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八章 無双の魔女カノープス・前編

227.孤独の魔女と開戦のドラム

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アガスティヤ帝国 Y地区、林業を担当するこのエリアにエリス達が入る頃とほぼ同時刻、帝国が三つに分けた大軍団達もまた同時にY地区の森林地帯へと差しかかろうとしていた

「首尾はどうだ、 ザスキア」

「ええ、方向に間違いはない、このまま進めば森林地帯に突っ込むわ、そうすれば敵の居城は見えてくるはずよ」  

「そうか」

中央を進む陽動兼主力部隊である中央進軍隊は第一師団ラインハルトの指揮の下、パピルサグ古城を目指しひたすら進んでいた

本来ならルードヴィヒ将軍が執る予定だった指揮を、急遽自分が執る事になった件については、ラインハルトに些かの驚きはあったが躊躇いはなかった

将軍が急に方向転換することなどあり得ない、伝えられはしなかったが 恐らく皇帝陛下のお言葉があったのだろう、陛下は決して敵をナメる人ではない、将軍待機の命もまた何かしらの思惑あってのこと、ならば我らに出来るのは将軍抜きでアルカナを倒す件だが…

気掛かりな件がある

「ザスキア、もう一度確認したいんだが…、アルカナは今 二つの兵器を所有しているのだったな」 
 
「ええ、なんでも魔女の力を持つ存在と魔女を殺す兵器…だそうで、私の力を持ってしてもその全容は把握出来なかったが、なにやら動かすには時間がかかるような口ぶりだった」

それを聞いて、ラインハルトは溜息を吐く、呆れのため息だ

魔女を殺す兵器?魔女と同格の存在?、そんなもの ラインハルトは数百と見てきた、魔女を殺せる剣 魔女を殺せる槍 魔女を殺せる釘、全て紛い物だったし、魔女と同格の力を持つと言われた存在も ラインハルトの足元にはも及ばない奴らばかりだった

よくある事なのだ、そう言う存在は魔女排斥組織にとっての希望、謂わば振られる聖旗に近い、その名の元に集い 士気を高めて戦う、今回みたいに烏合の衆が集まる時にはよく使われる手法

最近で有名なのは アジメクで起こった貴族オルクスの反乱だ!彼も魔女殺しの三本剣なるものを用意して 確実に魔女を殺せる策なるものを吹聴して戦力を集めていた、謂わば集まった人間を団結させるための言い訳に近い

本来なら、一考だにせずその存在を否定するのだが…

「今回は、ウルキ・ヤルダバオートが関わっているんだったな」

「はい、かつて羅睺十悪星と呼ばれた伝説上の人物です、彼女がそれを用意したと…」

「……ふーむ」

ウルキと言えば皇帝カノープス様が残した唯一の人生における汚点、そして魔女と同格かそれ以上の力を持つと言われる羅睺十悪星の中心メンバーの一人、それが今も生きていて 裏で活動していたというのは俄かに信じがたいが、こうして目撃者もいる以上 偽りと断定し難いところだ

「もし、魔女様を殺し得る兵器があるのだとしたら、由々しき事態だな」

「はい、ですがあの城の中を隈なく探したのですそのようなもの、ありませんでした…、そんなものがあの城に搬入されたという記録も何処にもありません」

「ますます怪しいな…、まぁ どちらにせよ警戒するに越したことはないが…」

「失礼?ザスキア殿 よろしいか?」

ふと、ラインハルトとザスキアの会話に割って入るのは 同じく師団長であるループレヒトさんだ、かれこれ三十年近く師団長を務める大ベテランである彼が、なにやら気にした様子で歩み寄ってくるのを見てラインハルトは目を細める

この遠征が始まってからループレヒトさんの動きがおかしい、異様に気合を入れている、何が何でも戦果を上げてやる アルカナを滅ぼしてやる、そんな異様なやる気が滲み出ている

彼は、ここまで闘争心を見るからに燃やすタイプでは無かったはずなんだが

「なんですか、ループレヒト団長」

「いえ、君は魔女と同格の力を持つそれをその目で見たことは?」

「見ていません、ですが存在は確認しています、何か…培養液のような物の中に閉じ込められているようでした、そうしないといけないと…ヴィーラントが、お陰で維持費一つで城が買えるほどの負担を叩き出していましたよ」

「ああそうか、なるほどね ありがとう」

と思ったら急に興味を無くし立ち去ろうとするのだ、これを異様だと思わないのなら ラインハルトは師団長に出世出来ていない、何かある そう確信して彼は立ち去ろうとするその背中に声をかける

「随分気にされているようですね、ループレヒト団長」

「…………」

私の追いかけるような声に、ループレヒトは動きを止め ヌッとこちらを見る、光を反射するメガネのせいでその表情はわからないが、少なくともいつもの彼でないことは確かだ

「魔女と同格の力を持つ というのなら、それは第三段階に至った宇宙のタヴを上回る脅威だ、警戒しないほうがおかしい」

「それはそうですが、私にはループレヒト団長が存在さえ不確かな物を恐れているように見えますが?」

「…存在は不確かかね?」

「ええ、魔女と同格の力を持つ者など、この八千年間一人として現れなかったではありませんか」

「いいや、居たはずだ 一人…君も話くらいは聞いているだろう」

眉唾と言いかけてラインハルトは口を紡ぐ、居た 確かに居た、帝国の記録にしか残されていない話だが確かに魔女と同列になる存在は 史上一人だけ存在した

正確な名は残っていない、奴は多くの名前を持っていた、それをまるで服でも着替えるように名を変え姿を変えあちこちに潜伏して帝国の手から逃げ回ったからだ

時は五百年程前、ただ 一徹の研究を以ってして魔女にのみ許された絶対の領域 第四段階へと上り詰めた最悪の人物、史上唯一 魔女になった人間…、結果としてカノープス様によって滅ぼされたが確かにいたんだ

彼女は自らが魔女になったと悟ると、数多くある名と彼女自身が持ち合わせていた本来の名を捨て 無二の名を作り名乗った、それこそが

『生命の魔女 ガオケレナ・フィロソフィア』、原初の魔女から続く 十人目の魔女だ

「ガオケレナのような人間が、また現れないとも限らんだろう」

「…だとすれば、魔女様達が黙っていない」

「魔女様達とて全能でないことは ガオケレナの台頭が証明した、例があるならもう一度再現されることもある、…それがもし ガオケレナと同様の存在だとするのなら 我々の力を持ってしてなんとしてでも 消し去らねば…」

「…………」

ガオケレナ…、奴が生まれたこと自体が魔女様の不完全性の証明となる、ならば 魔女様さえ知覚し得ない何かが起こってもおかしくはないという警鐘にも近い言葉、ループレヒトがそこまで考えていたとは驚きだが…

ラインハルトはやや信じられない、理由はいろいろつけられるが、最も正直なことを言うと、そんな存在が 今生まれてしまうのはかなりまずいからだ

よりにもよって今 この時代に…

「嘆かわしい事だ、魔女様と同じ力を手に入れながら この魔女世界の破壊に使うなど、何が何でも…消し去らねば」

「…………」

ただそれにしたってもループレヒトほ気迫は異様だ、やはり何かある…、この男はもっと実利的な思考をしているはずだから、或いは例の軍事演習が尾を引いてるか?、だとするなら…

「ほ 報告!ラインハルト師団長!」

「む、どうした?」

するとその思考に割り込むのは部下の報告だ、血相を変えた様子で駆け抜けてくるのだ、これはどうやら ただ事ではなさそうだとラインハルトは襟を正す

「実は先程 行軍の前線部隊が敵と遭遇したようで…」

「敵?アルカナか?、数は…」

いや、おかしい 奴等が打って出てくるはずがない、打って出ても数の有利はこちらにある、それを覆し得るのは居城と言う存在、つまり籠城戦に持ち込まなければ勝負にさえならないのは火を見るより明らか

いや、ともすると部隊を分けて少数で迎撃を?だとすると余計分からん、そんなことをしても無駄…、いや 奴等にはシンとタヴという切り札がある、ここで大胆にもその切り札を切ってきた可能性は大いにある

「いえ、それが…分かりません、あんな存在 今の今まで確認出来ておらず、前線に出ていた第三師団のゲラルド団長と第九師団ハインリヒ団長が応戦したのですが旗色が悪く…」

「待て、一人なのか?」

「一人です、奴は己を…造られた魔女と名乗っており…」
 
「ッッッ!!!」

魔女 その言葉を聞いた瞬間その場にいる団長達の脳裏に浮かぶ 先ほどのループレヒトの言葉、もしかすると 第二のガオケレナがこの戦いに参加しているかもしれない、そんな話を思い出し

言葉もなく駆け出す、ラインハルトもまた駆け抜ける 馬より早く 風より早く前線へと、軍を掻き分け前へ出れば…、既にそこは戦場と化しております

…いや、訂正しよう

そこに広がっているのは戦場ではない

地獄だ

「なんだ…これは」

大地は捲れ上がり、木々は吹き飛び その周囲には帝国兵達が無造作に転がっている、問題なのはその中には精鋭と言える師団達も混じっているということ

気がつかなかった…、全く気がつかなかった、会話をしていたとしてもこれほどの戦いがあれば その衝撃くらい聞きつけることができる、いやそれ以前に…

これほどの大規模破壊を行うような存在が現れれば、魔力を探知することくらいできるはず、なのに…

「ぐっ…何これぇ…」

「どーなってんのかねこれ、全然歯がたたねーんだけど…」

倒れ伏す師団達の中央に それでもなお立ち続ける二人の男、第七師団の団長バルバラと、第九師団の団長 不死鳥のハインリヒが立ち続けている…が、それでさえ 信じられないほどにズタズタなのだ、あの二人がここまでやられる

一体何者と声を上げる者はいない、何せ 犯人は二人の奥に、一人で立っているから…

「…れ…ぬ…に…し」

灰色の髪は立っているのに地面に蜷局を巻くほど長く、汚いテーブルクロスのような布を服のように体に巻き、白い肌に傷はなく、真っ赤な口には牙が並び、真っ黒な目はギョロリと左右で別の動きをする、異様な姿をした女が 意味のない言葉を呟きながらボケッと立っている

