさせないって言ってんでしょうがァッ!」
基本的に実力が伯仲する魔力覚醒者同士が戦う場合のセオリーというものがある、それは相手が魔力覚醒を発動させたらこちらも即座に魔力覚醒しなければならないというもの、でなければ勝負にならないのだ 通常状態と魔力覚醒状態では
偶に底抜けに強い奴が魔力覚醒状態の奴を通常状態で相手にすることもあるが、これはあくまで実力伯仲の場合の話だ
エリスとヘエの実力にあまり差はない、魔力出力や魔術技量もどちらもほぼ同程度と見ている、故に魔力覚醒を相手が出したならこちらも出す、こちらが出したなら相手も出す…それを理解して魔力覚醒を切るタイミングを見計らう必要性がある…
だが逆に言えばこっちが魔力覚醒を使えば確定で相手も魔力覚醒という手を使うんだ、相手の行動をある意味こちらで定める事が出来る、それはアドバンテージだろう?
「げぅっ!?」
ヘエが魔力覚醒『シュバルツオスミウム』を発動させるタイミングで足から風を噴射し加速し再びヘエの顔面に頭突きをかます、…悪いがエリスはヘエと違って魔力覚醒者と戦う回数ってのが多かったんだ、だからこそヘエの行動を先読みできたエリスに、ヘエは致命的な先手を譲ることになる
「いっっっっっきますよぉっ!、新必殺!追憶!」
纏うは電撃 放つは疾風、幾星霜の記憶を力に前進するエリスの必殺技…旋風 雷響一脚を繰り出す、しかし姿勢はヘエの顔に頭突きをしたままだ、そのまま回転しながらヘエの体を連れていくように空を飛び…!
「な…何を」
回転する回転する回転する、エリスが木の枝なら相手に火が付いているであろうほどに回転する、確かにこれは雷響一脚と同じ手順で放っている、違う点があるとするなら相手についているのが足ではなく頭だということだけ
そのまま空高く飛び上がる、…頭が相手に付いている と言うことは、普段の雷響一脚と異なり、エリスは腕が使えるということ!
「ッ……!?」
故に掴む、両手でヘエの体を掴めばそのままエリスの回転につられてヘエの体も回転する、エリスの体を軸に両手足を投げ出し回転するヘエに掛かる遠心力は先程エリスかけれたそれ以上!、詠唱が出来まい!魔術が使えまい!重力を操れまい!今からエリスが行う技を防げまい!
「『旋風 雷響螺旋大山落とし』ッ!!!!」
「ぐっ!!?ぉぉぉおおおおお!?!?!?」
落とす!そのまま雷響一脚の勢いのまま勢いよくヘエを地面に叩きつける、雷響一脚の弱点『初撃を防がれたら防御を抜けない』という点を克服した 所謂雷響一脚を応用した投げ技だ
最近は雷響一脚を防ぐ敵に何度か会ってきた、その都度ゴリ押しか作戦で防げないようにしてから放つという回りくどい手段を取ってきたが…、なんて事はない 増やせばいいんだよ、バリエーションを!どんな状況でもこの威力をそのまま相手に叩き込めればいい!
さっきの回転で思いついたバリエーションの一つ!、付け焼き刃で使うのは好きじゃないが…上手くいったようだ!
「ごはぁっ…!?」
「っっ~~~!!!」
そのままヘエを捕まえたまま地面に叩き落せば、大地は根元から崩れ 木々は下から突き上げられたように浮かび上がる、威力はそのまま雷響一脚なんだ それを逃す事なく相手に100%伝えたのだから…その衝撃はいつも以上
当然ヘエは血を吹き白目を剥いて光の粒子となって消えていくが…ここでエリスは一つこの技の難点を見つけてしまう、それは
「ゥッ首ィッ痛ぁっっっ!!」
消えるヘエと共に頭を抑えてごろりごろりと地面をのたうちまわる、なんて事はないよ…普通にこっちにも衝撃が戻ってきたんだ、足なら耐えられた衝撃がエリスの頚椎に加わり危うく首の骨が折れるところだったのだ
諸刃の剣どころかただの自爆だこれ…!、だから付け焼き刃は好きじゃないんだ!
「うぅ…、この技は改良の余地があるなぁ」
まぁいいや、ヘエ倒せたし…いてて
そう首筋を摩りながら視線を動かす、レーシュと戦っているであろうシンを探すんだ、…シンは強い だが不安な要素があるとするなら
『レーシュはエリスに負けるまで無敗だった』こと、レーシュはシンを相手にしても負ける事はなかったという…、それはレーシュ自身の魔力覚醒の性質と本人の異質さが噛み合った無敵の耐久力が原因だろう
ただでさえレーシュはシンに次ぐ幹部なんだ、もしかしたら助けがいるかもしれない
「よっと」
足元から生えてきた蔦を踏み潰す、エリスの道行きを邪魔しようと伸びてきた木の枝を肘で叩き折りながら進む、邪魔だなあヴィーラント
なんて、思いながら先程シンと別れた地点に戻ると
「がふぅっ…」
「ふんっ、…ん?終わったかエリス」
「えぇ…」
レーシュを相手に無傷で佇むシンと、全身を焼き焦がされ地面に転がされ…頭を踏みつけられているレーシュの姿があった、えぇ 強…シン強すぎじゃないか?レーシュを相手に無傷で勝っちゃうなんて
「ず 随分余裕そうですね」
「ああ、思ったよりも動きのレパートリーが少なかった、レーシュが私対策に編み出していた動きも使ってこなかったしな、半端なレーシュならこんなもんだ」
ああそっか、レーシュだって歴戦の戦士だ…シンを相手に負けなかったのは彼女なりに思考して動いていたからだろう
だがこのレーシュにその記憶はない、エリスにその記憶がないからだ、だからシンと戦えばいくらこのレーシュが本物に近い力を持とうともエリスの知るだけのレーシュではシンと互角に戦うことさえできないのだ
「さて、メインディッシュと行こうか?エリス…、お前も奴には恨みがあるだろう」
「ええまぁ、…でもシン?貴方にとっては味方ですよね?彼」
「味方なものか、奴の口車に乗って帝国と全面戦争した結果があれだぞ、奴がタヴ様の紹介でなければ首を捩じ切っていたところだ」
「あははは、なら…今からやりますか?それ」
「だな」
輝く雷光の如き双眸、エリスとシンの眼光が見据える先はさっきからちょこまかと触腕を飛ばして邪魔にもならない妨害を行なっている男…
「うふふ…ふははは、私を殺してくれるんだね…シン!エリス!」
ヴィーラントだ、さっきから殺してくれしか言わないけどエリスの中でヴィーラントだってあんなイメージなんだな、現実だともっと色々言ってた気がするけど…
「くだらない破滅願望だ、そんな物の為に我々アルカナが割を食ったかと思うと恥辱と屈辱で己の腑を抉り出したくなる」
「殺して欲しいならぶっ殺してやりますよヴィーラント、数百年も時間があったんですから遺言はちゃんと考えてありますよね」
「ふふ…ふ…ふふふ」
拳をパキポキと鳴らして近寄るエリス達にヴィーラントは次々と触腕を伸ばす、鋭く尖った木の枝のようなそれは肉を切り裂き穿つにはうってつけだろうが、残念 そもそもエリス達に届きもしない、シンの電撃とエリスの風に焼かれ切られ…手も足も出ない
「さて、どうしてくれようか」
「どうとでも出来ますよ、不死身…なんですもんね」
「うっ…!」
ヴィーラントの顔が流石に恐怖に歪む、目の前に立つ二人の鬼を前に…そして今から繰り広げられる地獄を前に…、もはやアグニスもイグニスも居ない、レーシュもヘエも居ない、こいつ一人なら…どうとでもなるのだ
「こ…こ…殺せ、殺せ…!殺してくれぇっ!!」
「望み通りに!」
「してやります!」
迸る電撃、吹き荒ぶ疾風、荒れ狂う木々…恐怖するヴィーラント
地獄を見せてやる
…………………………………………………………………………
「ぁ…がっ、ぅげぇ……」
「本当に不死身なんだな、お前」
ヴィーラント一方的に嬲りタイムが始まってそろそろ十分程経った頃だった
エリスとシンの猛攻を前にヴィーラントは為すすべなくボコボコにされ続けた、それこそ筆舌に尽くし難い程にだ、電撃に焼かれ 風に切られ、タコ殴られ袋叩かれの滅多打ち…その末にヴィーラントの体はメチャクチャにされ、上半身だけになった状態でヒクヒクと痙攣している
ただこの状態でも再生を続けている、ヴィーラントは本当に不死身なんだ…
「よっと、シン 貴方ヴィーラントが何者か知らないんですか?」
「ん?、知らん…こいつはウルキ様の紹介だったから」
「ウルキの…」
再生するヴィーラントの体を踏みつけながら聞いてみるが、やはり有用な情報は得られない…、ウルキさんの紹介だったからか
考えても理解出来ない、人間が不死身の樹木男になってしまうなんてことがあるんだろうか、…いや?そういえば似たような事例を耳にしたことがあるな
「そう言えば、貴方の所の節制のサメフも同じような木の体を持っていたと聞きますが?」
サメフだ、奴はヴィーラントと異なり尽きない魔力を持っていたという、結果としてデティに敗れはしたものの、その末にサメフは漆黒の木に変わってしまったと…、思えばサメフも木になり異質な肉体を持っていた…これは類似点じゃないか?
「何?、そうなのか?」
「え?、把握してないんですか?」
「サメフは本部から捻じ込まれた枠だからな、しかも幹部になって日も浅い…、私も理解してない部分が多かったが、…そうか 奴も…、というか態々私に聞くまでもないだろう?、お前 私の記憶を持っているんだろう?」
「人一人が生きた一生分の記憶と記録を思い出す労力と必要な時間ってどのくらいか、…想像出来ます?」
「…出来ないな」
シンの記憶は確かに持っている、だがその中身全てをエリスは知っているわけじゃない
というのもエリスが他人から得た記憶というのは別枠なのだ と言っても理解してもらえたことがないのだが…、うーん
例えるとだ、エリスの記憶はでっかいテーブルに並べられた資料のようなものだ、慣れているからどこにどの記憶があるか直ぐに探し出せる
けどシンの記憶は巨大な棚なのだ…どこにどの記憶があるか分からない、一々戸棚を開けて中身を改めないといけない、それも中身は人間の一生分の記憶、これ全てを理解しようと思うとシンが生きた分の時間が…膨大な時間が必要になる
それこそ識確魔術を使いでもしないといけないし、そうまでする程の物でもないからね
いや?、でもシンはマレフィカルムの中枢人物だった、探れば何か分かることもあるのか?、この感じだと肝心な事は知らなさそうだけど…物は試しに今度時間がある時に試してみるか
「ふむ…」
「うう、殺せ…殺しくれぇ」
「まだ言うか、仕方ない 望み通りにしてやるか」
「え?、何か方法があるんですか?こいつ不死身ですよ?」
「塵一つ残さず消し飛ばせば死ぬだろ、おい 手を貸せ」
「はーい」
そう言いながらヴィーラントから離れるシンについて行く、何をしたいかはなんとなく分かる…、クルリと振り向いてヴィーラントを確認すればその肉体が再生されているのが見える
彼の望むも望まないも関係ない、生きていると言うより生かされている感じだ…、彼にあの魔術をかけた存在は今も生きているんだろうか…
「行くぞ、魔力を高めろ…お前、私の魔術を手本にしているんだろう?」
「はい、してます」
「ならいい、よく見ておけ…!お前程度では真似も模倣も出来やしない究極の雷の威容を!!」
十分に距離を取った上でシンは魔力を解放すればバチバチと電撃が迸る、魔術を使っていないにも関わらずシンの体が光りだす、一つの属性を極め抜いた結果人体に発生する現象 属性同一化現象だ、体から出る魔力が強制的に属性に変換されてしまうが故にその属性以外の魔術が使えなくなってしまう呪いであり、その属性の本来の限界を突破し青天井に威力を高められる祝福でもあるそれをシンは開放する
属性同一化現象が起こるまで極めるのに本来は半世紀必要なんて言われてるのに、本当に凄い人ですねシンは
「これが私の最大奥義…『スプリーム・ケラウノス』ッ!!」
両手を合わせ突き出す形で放たれる極大の雷、これはあれだ エリスの使う『大雷招』と同じだ、八つの雷招系最強の威力を持つ大雷招、それをシンは最大奥義として放つのだ…ならエリスも!
「我が八体に宿りし五十土よ、光を束ね 炎を焚べ 今真なる力を発揮せん、火雷 燎原の炎を招く…黒雷 暗天の闇を招く、咲雷 万物を両断し若雷大地に清浄を齎す、土雷 大地を打ち据え鳴雷は天へ轟き伏雷万里を駆け、大雷 その力を示す、合わせて八体 これぞ真なる灼炎雷光の在りし威容『天満自在八雷招』ッ!!」
合わせるように放つ、こちらも持てる力の中で最大の物を、シンの使えない雷招系の到達点…八つの雷を掛け合わせた最強の雷電を、シンのスプリーム・ケラウノスと合わせる形で弱ったヴィーラントに向け放つ
「っ!あ…ああ、この光は…ああ!やっと──────」
この世に顕現した二柱の雷雷の双撃、白色の閃光は一瞬のうちにヴィーラントに迫り、生み出すのは紅の破壊
何もかもを消し去る雷、凡ゆる存在を容認しない稲妻、人が作った神なる業は世界に深い傷を残すに至る
大地は焼け 木々は吹き飛び、天には巨大な爆煙が柱のようにそそり立つ、言語化不能なレベルの極限の崩壊が周囲の全てを抹消する、当然その中心にいるヴィーラントも…
「消えたか」
跡には光の粒子以外何も残らなかった、大地は漆黒に染まり 杉の森はその殆どが消失し、残ったそれらも燃え上がり篝火のように周囲を照らすばかりだ
終わった、ヴィーラントという男が…夢の中とは言えあの男は漸く終わりを迎えることができたのだろう、満足か?エリスは満足じゃありませんよ
でも、終わりだ…ここでの戦いも
「…………」
「どうした?エリス」
「いえ、いつもなら戦いが終わったらリゲル様の声が響き次の戦場に移されるのですが」
「無いのか?、ではこれで終わりだろう」
「…………」
終わりなのか?この夢世界での戦いも、でも確かに終わりだ…次はない、あったとしてもオライオンだ、その後戦った将軍達もエリスは味方だと思っているし、言っては悪いがオライオンにいた戦力はここに現れた戦力に比べれば見劣りする
ここで殺せなかったエリスを、さらに見劣りする戦場に送っても無駄だろう…、それとも
「シンが居るから…?」
「…?」
そう言えば次に行く条件はいつも敵を全滅させてからだった、だが今はシンが味方にいる…本来敵として用意されたシンがだ、だから次に行かないのか
だとしたら好都合だ、そろそろここを出る算段を立てたかったしな…
「…どうやらエリスには猶予があるようです、シン ここを出る方法知りませんか?」
「知るわけないだろう」
ですよね…ううーん、だがどうすれば目覚めるんだ?これは夢みたいなものだ…けど、ううー!分からん
「どうすれば目が覚めるんでしょうか」
「私に使ったあれを使えばいいだろう、なんだったか?超究極なんたらっての…」
「超極限集中状態ですか?、うーん…確かにそれを使えば」
確かにそれを使えば出れるだろう、というかそんなもの最初から思いついてはいたが…候補に入るわけがない、一日五分しか使えない切り札中の切り札ですよ?、師匠を助けるために使わなきゃいけない力ですよ?、それをこんなところで…
「…しかし、そうか この幻覚の世界からお前は出て行くのか…」
「シン?…」
「私はお前を殺すために魔女に用意された駒だったな、…本当はお前を殺してやりたいくらい憎いが、それをすれば魔女の思惑通りになると思うと殺す気すら浮かばん」
「…ありがとうございました、シン 助けてくれて」
「だから助けたわけではない、勝手に私は戦い 勝手にお前が私の隣で戦っただけだ、そういうことにしてくれ…私の尊厳のためにな」
そういうとシンはその辺に座り込み…
「じゃあ後は勝手にやってくれ、ここから出るとか目を覚ますとか、そこまで手を貸してやる義理はない」
「…分かりました」
そう言いながら地面に座り体を休めてしまうシンは、これ以上エリスに協力するつもりはないらしい、まぁ確かにエリスをそこまで甲斐甲斐しく助ける理由は彼女にはないからな
…うん、よし 超極限集中以外のやり方がないかもっと考えてみよう、師匠からの教えの中に何か有用な手があるかも……
そう、エリスが思考を切り替えた瞬間
『まさか、これも乗り越えるとは…どう考えても貴方の実力では切り抜けられないと思っていたのですが、よもや幻影が私に反旗を翻すなんて…』
「っ…リゲル様!?」
「ん?、どうした?」
「リゲル様の声が…聞こえないんですか?」
「聞こえん」
エリスだけにしか聞こえないのか、だがいい…今聞こえたリゲル様の声はどう考えても焦っているようにも聞こえる、きっとこれはリゲル様にとって想定外の事態なんだろう、漸くあの人の予測を超えられたのか?
「リゲル様!、これ以上やっても無駄ですよ!エリスを出してくださいここから!」
『確かに、これ以上貴方の記憶からいくら敵を出しても無駄かもしれませんね…』
「そうです!、だから…!」
「ッ…!おい!エリス!、何か来るぞ!」
「へ?」
シンの言葉に反応して前方を見る、何も居なかった筈の空間…もうエリスとシン以外いない筈の世界に、何者かが割り込んで来ている
虚空が歪んで、漆黒の球体がバチバチと電撃を放っているんだ、それが何かは分からない…だが直感のまま無理矢理理解しようとするならば、エリスはあれが 『卵』に見える
「なんですかあれ…」
『ええ、貴方の記憶から貴方を殺せる刺客を探しましたが…やはり先程の刺客以上の物は見つかりませんでした、なので奥の手を使わせてもらいます』
「奥の手?…」
『はい、貴方の記憶の中から見つからないなら…私の記憶から幻影を作れば良いだけのことです』
「ッ……!?」
そうだ、何もエリスの記憶だけに頼る必要はない、リゲル様が使ってる魔術なんだからリゲル様の記憶からでも幻影を送り込めて然るべきなのだ、いやむしろこれが正しい使い方なのだろう…夢世界に相手を閉じ込め、自分の記憶から敵のコピーを作り出して戦わせる…
エリスよりもずっと厳しい戦いを何度も切り抜けてきたリゲル様の記憶から作られる幻影の方が…ずっと強いに決まってるんだから
「何か出てくるぞ…」
漆黒の球体は徐々に人の形を取り始める、足が生え 腕が生え 頭が生まれ、肉体を形成する…
見えたのは雪のように白い肌、腰に布しか巻いていない原始的なスタイルをした筋骨隆々の男性だ…、顔立ちはやや壮年と言った様子で切り立ったように高い鼻と死んだ魚のように虚ろな灰色の瞳、そして鼻筋に僅かなシワが刻まれ短く切り添えられた髪は枯れた花のように生気のない薄茶色をしていて…
だ 誰!?、てっきり魔女様の誰かが出てくると思ったけど、全然違う!エリスの知ってる魔女に男はいない!エリスの知る人物の中に半裸のマッチョマンはいない!
「おい、あれお前の知り合いか?エリス」
「知りません…あんな男の人、でも…」
「ああ、凄まじい威圧だぞ…!、それこそ魔女級だ」
魔女級の威圧を放つ虚ろな男は何もない空間をじっと眺め夢世界に顕現する、何だアイツ…魔女と同程度の力を持つ男?、そんなのいたか?…いやいる、いた…いた、まさかあれって
『彼こそ私の持つ幻影の切り札…、名をホトオリ』
聖人ホトオリ、テシュタル教に於いて星神王テシュタルに並ぶ唯一の大聖人だ、その記録は殆ど残っておらず実在するかも不確かだったそれが、今エリスの目の前に立つ
本当に居たんだという気持ちと共に湧いてくる気持ちは…、彼は肉体的な超人の頂点にあったと言われている、それこそ肉体の権化としてテシュタルスポーツ協会のロゴに使われてしまうくらいに…強いというのは知っていたが、まさか魔女レベルだったなんて
そんな驚きと共に放たれるリゲル様の言葉は、エリス達を絶望させるに足る情報であった
『そして、羅睺十悪星が一天、神夜砕く聖天ホトオリ・エクレシア…私の父にして魔女の宿敵です、今度は彼が貴方の相手をしますのでどうぞよしなに』
「え…!?羅睺十悪星!?」
羅睺十悪星って、八千年前師匠達と激闘を繰り広げたシリウスの手先の!?
ウルキさん、ナヴァグラハ、スバルに並ぶ存在…魔女と互角かそれ以上の実力を持つと言われる絶対者の一人、それがリゲル様のお父さん?いやそれよりも
それが、今度の相手?…、そりゃああんまりだ…勝てるわけがない
「何!?あれが羅睺十悪星だと!」
「知ってるんですか!?」
「ウルキから聞いた!、アイツと同格の存在だろう…!、随分なのが相手じゃないか」
完全にエリス達の手に余る、だって昔魔女様とやり合った絶対者の一人ですよ、エリスが相手にしてきた何よりも遥かに強い、アリエ達全員が出てくるよりも 今まで敵を全部出されるよりも…無茶苦茶だ
「ん…あー……ここは」
すると目の前の男は…ホトオリは意識を取り戻すように静かに虚ろな目で瞬きをし、周囲を見回すと
「なるほど、ここはリゲルの…しかし、今度は私が幻影か」
自分で自分の存在を理解した?、幻影でありながら己が幻影であることを…今まで誰もそんな事しなかった、シンだってエリスに言われるまで気がつかなかったのに…
周りを見回す目が、こちらに向く
「と言うことは、君達がこの世界の中心か…」
そう声をかけられただけで吹き飛びそうになる、彼の意識が…それこそ単なる興味が混じっただけの意識が軽く向けられただけで突風が吹いた気がする程の威圧が飛んでくる、同じだ…魔女と同じ、圧倒的威圧!
本物だ、本物の羅睺十悪星だ…!
「そう恐れないでくれ、私は聖人ホトオリ…万象に救いを万物に祝福を与える為にこの世に顕現した存在、君達を救いに来た」
「へ……?救いに?」
「油断するなエリス、ああいう綺麗事を言う人間が本当に善人であることなんて一割もない、第一半裸だぞ…真っ当なわけがない」
「確かに、それにあの人も羅睺十悪星ですもんね…」
羅睺十悪星は魔女の敵だ、つまり今現在の世界の敵なのだ…それが善人なわけがないと口にすると
「私が羅睺十悪星であることを知っているか、…そうだ 我々は世界を救済するべくシリウス様に従いし十人の使徒、その救いに隔てりは無く 大地も木々も空も海も人も全てを救済する…勿論」
何を言っているのか分からず呆然とするシンとエリスは、それでもホトオリから目を離していなかった、一切…それこそ瞬きを忘れるほどに、だが
「君達も」
「ッ…!?後ろ!?」
「いつの間に!?」
気がつくと背後に回られていた…、ぬるりと背後から現れるホトオリにギョッとしながら振り向くエリス達は咄嗟に臨戦態勢をとる
速い、いや速いなんてレベルじゃない…あんなの転移だ、一体なんの魔術を…
「少女二人に、救いを…」
そう軽く呟きながら前にフワリと差し出されたホトオリの救いの手、それがエリスとシンの間に差し込まれたかと思いきや…、次の瞬間には
ブレた
「げぶふぅっ!?!?」
体を砕く衝撃に痛みを感じ、ようやくエリスの体が岩の壁に叩きつけられていることを悟る、吹き飛ばされたの森の奥にある崖…岩に
吹き飛ばされたことはわかる、だが何があったのかはまるで分からない、見えなかった…何をされたのか、直前に手を出していたから叩かれたのか?くらいの予想しか建てられ…
「がはっ…、ぅ…嘘でしょ」
めり込んだ体を起こそうとするとそれだけで血が口から吹き出る、肋骨が折れている、今の衝撃で…なんの攻撃かも分からない一撃で、既に満身創痍なんて…!
これが、羅睺十悪星…?、これが魔女の敵の力
果てしなさ過ぎる…!
「死こそ救い、この偽りの世からの解脱…、君達を新たなる輪廻へ運ぼう」
「やはりな、貴様のような奴はイかれてるって相場で決まっているのだ…!」
するとエリスの反対側の壁から既に復帰したシンが怒り叫ぶ、だが…どう見ても戦える状態じゃない、口からは血が滝のように溢れ 体は肩から徐々に光の粒子に変わり始めている、今の一撃が彼女の生命にまで届いたんだ
やばい、殺される…エリスもシンも…!