「なんだあれは…」

あんな異様な存在見たことがない、聞いたことがない、何より異様なのは姿ではない…

「あいつ、魔力が無いぞ…」

人間が、いや 全ての生物が持つはずの魔力を 奴は持ち合わせていない、通常強力な個体になればなるほど纏う魔力は凄まじい物になる、卓越した魔力隠匿技術を持つレグルス様でさえ 目の前にすればその異常な魔力を感じることができるのに

奴からは何も感じない、魔視の魔眼で見ればなお如実にわかる、何せ 魔視を通してみると…そこには何も映らない、つまり奴は一切の魔力を持っていないことになるのだ

「貴様が…アルカナ側に与する、魔女を名乗る者かッッ!!」

「にーーー…おおおおお」

ぎょろぎょろと忙しなく動く目が、ラインハルトの言葉に呼応し…刹那、その眼光に理性の光が宿ると

「我…無垢の魔女 ニビル、魔女を殺す魔女…なり、…ぃーーねねねねにもけ」

まるで予め用意された返答を答えるようにニビルは答えると、再び目は左右に散っていく、魔女…奴は確かにそう名乗る、普通なら 何をバカなと笑ってやるところだが

魔力を持たぬ存在なんて訳の分からない物と、ボコボコにされた師団長二人を前に出されちゃ信じざるを得ない

「あれが、ガオケレナに続く 魔女になりし者か、ループレヒト お前の予想は当たったようだぞ…、ん? ループレヒト?」

「…な…あ…え?…」

するとどうだ?、隣にいたはずのループレヒトは、見たこともないくらい取り乱し 額から汗を垂れ流し、唇を震わせ動揺しているじゃ無いか、いくらなんでも驚きすぎだ

そんな不測の事態が起こりました なんで顔が許されるのは新兵までだ、それをこの道四十年 師団長歴三十年の男がやっていい顔じゃ無い、だが ループレヒトの動揺は止まらず、胸の内に留めていた何かがポロリと口から溢れる

「なんだあれは、私はあんな物知らない…、一体何があれを…一体…誰が…」

「ループレヒト?」

「っ…、ラインハルト 奴は危険だ、今すぐ討伐しなければならない」

「そんなこと分かってるが…」

その前に大丈夫かお前と伺いたいが残念、そもそも今この状況に於いて 大丈夫な人間などいない、今 ラインハルトの中にある危険指定度の頂点に、このニビルを指定したところだ

奴の力は未知数ではあるが、…少なくとも弱いということはなさそうだ

「ラインハルトォッ!、一旦軍を退かせて迂回させろ!コイツはヤバいよ真面目に!こんなの真っ当に相手したらアルカナと戦う前に大損害食らうよ!」

ハインリヒが倒れそうな体を支えながら叫ぶ、一旦軍を退かせろというのだ、敵は一人 こちらは百万近い大軍勢 それが、ただ一人を前に道を譲れというのだ

…だが、不真面目者の奴にしては良い判断だ

「仕方ない、軍を一旦退かせて 将軍に報告する、完全に計算外の事態になった 現行の戦力では危険が伴う、故に…」

「待てラインハルト!、ここで軍を退かせるわけにはいかない!奴を排除しなくては!」

止めるのだ、ループレヒトが ここで始末しようと、その表情の必死さたるや異常なもの、何が何でもここでニビルを消したいと言わんばかりだ

「将軍の待機命令は陛下から出されたもの!それを反故には出来ない!だから…!」

「しかしループレヒト、私は…」

「おい!、何くだらねぇ話し合いなんかしてんだよ!早くしないとまたコイツが…」

そう、今の話はくだらない話だったろう、もしくはラインハルトの危険指定が誤っていたかだ、ニビルの危険度は ラインハルトの予想を遥かに上回るものだった、ここでループレヒトの言葉に耳を貸さず軍を退却させ将軍を引っ張り出すべきだった…

が、そのチャンスは ループレヒトによって永遠に失われることとなる

「へい…か、カノープス…魔女…、殺す…殺すぁぁぁああああああ!!!!」

動き出した、ニビルが 

そう 理解するよりも早く奴はまるでデタラメな風船のように胸を膨らませ大きく息を吸い込み

「カァッッッッ!!!」

吹き出したのは息では無く、烈火の如く燃える緋色の閃光で…

「『ブラインド・マンディリオン』ッ!」 

その攻撃行動にいち早く反応したのはザスキアであった、彼女に与えられた特異魔装はマントである、普段は味気ない黒色の布であるものの、その実 魔力を通せば光を屈折し闇を作り出すという効果を持つ

身に纏えば透明になることが出来るその布にはもう一つの使い道がある、光を捻じ曲げるのだから 所謂光学系魔術を防ぎその軌道を変えることが出来る

咄嗟にブラインド・マンディリオンを広げ放たれた熱線を捻じ曲げるその軌道をこちらから誰もいない右方向へと跳ね返す、…が

 「ラインハルト!判断をッッ!!!」

そう叫ぶザスキアの顔色はとても攻撃を防いだ功労者の顔では無い、当たり前だ 弾いた熱線の威力を見ればすぐに分かる、それは地面に着弾するなり地面を纏めて吹き飛ばし天まで届くような土煙の柱を作り出したのだ、極大魔術にも勝る一撃…

その威力の高さは、熱線を防いだはずのザスキアの腕にまで及んでいる、防げたのは光だけ、その衝撃は防げず ザスキアのマントは跡形もなく吹き飛び 持ってきた手も黒に染まり 指は原型がない、もう一度同じものが来たら…

「全軍!撤退しろ!!!」

「いや!進め!攻めろ!」

ラインハルトの判断は早かった、しかしそれをループレヒト打ち消した、何を錯乱したか 指揮権のない彼が叫んだことにより その言葉は軍に伝わらなかった…、その隙にニビルはバネのように体を縮め

「きけけけけけ!!!」

「チッ!」

もはや防御出来る時間はない、咄嗟にダメージを負ったザスキアを蹴り飛ばし 刹那の後に飛んできたニビルの突進をその身で受け止める

「ぐぶうっ!?」

ラインハルトとて普段から鍛錬は積んでいる、防御をせずとも生半な攻撃は防げる、しかしこれは別だ、半端ではない跳躍力 身体能力だけなら将軍さえ遥かに凌ぐ突進はラインハルトごと後方の軍団を吹き飛ばす

「ぎーーーぎぎぎぎぎ!!!」

「ぐっ…くそ…!」

まるで隕石が落ちたかのような衝撃に 軍団は蟻の巣突いたかのような大騒ぎだ、その中心で 真っ向から衝撃を受け止めたラインハルトは瓦礫の中から立ち上がる、最早何がどうなったか分からない程の攻勢に血反吐吐きながら苛立つ

ループレヒト、やってくれたな、もう撤退は出来ん 戦闘が始まってしまった、何を考えて何をしたか分からないが、お前のせいで軍団の損失は免れなくなったぞ

「ラインハルト師団長!?、我々はどうすれば!」

「距離をとって援護しろ…、師団長は全員戦闘態勢を取り 軍団の指揮を頼む!…」

コートを脱ぎ去り 目の前のニビルを睨みつける、最悪の事態 想定外の事態だが、それでもここで折れるわけにはいかない、例えここでこの怪物ここにいる軍団の最後の一人までも倒れされるとしても、その最後は自分でなければならない 

軍団を預かった身として、なんとかする義務が俺にはある

「じじじじ ぶぶぶ ぬぬぬぬ」

「アイツの相手は俺がする…」

無垢の魔女ニビル…、あんなものがいるとは…、どうやらアルカナのバックにいるウルキは相当なものを寄越してきたようだな…

何が起こっているのか、状況は飲み込めないが …、どの道これが負けられない戦いであることに変わりはないんだ!


………………………………………………………………

「……おかしいな、定期連絡が来ない」

あれから三日、エリス達がテイルフリング村に着いてから 三日の時が経った、当初二日で来るものと思っていた定期連絡は終ぞ来ることなく、エリス達は揃って臨時の軍議会議室であるログハウスに揃って 動かない魔術筒を見る

「ねぇ、フリードリヒ…実はこの魔術筒壊れてたとか、そんなオチじゃないよね」

「わかんねぇ、一応メグさんに昨日調べてもらったけど…」

「私が見た限り こちらの魔術筒に影響はありませんでした」

メグさんは一応魔術筒の分解から組み立てまで出来るから、昨日のうちに壊れてないよね?と軽くいじって調べてくれたようだが それでも異常は見つからない、あと考えられるのは向こう側から破損した場合だが…、こちらは考えても仕方あるまい

「うーーーん、困った すごく困った、定期連絡が来ないと動きようがない」

ああー!と深い溜息と共に項垂れるフリードリヒさんは思い悩む、進むべきか引くべきか…、全会一致で止まる選択をしたが

どうやら 空振りに終わったらしい

「あまり、軍を長くこの場に待機させるのも考えものだな、フリードリヒ団長…ここは動くべきでは?」

「まぁ、そうだけどさ…待つべきか進むべきか、悩ましいな」

長くこの村に軍を置いておくのは得策じゃないのはエリスもフリードリヒさんも理解している、いつ敵に襲撃を受けるか分からない場所で寝泊まりすれば自然と兵達は消耗していく、このままじゃ動き始めた頃には戦うスタミナがなくなってた なんてこともある

エリス達の目的はこの先にいるアルカナの撃破なんだ、だから その前に力尽きることは避けたい…んだけどなぁ

「まぁ、待つにしても何故連絡が来ないか分からないと…」

なんで定期連絡が来ないか分からないんだ、デティも偶に返事をよこさないことがある、忙しかったとか 返事を書きすれてたとか色々だが、今回の相手はデティではなく同じ帝国軍人…、忘れてたは無い

じゃあ、連絡出来ない理由があるはずなんだが…

すると、皆の重たい沈黙を打ち破る師匠の鶴の一声が

「全滅したんじゃ無いか?」

縁起でもない、縁起でもないよ師匠!、そんなあっけらかんと言っていいことじゃないよ師匠!、そりゃエリスも考えたよ!考えたけども…!言わんよ!普通!

師匠の言葉を受けたフリードリヒさんは目を鋭くし…

「ありえねぇな、そっちの方が」

「だが敵方の戦力も侮れん、シン タヴ…そして何やら魔女を殺す兵器だの魔女と同格の力を持つ者とやらもいるそうじゃないか」

シンやタヴの力は凄まじい、がしかし その兵器とか魔女と同格の力を持つ奴という話エリスは信じてない、不死身の魔女を殺す兵器とかがあるなら直接マルミドワズにぶち込んでるだろうし、魔女と同格の力なんてそれこそあり得ない

一応 ウルキさんの可能性も考えたが、エリスの見立てじゃ あの人が出てくる場面はここじゃない、もうシリウスが復活すると確定したその時点で漸く現れるだろうと踏んでいる、言っちゃ悪いが アルカナ程度に出張ってくるとは思えない

「そりゃ敵には強いのもいるが、そんな個の力一つで覆される程弱くはねぇ、将軍はいないが あそこには中央にはラインハルト 左方にはマグダレーナもいる、全滅は無い」

断言する、絶対に全滅は無いと…

「しかしまぁ、何かしらの襲撃を受けたと仮定した方がいいなこりゃ、多分 連絡もよこせないくらいすげぇ攻勢食らってんだろう、だから…俺たちが選択すべきは」

一瞬 フリードリヒさんが悩む、悩み 悩み 悩み抜く、そのプロセスを一瞬だけ挟んで…

「進もう、今から進軍の支度を始める、全軍に通達しろ このままアルカナの居城を目指す」

進軍の選択だ、もし アルカナが他の部隊を襲撃して 被害を出したのだとするなら、それは逆に好機にもなり得る、相手の戦力が帝国との戦いを終えて城に戻る前に城を包囲してしまう、そうすれば敵は主力と切り離された状態になるんだ

だから進む、定期連絡が取れなくなった時点でもう連携もクソもないんだとフリードリヒさんは立ち上がる

しかし

「フリードリヒ、そんなに慌てなくていいよ、出るなら明日の朝でいい」

リーシャさんの冷静な言葉が飛びかかる、慌てるなと …

「夜の森を進む行軍は危険が伴う、それこそ 道中襲撃をくらい可能性もある、何よりここからはもうノンストップだ 休憩地点もない、だったら最後に一休みしてからでもいいでしょう」

「だが…その間に相手の戦力が合流したら…」

「だったら落ち着いた軍が連絡よこしてくるでしょ、それが無いってことは今も交戦中って見る方がいい、マジで一人残らず殺されたなんてことはないだろうし…、もしそうだったとしても そんなすぐにやられるような奴らばかりじゃ無いでしょ」

「そりゃ、そうだが…」

「今日は休む、その方が効率がいいよ…慌ててもいいこと無いって」

気がつけばリーシャさんとフリードリヒさんは立ち上がり見つめ合い 互いに互いの芯の部分をぶつけ合う

フリードリヒさんの言い分もわかる、敵が襲撃しているという前提で 合流する前に敵の居城を叩きたい

リーシャさんの言い分もわかる、このまま進めば否応無く決戦だ、そしてその決戦は当初予定していたものより厳しいものになるかもしれない、英気を養う最後の時間かもしれないのだから、夜くらい寝かせろ…そういうのだ

「…仕方ない、じゃあ明け方に出るか、それまで休めるだけ休むよう伝えてくるよ、行くぞ フィリップ ゲーアハルト」

「おや?、今日は珍しく一緒に来てくれるんですね、フリードリヒさん」

「まぁ、いい加減軍の不満も溜まってきてるだろうしな、そろそろ俺が出て説明しないと」

フリードリヒさんはこの軍団の総指揮権を持ってるが故に、気がつけば皆誰もが彼の意見を聞いている、それは単純に彼への信頼故だろう、現に彼は今 この異常事態の中では真面目に仕事してるしね

普段から真面目にやれって話だけど

「さて、ってことは 今日までこのログハウスにお泊まりですか」

はぁー と軍議が終わり近くの椅子に腰を下ろす、エリスとしても少し休んでから行きたい気持ちがある、別に今疲れてるわけじゃ無いが、これから行軍だというのなら 出発する為の心の準備をしておきたいしね、夢の中で

「はい、ではこのままお夕食にしましょうか?エリス様」

「もうそんな時間でしたか」

チラリと外を見れば既に月が出始めているのが見える、今日は一日修行と作戦会議で潰してしまった、有意義では無いが無駄な1日でも無いな

「そうですね…、じゃあついでです、明日の出発に備えていくつか道具を買っておきたいので、その帰りに何か食材を買ってきましょうか」

「賛成でございます」

一応 食材はメグさんに頼めば彼女の倉庫からいくつか出してもらえる…が、それは普段の話、その食材は有事の際に軍団の人間に飢えを凌がせる為にある、今ここで無駄遣いは出来ないことになってるようなのだ

故に、買い出しには行かねばならない、別にいいけどね、この村は大きな村じゃ無いし 商店に行けばそれなりのものも手に入る、んじゃ 今日もご飯作ろうかね

「じゃあエリスとメグさんはそこの商店に買い物に行ってきます、師匠とリーシャさんはどうします?」

「私もすることはない、付いて行くとしよう」

「私はねぇ、暇を明かす最中に執筆を…あれ?」

ふと、懐に手を突っ込んだリーシャさんが青い顔をする…

「どうしたんですか?」

「やべ…、ペンと紙 森の中に忘れちゃったみたいだわ」

「森の中って、あの切り株のところですか?」

エリス達がこの村に来た初日にリーシャさんを見つけたあの切り株、あそこがリーシャさんにとってのお気に入りの場所らしく、この三日間いつもあそこに座って悶々と何を書こうか悩んでいたのだ

恐らく、あそこに紙とペンを忘れてしまったのだろうな

「多分ね、ちょっと今から行って取ってくるよ」

「今からですか?、明日でよくないですか?」

「大切な商売道具を外に置き去りには出来ないよ、面倒だけど取ってくるよ」

夜道は危ない 森の中はさらに危ない、昼間は何でもない道でも 視界の無い夜に出歩けば一気に危険な道となる、そんなこと彼女も分かってるだろうが…余程大切なんだろうな、文字通り 肌身離さず持ってる物だし

ま ちょっくら行ってくるよ と彼女は手を振り、扉をあけていく

「じゃあ気をつけてくださいよ、先にご飯作ってるんで」

「うん、分かったよ 変な虫に刺される前に帰ってくるよ」

すると彼女はたったか森の方へと走って行く、変な虫ってどんな虫だ…

「さて、じゃあエリス達も行きますか…」

「そうだな、今日の晩飯は何にする エリス」

「さぁて、何にしましょうか」

なんて他愛ない話をしながら外に出て、エリスは扉を閉める…鍵は、しなくてもいいか、すぐに帰ってくるわけだし

「…静かな夜ですね」

ドアノブから手を離し、村の方を見れば…何とも静かな夜じゃ無いか、耳を澄ませば鳥が木々の間を羽撃く音さえ聞こえそうだ、静寂な夜 暗い木々 照る月…良い景色だ

「良い夜ですね、エリス様」

「ですね、エリス星空大好きですよ」

「あらロマンチック」

ロマンチックかい?、まぁそうだろうさ、ロマンはいい 

今エリスは行軍の最中にいる、森の中には無数の軍隊が、森の向こうには敵がいる、こんな心休まらぬ時にさえ 星の浪漫は心を癒す、どんな時だって 星は変わらず輝き続ける

「メグさんは星空は好きじゃ無いですか?」

「んー、…別にそこまで」

「そうですか…」

「でも、エリス様が好きなら 私もきっと好きになれますね」

どういうこと?何でエリスが好きだとメグさんも好きになるの?、そんな人の好き嫌いなんてタチの悪い風邪じゃないんだから感染らないだろ

「うふふふふ」

だが何故かメグさんは楽しそうだ、この人は こう…少し前からやや気楽になった気がする、それはエリスと彼女が打ち解けたからなのか、或いは お姉さんの件に目処がついたからなのか、以前よりも幾分気楽そうだ、まぁ元々かなり気楽そうな人だったけど

「メグさん人生楽しそうですよね」

「何やら馬鹿にされている気がしますが…、実際楽しいので…、ジズの下にいる時は 色褪せていた世界が陛下のお陰で今は色鮮やかに見えるんです」

ジズ・ハーシェルか…、まぁ 彼女の気持ちはよく分かる、というか彼女とエリスの生い立ちはやや似ているところがある

嫌いな父の下から魔女に救われ名を与えられた、これだけ言えばメグさんとエリスは同じ生い立ちと言える、だからこそ 彼女が今の世界を楽しいという気持ちもわかるんだ

楽しいよな、世界はこんなにも広く 鮮やかなんだから、それを感じることが出来るのが何よりも楽しい…

くるりくるりと回りながら商店へと向かうメグさんに着いて行く…すると

「エリス様、エリス様はレグルス様のためなら死ねますか?」

「勿論」

やべ、考えずに即答しちゃった、師匠の為なら死ねるか?と聞かれればま死ねますよ、だってエリス師匠のこと大好きですし、この命と引き換えに師匠が助かるなら それもいい

「やめてくれエリス、私はお前を犠牲にしてまで生きたくない」

「エリスだって師匠のいない世界なんて考えられませんよ、師匠の為ならエリス 何だってしちゃいますし、誰とだって戦います!」

「嬉しいが…師匠としては複雑だな」

「…………」

そんなエリスと師匠のやりとりを見て、ただ笑うメグさんが何を考えていたのか分からない、エリスは果たして彼女の望む答えを出せたのだろうか、でもねメグさん エリスは何も師匠の為だけに命かけたりしませんよ