「ではまず君から救おう、我が聖なる手によって…」
「やってみろ、魔女の小間使いなんぞに殺されるか!、魔力覚醒!雷轟『アヴェンジャー・ボアネルゲ』っっ!!!」
シンに狙いを定めるホトオリに向け食ってかかるシンは、魔力覚醒『アヴェンジャー・ボアネルゲ』を発動させる、雷電と同化し自然と化身と化すシンの肉体はただそこにあるだけで迸り轟き続ける
目の前にしただけで凄まじい重圧が走るのをエリスは知っている、だというのにそれを前にしたホトオリは相変わらず空虚な佇まいでそれを見つめているんだ、まるで反応するまでもないとばかりに
「『ライトニングステップ』!」
「おや?、私の知らない魔術だ…」
刹那、シンが動く
足に雷を纏わせ神速の体捌きで目の前のホトオリに向け幾多の雷蹴を見舞う、その数は瞬きの間に数十はホトオリの体に叩き込まれ、防御する暇も与えず打撃を…
「…………」
いや違う、防御する必要もなかったんだ…、まるで柱に打ち込んだかのようにホトオリの体は微動だにせず、痛みも感じていないのか反応さえない…なんだあれは、なんなんだアイツは
「くっ!、化け物め…!」
「違う、私は聖人だ…そうあるべくして生まれた、聖人だ」
聖人ホトオリ、肉体面の頂点に位置すると言われる究極の祝福の権化、その五体は如何なる魔術も攻撃も寄せ付けず痛みも感じさせない…、まさしく神なる肉体の持ち主
それはゆっくりと手を掲げ、あまりの頑丈さに怯むシンに振り下ろそうと…
「っ!させるか…魔力覚醒『ゼナ・デュナミス』!」
ダメだ やらせない、シンの窮地を見て勝手に体が動く、魔力覚醒を再度行い全身に魔力を滾らせると共に風を吹き出し全力でホトオリに向けて飛ぶ、傷なんぞ関係あるか!痛みなんぞ感じてられるか!敵が目の前にいるなら!!
「ぅぉぉおおおおおおお!!!」
「エリス!?バカ!お前…!」
「ん…?」
全速力の加速のままホトオリの無防備な背中にタックルを加える、魔力覚醒したコフだって吹き飛ばして見せたエリスの全身全霊のブチかまし、それで少しでも隙を作れればと淡い期待を抱いていた
だが
「……嘘っ!?なにこれ…!」
激突した瞬間伝わるのは…『巨大樹の幹』だ、まるで千年生きた大木の幹に体当たりをかましたかのように微動だにしない、大して構えてもいないホトオリにエリスの全てが完全に受け止められる
ああ、伝わってくる…重厚な存在感、圧倒的実力差、絶望的な距離、これがシリウスが態々手元に招き入れた十人の絶対者の一人、古の時代魔女と決死の戦いを繰り広げた存在達、魔女に並ぶ者…羅睺十悪星
こんなにか?、これほどなのか?、こんなにも これ程にも…差があるのか!、エリス達に!
「ッッ!、怯んでたまるかァッ!!『火雷招』!」
「私達を侮るんじゃない!『ゼストスケラウノス』!!」
怯んでたまるかと叩き込むように至近距離から火雷招とゼストスケラウノスを叩き込むエリス達、他の幻影ならば一撃で消しとばされるだけの一撃を食らいながらも
「………………」
ホトオリは微動だにしない、まるでダメージが入っていない…こ こんなのどう崩せば
「う…ぅぁぁぁあああああ!!!」
「チッ、錯乱するなら退いていろエリス!」
叩き込む叩き込む、ひたすらに拳を叩き込む、蹴りを叩き込む、首筋に背中に足に、エリスの全てをかけて全霊で叩く、そこにシンも加勢し二人でホトオリの体を滅多打ちにするも…
「あまりにか弱い」
効いてない、魔力覚醒者二人の全霊の猛攻を受けてもまるで動かない傷だって付きやしない、本当に当たっているのか怪しくなる程凄まじい防御力を持つホトオリにエリスは歯を食いしばり
「この…追憶!『旋風 雷響一脚』ッッ!!!」
これでどうだとホトオリの後頭部に叩き込むのはエリス必殺の一撃、師匠の体だって浮かせたこの一撃なら流石に…
「君は騒がしいな」
「うっ!?」
クルリと肩でも叩かれたかのようになんでもない顔で振り向くホトオリは虚ろな目でエリスを見つめる、効かない…効かない効かない効かない、何をしても効かない…こんなのどうすれば
「邪魔だ、金色の君よ」
その瞬間、ホトオリの筋肉が流動する、神より与えられた天賦の躯体が蠢動しエリスの方を振り向き…、再び手が軽くこちらに向けられる、さっきと同じだ
さっきと同じ…一撃が!
「『神羅天誅』」
その手はエリスに触れるでもなく目の前で大きく振るわれるのみであった、まるで空振りをしたかのように大きな風音を立ててホトオリの手がエリスの目の前を横切る
いや、なんだ?なにかこう…ビリビリする?、皮膚がビリビリと痺れ何かに刺激される…違う、これは風だ エリスの目の前に風が発生しているんだ、それが徐々に大きなって
大きくなって大きくなって大きくなって、そこでようやく気がつく…魔力覚醒を行い先鋭化した感覚で見る世界が変わり始めていることに、ホトオリの手によってぐにゃりと曲がり、それによって発生した風が今エリスの顔を押し潰しているんだ
そうだ、そうだったんだ…さっきエリスを吹き飛ばした攻撃、あれ…ホトオリが手を振るって生まれた風圧でしかなかったんだ、ホトオリからは一度たりとも…エリスに触れてすらいないんだ
『無駄ですよエリス、魔力の頂点がシリウス様なのだとするならばホトオリは肉体面の頂点、アルクトゥルスさえ上回る究極の五体の持ち主にはあらゆる攻撃は通りません、あらゆる防御は意味を成しません、彼が本気にならないうちに…諦める事をお勧めします』
刹那、爆音が響き渡った…
「ぁ…がっ…」
「エリス!、お前バカか!何考えなしに突っ込んで死にかけているんだ!」
ガラガラと瓦礫が崩れる音がする、ああ…エリスはまた壁に叩きつけられたようだ、おまけに意識も失って…シンに声をかけられてなければそのままあの世に行ってたかもな、うう…
「あれの強さは魔女と一緒にいたお前もよく理解してるだろ!、あれは魔女を相手に正面切って殴り合ってた存在なんだぞ!、天災と謳われる程の力を持った魔女を相手に互角以上に戦っていた災厄の権化だぞ!、それを相手にお前…何故!」
シンの意見は最もだ、あれは確かに無茶だった…、あれが確かに羅睺十悪星ならエリスの今の行動は自殺行為に等しい、けど…
「もう少し…やれるかと思ったんです、怯ませたり…よろめかせたり…そのくらいは出来るもんかと」
「過信しすぎだ、私でさえ魔女レグルス相手に完封されたんだぞ、それも手を抜かれた上でな…、そしてどうやらアイツはレグルスのように手を抜いてくれる相手でもなさそうだ」
「……ちょっとショックです、強くなったつもりでも…やっぱり全然届いてないんですね」
「くだらんことを言ってる場合か!、エリス!早くしろ!」
「え?何を…」
するとシンはエリスの体を起こすと共に、己はエリスを守るように前に立つ…変わらずこちらを見つめている破壊の権化のホトオリからエリスを守るように、立つのだ
「超極限集中を使え、もはやそれしか方法がない」
「でも…」
「ここであの男に殺されるのとどっちがいい!」
「ッ…」
「私はな、魔女に屈辱の地団駄を踏ませる為なら命賭けたっていいと思っている、お前がここで死ねば魔女は万々歳なんだろ?、だったら生きろ!私がその為の時間を稼いでやる!」
「シン…、…分かりました」
最早、それしか方法がない…もしかしたらあるのかもしれないが、ホトオリが現れた以上それを探る時間はない、次エリスがホトオリからの攻撃を貰えば死ぬかもしれないんだ…、だったらシンが未だに形を留めている間にこの夢世界から抜け出すより他ないんだ
何、もしここから抜け出しても もう一回使えばいいだけの話だ、前は耐えられなかったけど…もしかしたら次は耐えられるかもしれないしね
「早くしろ!」
「はい、…『超極限集中』」
目を伏せ、静かに己の中に沈む感覚を得る…魔力覚醒状態で更に意識までもを魂の中に入れ、全てを理解する見識を得る、全てを見通し 全てを見透かし…エリスの目は神の領域へ至る
「おや、金色の君は…ナヴァグラハと同じ目を持つ者か、識確はリゲルの天敵…どうやら時間がないようだぞ、リゲル」
『私に話しかけないでください、貴方は貴方の役目を果たしなさい、手駒としてでなければ貴方の顔も見たくないのですから』
「それもそうだな、…私は私の生まれた意味に殉ずる、それが今は目前の敵の撃滅と言うのなら、それに従おう…」
「させないと言っているんだ、羅睺十悪星の分際で魔女に従って…恥ずかしくないのか、貴様!」
「どいてくれ雷君よ、私は君に用がない」
幻覚の世界にて、エリスは神域の見識を得る、凡ゆる幻惑を貫き この目は真実だけを見通す、故に超極限集中を使用した時点でこの夢世界が端から崩れていくのが見える
どうやらこれで夢世界から抜け出ることが出来るようだ…だが
「この世界が崩壊するまで、あと数秒あるか…それだけあれば十分だな」
夢世界が完全に崩れ去るその数秒が、今のエリス達にとっては致命的だ、何せ魔女と同格の存在を相手に数秒持ち堪えなければならないのだから
ズシリと地面が揺れるほどの重圧を放ちながら歩むホトオリの前に立つシンは両手を広げ…
「無視を…、するな!」
飛び立つ、電撃の飛翔は光の速度にまで到達し一瞬の間にホトオリに迫る、永遠にも感じられる数秒間を作り出す為に、彼女は消滅寸前の肉体で羅睺十悪星に挑む
「邪魔だ、『神羅風鐸掌』」
迫るシンに向けてホトオリが行うのは魔術ではない、ただ両手を広げて打ち付けるだけ…エリスはあれを拍手と呼ぶが、とてもじゃないが拍手の範疇に収まる規模じゃない
打ち付けられた二つの手はその衝撃波だけで天を破る 大地を砕く、逃げようのない全方位破壊がシンに襲い来るのだ
「手を打っただけでこの規模か…ッ!、無茶苦茶も大概にしろ!」
防ぐ、自らも電撃による衝撃波を放ち辛うじて防ぐ、全身全霊の電撃波…それでようやくホトオリの手打ちを相殺する、しかし
「……退け」
「なッ!?」
刹那、衝撃波を防ぎ切ったシンの右肩が弾け飛び彼女の背後に残っていた焼け上がる木も消滅した、何が起こったかシンは理解出来ないと言った様子で弾け飛んだ右肩を見る…
だが、エリスには見えていた…いや肉眼では捉えられなかったが超極限集中でようやく理解出来た、ホトオリは今 唾を飛ばしたのだ、ペッと口内に溜まった唾液を吐息で飛ばしたのだ
それがアインの水弾丸を遥かに上回る速度で飛び、シンの肩を爆裂させ貫通し背後の木々まで吹き飛ばしたのだ、規格外の身体能力から来るその攻撃の殆どは凡その人間に可能な行動ばかり…攻撃行動ですら無いただのモーション、それがホトオリにとっては必殺の一撃になってしまうのだ
「何を…されて…」
「シン!右に避けてください!」
「ッ…!」
咄嗟に叫ぶエリスの言葉にシンは瞬く間に反応し右に電流となって飛へば、つい一瞬前までシンがいた空間に、不可視の弾丸が飛来し 大地も木々も岩の壁も何もかも破壊する
「ほう、避けたか…いや識確による見識回避か、厄介だ」
そう語るホトオリが行ったのは…所謂デコピン、指先を弾いて大魔術もかくやと言う勢いの空気砲弾を放ったのだ
デタラメだ、この数秒でホトオリが行ったのは唾を飛ばして指を弾いただけ、それだけなのに古式魔術数発分の威力が世界を破壊しているんだから
「エリス!私のことはいい!早くこの世界を消せ!」
「出来る限り早めてこの速度です!シン!、お願いします!もう少し耐えてください!」
「ええい!癪だ!何もかも!」
エリスは今それこそ極限に集中している、手足を一切動かさず全てこの夢世界の解明に時間を使っている、だからこそ消滅まで数秒と時間を早められているんだ、だが…ホトオリという絶対強者を前にしてはその数秒すら果てしない
腹を括ったシンは電流となって再びホトオリに突撃をかます、人体ではとても反応出来ない電撃の速度、しかし
「飛び回るな」
ホトオリが一度腕を振るうと、…振るった腕が発火した
「はぁっ!?、なんだそれは!?」
シバリングだ、本来は下がった体温を正常に戻そうと肉体が行う生理現象、体を震わせ熱エネルギーを発生させ極寒の中でも人は一定の体温を保てるタネでしか無いその現象をホトオリは今任意で発動させ、人体の限界を超え熱を高め発火したのだ
こうして見識を得ているからこそホトオリの行動を頭では理解出来るが、エリスの理性が叫ぶ…『理解不能だ』と、いやいや震えただけで燃えるとか人間にそんなことできるのか!?