エリスは師匠も友達も、何もかもを守るために命を懸けて戦うんです、その為に強くなりたいんですから

「…なら、勝たなくてはいけませんね、エリス様」

「アルカナにですか?」

「ええ、魔女排斥の意思は潰えさせなければなりません、奴らは危険ですから」

言われずとも勝つつもりだ、魔女を嫌うのは勝手だが 魔女に従う人々にまで危害を加えようとする奴らの行動は異常だ、…色々理由はあるが、結局エリスは奴らのやり方を受け入れられないから今日まで戦ってきたわけだしね
言われなくたって…

着々と迫る決戦を前に、エリスは静かな胸の鼓動を感じていた、それは戦いを前にした開戦のドラムか、或いは…

……………………………………………………

紙袋の中に詰まる重さを両手で抱えて、エリス達三人は商店での買い物を終えエリス達はログハウスへと戻ってくる、窓を見ると明かりは付いていない、まだ誰も戻ってきていないようだ

「一杯買っちゃいました」

「奮発しすぎましたね」

色々買いましたよ、リンゴとか 魚とかお肉とか、色々買いました

以前、学園にいる頃ラグナが言っていたのですが、戦いの前の食事ってのは豪勢な方がいいそうだ、単純にエネルギーも出るし何より美味いもん腹一杯食べると生きる活力が湧くそうな、『こんな美味いもんをまた食べる為に 勝とう』そう思えるそうだ

アルクカース的なものの考え方だがエリスは好きだ、戦いの前の食事とは重要だ、故に今日は豪華にするつもりだ、豪華に豪勢に ね

「師匠、師匠は今日何が食べたいですか?」

「私か?、私は…スープが飲みたい、美味しいやつ」

「安心してください、エリスが作るものは全部美味しいので」

なんて他愛ない話をしながらログハウスの玄関先に戻り、エリスはドアノブを引いて部屋に入……

「………………」

「如何されました?エリス様?」

「エリス?」

「…………」

ドアノブを掴んだ姿勢で静止するエリスを見て、師匠もメグさんも訝しむように眉を顰める…そうか、二人は分からないか…うん、一応やっておくか

「メグさん」

「はい?」

ドアノブを掴んだ姿勢でエリスは比較的朗らかな声で呼びかける、ただ その視線は鋭く鋭く

「エリス、実はランタン用の油を買い忘れてしまいまして、二階の私室に残ってるかどうか 見てきてくれませんか」

「…………、なるほど かしこまりました、では二階を確認してまいりますね」

「は?」

「師匠は外で待っててください」

「あ、うん…分かった」

目をパチクリする師匠に対し メグさんには通じたようだ、なら 見てきてもらおうか、二階を…、言伝は終わったとばかりにエリスとメグさんはログハウスの中へと入る、当然人はいない

まだ誰も帰っていないから、部屋の中は暗く 人の気配はない、そんな闇の中エリスは明かりをつけず机の上に買ってきた紙袋を置く、するとメグさんはエリスに言われた通り 二階へと上がっていくのが足音でわかる

「さて、取り敢えず今日の晩御飯で使う材料だけでも キッチンに運んでしまいますか」

紙袋の中から、荷物を取り出す…

「…………」

リンゴ…お野菜

「…………」

お肉、お魚…

「……っ」

そんでもって…

「ぅおりやぁっっ!?」

「ふッッ!!」

刹那、膝を折り身を屈めればエリスの頭上を刃が通過する、やはりか という確信を得つつ体を反転させ振り返りつつ、蹴り上げる 背後に立つ存在の顎先に向けて

「ぐほぁっ!?」

「何者ですか!なんて、聞く必要は無いですか」

顎を蹴り上げられ苦しそうに後ろの壁に手をつく男に見覚えはない、三日もいればこの村の人間全員の顔を記憶することくらい出来る、がしかし 

まるで狩人のような姿をして、マチェット片手に殺意を向けてくるような髭面の男は見覚えはない、こいつ…間違いない

「アルカナの手のものですか!」

「へっ、違うね…俺たちは義賊衆ロクスレイ!誇り高き森の…かはぁっ!?』

「じゃあ誰ですか!」

鋭い弾丸ストレートを受け体勢を崩すロクスレイなる人物、知らん そんなの、だが敵っぽいし容赦しない

「くそっ、何故侵入がバレたんだ!、気配は殺していた!足跡を残すような真似もしていない!なのに!」

ブンブンマチェットを振り回しながらエリスを殺そうと襲いかかるこの男の言う通りだ、確かに家に入った瞬間気配はなかった、外から見ても中に入っても 侵入された形跡は皆無だった、鮮やかな侵入術と言える まるで森を生きる狩人のようなお手並みだ

だが、相手が悪かったな

「気づきますよそりゃ、だって玄関のドアノブ…、あれ エリスが最後に閉めた時と若干ドアノブの角度が違いましたから、あれは外から何者かが侵入しなければあり得ませんからね、気がつきますよ」

「はぁっ!?、ドアノブの角度まで記憶してんのかよ…どんだけ、ぐぶぅっ!?」

そうだ ドアノブの角度が外に出た時と少しだけ違った、だからドアノブを掴んだ時に気がついたんだ、侵入されていることに、それが敵である確証はなかったが まぁ最悪フリードリヒさんとかなら蹴り飛ばしても問題ない  

エリス相手に侵入したければ、家の状態を全く同じ状態に保つんだな、まぁ 実質そんなの無理だが

エリスの記憶能力に呆気を取られた瞬間、奴の守りが甘くなる 、ガラ空きな土手っ腹に一撃 拳を見舞い、体が折れ 頭が下がった瞬間、その首を掴み背負うように投げ飛ばし地面に叩きつける

「ぐぅっ!!、この…」

「動かないでください」

起き上がろうとするその背中に乗り、奪い取ったマチェットを奴の鼻先に突き立てる…、動くなよ

「ひぃっ!?」

「言いなさい、貴方はアルカナの集めた戦力の一人…魔女排斥連合の人間ですか?」

「…………」

「惚けても無駄ですよ、この状況じゃね、でも黙られるとエリス 苛ついて貴方の頭をマチェットで割ってしまうかもしれません、安心してください 痛くするので」

「ひ…ひぃ…」

地面に突き刺したマチェットを奴の顔に向けて傾ける、よく研いであるマチェットだな…人の頭くらいなら簡単に切れそうだ

「っ…ば 馬鹿め!侵入したのが俺だけだと思うか!」

「思ってませんよ、ねぇメグさん」

「ええ、勿論」

「へ?、え?メイド?何で…二階に荷物の確認に行ったんじゃ」

不意に隣に立つメグさんに気がつき目を丸くする男はようやく気がつく、メグさんの足元に鉄糸で簀巻きにされ気絶する人間が三人いる事に、この男の仲間だろうな…全員狩人風の格好をしてるし

「廊下に一人 寝室に一人 屋根裏に一人、計三人でございます、エリス様の言う通り 二階の様子を見に行って正解でございました」

「打ち合わせ通り行って良かったです」

「な なんで、玄関先でそんな話してなかったろうが!」

「ええしていません、ですが エリス様に限って『忘れた』なんてことはないので、これは何か異常事態が起こっているな と悟ったので」

確かに詳しく話はしていない、だがエリスはドアノブを掴んだ瞬間侵入者に気がついた、だがそれをそのまま玄関先で話ては迎撃が難しくなるかもしれない だって家の中で侵入者が聞き耳を立ててるかもしれないんだから

なので、エリスはメグさんに必要最低限の情報をなるべく怪しまれない形で与えた、理解してくれるかは賭けだったが メグさんなら分かってくれると信じてましたよ

「さぁて、仲間は全滅です、大人しく色々吐いて…」

「っ!エリス様!」

刹那、男を尋問しようとした瞬間 メグさんが何かに気がつきエリスの頭を手で押さえ下に下げる、と 共に何かが外から窓を割って飛び込んで来る、鋭い空切音を響かせながら

「っ!?なんですか!」

エリスが声を上げる頃には飛んできたものの正体が分かっていた、矢だ 鉄製の矢が窓を突き破りエリスの頭目掛けて飛んできたのだ、それが地面に突き刺さり 床に穴を開けている…

「襲撃です、もう間違いありません フリードリヒ様が危惧していたアルカナの襲撃です!」

まぁそりゃそうだろうけどさ、よりによって今日か!面倒な!

「くっ、この!」

「げぶぅっ!?」

咄嗟に取り押さえる男の頭を殴りつけ気絶させると共に慌てて壁際に向けて転がる、するとどうだ 今度は別の窓から矢が飛び込んできて床に突き刺さる、別の方向から飛んできたってことは狙撃手が複数人いるのか…!?

マズイな、どこから飛んできたのかまるでわからないのに相手はエリス達の居場所を把握している、厄介なことになった…

「メグさん、この矢を撃った狙撃手の居場所って分かります」

「無理でございます、把握したくとも…ほら」

と言いながらエリスと一緒に壁際に座るメグさんはどこからかフライパンを取り出し 近くの窓から覗かせた瞬間、外から飛んできた鉄矢がフライパンを居抜くのだ、また別の方向から飛んできた…

「このように少しでも顔を見せたら矢が飛んできます」

「はぁ、徹底して居場所や人数を悟らせない作戦ですね…ん?」

ふと、地面に刺さった三本の矢を見る、それはどれも別々の方向から飛んで来ている、当然のことだが矢は直線にしか進まない、それを三方向別々の窓から入れるには別々の方向に狙撃手がいないといけない

…だが、この矢 どれも同じ角度から刺さっている…、全く同じ角度だ、これってあり得るのか?

「…………」

「如何されました、エリス様」

「いえ、もしかしたら…」

もしかしたら、狙撃手は一人なのかもしれない、そりゃ 矢は直線にしか進まないが、矢の軌道を変える魔術がないわけじゃない…、とすると 奴はどこかの高台に登りこちらを見張っていると見るべきだ

何にせよ、外に出ないと始まらない、だが窓も扉も顔を見せたら撃たれる可能性がある…故に

「メグさん、失礼しますね」

「へ?」

懐から取り出すのは黄金の釘のような ピンのような形の『セントエルモの楔』、メグさんの時空魔術はこれのあるところに転移出来ると言う仕組みになっているが故に、これを持っている限りメグさんはエリスの所に転移できる

ならば とその辺をコロコロと転がっているリンゴを掴み、セントエルモの楔をリンゴにブッ刺す

「ちょっと!?エリス様!?」

「後で回収します…よっと!」

いっぱいあるんだからいいでしょ とセントエルモの楔が刺さったリンゴを手でしっかりもっと、窓に向けて投げれば 矢同様に窓ガラスを割ってリンゴは外に出る

「これで外に転移出来ますよね、メグさん」

「ま…まぁ、ですが外に出た瞬間を狙われませんか」

「それはエリスがなんとかします」

「…分かりました、信頼しますよ エリス様、『時界門』!」

そう言いながらメグさんは空間を歪めて 作り出すのは時空の扉、エリスの持っていたセントエルモの楔が外に行ったことにより外に通じる道が出来た、あとはこれに突っ込めば外に出られる

しかし

(問題があるなら、外に出た瞬間狙撃されること…)

奴が一人と仮定しても、奴の視界は相当広い 多分窓の外にリンゴを投げたのも見えているだろう、だがリンゴには狙撃がなかった…、投げ込まれたのがリンゴであると目視で確認出来ていたからか?…

ええい、今そんなことどうだっていい、やるべきは外に姿を現した瞬間狙撃されないこと…、よし!

「行きます!メグさん!エリスについてくださいよ!」

「はい!」

時界門に突っ込む前に近くに転がる肉に手をかけ、それを全く別の方向に投げつつ 空間に開いた穴の外へと飛び込む…



……刹那、室内にいたというのに次の瞬間にはその視界は開け、土と木々が生い茂る空間…外へとこの体は移動しており…

「ッ…!」

次の瞬間には極限集中と魔視の魔眼を開眼し必死に周りを見る、外に出た 外に出たぞ、相手がこの場を見ているなら撃ってくる筈…!

「見えた…!」

どうやらエリスの狙いは当たったようだ、エリスの上空を滑空する鉄の矢 それに魔力が纏わりつき、無理矢理軌道を捻じ曲げている、やはり狙撃手は一人 そしてその一人が魔術を使って恰も複数人で狙撃しているように見せかけていたんだ!

「ふんっ!」

飛んでくる鉄の矢を籠手で弾き、一息つく…さて ここからどうする!

「エリス様!取り敢えず遮蔽物に…森の中に!」

「はい!」

兎も角敵に居場所がバレてはいつか射抜かれてしまう、それを避けるため エリスとメグさんはログハウスから出るなり慌てて森へと転がり込む

「あっと!」

当然リンゴも回収してね?

「ここでなら…一旦落ち着いて反撃に移れますね」

森…、木々や茂みが自然の遮蔽物となっているこの空間はある意味狙撃手の天敵だ、角度的に上から狙撃しているようだったし…、奴もエリス達がどこにいるか分かるまい

一応エリスとメグさんは茂みの中に隠れつつ、木を背後にして腰を落ち着ける、しかし…いきなり襲撃とは、師匠はまぁ大丈夫として 軍団の方が心配だ

だって、少人数で軍団がいるところに攻撃を仕掛けてくるはずがない…、というか

「これ最悪じゃありませんか、メグさん」

「常に狙撃手に頭狙われてる状況がですか?」

「違います、エリス達は確かに奇襲を警戒していましたが 実際それが現実のものになったのが最悪なんです、だってエリス達は右撃隊の役目は言わば不意打ち、その存在さえ敵にバレてない事が前提条件ですよ、それなのに襲撃を受けてしまった、ということは」

「そもそもこの作戦は失敗ということですか」

「はい…」

頼みの綱の中央進軍隊からも連絡が来ないんだ、エリス達は敵にまんまとしてやられたという事になる、このままここで敵を退けても アルカナへの攻勢が上手くいく保証はもうどこにも無い

「ふむ、我々は少々アルカナを甘く見たのかもしれません、まさかこちらの手を読むほどの策士が向こうに残っていたとは…」

「どうしましょうか」

「一先ず この狙撃手を撃破しフリードリヒ様と合流しましょう、マルミドワズと連絡を取り更なる増援を受けるか 或いは最悪退却も視野に入れて」

「…そうですね」

退却はしたくないが、負けるよりはいいか…、ともあれあの狙撃手をなんとかしないことには動けない

「にしてもあの狙撃手 何処でエリス達を見張っていたんでしょうか…」

「分かりません、矢の軌道を自在に変える魔術ですか…」

矢の軌道を自在に変える魔術 っていうのはエリスも記憶にある、デティから教えてもらった事があるんだ

確か名前は『アロールーラー』、発射物に魔力を纏わせ 限定的に軌道を操る魔術だ、デティ曰くかなりマイナーな魔術だそうで あまり使い手はいないとのこと、だって矢の軌道を変えるだけなら アロー系魔術を取得すれば事足りる

態々本物の矢を用意するメリットはほぼないと言ってもいい、余程 矢に拘りがある人物か、そもそも弓術の達人でなければ使わないそうだ

「まぁ、厄介なに変わりはありませんが、狙撃手の場所さえ分かれば なんとでもなります」

「場所さえ分かれば その部分が一番厄介ですけどね」

そう、それが厄介だ エリスとメグさん二人がたった一人にこの場に釘付けにされる理由がそれだ、まぁそもそも狙撃手ってのはそういうものなんだが…はてさてどうしたもんか

「そうだ、メグさん 敵の居場所を探るとか そういう便利な道具持ってませんか?」

ふと、思いついて彼女に聞いてみる、彼女は千を超える魔装を持つ、その中には面白い効果の物もいくつかあったし、もしかしたらエリスの把握していない物で そういう便利で不思議な道具を持ってるかもしれない

「…一応、周囲の人間の居場所を探るレーダーとなる魔装はありますが、遠距離から狙撃する存在を見つけるものは…、ん?ああ ありました」

あるんだ、流石 困った時のメグさんだ

「それ、お願いしてもいいですか?」

「はい、お待ちを…えぇーっと…」

すると彼女は時界門を開け 上半身を突っ込み 中から何かを引き寄せようとモゾモゾ動くと…

「ふぬぬぬぬ、よいしょっ!、エリス様!これがあれば敵の居場所もわかる筈です」

そう言いながら顔を真っ赤にして時界門から引っ張り出し 両手に抱えて取り出したのは…

「犬…ですか?」

犬だ、ワンちゃんだ、サイズはまあまあ大きく 体もがっしりしているように見えるが、何と言っても顔が問題だ、皮の垂れ下がっただるだるの顔はまぁなんとも間抜けで頼もしさのかけらもない…、この子が一体なんだというのだ

「あんまり強くなさそうですね」

「いえいえ、彼こそ帝国最強の軍事犬 『ギャラクシー君』ですよ」

「名前は強そうですね…、それで その子を使ってどうするんですか?」

「そもそも犬の嗅覚は人間の数千倍…ともすれば数万倍の鼻の良さを持つと言われています、そんな犬の中で最も鼻の良い種…その中でも際立って優秀な嗅覚を持つのがこのギャラクシー君なのです、その鼻は通常の犬のザッと百倍程」

そこまで聞いて、一つ思い浮かぶ…確か、何処かの国では法廷の物的証拠の精査に犬を使うこともあると、そんな犬達の中で最高の嗅覚を持つと言われる…名前は、確か ブラッドハウンド、そんな種類の犬がいた気がするが

多分この子がそれなんだろう、犬の中でも最高の嗅覚を持つブラッドハウンド その中でも更に最高の嗅覚だってんだから、文字通り世界最強の軍事犬だ

「この子に掛かれば山の向こうに居ようが、数日 数週間前であろうが臭いの元を見つけ出す事ができます」

「ですけどそれって 見つける人の臭いがわからないとダメですよね…、それこそ その狙撃手の持ち物でも無いと」

エリス達を狙ってる狙撃手の持ち物をエリス達が持ってるかと言えば 当然ながら無い、だって顔さえわからないんだ、持ちようが無い…

「確かに…、おや?こんなところに狙撃手がさっきまでべったりと手で触り持ち歩いていた鉄の矢がありますねぇ~」
 
「それ…いつの間に」

「さっき家の床に刺さってるのを拾って来ました、何かの役に立つかと思いまして」

そう言いながら取り出すのは狙撃手が放った矢だ、確かにこれは先程まで狙撃手がその手で触り ここまで携行してきた物、よっぽど警戒していない限り 持ち主の匂いが移っていてしかる物、これなら…行けるか!

「行けますか?」

「それはギャラクシー君に聞いてみないと…、ほーら ギャラクシー君 分かりますか?これの持ち主」

「わふっ…」

するとギャラクシー君は鼻をフガフガ動かして矢の匂いを嗅ぎ始める、彼の言葉は分からないが…凄まじく集中しているのがエリスにも伝わってくる程だ、犬もこんなに集中するんだ…賢い生き物だなぁ

「詳しい場所の方角さえ分かればそれでいいです、あとはエリスがなんとかするので…ギャラクシー君 出来そうですか?」

「わふっ…フガフガ、わふっ」

エリスの問いかけに答えるようにギャラクシー君は矢から目を離し ある一点を凝視し始める、まるで臭いの元が向こうにいるかのように…、っ

「待っててくださいね!」

茂みに隠れたまま、エリスはギャラクシー君が指し示す方向を見る、遠視と暗視の魔眼を巧みに使いながら その方角を確かめるように見続ければ…

「いた…」

見つけた、村からかなり離れた山の中腹、その木の上にて 構える男の姿が目に移る、木の葉で作った外套を羽織っているから分かりづらいが、見失ったエリス達を見つけるために首を動かしているのが見える

見つけたぞ…!