「『神羅火鑽掌』」
「くっ、『ゼストスケラウノス』!」
炎を纏った腕を再度ホトオリが振るう、不可視の風弾が炎に彩れ世界を赤一色で染め上げる、エリスの古式炎熱魔術だってあんな大規模な炎は生み出せない そんな極度の熱をシンもまた極大の雷にて迎え撃ち二つの力がぶつかり合う寸前生まれる刹那の空白を見切り、シンはホトオリの攻撃を掻い潜り接近を果たす
「ほう、中々にやる」
「やかましい!『ライトニングボルテックス』!」
放たれるシンの稲妻の如き直線の蹴り、体を電流に変えての突撃故 その速度と勢いは常軌を逸している、エリスも超極限集中状態でなければ避けられない絶蹴を前にホトオリはアクションを見せるわけでもなくその鋼の肉体でただただ受け止める
「だが、終わりだ…」
「だと思うか?…『ヴァジュラボルト』ッ!!」
受け止められることは前提とばかりにシンは足をホトオリに突き刺した雷招魔術を放つ、壁や地面に放ち通電させるその魔術をホトオリ自身にぶち込んだのだ、ホトオリには如何なる攻撃も効かない…だが、感電すれば話は別だ
感電すれば筋肉は動かなくなる、ホトオリ唯一の攻撃手段である肉体動作が封じられる、時間稼ぎとしては完璧な一手だ
「この世界が終わるまで私とここにいろ!魔女の尖兵!」
「断る」
しかし、電流に支配され動かなくなった筈のホトオリの肉体が動く、緩慢でありながらも動く、動く筈のない肉体が徐に動くと…
「フンッ!」
「なっ!?」
弾き返した、シンの体をホトオリの体から溢れた電流によって逆に押し返したのだ、人体発火の次は人体から電撃が飛び出たんだ…
その理解不能な現象を識確は分析する、あれは生物であれば誰もが持ち得る『生体電気』だ、筋肉を動かす僅かな電気信号をホトオリは極大化し電流として表出させた、それは雷のエキスパートである筈のシンの電撃さえ上回る程の出力で…
「『ライジングギガノマキア』ッッ!!」
されどシンも食らいつく、吹き飛ばされながらもばら撒くように電流を無限に放ちホトオリ目掛け絨毯爆撃を仕掛ける、だが それ以上の電流を纏うホトオリ相手には足止めにしかならない…
レベルが高すぎる、シンもホトオリもエリス以上の力で戦っている、エリスでは手も足も出なかったホトオリ相手に食らいつくシンと、エリスが死に物狂いでなんとか倒せたシンを子供扱いするホトオリ
どちらも、今のエリスでは実現不可能な領域にいる…
よく見ておけエリス、そして今少しでも抱いている慢心を捨てろ…、いつかこんな危機が来た時、エリスもシンのように誰かを背にして戦えるように…
「ッッと!、あと少しだな」
エリスの前に着地するシンは周囲を見る、最早世界の殆どが光の粒子になって消えている、もう瞬きの時間耐えればエリスはこの世界から抜け出せる、だが同時にシンの体ももう半分以上が光の粒子となっているんだ
受けたダメージが大き過ぎる、その上で無茶苦茶な戦いをして彼女の肉体はもう限界を超えている、なのに…その強靭な精神力だけで体を保っているんだ
「…おいエリス」
「え?、なんですか…」
「もうお別れだろうからな、だから言っておく…ここであった事は忘れろ」
何言ってるんだシンは、そんなの無理に決まって…
「どうせお前の事だ、この件を恩義にでも感じるだろ?だがそれではお前の道行きが曇る、お前はどこまでも徹頭徹尾魔女の味方でいろ、魔女の敵の敵であれ、ブレるようなら 私達に同情を向けるくらいなら、最初から戦う道なんて選ぶな」
「………」
「お前の道にはこれからも我等と同じ信念を持った者が立ち塞がる、その時この時のことを思い出してみろ、また現れてお前のこと殴るからな」
「どうやらもう時間がないようだな、ではそろそろ決めさせてもらおう…聖人として、私は役目に殉ずる」
フッと軽く笑うシンは軽くこちらを見て笑い、再び前を見る…こちらを仕留めにかかるホトオリと向かい合う、最後の最後まで魔女リゲルの狙いに反する為に
「私は消えん、お前の胸の中にまた戻るだけだ、そこから見させてもらう、私を倒してでも守りたかった世界とやらをな…、だから 止まるなよ!進め!エリス!」
「シン!」
シンは再び飛び立つ、半分消滅しかけた体で ホトオリに向けて
「もうお前に構っている時間はない、退いてくれ」
「退かせてみろォッ!!、私はもう!誰にも道は譲らんッッ!!」
「ならば、仕方ない!」
迫るシンを見てホトオリは残された時間の少なさからか、遂に本気で構えを取る…筋肉は更に隆起し、滾る力はただ筋肉の膨張だけで大地を砕く
「聖罰執行…」
「『トラロック…』!」
迫る 迫る 迫る、消えていく世界の中心で、その神懸かり的な力を解放するホトオリと荒れ狂う電流を纏うシンが…!
今
「『神羅万掌』…」
「『サンダーストーム』ッッ!!」
放たれたのはシンの持つ雷魔術の中で最高の威力を持つ『トラロックサンダーストーム』、雷神の暴威を放ち相手を消し去る最強の奥義、それがホトオリに向けて放たれたのだ
しかし
開かれたホトオリの掌、今まで空気を飛ばすだけで相手に触れなかったその手が今、あらゆる防御 あらゆる障害を突き抜け 放たれた『トラロックサンダーストーム』の電流さえ…シンの最期の足掻きさえも貫き穿ち、シンの胸を捉えた…ただ、ただそれだけでシンの体が
「こふぅっ…」
弾けた、シンの胸に巨大な穴が空き その命を完全に刈り取る、口から血のような光の粒子を放ち消滅していくシンを見て 言葉も出ない、ただの一撃でシンが葬り去られる、その光景に言い知れぬ悲しみと共に、悔しさが浮かぶ…エリスの宿敵がああも簡単に負けるなんて…
と、そんな悔しさと共に浮かぶのは、憧憬だ
流石はエリスの宿敵だ、ホトオリという絶対者を前にして…彼女は彼女の道を貫き通した、ホトオリはシンに道を譲ってしまったのだ
やはり、シンは凄い…そんな誇らしさが浮かんでくるんだ
何せ!
「ッ…!?これは…!?」
シンにトドメを刺したホトオリは初めて顔色を変える、先程シンが放ったトラロックサンダーストーム、あれが自分目掛けて放たれたものではないことに気がついたのだ
シンが狙ったのは地面、ホトオリの足元だった…
既に崩壊が進み不安定になったそれを消しとばし後ろに押し飛ばす事こそがシンの狙いだったんだ、如何にホトオリの体が大木のように頑健でも、大木のように根を張っているわけではない
地面が動けば、ホトオリも動く…そこは変わらない、故に彼女はホトオリを飛ばした…背後に、いや
「ほう、私を…消滅させる気か」
迫ってくる世界崩壊の波の中へホトオリを突き飛ばしたんだ、ホトオリがいくら強くても彼は今幻影…夢世界が崩れる消滅の波の中へ落とされれば彼もまた体を保てない、事実ホトオリは体に傷一つ負っていないにも関わらずその体が世界と共に光の粒子に変わり消滅し始めている
「見事だ雷君よ、ここは賛辞を述べ…よ…う…………」
「………………」
光となって消えていくホトオリを前に、シンは消えていく体を引きずりこちらを見る、エリスの方を見る、既に肺は消し飛ばされ声も出ない体になりながら、もう消滅の瀬戸際にありながらエリスの方を見て
「……べっ」
悪態を吐くように舌を出し笑う、それは魔女の敵に助けられなければ死んでいたエリスに向けた最大限の罵倒か、狙いを潰され歯噛みする魔女に向けた勝利宣言か、彼女はそんな満足そうな瞳を最後に残し…世界と共に煙に消えた
「シン……貴方は」
最早世界は土台から崩れた、たった数秒の戦い…永遠に感じられる攻防は終わり、エリスはこの夢世界からの脱却を果たすだろう
目が醒めれば今度こそ決戦だ、…シン あなたの言う通り、エリスは進み続けますよ、貴方を倒して手に入れたこの先の世界を…救う為に
そう覚悟を決めるエリスの体もまた、世界と共に光の粒子となって天に昇る、跡形もなくなった夢世界を昇り…天へ、現実へ
…………………………………………………
「グゴッ…ゴー…ゴゴッ……」
「きったねぇイビキじゃのう、なんとかならんのかこれ」
はぁと氷の玉座に肘を突きながらシリウスは見下ろす、氷の宮殿の最奥にてシリウスを守るように立つリゲルとそのリゲルの前で横たわり、大の字になってイビキをかくエリスの姿を
エリスは今リゲルの魔術を受け昏睡状態にある、今頃夢世界で記憶を元に作られた幻影と戦っている頃じゃろう
「イビキが酷いのはそれだけその子が苦しんでいる証拠です」
「ほう、で?今はなんの幻影を見せておる」
「ホトオリです、彼女自身の記憶では仕留めきれなかったので、万全を期して私の記憶を使いました」
「ホトオリか、手前の親父を小間使いにするとは…孝行娘じゃのう」
ホトオリはかつてワシの部下じゃった男の名だ、名をホトオリ・エクレシア…アストロラーベ星教の開祖レイシアと縁深い血縁にある男にして生まれながらの聖人だった
その肉体は特に鍛錬を積んでいないにも関わらず人間の限界を超え怒張しており、ワシの魔術も耐え抜くほど絶対的なものであったが、その神の加護を受けた肉体は人々には余る物でもあった
有り体に言おう、ホトオリは奴隷だったのじゃ、別に表立って奴隷として扱われていたわけではない、ただその扱いが奴隷同然だっただけだ
奴の絶対的な肉体はアストロラーベの象徴として祭り上げられ 常に祭儀室から出ることを許されず、何かあれば裸一貫で国の危機に立ち向かうよう言われ放り出される
そしてホトオリがどれだけ身を削ってもその偉業は全て神の御業とされ彼自身が讃えられることは一度たりともない、必要な時だけ使い礼も言われず自由も与えられない、これを奴隷と言わずしてなんという?
そんな扱いじゃから奴は聖人であるにも関わらず常に薄汚れていたし周囲から口も聞いてもらえない、にも関わらずホトオリは誰も恨んでいなかった、どんな風に扱われても『それが私の使命なら』と戦い続けていた
見ていて不憫じゃったよ、だからワシに出来ることはないかと問うと彼奴は
『ならば、私の娘を頼む…、今は存在を秘匿出来ているがもしバレれば私と同じ扱いを受けるだろう、だがこの子は私ほど頑丈じゃない…だから、貴方の手元で育てて欲しい』
当時年端も行かない年齢じゃったワシに更に年端も行かないガキだったリゲルを託したのだ、その心意気と聖人としての誇り高き生き方に感服したが故にワシはリゲルを引き取り弟子としたのだ
…まぁ?、その後全世界に宣戦布告した時、序でにホトオリのところに行って羅睺十悪星に加えたんじゃがな!、一緒に国滅ぼそうと言ったら『娘を育ててくれた恩義を返せるなら』と快諾してくれたしのう!