「いました、あそこの山の中腹です」

「どれどれ?、おやまぁ あんなに遠くに、あんな遠くから的確に矢を飛ばすなんて、相当な矢の腕と遠視の魔眼の持ち主のようですね」

確かに、ここからかなり離れており エリスの遠視の魔眼でもギリギリ見えるかどうかの距離だ、それを奴は的確に目で見て矢で狙撃してきているんだ、かなり卓越した遠視の魔眼の使い手見るべきか…

というか、それ以上に凄いのはそれを一発で見つけたギャラクシー君ですが…

「如何しますか?、あそこまで離れた場所に魔術を放つのは至難の技ですが…」

確かに、魔術というものには有効射程というものがある、あんまり離れていると魔術が魔力に還って散ってしまうのだ、ここからアイツのいる場所に魔術を放とうと思うと些か難しい、されど近づけば確実に奴に見つかり あの狙撃手は逃げるだろう

…だが

「大丈夫です、ここから届かせる魔術はあります…」

「ほう、それはそれは…、ではお任せしても?」

「構いませんよ、メグさんはギャラクシー君にご褒美でもあげておいてください」

そう言いながらエリスは手を突き出す、向かう先は狙撃手のいる山…

超遠距離に届かせる魔術というとかなり限られる、だが 限られるだけで無いわけじゃ無い…、遠距離専用の魔術ってのは ちゃんとある

「…すぅー 閃光を纏い 天を征け流星火、我が手の先へと煌めき進み 眼前の敵を射貫け電雷 届け猛炎」

それぞれに特化し 凡ゆる方面へと強化された八つの雷、通称 雷招系魔術

エリスのメインウェポンとして使われるそれらには ちゃんと遠距離まで届かせる狙撃用魔術が存在している

火雷招から始まり大雷招にて終わる八つの雷、こうして実戦で使う八つのうち最後の雷

「万里一閃 煌輝燦然 刀光剣影、その威とその意ぎ在る儘に、全てを貫き 我が声を地平の先まで届かせろ!」

エリスの腕を這うように雷が迸り、その指先にいる狙撃手に向けて 一つの指向性を持ち始める、これこそ エリスが持つ八つ目の雷、その名も!

「『伏雷招』ッ!!!」


………………………………………………

「…チッ、ンどこにもいねぇ」

木の上にて 枝葉に紛れながら矢を構える狩人…、義賊衆ロクスレイ頭目のルッツ・ロクスレイは些かの焦燥を得ていた

シンから言われた エリスの襲撃に失敗したからだ…

「ンまさか、俺達が失敗するなんて…」

元々 義賊衆ロクスレイは山に生きる狩人達が反魔女を掲げて生まれた組織だ、魔女達の作る世界に反感を覚え 狩人のまま魔女排斥に動く組織こそ義賊衆ロクスレイ

その狩人の技術はそのまま魔女排斥の戦いにも活かされる、何せ 狩人が生きる森は世界で最も過酷な戦場だ…、魔獣を相手にその身一つで生きていくには数多の技術が要求される

痕跡を残さず敵に近づき 敵の意識の外を見抜き 不意を突いて確実に殺す、殺し屋にも似たその技術は 殺し屋以上に殺害に特化しているといってもいい

だが、エリスはそれを見抜いてきた、どうやってかは知らないがあの家に入り込んだルッツの部下を見つけ 全員捕縛し、この矢からもまんまと逃げ果せ森の中へと消えた

凄まじい練度だ、ただ強いだけじゃ無い…、あまりに修羅場慣れしている 一手一手に無駄がない、これはアルカナが手こずるのも無理はない

「ンだが、森は俺達の世界…そこじゃ好きには動けないぜ」

だがルッツは待つ、森の中で動くのは容易いことではないのを知っているから、森で動けば木々や茂みが場所を教えてくれる、逃げるにせよ 攻めるにせよ 動けば確実にルッツの目にとまる、だから その時を待つ…

完璧な布陣だ、この山の中腹から村までの距離は凡そ全ての現代魔術の射程範囲外となる、対するルッツは相手に的確に攻撃を届かせることができる

その魔術の名を『アロールーラー』、投擲物に対して魔力を纏わせ 設定した通りの軌道で飛ぶようサポートする魔術、マイナーな上地味だがこの魔術には他の魔術にはない利点がある

それはどれだけ離れても効果が減衰しないのだ、だから 相手の魔術が届かない距離にありながら、アロールーラーは問題なく作用する、とくれば後はルッツの矢の腕があれば容易に着弾させられる

卓越したアロー系魔術の使い手にも同じことが出来てしまうのは癪だが…そこはいい

問題なのはルッツが今、森という知り尽くしたフィールドで 魔術が届かない場所にいて、相手を監視できる遠視の魔眼を持っているという点だ、これ以上ないくらいのアドバンテージがある 、だからこそ ここでシンにエリスの足止めを命じられたんだ

…そう 問題といったな、ルッツは今この状況を問題として捉えている

「ン俺の事、なんだと思ってやがんだあの女」

ルッツは別にシンに従うつもりはない、最早壊滅寸前の組織を率いる女に従ってやる理由はない、ルッツがこの計画に乗ってシンについてきたのは全てヴィーラントさんのためだ

彼は俺の手を取り 言ってくれた、『魔女の手から自然を取り戻し、君の家と君の大切な居場所を 君の手の中に戻してみせる』と、初めてだった あそこまで真摯に俺の目的を尊重してくれた人は

あの人は俺の欲しい言葉くれる、あの人は俺を理解してくれている、みんなもそう感じている、だから こうしてヴィーラントさんの頼みに乗ってシンについて来たのに

あの女、『お前にどうせエリスは殺せない、ちょっかいを出して気を引いていろ、その間に私が場を整える』だと…、ナメやがって

森は狩人の世界だ、森じゃあ絶対に負けない、なのに…よりによってお前には殺せないときた、カチンときたさそりゃ…、だから本気でエリスを殺しにかかったのに 奴の言う通りになったのが問題なんだ、これだけのアドバンテージを得てまだ殺せていないのが問題なんだ

「ンどうする、退くか…いや、ここで退いたらいい笑いもんだ…」

そうなっては信頼してくれたヴィーラントさんに申し訳ない、なんとしてでも  シンにナメられて終わるような事があってはならない

絶対に ここで エリスを、ぶっ殺す そう決意を込めて矢を弓に番える…すると

「ん?、ン何か光っている…、まさか動いたか?」

奴らが消えた森の辺りで一瞬何かが光った気がする、何かを仕掛けるつもりか?いやだがここまで届く魔術なんてあるわけない…!

「ンそっちから動いてくれるなら都合がいいぜ、ンここで仕留めてやらぁ!」

ギリギリと矢をめいいっぱい振り絞る、奴が魔術を放って場所を知らせた瞬間 この矢で射抜く、奴の魔術は空中で消えるが 鉄の矢は消えない、貰ったぜ エリス!

そう確信した瞬間、そう その次の瞬間だった、森を引き裂き 夜空を切り裂く、黄金の雷光が煌めき こちらに向かったのは…

凄まじい速度で迫る稲妻は 真っ直ぐこちらに迫ってくる…、だが魔術である以上 ここまで届く事は…届く事は…ない

「ン筈だろ…、オイオイ こりゃ…どうなって」

矢を放つことも忘れて ルッツは唖然とする、一か八かで魔術を放ち こちらに届くことなく射抜かれた奴を何人も見てきたから分かる、あれはこちらに届くと確信して放たれた一撃…狙いを澄ませて 放たれた一撃

それは本来なら空に散っていく地点で消えず、力強さを保ったままこちらに向かってグングン進み…今、ルッツの目の前まで迫る

「ンマジかよ!?そんなのアリ…」

刹那、避けることさえ出来ず 唖然としたルッツ目掛け巨大な雷光はこの体ごと足場の木を焼き爆裂する、黒煙を漂わせ 燃え上がる木とともに、この体は地面へと落ちていく

やられた、やられてしまった、万全の状況と驕ったか 最高のアドバンテージと油断したか、シンへの怒りで目が眩んだから ヴィーラントさんへの恩義で焦ったか、理由は分からない

ただ 漠然とのし掛かる敗北感にルッツは吹き飛ばされながら敗北を悟る

「か…はぁ…っ」

こんな遠くまで届かせる魔術があるなんて信じられないが、こうして体を焼いている以上…これは事実なんだろう

くそ、負けるのか ここに来て、負けてしまうのか、『コレ』を前にして…

「っ…がぁ…」

地面に落ちて 大の字になりながらルッツは必死に前を見る、見えるのは木々、生まれてこの方ずっと狩人として生きてきたから分かる

この森の異常性、この森は…あまりに人にとって都合が良すぎる、木の並びがあまりに人間に都合が良すぎる、木を切り倒すためだけに作られた森…、木を奪う為だけに形作られた森、それは帝国の搾取の象徴だ

…この支配された森と、今の世界は同じだ…それを理解しているというのに、ここで…力尽きるのか

せめて、せめて何か…この森に、帝国が汚した森に 一矢報いたいのに

「っ…ン体が、動かない…、っ?」

ふと、近くで、誰かが枝を踏みおったような気がして そちらに目を向ける

そこには…そこに居たのは……

「ヴィーラントさん?」



……………………………………………………………………

「着弾確認!倒しましたよ!メグさん!」

「お疲れ様でございます、ギャラクシー君」

遠視の魔眼で見てみれば エリスの伏雷招を受けて地面へと落ちていく狩人の姿が見えるよう、倒した筈だ これを食らって立ち上がれるわけがない

伏雷招…、遠距離特化型の雷招魔術だ、この魔術は距離による威力減衰も起こる事なく 通常の火雷招の五倍近い射程を持つ、こういう遠距離戦にもってこいの魔術だ

けど、基本エリスはそんな遠距離で敵と戦う事はないから、あんまり使う機会はないんだけどね、近くで撃っても火雷招とさして変わらない威力だし、だったら火雷招や他の雷招撃つよとなっちゃうから

でも、使わないと思っていても 取り敢えず覚えておいてよかった、まぁ 八雷招全て取得するのは通過点でしかないんだけどね、その先にある とある大魔術を取得するための

「というかメグさん!エリスにお褒めの言葉はないんですか?」

しかし、と見てみれば メグさんはさっきからギャラクシー君ばかり褒めている、ご褒美の干し肉を頬張る彼みたいに、エリスには何かお褒めの言葉はないんですかねぇ?、一応敵倒したのエリスなんですか

「ん?、うふふ 偉い偉い」

「なんか釈然としないですが、よしとしましょう」

取り敢えず、といった様子でメグさんに撫でられ やや不満はあるが良しとする、もっとちゃんと褒めてもらいたかったんですがね…、一応褒めてくれたのは嬉しいですが

「では、急いでフリードリヒさんたちと合流しましょうか!」

「というかレグルス様は無事なのですか?、矢の降り注ぐ外に放置ですが」

「あの人そんな弱くないですよ」

「おーい、お前達 無事か?」

ほら、噂をすれば師匠が茂みを掻き分けてやってくる、師匠があんな矢にやられるわけがない

「無事でしたか、師匠」

「まあな、何か飛んできたから邪魔にならんところに避けておいた…、あれはお前らの獲物だろう、横入りする事はせんから安心しろ…っと、もう倒したのか 早いな」

と師匠はエリスに説明されるまでもなく 先程まで狩人がいた所に目を向ける、なんだ 師匠は最初から奴の居場所に気がついて…ん?