二人で一緒に聖女ザウラクをぶっ殺しに行った時はスカッとしたわぁ、まぁその後めちゃくちゃムカつく目にあったわけじゃが、それは良い
「で?、ホトオリを使ったのじゃ、仕留められたのだろう」
「……いえ」
「何?、ホトオリでも無理だったと?」
些か底冷えするぞ、ホトオリの実力は知っている…リゲルの幻影ではその力を100%再現出来ないのを差し引いても、幻影のホトオリの力ならその一割でもエリスを五百回をぶっ殺せるはず、それでも無理だったと?
何があった、どうしたらそうなる…理解出来ん、面白い…面白いぞエリス、どうやったんだ
「幻影の一つが私に反旗を翻しエリスに味方をしたのです、その隙にエリスが識確魔術を…」
「ッハハハハハ!、そうか!そうかそうか!そんな事もあるか!、ぬはは!ワシでさえ予想だにせんかったわ…そんな方法でホトオリを凌いだか、面白いのう」
本当にエリス、お前は面白い奴じゃわい
「面白いことなんかありません、私の夢世界が…ホトオリが、こんな未熟者に敗れるとは…!、私を捨てた人でなしの癖をして!、こんなところでも役に立たないなんて…!」
む?、なんかリゲルの様子がおかしくのう、こやつの精神性なら直ぐに割り切るはずじゃが…ああ、精神性を弟子時代に戻しているからそこら辺が未熟になっておるのか
悔しくて歯噛みするリゲルなんぞ、いつ以来か…さて
「おいリゲル、その辺にしろ、エリスが起きるぞ」
「……もうですか?」
「ええ、…起きますよ、起きてますよエリスは」
イビキを止め、むくりと起き上がるエリスの姿が変わる、纏う風格は確実に今までのものとは違う、静かでひたすらに静かな威圧…、数多の戦いを潜り抜けその短期間でさらに成長したのか
恐らく夢世界で魔力覚醒を行なっていたのだろう、その状態が現実世界に引き継がれ エリスの体が光り輝き始めるのだ
そしてその瞳は、確かに識の力を宿している、超極限集中状態じゃったか?、識の力を前面に引き出した状態…、ううむまだ色が薄いな、まだナヴァグラハ程には届いていないか
「シリウス、…師匠の体を返してもらいますよ」
「待ちなさい、エリス…それは私を超えてからですよ」
ワシの元に歩みだそうとするエリスの前に立ちふさがるリゲルは言う、私を倒してからだと、だが…無駄じゃリゲル、お前では止められん
「夢世界で潰せなかったのなら、私の手で潰すまで…!」
「…………」
「微睡む世界は瞼を閉じる、今 全ての目は閉ざされ 現世から背けられる、在るのは夢現 写すのは夢見、ここは楽土 幻の郷、それは正夢か逆夢か、刮目し 御堪能あれ『幻夢無限霧魘』」
まるで花が咲き乱れるように部屋一杯に生まれるのは犇めくような黄金の刃、その群れ
リゲルが作り出すあらゆる感覚を刺激する幻惑の極致は、触れれば痛覚を刺激し偽りのダメージを相手に与える、視覚的に鮮血が舞うおまけ付きだ…、最早現実の改変となんら変わらない極大幻惑魔術…、エリスでは到底避けられる代物ではない
帝国で見せたそれよりも更に殺意マシマシのそれが一斉にエリス目掛け殺到する、輝く刃の津波を前にしても身動ぎ一つしないエリスは静かに見据える、ワシを
そうだ、エリスとリゲルではそもそも戦いにならないくらいリゲルの方が強い…ンなもんワシだって分かっておる、事実エリスではリゲルには勝てないだろう
じゃが、今は違う…識確を得たエリスは違うのだ
「…リゲル様、退いてくださいッ!!」
「なっ…」
刹那の間に全ての刃が、いや 刃を写していた不可視のガラスが割れるように、粉々に砕け虚空に散っていく、リゲルの幻惑魔術が正面から打ち破られた
それもそうだ、今のエリスはあらゆる真実を見抜く瞳を持っている、そこには一切のまやかしが通用しない、識確を操る者に幻惑魔術は一切効かないのだ
故に、今のエリスをリゲルは止めることができない、識確をエリスが使う以上リゲルに打てる手は一つもない、残念じゃが…そこは魔女であれ変わらないのだ
「…………」
「ま 待ちなさい!」
「やめよリゲル、それ以上魔女の格を落とすな」
リゲルの脇を抜けようとするエリスを懸命にリゲルは止めようとするが、それ以上をワシは望まない、これ以上リゲルに続けさせても面白いものは見れなさそうだ
「…リゲル、下がっておれ」
「ですが…」
「ワシが下がれと言っておるのが理解出来んか?」
「…………」
エリスはワシの言葉通りリゲルを超えて来た、ならばもう良いではないか…、ワシもそろそろ約束を守る頃じゃ
「ようやったエリス、見事じゃ、ここからはワシが相手をする」
「下らない話はいいです、これあんまり長く持たないんです…早めに決めましょう」
「そうか?、じゃがいいのか?お前を助けに来るはずの魔女達はまだここに到達できていないぞ?」
「…!、何故それを…」
「知っておるさ、ワシを誰と心得る、天下無敵の超絶最強シリウス様じゃぞ?、カス共の浅はかな計画なんぞ見抜いておるわ」
エリス達が何を考えているかなんて読んでいる、どうせエリスをここに向かわせ 最後の最後だけを魔女が援護する予定じゃったのじゃろう、じゃが
「残念じゃが魔女はここには来ない」
「で ですが先程アンタレス様が…まさか」
ほう、識確で読んだか、そうじゃ そのアンタレスの念話の正体はワシじゃ、ここでエリスと二人っきりになるためにアンタレスの念話を妨害し代わりに念話を行ったのだ、早くここに来い…とな
「ああそうじゃ、ワシじゃよ」
「…嵌められたってわけですか…、でもそれなら魔女様はどこに…」
「そんなもん決まっておろう、…ワシのチェックメイトを潰しに行ったんじゃ」
「チェックメイトを…?」
そうじゃ、今のワシは勝負に勝って試合に負けている状態にある、魔女達の連携のせいでワシの計画は全て潰えた、お陰さんでこの三ヶ月が水の泡じゃ…憎らしいことにな
ワシはわしの肉体の本当の在り処を見つけた、それはこのエノシガリオスでも魔女の懺悔室でもない、別の場所にあった…ワシは魔女達の監視下にあるせいでそこに取りに行くことが出来なんだから、別の刺客を向かわせたが…
未だに彼奴が戻らんと言うことは、魔女達の邪魔が入ったのだろう…、よもやとは思ったがやはりカノープスはワシの肉体の在り処を知っていたのだ
ワシはもうオライオンでの復活は諦めておる、魔女達との読み合いに負けてしまった以上肉体を取りに行くことは難しいからのう
じゃから、折角じゃ…魔女の弟子達の命だけでも頂いておこうと、此奴らを招き寄せた…
エリス、お前らは代償じゃ…魔女達がワシの計画を邪魔した、その代償になるのじゃ
「さぁて、もうワシはここを諦めておるからのう、とっととお前殺して次に向かうとするよ」
「させません、何が起こっているかは分かりませんが…、ここまで来て諦められま…す……か……!?」
果敢にも立ち向かおうとしたエリスの動きが止まる、おお?識確でワシが今から何をするか読んだか?便利じゃのう、無意味じゃが
ああそうさ、お前はこいつの恐ろしさを知っているよな?、ワシはレグルス程甘くないことも…知っておるよなぁ?
「バカが、とっておきを後々に回すほど、ワシってばバカじゃないんじゃ、最高の一撃は初撃で叩き込む…、基本じゃよ」
最初の最初に最高の一撃を叩き込む、そうすればどんな戦いも戦いになる前に決着がつく、故に放とう…ワシの持つ最高の一撃を、初っ端から
「…すぅー…、色不異空 空不異色 色即是空 空即是色、この世は在るようにして無く 無いようにしてまた在る、無とは即ち我であり 我とは即ち全であり 全とは即ち万象を意味し万象とはまた無空へ還る、有は無へ転じ 万の力は未生無の中ただ消え去る」
「そ…それは、虚空魔術…?」
紡ぐ詠唱、奏でる言葉は意味がある、両手を合わせ祈るように魔力を高める、この魔術はワシには使えん…今この状態にあっても正常には使えんだろう
じゃが、十分じゃ…ガキ一人、完全に消し去る程度訳無いわ
「『天元無象之理』…」
「や…やめ!」
輝きは虚空魔術、万象を消し去る虚ろの魔術を発動させる、如何に読んでいようともどうしようもあるまいよ…何せ既に魔術は放たれておる、防御も回避も許さず相手を消し去る消滅の光がエリスに飛びかかる
終わりじゃ、エリス
……………………………………………………………………
教国オライオンを二分する巨大山脈 ネブタ大山、冷厳なる白の大山
頑強な巨大な岩山は今日も変わらずオライオンのど真ん中に存在し続ける、八千年前からずっと今日まで存在し続ける、きっと明日も何年先も
そんな大山に今日、この山が存在してから初めてと言える異例の事態が発生していた
「オラァッッ!!!」
山の中腹に発生した雪柱は大地を抉りオライオン全土を揺らす程の大地震を発生させる、未知の災害とも取れるその爆心地の中心に薄っすらと見える人影…それから逃げるように飛ぶもう一つの影は
「あいっ変わらず滅茶苦茶ですねぇー!」
飛翔する影は空高く舞い上がる、ただの跳躍で雲の近くまで飛んで見せたそれは教皇使節のコートと灰髪をはためかせやや涙目気味の紫瞳を輝かせ天を舞う
いや、そりゃあ泣きますよね!泣きますよ!だって
「待て!ウルキ!」
「ゲェッ!プロキオンー!」
雪柱から抜け出した瞬間足元の森から輝き閃光を身を捩り回避する、天に昇るその閃光は人の形をしている、おまけに剣を構えているし空振った刃が空を真っ二つに引き裂くのだ
「容赦ないですねぇ!、ほんと!」
「そりゃそうだろ、テメェを生かしておく理由が見当たらねぇしな」
「君はボク達の過ちそのものだ、ここで責任を持って殺させてもらうよ」
天高く飛翔した体を猫のように回転させ、切り立った杉の木の上に着地する女…いやウルキは辟易とため息をつく、既に目の前に目下の所敵対している二人が立っていたからだ、なんとも素早い 逃げる暇さえ与えてくれないとは
それもそうか、何せ今私が相手をしているのは…魔女なのですから
今、ネブタ大山は魔女二名とそれと同格の実力を持つ羅睺十悪星のぶつかり合う戦場となっていた、そもそもの事の始まりはエノシガリオスに潜伏するシリウス様の言葉が発端だ
『ネブタ大山にワシの腕があるからちょっと行って』取ってこいと、そう言ったんだ、まぁシリウス様は今も魔女達と睨み合いを続けていて迂闊に動けない、だから私を動かす…ここまでは理解出来た
だが実際に私がネブタ大山に赴いてみると、既にそれを読んだ魔女達が待ち受けていたのだからさぁびっくり、しかも待ってたのは争乱の魔女アルクトゥルスと閃光の魔女プロキオンの二人、魔女の中でも武闘派の二人が私を見るなり襲いかかってきたんだからもう大変
んで、こうして魔女二人と交戦状態に陥ってしまったわけだが…まさか、シリウス様これを予見して私を囮に使ったんじゃないよな?、ここで魔女達が待ち受けていると知って私をここに向かわせたんじゃないよな、魔女達の目を引きその動きを制限するための囮として、だとしたら文句の一つでも言いたいよ
これが魔女一人なら上手く煙に巻いて逃げる事は出来る、だが二人は無理だ、二人掛かりは流石の私も対応しきれない、逃げきれない、腕の回収なんてこのままじゃ夢のまた夢、ネブタ大山の地下深くに埋められているというシリウス様の腕を掘り返すのにどれだけの労力が必要だと…やれやれ
「はっ、私が過ちだから消したい?、バッカですねぇ~?、過ちなんてのは結果でしかないんですよ、その過程で私が為したことは消えない、貴方達の教えた魔術で私が人を殺して回った事実は揺るがないんですよ、私を消したところでね」
「偉そうに講釈垂れるんじゃねぇよ、テメェが人を殺したのはテメェの過ちだろ、オレ様達が言ってんのはテメェの存在自体が魔女の恥だって話だよ」
「私の事嫌い過ぎません!?、そんな事言わないでくださいよぉアルクトゥルス師匠~プロキオン師匠~、私ってば貴方達の可愛い弟子でしょう?、見逃してくださいよ~ん」
「都合のいい時だけ弟子面をしないでくれ、君との決別は八千年前に済んでいる筈だ」
「それもそうですねぇ、はぁ…何が何でも逃がさないって感じですか」
アルクトゥルス達は私を逃がすつもりはないらしい、ここで私がどれだけ逃げ回っても地の果てまで追いかけてくるだろう、私はそれだけのことを彼女達にしたし彼女達は私をそれだけ恨んでいる
…なんか逃げるのも面倒になってきたな
「はぁ、仕方ない…疲れるのは嫌なので戦うつもりはありませんでしたが、仕方ありません、ここで魔女二人消しておきますか…」
「テメェ誰に向かってモノ言ってんだ、テメェ如きにやられるわけねぇだろ」
「ハッ!おいおいアルクトゥルス!いつまで自分の方が格上だと思ってんだよ!、お前の技も何もかも使える私がお前より下だと思ってるんですか!?、バカですねぇ~本当にバカですよぉ、若作りババアはとっとと隠居して編み物でもしてろよ!」
「八千年経っても中身がガキのままよりかはマシだろうが…ったく」
殴り合おうぜ?と誘うように地面に降り立てばアルクトゥルスとプロキオンもまたそれに応じて大地に降臨する
こいつは自分の殴り合いの腕に圧倒的な自信を持ってるタイプだし、事実こいつに殴り合いで勝てる存在はいないだろう、正面切ってホトオリやアミーを殴り倒した怪物なんだ…けど
まぁ今からやるのは殴り合いじゃなくて殺し合いですが?
「言うじゃないですか、なら本気出しても…いぃ~んですかぁ~?」
ニタリと笑いながら教皇使節のコートを脱ぎ捨ていつもの身軽な格好に戻る、もう演技だどうのをする必要はない、それどころかこうして魔女達にこの身を見られてしまったからには己を秘匿する必要性もないんだ、八千年間潜め続けた息を…漸く
「行きますよォッ!、アルクトゥルス!プロキオン!!」
全身から滾らせる魔力は赤黒く輝き止めどなく溢れ、ただ魔力が外に放出されただけって周囲の木々がへし折れ大地が割れ始める、ちょうどいいじゃないか!こいつら全員ぶっ殺してシリウス様の肉体取りに行けばもう万々歳じゃんよ!
「凄い魔力だ…、羅睺の中核を担うだけの力、未だ衰えはないようだね」
「関係ねぇ、その羅睺も今日で全滅、ウルキ テメェを殺してオレ様達は鬱陶しいしがらみからおさらばってわけだ」
「だからいつまでも自分を格上だと…」
右腕に力込める、魔力が滾り凝縮され物理的影響力を持つまでに高められた極限の魔力嵐は纏ったその腕を
「思ってんじゃねぇって言ってんだろうが!!!」
放つのは紅蓮の旋風、魔術では無い…これは魔力闘法 、所謂魔法と呼ばれる技術の一つだ、魔術ほど扱いやすくもなく論理的では無いが故に暴力的、暴れるような魔力の大旋風は一瞬にして世界を塗り潰す
小国ならばこの一撃で滅ぼす事が出来よう凄絶な一振りを前に二人の魔女は竦みも恐れもせず…
「『流し俄・神楽舞』」
受け流す、アルクトゥルスはその両手をぬるりと動かし荒れ狂う魔力嵐を逆に魔力を一切用いない指先だけで御すると共に、激流の中の岩の如く全てを左右に掻き分け受け流す
如何なる技術も魔術も通用しない究極の武練、流石は武神とまで讃えられたアミーを相手に殴り勝つ女だ!こりゃ別格だな!
だが!
「───『旋風圏跳』!、何悠長に受け流してんだよ!アルクトゥルス!」
魔力嵐を突っ切り高速の蹴りをアルクトゥルスに加える、あんな魔術でもなんでも無い攻撃でこいつらを仕留められるとは思ってない、あんなもん目くらましだ、そしてまんまと目を眩まされ受けに徹した所を叩き砕くようにスラリと伸ばした足がアルクトゥルスの顎を捉え…
「確かに受け流すまでもなかったな…」
私の蹴りは確かにアルクトゥルスの顎を捉えた、が…揺らがない、アルクトゥルスは揺らがない、ズシンと大地が揺れるほどの蹴りを受けながらもアルクトゥルスだけは不変を保つ
真っ向から蹴り加えても微動だにしないか、…だが
「鏖殺の挽歌奏でる壊音、我が手は見えざる神の手となり万象を突き崩す、閻魔獄法!其の三十三!『朱殷星眼断』!」
そのままクルリと体を入れ替え、手元に集めるのは流れ出て時間が経った血のように赤黒い我が魔力、それを球状に集め指先に引っ掛けると共にアルクトゥルスの頭に叩き込めば
「グッ!?」
アルクトゥルスの顔が初めて苦悶に歪むと共に大地が弾け飛ぶ、久々に使ったが…やはりこいつが一番手に馴染む!
「チッ…鏖壊魔術か、嫌な魔術使ってくれるぜ…」
私は合計八つの魔術体系を武器としている、
レグルスの元素魔術
スピカの治癒魔術
アルクトゥルスの付与魔術
フォーマルハウトの錬金術
アンタレスの呪術
プロキオンの魔術陣
カノープスの時空魔術
リゲルの幻惑魔術
其のどれもを魔女から授けられ、其のどれもが今現在魔女の弟子を名乗っている若輩者達のそれを遥かに上回る練度を持つ、だが私にとってこれらは飽くまで基礎に過ぎない…私の本懐たる魔女殺しを成し遂げるには魔女達の使う魔術の劣化ではダメだから
故に、私は私だけの魔術をシリウス様から授かった、原初の魔女シリウスより賜ったのがこの鏖壊魔術、圧倒的な魔力嵐で相手を破壊した皆殺しにする痛快極まりない大魔術
全てを一切合切を破壊する究極の魔術、その一端である物理破壊 …こいつを食らえば魔女も血と泡吹いて死ぬって寸法です
「ぶっ殺してやるよぉ!アルクトゥルス!」
輝く赤の光はただの衝撃ではない、この魔術はただの破壊魔術ではない、鏖壊魔術とは問答無用で対象を破壊する魔術である、渦潮のように荒々しく回転する魔力は物質に染み込み巻き込むようにして回転する、どんなものでも根元から破壊する魔術を受ければ須らく破壊される
レグルスの使う全てを消し去る『虚空魔術』の亜種、全てを破壊する『鏖壊魔術』、これが私の武器だ
「ッと…!」
さしものアルクトゥルスも回避に専念する、受ければ肉体は細胞から破壊される、ここに防御力は関係ない、事実紅の光を掠るように受けたアルクトゥルスの右腕側面がごっそり削れそこから血が溢れる
「いてぇんだ…よっッ!!」
「ぶげぇっ!?」
しかし、それで止まらないのがアルクトゥルスだ、魔術を回避すると共に痛みに悶える時間も作らず足を振り上げ噴火の如き勢いで私の腹を蹴り上げれば、私の耳が捉えるのは内臓が破裂し筋肉がブチブチと断裂する音、たったの一撃でこれなんだからどっちも大概だろ…
「ふぅっ、狂い咲け魔性の死花、枝葉を伸ばし世界を崩し血煙で全てを彩れ!『魔破羅闍金輪法』!」
クルリと空中で回転しながら受け身を取りつつ発動させるこれもまた鏖壊魔術、私の周囲を漂う赤黒い魔力が集結し幾重にも折り重なる光の輪は私の手の指揮に従い、分裂し 分断され、無数の光弾に姿を変え四方八方縦横無尽に放たれる
「お おいおい、無茶苦茶やりやがるな!」
鏖壊の力を得る光弾の雨が地面に滴れば、それは真紅の煌めきを放ちながら爆裂し大地を抉る、一発一発が大規模破壊魔術として成立するそれらが一斉に魔女達に向かう 周囲の全てを爆炎に包みながら
「あっはははははは!やっぱり魔術は周りの物ぶっ壊してこそですよねぇ!」
丁度いいや!このままこいつら全員ぶっ殺して山も吹っ飛ばして瓦礫からシリウス様の腕回収すりゃあいいじゃん!私天才じゃーん!あはははははは!!
「全く、シリウスから悪影響を受け過ぎだ…」
そんな破壊の暴風雨の中、スラリと蒼輝剣を縦に構えるのはプロキオンだ、若干の苛立ちと共に彼女は一瞬アルクトゥルスに目配せを送る
「……?、ああ…おう」
ただ視線が送られただけで思考の一切を相手に送り受け取る信頼の目配せにアルクトゥルスは小さく頷く…すると
「ウルキ!ここはもう君のいる世界じゃないんだ!、これ以上の破壊はやめろ!高速魔術陣…!」
剣が空気を撫でてバイオリンの如き高音を発すると共に振るわれる、プロキオンの持つ高速魔術陣は本来なら早くとも半日程度かかる魔術陣執筆時間を大幅に短縮し放つことが出来る、事実彼女の弟子もペンで虚空に陣形を書き上げるのに一秒もかからないほどだ
だが、だ…ならばプロキオンはどうなのだ?、弟子と同じく虚空に一秒もかからず書き上げることが出来るのか?、あの世界最速と呼ばれたプロキオンがそんじょそこらの人間に出来る領域の話と同レベルなわけがない
彼女の高速魔術陣、その真価は
「風筆剣…」
書き上げた陣は合計二十八、それが一瞬で私の周囲を囲む、プロキオンの執筆速度と技術は陣形執筆という分野においては頂点に位置する、そんな彼女が見せる絶技…それは
万象に陣形を書き込むことにある…、つまり彼女は何にでも陣を書くことが出来るのだ
火を払い元の形に戻るより速く陣形を書き上げ炎の中に魔術陣を書ける
水を切って水が再生するよりも速く陣形を書き上げ水面に魔術陣を書ける
そして、今見せたのは流れる風に魔術陣を書き上げる絶技、風を切り刻み魔術陣の形に整形し作り出したのだ、風に運ばれ流れ移動する魔術陣を…
「『反魔万象鏡面陣』!」
私を囲む無数の魔術陣が四方に放たれる魔力弾を弾く、外に向けて放出された全てが私に跳ね返り逆に私は四方八方からの攻撃に晒される事になる
(チッ、解除…!)
流石に私も私自身の魔術を食らえば普通に死ねる、そりゃあ良くないと魔術を解除し消し去った瞬間
「オラァッ!」
「なっ!?」
突っ込んできたのはアルクトゥルスだ、魔術の解除を読んでいたかのように、いや事実読んでいたのだ プロキオンがなんとかしてくれると、それを理解していたから一切の躊躇もなく飛んで来て私の顔面をガッシリとその巨大な手で掴み
「離せやボケがァッ!厳かな天の怒号、大地を揺るがす震霆の轟威よ 全てを打ち崩せ降り注ぎ万界を平伏させし絶対の雷光よ、今 一時 この瞬間 我に悪敵を滅する力を授けよう『天降剛雷一閃』!!」
何をされるかなんてわかってる、私を殺すつもりだ、そんなことさせるか、魔術にて電撃を作り出し私を掴むアルクトゥルスを光で包みその筋肉を感電させてやろうとするも
「離すかよ、ンなもんで!」
全く通らない、何がどうなってるのかアルクトゥルスの筋肉は一切の電流を通さない、故に筋肉にも通電しない、そのまま衰えることの無いアルクトゥルスの体は躍動し腕を振るい、私の体を地面に叩きつけ
「神籬の駿雨…!」
叩きつけると共に降り注ぐ拳の雨、大地と挟むように何度も何度も打ち付け私を胡桃みたいにカチ割ろうと回転を早める、その衝撃に大地が砕け 地表が削れ 私の体が完全に大地に埋まっても止まらない、私が死ぬまで…止まらな…!