「師匠?どうされましたか?」

「………………」

するとどういう事だろうか、師匠の動きが止まり 眉を顰めながら狩人がいた方向を凝視する

「もしかして、エリス倒し損ねてましたか?」

「いや、…倒した筈だ、だが…一瞬 嫌な気配を感じた」

「嫌な気配?…まさかウルキですか?」

「いや違う、だが…似た気配だ、いや ウルキと言うよりこれは、羅睺十悪星の気配か?」

師匠の表情に一気に緊迫感が漂う、羅睺十悪星というとシリウス直轄の十人の破壊者達だ、ナヴァグラハやウルキ、サクラ・スバルと 何れも師匠達魔女と互角かそれ以上の使い手ばかり

だが…

「いや待て…、羅睺はウルキ以外全員滅したはず…、完全に…それ以外の生き残りがいるわけがない」

全員八千年前に死んでいる筈なのだ、ウルキさんは偶々生き残ってはいたそれ以外のメンバーについては師匠達も生死を確認しているそうだ、なら 生き残りはいない

筈なのに、その気配がしたと…

「どういう事ですか?師匠」

「分からん、気配を感じたのもほんの一瞬だし やけに濁っていたというか、ぐちゃぐちゃに滲んでいたから誰かも判別出来なかった、私の勘違いならそれでいいが…、ふむ」

そういうと師匠は考え込んでしまう、何を考えているのかわからない、というかそもそも気配が濁るとか滲むとか そういう感覚さえ分からない、まぁ 八千年前命を懸けて鎬を削った相手達の気配だ、師匠的にも鋭敏に感じ取れる筈なのだろう

だが、それも出来なかった…ここに来て気になる話が出てきたな、もしやウルキ以外の羅睺が生き残っていて アルカナに手を貸してるのか?、だとしたら相当まずいよ

「よし、エリス メグ、フリードリヒと合流するぞ」

「え?、気配を追わなくてもいいんですか?」

「もう跡形も感じん、ここで私が現場に向かっても時間の無駄だ、ならば先にこの事態の収拾にかかった方がいい、襲撃はどうやら 例の弓師だけではなさそうだぞ?」

そう、師匠が口にした瞬間の事だ、帝国軍が駐屯しているキャンプ地にして爆発が起こり 闇夜が一瞬にして照らされ、大地が揺れたのは…、これで何にもありませんでした はないだろう

「向こうももう始まっているようですね、メグさん!行きましょう!」

「はい、じゃあギャラクシー君 夜分遅くにすみませんでした、また宜しくお願いします」

夜遅くにいきなり呼び出され一仕事終えたギャラクシー君を時界門の中に戻し、エリスとレグルス師匠に続き メグさんもまた夜の森を駆け抜ける

色々考えることはある、だが!まずは目の前に差し迫った敵をなんとかする方が先だぁっ!

「エリス!もっと早く走れるか!?」

「勿論です!師匠!、メグさんは?」

「無論でございます、私に構わずどうぞ存分にご加速を、きちんとついていきますので」

ならば とエリスは足の回転数を一段階上へと高める、木の根と木の葉で歩き辛い森の中を駆け抜け 茂みを振り払いながらとにかく進む、真っ直ぐと正眼に爆発のあった地点を見据えて

「っ…!よっと!」

根っこをジャンプで避けながら 片手で茂みを斬りはらいながら、前へ前へ 、師匠は言わずもがな メグさんもまた両手をきちんと揃えて下腹部に置いたまま、姿勢良く足だけシャカシャカ動かす謎の走法で追い縋る、よくそんな変な走り方で追いつけるな…

「おや、エリス様」

「?、どうしましたメグさん」

「いえ、左でございます」

左 ただその情報だけが投げ渡される、それを即座に理解し…エリスは

「『風刻槍』ッッ!!」

「げびぁっ!?」

左に向けかって風刻槍をブチかます、するとどうだ 左手…その木の陰に隠れてエリスを待ち伏せしていた狩人風の男に衝突し 男は錐揉みながら飛んで行く、もうこんなところにも潜んでいるのか

「ありがとうございますメグさん!」

「いえいえ」

「お礼にいいこと教えます、右です!」

「おやまぁ」

刹那のうちに時界門を作り出し 中から銃を取り出し、ノールックで右に向かってぶっ放せば 丁度木の陰からエリス達を狙っていた弓兵の肩に当たり、その戦闘行動を封じる

ちゃんとエリスだって見てるんですよ、メグさん

「これはいいことを教えてもらいました、ではエリス様 左斜め前」

「じゃあ右斜め後ろの木の陰!!」

「むむ、正面の木の上」   

「左の木の根っこ!」

言い合うように諍うように、互いに互い 発見した敵の位置を教えあいながら進む、あちこちに隠れているロクスレイ達を撃滅しながら進み続ける、奴らは森と一体化するように隠れ潜みエリス達の隙を伺っている がしかし

まるでそれを暴き立て蹴散らすように進み続ける、なんか分からんが負けられない メグさんには

「右後ろ二番目の木の上!」

「正面横の木の葉の中!」

「お前ら…敵の居場所がわかってるんなら自分でやったらどうだ…」

呆れながら走る師匠には悪いが、これはそういう問題では無いんだ、謂わばこれも魔女の弟子の対決 どっちが多くて気を見つけて相手に優しく教えられるかの!!

そうこうしている間にエリスとメグさんのトータル撃破数が2桁を超えた辺りで、この勝負にも決着が近づく…

「メグさん!」

「エリス様!」

見る方向は二人とも同じ、もう敵はそこにしかいない、故に進む その方角へ!

「正面です!」

「前でございます!」

茂みを飛び越え、その先にいる二人の男 狩人風の装束、手に持ったマチェット、ロクスレイのメンバーだ、それがいきなり茂みを飛び越えてきたのだ 二人とも呆気を取られる…がしかし

既にエリスもメグさんもトップスピード、その呆気という一言にも満たない時間無防備になるなど、ぶっ飛ばしてくださいと言っているようなもの

メグさんの飛び蹴りが一人の顔を射抜く、エリスの飛び蹴りがもう一人の顔面を打ち抜く、錐揉み木の葉も舞い上げながら飛んで行く敵の姿を横目に着地しながら、エリスはメグさんと向き合い

「メグさんの方が敵を倒すのが早かったですね、エリスの負けですね」

「いえいえ、エリス様の方が反応が早かったです、参りました」

「そこは譲り合うのか…」

だってここでエリスの勝ちです!って宣言したら なんか負けた気になるし…、ここは大人に勝者を譲る方がいいでしょう

「メグさんですよメグさん」

「いえいえいえ、エリス様です」

「くだらないことを話している場合か、どうやらここらしいぞ?、アルカナと帝国兵の激突…その中心地は」

なんて言葉の言う通り、どうやら先程の爆心地はここらしい というのも一目で分かる

何せそこかしこで帝国兵と魔女排斥組織がぶつかり合い戦闘を行なっているからだ、それも小規模な小競り合いじゃない、軍勢と軍勢のぶつかり合い…戦争だ、まるで

「これほど大規模に攻めてくるとは…」

右を見ても左もを見ても あちこちで怒号と金属音が鳴り響いている、夜の帳の中で激しい戦闘が行われているのだ、闇と木々に邪魔され戦場の全体像は見えないが…見た感じ帝国軍が負けている感じはないな

「お、エリスさんにレグルス様 よかった、無事だったか」
 
なんて言いながらなんでもないように向こうの茂みを割ってガサガサ現れるのは、この暗闇でも頑なにサングラスを外さない伊達男 、エリス達が目指していた目的たる人物

「フリードリヒさん!」

「よう、来てくれて助かった と言いたいが、戦況はこっち有利 敵を追い返すのも時間の問題だぜ?」

戦況は彼の軟派な態度が表している、余裕がある まさにそんな感じだ、…なんだ 慌てて駆けつけて損しましたよ

「元々奇襲があるって前提で布陣してたからな、ある意味予定通りさ、奇襲に悶々とするより来てくれた方が都合がいい」

ここに来た時から、敵の襲撃に関して準備をしていた、元々来る物だと お出迎えの準備をしながら待ってたんだ、開けた口に餌が入ったようなもの、元々手こずる物でもないのだ

「確かにそうですが…、あの エリス達は何をしたら」

「ん?、…そうだな このまま敵の思い通りに攻めさせてもあれだ、ちょっくら敵の撃破に手を…」

手を…貸してくれ、そう 言いかけた瞬間、闇と自然とブラインドを活かした狩人がマチェット片手に飛び出して来る 、それもフリードリヒさんの背後に…

「死ねぇッ!師団長ッ!」

咄嗟の出来事、エリスもメグさんも対応出来ない程に敵は近く 既に攻撃行動を終えている、後は刃を振り抜くのみとフリードリヒさんの頸椎目掛けマチェットが煌めく

止められない…!、やられる! そう、エリスの中の直感が叫んだ瞬間…

─────その刃が、フリードリヒさんの首目掛け 振り抜かれた……

「ッッ……!!」

エリスの顔は青ざめていただろう、だっていきなりのことだ、フリードリヒさんも対応が出来なかった、事実その体は回避行動を取れず 棒立ちの姿勢を保っている

…何より如実に現実を語るのは光景だ、ふり抜かれたマチェットの後に、先程まであった筈のフリードリヒさんの頭が

頭が…


無い


「ぐっ…」

濃厚に感じる死の気配を前にエリスが両手で口を覆う中、不自然な程静まり返る空間は ゆっくりゆっくりと加速して…

「げぶぁっ!?」

元のスピードを取り戻す頃には フリードリヒさんの背後でマチェットを振るった狩人が吹き飛ばされた、誰の手によって?