「オラオラオラオラオラオラ!!、誰が格上だって!?聞いてみろやさっきみたいな生意気な口!、聞けるならよォッ!」
この世の如何なる鉱物よりも硬い拳骨が、この世の如何なる兵器よりも鋭く私に投げかけられる、それは時が経てば経つほど回転数を増して…
「アルク!このままじゃポルデュークが割れるよ!」
「あ、そうだった…昔みたいにしっちゃかめっちゃかやっていいわけじゃねぇんだったな」
ピタリと止まる、私の頭蓋を砕き脳味噌ぶちまける寸前で、そりゃそうだ、これ以上続けてたらオライオンが真っ二つになって新たに大陸が一つ生まれていたところだったんだから
大変ですね、世界の守護者は…この世界を守らなきゃいけないんですから、でも私は違いますよ
「ケケケ…アルクトゥルス…」
「あ?テメェまだ生きて…」
「頑張って、守らないと…滅ぼしちゃいますよ、私が…世界を」
「ッ…テメェ何を…」
「天の光は地に堕ちる、闇は死を呼び生を貶す、此其れは太古の傲慢なりし神の創った箱庭を愚弄する、我ら人の立つ無限の大地、凡ゆる営みが芽吹く繁栄の都に落とされる一滴の滅び 天を穿つ神への嚆矢、運命を捻じ曲げ その試みに舌を出せ、汝らの過ちを 八元体の諍いを我ら人の子が糺し、神の時代を終わらせる…」
ブツブツと呟くのは鏖壊魔術の奥義、私が持つ奥の手…
この世には三つの魔術がある、不可能と言われた三つの魔術
それは
『死者蘇生』『時間遡行』そして『世界崩壊」、そう世界崩壊だ…魔女でさえ不可能と言われた三つの魔術のうちの一つである世界崩壊を成し遂げる魔術こそ、この…
「『永劫灰燼崩壊之冥光』」
「ッ…!!」
突如溢れる赤黒の大威光、止めどなく溢れる世界を染め上げるのは世界崩壊の光、天は雷を呼び大地は溶岩を放ちこの星が割れる一撃、それが我が体から放たれるのだ、魔女も成し遂げられなかった世界崩壊を…
とまぁここまで仰々しく言いはしましたが本当に世界が滅びるわけじゃありませんよ?、まぁ全力で放てばこの星一つくらいなら消し飛ばせますが、そんなことしたらシリウス様の目的も達成できませんからね、だから今使ったのは全力の二割程度です
それにこの魔術は未だ未完成、これはただ星を砕くだけの威力を持つ…それだけなんだ、シリウス様曰く星を破壊するだけなら他の魔術でも出来る、だが『世界崩壊』はそれではダメ…、それより先の領域を目指して失敗したのがこの魔術ってわけだ
まぁ、偽物でも二割程度でも魔女諸共この国を一瞬で更地にするくらいわけありませんがねぇ!
さぁ!全員死ね!死に尽くせ!
…そう、私が光の中でニタリと笑った瞬間のことだ
目に入るのはアルクトゥルスの後ろで剣を構えているプロキオンの姿
世界最速のプロキオン、そんな彼女の異名を支えるのは足の速さなんかじゃ無い
その反応速度だ
「永劫なりし問い、汝 魔道の極致を何と見るや」
口にしている、詠唱では無い…あれは
「永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして 今答えよう」
世界への返答、…つまり
「魔道の極致とは即ち『刻みし煌輝』である」
迫る崩壊を前に口にするのは一つの答え、プロキオンが長い長い戦いと鍛錬の末に編み出した極致への答え、それは『刻みし煌輝」
極致とは即ち輝きだ、煌めきとは一瞬で そして一瞬だからこそ美しい、そんな美しさを世界に刻める瞬間こそが人としての極致である、瞬きの全盛 刹那の完成、秒針が動き出し再び止まるまでの間しか人は極限足り得ないが…人の心を動かすのにそれほどの時間も要らぬ
それこそがプロキオンの答え、その返答を聞き入れた世界はプロキオンを相手に道を開ける、プロキオンの内部から溢れた魂とその内側にある世界に押し退けられ世界が変容するのだ
私が放った大規模魔術、今の時代に於いては災害としてカウントされる此れも八千年前では毎日のように飛び交っていた、周りの被害を気にせずぶちかましまくれば取りあえず相手は死ぬ…、そんな思考も何もないが強力無比な戦法に対するカウンターはいくつか存在していた
まずそれを防げるだけの大規模魔力壁を用意する、これは時間がかかるから今は無理だ
もう一つは術が炸裂する前に術者を殺すこと、私はそう簡単には死なないのでこれも無理
ならばとプロキオンがこの世界を守るために取ったカウンターこそが、魔女だけに許された至上の守護
それこそが
「臨界魔力覚醒 『剣々轟々/刃煌旋風』!」
発動させる、プロキオンのそして魔女の秘奥である臨界魔力覚醒を…
それは世界を塗り替え別世界に相手を引きずりこむ絶技である、当然私が放った世界崩壊の光は矛先を変え現実世界ではなくプロキオンが新たに生み出した内世界へと吸い込まれ何一つとして破壊せず炸裂する
世界を壊すだけの広範囲魔術を防ぐには、その魔術を臨界魔力覚醒で覆って仕舞えば現実世界に傷はないって寸法よ
現実世界と違い、魔女と同程度の強度を誇るこの世界を崩すことも出来ず、私の狙いは挫け…私は更なる窮地に立たされることになる
「臨界魔力覚醒だと…!」
「ふぅ、間に合ってよかった」
私の動きに一瞬で反応し、即座に臨界魔力覚醒の発動に踏み切ったプロキオンは間に合ってよかったと汗を拭う…
やられたな、けど考えてみりゃ当然…世界を気遣って戦わなければならないなら、別に気遣いの必要ない世界を用意すれば良いだけなのだから
「さて、舞台は整えた…ここでなら存分にやれるよ」
そう語るプロキオンを讃えるようにスポットライトが当たる、塗り替えられた世界を見回せば先程まで雪山のど真ん中にいたというのにその様相は様変わりしていることが分かる
一言で言おう、ここは巨大な舞台の上だ、豪奢な木の床に先を見通せない暗い闇だけが広がる広大な舞台、創作と現実を分ける幕はここには存在せず静謐な闇だけが広がる、そんな闇の奥に見えるのは人影だ
それも一人二人じゃない、闇の奥の手の届かない領域に無数に存在する影達は全方位から私たちを見ている、あれはプロキオンが用意した『観客』だ、実態はなくただただ観客という役を与えられた人型の魔力でしかない、それがやや上方の席に座り全員がこちらを見る
まさしくここは劇場なのだ、プロキオンの臨界魔力覚醒によって生まれる世界全体が一つの劇場なのだ…、差し詰め我々は舞台上の役者といったところか
「うへぇ、最悪…」
私は思わず吐露する、最悪だと…そりゃあそうだ、魔女達はそれぞれ別々の臨界魔力覚醒を持ち、それによって生まれる世界は皆特有の権能を持つ
レグルスならば『自らの意思に呼応し万象を操ることが出来る世界』
カノープスならば『時間と空間を自在に操れる世界』
当然私も臨界魔力覚醒を持つしアルクトゥルスも持っている、が…それでも言おう
勝ち負けが存在する勝負に於いて、プロキオンの臨界魔力覚醒程恐ろしいものはない、ともすればシリウス様にさえ勝つだけなら勝ててしまう最悪の臨界魔力覚醒を持つ女、それが閃光の魔女プロキオンなのだ
「お…おいおい、いいのかよプロキオン…カノープスに黙って臨界魔力覚醒なんて使っても」
「構わないさ、オライオンの国土全域が焦土になることに比べたら、彼女だってこのくらいのことには目を瞑ってくれる、それにボクの臨界魔力覚醒なら彼女の崩壊魔術を防ぐことが出来る、…君の臨界魔力覚醒はそういう事出来ないだろ?」
「まぁ、確かにな…」
そうだ、私の今の魔術はプロキオンによって無効化されたのだ、どうやってかは私にも分からない、ただそういうものと納得することしか出来ないのが臨界魔力覚醒なんだ
「まぁいいや、お前が臨界魔力覚醒を使った以上勝ちは決まりだ、オレ様は邪魔しないように舞台袖に寄ってるぜ」
「別に一緒に戦ってくれてもいいけれど、でもそうだね…ここいらで見せようか、ボクの独壇場を!」
するとプロキオンは鋭い剣を天に掲げ
「ウルキ!君の行いは看過出来ない!、世界を壊し無辜の民々を傷つけようとする蛮行と悪行!、ボクは決して許しはしない!、この正義の刃で君を裁く!覚悟しろ!」
「う…うるさい、何が正義だ、何が悪だ!、お前らも同じく人殺してんだろうが…今更、ッ…ぐぅっ」
手で口を閉じる、プロキオンの台詞に合わせるように口が動いてしまう、まるで台本になぞらえる様に、意思に反して体が動く…!この私でさえこの世界の…舞台の影響から逃れられない!
「ああそうだ、其処を否定するつもりはない…だけど、それでも守りたいのさ!この世界を!、未来へと伸びる芽を絶やさせるわけには行かないんだ!!」
そんなプロキオンの絶叫に合わせ周囲の人影が歓声と拍手を送る、まるで世界が後押しするようにプロキオンを讃え万来の喝采を浴びせかけ スポットの光がより一層強くなる、やばいやばい…こりゃ本格的に…!
「さぁ!勝負だ!」
「の…望むところ…!」
望んでなーい!、やばいんだって!今のプロキオンとやるのは!
そんな意思に反して世界が動く、私とプロキオンの両名をスポットライトが照らし、戦いが始まってしまう
「はぁっ!」
踏み込み、それさえ見えないほどの絶踏の歩法は瞬く間に私との距離を詰め、振るわれる剣技は毛糸のマフラーの如き綿密さで無数に放たれその全てが私に向けられ、降り注ぐ刃の雨粒は的確に私の体を切り刻んで行く
「ぐぅっ!?」
無数の剣閃、浴びて舞い散る鮮血を前に痛みに悶える、普段なら防御出来る小技でしかないのに今の私には防げない、それだけプロキオンが速いとか強いとかじゃない
『今の私には防げない』それが全てなんだ
プロキオンの臨界魔力覚醒『剣々轟々/刃煌旋風』とはこの世を舞台に見立てる奥義である、発動することにより見えない観客に見守られ我等は空想の戦いを強いられる、それが本来どれだけ高尚な理由のある戦いであれ命をかけた死闘であれ、見守る観客にとっては等しく演劇にしかなり得ない
人々は見るだろう、どっちが主人公でどっちが悪役かを、それを無意識に予測して劇を見る、そしてその深層心理にはきっとあるはずだ
『どれだけ悪役が押してても最後には主人公が勝つだろう、どれだけ窮地に陥ってもまぁなんとかなるだろう』、そんな押し付けにも近い無意識で安易な認識がこの世界では全てになる
タネはあの観客だ、あれは飾りじゃない…あれがこの状況を作り出す、奴らがプロキオンを『主人公』として見て私を『やられ役』としてみる以上、役者は観客の期待に意識に関係なく答えてしまう
有り体に言おう、この空間で主人公になったプロキオンは何がどうなっても絶対に勝つ、どれだけ窮地に陥っても奇跡的に助かるし相手がどれだけ強くても友情とか愛情とかウンタラカンタラ寒い事口走るだけで容易に上回ることが出来てしまう
対する私がどれだけプロキオンを押していても観客が私をやられ役として見ている以上ここぞという一撃は外れ、周到に準備した計画は外れ、何故か最後の最後には負けてしまう
そのように強要される、そのように修正される、世界がそのように動く…
それが私であれシリウス様であれ変わらない、相手がどれだけ強くても関係なくプロキオンが主役らしい振る舞いを演じる限り絶対に勝利するのがこの空間の恐ろしさ
これを脱却する方法はほぼ無い、こちらが臨界魔力覚醒を使えば上書きすることが出来るが…、臨界魔力覚醒を使って逆転しようとすると『やられ役』としての役割がそれを阻害する、そんな役割を跳ね除け我を通すことが出来るのは横暴の権化シリウス様くらい…つまり
この世の誰にもこの劇を破壊することはできない
『出せば勝確』そんな臨界魔力覚醒を持つのが魔女、それが八千年前の勝者達の反則技だ
「この…!染める真紅の血風、いずれ死に至る壊崩の笛音、叫び死ね苦しみ死ね崩れて死ね、瓦解せよ!閻魔獄法!その二十八!『五濁三界烈衝』」
鏖壊魔術を発動させ拳に紅の魔力を乗せ殴り抜く、しかし…
「剣閃…!」
一度、答えるようにプロキオンが剣を振るえば、ただそれだけで無数の煌めきが舞い散り、魔術が 腕が 私が切り裂かれる
「げぅっ!?、じゅ…『呪血怨腕』!」
即座に血を用いて呪術を発動させる、後ろに跳ね飛び距離を取りながら放つのは無限に伸びる血液の腕、それがグネグネと蛇のようにうねりながらプロキオンに向かうのは、触れれば呪われる毒血の鬼腕…しかし
「効かないよ!そんな技!」
プロキオンの腕が複数にブレて私の作り出した血腕が細切れに変わる、まるで斬撃の結界の如き防御を展開し、…飛ぶ
腕を切り刻み一直線にこちらに剣を突き立てて飛んでくる、このままじゃ殺される…殺されてたまるか、この程度で!
「彼方は此方に、其方は途方へ、右は左に左は右に、我が道は世界すら阻めず閂を開ける、今こそ世界の呪縛を破らん『時界門』!」
視界内に移動する転移魔術を使い、背後に穴を開けると共に移動するのは上空、とにかく距離を取らねばと一瞬にして遥か上空の闇の中へ虚空に開いた穴を潜って移動する
今は逃げることしか出来ない、何かこれを打破する方法を考えないとなるまい、何か…何か!
「逃がさないよ」
「へ?」
意識が前を向く、一瞬にして遥か遠方に逃げたはずだというのに…、何故か目の前にプロキオンが…
「やはりここに逃げてきたね、予想通りだ」
…想起する、そうだ この空間ではどんな存在でも悪役である限り『その狙いは確実に看破』されるという性質を、故にプロキオンが適当に飛んだ方向に私も無意識に転移してしまったのだ
追いつかれたんじゃない、そもそも逃げることだって出来ていないんだ
「蒼輝…」
「ま 待ってくださいよ!、分かりました分かりました!降参しますから降参!だから!」
空中で剣を大きく振りかぶるみっともなく命乞いをする、この空間は悪役を情けなくする、格を下げる、品位を落とす、無様にする、それはそれとしてマジでやばいほんと死ぬ、まだ私死ぬ覚悟できてないんですけどぉ~!?
「閃光ッ!!」
「グゲッ!?」
振り下ろされる魔女の斬撃、それは私の魔力防御も抜いて体を叩き斬り 下にある大地も世界も何もかもを切り裂く、世界一の剣豪でもあるプロキオンの一太刀を浴びせられたこの体は夥しい量の血を吹き切り裂かれた大地に叩きつけられる
「ぐっ!ぎやぁぁぁあ…!くそ!、くそぉっ…痛いじゃないですかぁ…!」
「内臓も引き裂かれてるんだ、痛いじゃ済まないはずなんだけどね、ここまで生きただけあって、しぶといね…ウルキ」
大地に叩きつけられ袈裟気味に引き裂かれた胸を掻き毟り痛みに悶える、は…早く治癒魔術を使わないと…早く、早く…
「かはっ…あっ、ぅ…!」
詠唱が出来ない、こんな時に血が喉に詰まって詠唱が上手く出来ない!、これもこの世界の影響か!、くそが!マジで死ぬぞこれ!
「ぐぅ…ごぼ…ごほっ!ごほっ!」
「…なるほどね、レグルスが君の死体を見たくなかった気持ちがよく分かるよ」
「な…にを…いっでんだ…!」
血が吹き出る口を動かしプロキオンを睨みつける、剣を此方に向け哀れむような視線を向けるプロキオンはやれやれと懊悩のため息をつく、何見てんだよ…何そんな目で見てんだよ!
「…どんな風になっても、弟子は弟子か…この手で命を奪うというのは気持ちよくないものだ」
「ごほっ…だったら…、見逃し…ますかぁ?、レグルスみたいにぃ…」
「いいや、殺すよ…ボクは既に無二の友の命だって奪っているんだ、だから…今更誰の命であれこの手を止めることは出来ない、死んでくれウルキ…君はこの世界にとって邪魔でしかない」
「グッ…!」
顎の下に冷たい刃の感覚が押し当てられる、剣を喉元に突き立てられ流石に冷や汗が吹き出る、本当に殺すつもりらしい…けど
「そう…ですか、それは納得ですね…貴方は弟子の命も奪える冷酷非道の女ですものね」
「なんとでも言え…でもボクは」
「だから貴方の今の弟子の命も…たやすく見捨てられるんですよねぇ」
「…なんだと?」
クククと笑いが溢れる、やはり認知していないな…?、お前の弟子達が今何をしているか
「こんなところでこんなことしてて…いぃ~んですかぁ~?、貴方の弟子たちは今シリウス様の前にいるんですよねぇ~?」
ぎひぎひと血の吹き出る口で笑いながらプロキオンの無様を笑う、笑うよそりゃあ…だって私と魔女がここにいるということはエリス達はフリーという事だ、そっちは見殺しでいいんですか?って話だ
「何をバカな、あの子達にはボク達の指示を待てと言いつけて…」
『…ォ…ッ!…ィ…オン!…プロキオン!アルク!大変よ!』
「ッ!?、アンタレス!?」
突如世界に声が響く渡る、ノイズが酷く殆ど聞き取れないがこの声は確かにアンタレスのもの、シリウス様の魔力障害を無理矢理押し飛ばして念話を飛ばしてきたのだ
「どうしたんだい!?アンタレス!、何があった!」
『ようやく繋がった…大変よプロキオン!アルク!アマルト達が…弟子達がシリウスに嵌められて魔女の懺悔室に向かっちゃった!このままじゃ弟子達がシリウスに殺される!』
「あンだと!?、罠に嵌められてって…まさかコイツ!囮か!」
「クックックッ…聡明なアルクトゥルス様でも見抜けませんでしたかぁ?、そうですよ…シリウス様の腕を回収する私は、囮…その真の狙いは弟子達の虐殺です!」
嘘だけどね、本当に本命は此方…多分シリウス様も此方で魔女と戦闘が起こり私の動きが妨害されると理解していたから、計画を軌道修正してせめて弟子達を…という方向に切り替えたのだろう
だから利用させてもらう、そこを…
「そんな…ナリアが…エリスが…?」
そのプロキオンの動揺が伝播し、世界が崩れ始める、臨界魔力覚醒が消え この劇場が崩れ、世界が再び雪山の只中に戻る…、私の力もまた…戻った!!
「くっ!、させない!」
「あ!おい!、プロキオン!どこに行くんだよ!」
「あ……行っちゃいましたか…」
プロキオンは遠視の魔眼で何を見たのか、血相を変え臨界魔力覚醒を放棄するなり何もかもをかなぐり捨てて雪山から飛び去った…、ふぅ 助かった 今のうちに腕の回収を
「チッ、仕方ねぇ…後はオレ様がやるか、テメェを好きにはさせねぇよ」
「あーあ!やですねぇ~!」
プロキオンが立ち去り残されたウルキとアルクトゥルスは再び向かい合う、ここはここでまだまだやり合うようですねぇ!
…………………………………………………………………………
「頼む…頼む!間に合ってくれ!」
プロキオンは全力で空を駆け抜けながら目指す、シリウスとエリスのいる空間…魔女の懺悔室を
彼女は見た、遠視と透視を併用して見た、氷の城の中で向かい合うシリウスとエリスの姿と、エリスに向けて虚空魔術を放つシリウスの姿を
あれを受ければエリスはきっと死んでしまう、それは絶対に許してはいけない
レグルスとエリスの再会がこんな形で終わっていいはずがない、あれだけレグルスが愛していたエリスを、愛娘同然のエリスの命を奪うのがレグルスの手であっていいはずが無い、そんな悲劇がこの世にあっていいはずがない
そして何より、エリスの命が再び奴等の手によって奪われていいはずがないのだと
(エリス…エリス!、絶対に守るから!)
彼女の目に写っているのはエリスにあってエリスにあらず、かつて…八千年も前に命を奪われた所謂『エリス姫』の姿である
友情を誓い、彼女の身を騎士として守ることを誓いながらプロキオンはエリス姫を守れなかった、悪辣なるアミーによってその命を奪われしまった、…それはプロキオンの心に深く深く突き刺さる後悔という名の鏃として今も残り続けている
あの時の後悔を取り返せるならなんでもすると思えるほどに、プロキオンは悔いていた…あの場にボクがいたならきっと命がけでエリス姫を守り、アミーを追い払ったのに…
そんな後悔を重ねる八千年の末現れたエリス姫と同じ名前を持つ少女エリス、見た目も性格も似ても似つかない二人にプロキオンは同一性を見出していた、魔女と厄災の戦いに翻弄される健気な少女エリスという存在を二人に重ねていた
そして今、そのエリスの命が再び奪われようとしている、ここで再び手を届かせられなければプロキオンはあの日の屈辱を再び味わうことになるだろう
それは許容出来なかった、何千年も積み重ねた『あの時のああしていれば』の為に、今こうするべきなのだと決意するプロキオンの速度は音と光を超越し、空白平野の氷面に突っ込み 穴を開けると共に見覚えのあるフォルムの氷の城へと突っ込み
その天井を引き裂いてエリスの元へと急ぐ
「『天元無象之理』…」
「や…やめ!」
放たれる消滅の光、目の前の全てを消し去る光を前に抵抗も出来ないエリス…それを目にしたプロキオンは
「やめろぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!」
天井を突き破りエリスの前に立つと共に
「『多重結界陣・神直毘』ッッ!!」
書き上げる、プロキオンの知る全ての防御術式を目の前に展開しエリスを守るように腕を突き出す
させない…、させないさせない!させてたまるか!、絶対にエリスの命を奪わせてたまるかものか!、例えこの命に替えてでも!絶対に守ってやる!!!
もう、失う苦しみは…ごめんなんだ!
…………………………………………………………
「ッ…あ…あ?」
放たれた消滅の光、レグルス師匠の使う虚空魔術を前に無駄と知りながらも腕をクロスさせ体を守るエリスは知っている
レグルス師匠の虚空魔術は恐ろしい、レグルス師匠自身も言っていた…この世で最も恐ろしい魔術は虚空魔術だと、触れた全てを消滅させてしまう魔術を受ければ塵も残らない
ありとあらゆる全てを消滅させられ死んでしまう、けどもう逃げることも防ぐことも出来ない状態で唐突に放たれたそれを前にエリスは
殆ど諦めたように体を守っていた、なのに…
「消滅しない?」
あれ?それとも何も感じずエリス死んだのかな?と、エリスは腕を下ろして周囲を確認するように目を開く
前に、感じるのは血の匂い…嫌な鉄の匂いが鼻をつく、それと共に走るのは悪寒 そして、嫌な予感…
「何が…?、っあ!?」
目を見開く、確認する、何故エリスが無事だったのかを…
そこには、エリスの前には、人がいた…今の今まで居なかった筈の人、足元に血の池を作った、欠けた人型
「うっ…ぁっ…ゔゔ…」
「プロキオン様…?」
プロキオン様だ、閃光の魔女プロキオン様だ、それがエリスの前で魔術陣を展開し腕を突き出した姿勢で立っていた、だけならばこれほど驚かなかっただろう
問題はその姿…、どうやってかは知らないが虚空魔術を防いでくれたのだろう、ただ相手は全てを消滅させる最悪の魔術で、触れれば体は消えてしまう魔術で、それはきっと防ぎきれるようなものでもなくて
だから…
だから
体が、欠けていた
「なんじゃあ、邪魔が入ったか…じゃが、もっとええモンが仕留められたからよしとするかのう」
プロキオン様は立っている、両腕を突き出した姿勢で、ただ…その右腕は消し飛んでいた、腕だけじゃない、右の指先から右腕 右肩へと至り、右半身が丸々消し飛んでいたんだ
半分に割れた内臓や骨が突き出て、中から血が噴水のように吹き出ていて…、口からは今にも途切れそうな息を半分になった肺で必死に繰り返しながら、こちらを振り向き
「…よかった、今度は…守…れ……た」
ぐらりと揺れるプロキオン様は、そのまま自ら吹き出た血の海へと沈み込み…沈み込み
刹那、このタイミングで玉座の間の扉が開かれた、最悪とも言えるタイミングで 最悪とも言える人物が現れた
それは、外での戦いを終えたラグナと…
「コーチ…?」
プロキオン様の弟子…ナリアさんだった
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