エリスじゃ無い、メグさんでもレグルス師匠でも無い

…頭のないフリードリヒさんの体が動き 裏拳をかまし 背後の敵の顎を砕いたのだ

「え?…え?」

「いきなりびっくりするじゃねぇか、攻撃するときは先に言ってからやれよ」

声がする、フリードリヒさんの声だ、だが その肩から上には頭はない、頭がないんだから口もない、口がなけりゃ喋れない…筈なのに、とエリスの視線は何かに導かれるように まるで見えない糸に引っ張られるように、下へ 下へと…向かっていき

「ってなんですかそれぇっ!?」

結論から言いましょう?、頭はありました 切れてませんでした、回避はしてたんです、ただ姿勢を一切変えず 棒立ちのまま頭だけを避難させてたんですね、じゃあ頭はどこに避難したか?

そりゃ下ですよ、ただ問題なのはフリードリヒさんの体がまるで凸面鏡に映した物体のように、人体の構造を無視してグニャリとねじ曲がり 頭が下を向いていたんです、百八十度曲がって 下にあったんです

「どんな人間ですか!」

「別に珍しいこともないだろ、これが俺の魔術だよ 特記魔術!、皇帝陛下から授かった…史上唯一無二の役立たず魔術さ」

特記魔術、皇帝カノープス様が自ら作り出した現代魔術…限られた者にしか与えられない筈の特別な魔術、それが そのびっくり人間みたいになったタネだと?、どういう魔術ですか…

「『インフィニティ ポーカスフォーカス』、これが俺の特記魔術の名前さ、内容は…見た方が早いな」

するとフリードリヒさんが詠唱すると共に、彼の体がまるで水面に映る人影のようにゆらゆらと揺れ始める、人間に存在する筈の関節 全てを無視した謎現象、謎は謎だが…間抜けだな、絵面が

「俺の体を空間ごと捻じ曲げるって効果さ、それ以外の事は出来ない、ただこんな風に揺れるくらいしか能の無い役立たず魔術さ」

「何に使うんですか?」

「こっちが聞きてえよ!、宴会じゃ百戦錬磨だが実戦じゃほぼ役立たずだよ!、攻撃には使えないし 精々が回避に使えるかどうかってレベルさ、みんな言うぜ?俺の魔術を見たら 『陛下も失敗する事あるんだなぁ』ってさ!泣きてぇよ!こっちもさ!」

なんというか、お気の毒だな…、厳しい訓練を潜り抜けて やっとこさ手に入れた特記魔術がこんな役立たず魔術とは、そりゃ彼もやる気無くすよ

というか本当にカノープス様はどういう意図でこんな魔術作ったんだ?、攻撃に使おうにも体が曲がっちゃってロクに破壊力も出ない、使い道といえば咄嗟の回避くらいだが 別にこの魔術を使ってするほどの事でもない

本当の本当に、マジのマジで失敗作なのか…

「うう、恥ずかしいから見ないでくれ」

「フリードリヒさんが見せたんでしょ」
 
「大丈夫でございますよフリードリヒ様、プリンみたいで可愛かったですよ」

「うるせぇっ!!俺ももっとかっこいい奴が欲しかったよ!、でも 魔術を与える権利は陛下が持ってるから、文句も言えねーし」

「くくく…、くくくく…あははははは」

「へ?」

すると、そんなエリス達の同情を差し置いて師匠が笑うんだ、腹をパンパン叩いて抱腹絶倒と言った様子で、こんな笑ってる師匠見るの初めてなんですけど…、こりゃ確かに宴会では百戦錬磨だな…

「そ そんな笑わないでくれます?」

「くくく、カノープスも面白い魔術を作ったな…」

「そんな面白いですかねぇ、俺の魔術」

「ああ、面白い魔術だ 恐らく現代魔術史上最高の傑作と言える」

「傑作って、笑えるって意味っすかね」

「いいや、それ程素晴らしい魔術を見たことがないという話だ、それは恐らくカノープスが何千年も温めに温めた秘中の秘、お前は余程カノープスから目をかけられてるようだ」

え?そんなすごい魔術なの?、とエリスとメグさんは揃って首をかしげる

いやぁ、エリスも魔術師歴は長いし、いろんな魔術を見てきたけど…とても、そうは見えないなぁ、だって使い道皆無ですし…これでどうやって戦えと

いやもしかして、相手を笑わせて平和的に戦闘を終わらせるとか、そんな感じかな?

「師匠、それ本気で言ってます?ジョークとかじゃないです?」

「ああジョークではない、その魔術を『本来の形』で使用すれば…お前は或いは第二のカノープスにさえなり得る、それを お前も理解してるんじゃないのか?」

「…………」

第二のカノープスって…、それはつまり 空間を司る神の如き力を持つカノープス様に並び得る存在にする程の魔術だと?、とてもそうは見えない だがそれ以上に師匠が嘘をついているようには見えない

まさかマジなのか、マジですごい魔術なのか…?

「いや、どうでしょうねー、俺 本来の形とか分かんないですし」

「惚けおって、まぁいい それより現状の解決だ、おいフリードリヒ 早く敵軍を蹴散らすぞ」

「へーい、…ってかエリスさん達さ、リーシャはどこだ?」

ふと、リーシャさんの行方を聞かれる…、そう、彼女は…

「リーシャさんは今 忘れ物をしたとか言って例の切り株の所に行ってます」

「切り株か、ここから離れてるな…戦場の影響はほぼ無いだろうが、単独行動はまずい、エリスさん ちょっくら行ってリーシャ連れてきてくれねぇか?」

確かに、もう目的のフリードリヒさんとの合流は達成した、後はリーシャさんを連れてくればいいだけだ、あの切り株はこの駐屯地の反対側にある、敵の影響も少ないが 何が潜んでいるか分からない

迎えに行って合流したほうがいいな

「分かりました、ではエリスが行って連れてきます、師匠達はここに残ってフリードリヒさんの助けをお願いします」

「大丈夫か?一人で」

「大丈夫です!、行ってきます!」

とくれば善は急げ、リーシャさんの居るだろう切り株の地を目指してエリスは来た道を反転し走り始める、いやもしかしたらもうあのログハウスに戻ってるかもしれないな…

「おい!居たぞ!エリスだ!」

「ん?」

ふと、エリスが走り始め一人になった瞬間を狙ったかのように続々と現れる狩人達、…今回の狙いもまたエリスか、いやしかし面倒な 今は急いでるってのに

「こいつを潰せば…!」

「退いてください!今急いでるんです!」

アルカナがエリスを狙うのは分かりきっていた、だから今更立ち止まらない、今は一刻も早くリーシャさんと合流したいんだ!

そう拳を握りしめて、エリスは続々と群がる敵の群れに突っ込む

無事で居てくださいよ、リーシャさん


……………………………………………………………………

「ふむ、…思いの外 敵の警備が激しかった、まるで 我々がここに来ることを予想していたような、…敵もなかなかやるようだ」

遠くで巻き起こる戦闘を見て白い髪の女は…、この奇襲作戦を任されたシンは歯噛みする、思ったよりも敵が用心深かった、オマケに…

「ルッツめ、エリスを足止めする役目の一つもこなせないとは」

シンがヴィーラントから預かった組織達の中で最も強いはずのルッツを使って エリスを軍団から引き離す予定だったのに、奴め でかい口の割に速攻で負けやがった、だから信用ならんのだ

いや、それ以上にエリスが強いということか…

「出来るなら、エリスとここで決着をつけたかったが、今となっては難しいか、こうなったら 私自らあの軍団の相手をするしかないか?、だが向こうにはレグルスが…、チッ」

シンは悩ましい現状に舌打ちしながら、丁度近場にあった切り株に腰を下ろす、このまま打って出てもレグルスによって大した成果を上げられないまま私は敗走する、かといってこのままにしても私は負けだ

奇襲が失敗した以上退くべきか、だがエリスをこれ以上先に進ませてはいけない、そんな気がするのだ、奴は決戦の舞台に強い…、ともすれば一人でなにもかもひっくり返してしまえる何かが奴にはある

「まぁいい、我が最強の一撃で あの村ごと跡形も残さず消し飛ばせば済む話か」

そう、思考が口を割って漏れ出た瞬間…

パキリと、茂みの向こうで何かが枝を踏み折る音が聞こえる…、何か いる

「誰だ!そこに居るのは!、帝国兵か!」

刹那 魔術を用いて雷を起こし、音のなった茂みを焼き払う、まさかここまで帝国兵の魔の手が及んでいたとは、もう悩んでいる暇はなさそうだな

そう覚悟を決めながら 焼き消えた茂みの向こうに目を向けると、そこには

「あー、いや…その、私 しがない小説家でして」

紙の束とペンを抱えた メガネの女がおずおずと顔を出すのだ…、その服は確かに軍服ではない、軍服ではないが

「小説家?この林業の村に?…怪しいな」

「いやぁ、その…」

小説家がこんなところにいるはずが無い、というか…だ そもそもの話

「まぁいい、私の姿を見られたからには、死んでもらう」

死んでもらうより、他にないなと、殺意を滲ませシンはメガネの女を…リーシャを睨みつける、こいつをこの場で殺す為に
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