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八章 無双の魔女カノープス・前編
216.孤独の魔女と妹の想いを知らぬ姉
しおりを挟む帝国首都マルミドワズを突如として襲った大いなるアルカナ率いる魔女排斥組織連合軍、事前に得た帝国秘蔵の瞬間転移穴を確保し そこから首都全域にマルミドワズ五つの全エリアに攻勢を掛けたのだ
突然の強襲に帝国は一時は混乱したものの、そこは世界最強国家 直ぐに混乱から立て直しつつあった
まずは帝国府でもある大帝宮殿だ、そこに襲撃をかけた連合主力部隊は不運にも三十人近く勢揃いしていた師団長達によって撃滅されてしまった
続いて練兵エリアだ、ここにも襲撃を仕掛けたが 生憎とここには屈強で勤勉な軍人しかいない、踏み入った一万人近い軍勢は瞬く間に踏み潰され 全員がお縄に着いた
その次鎮圧されたのは生産エリアだ、ここには軍人は殆どいない、この生産ラインを潰せば帝国は壊死すると踏んで攻め入った連合軍は、ここの管理を一任されるたった一人の魔術師、魔術王ヴォルフガングによって倒され これもまた全滅
商業エリアであるロングミアドも駆けつけた帝国兵達と居合わせた魔女レグルスとその弟子によりその半数が倒れた、ここの鎮圧も時間の問題だ
残すは居住エリアと娯楽エリアの二つだけだが…、残念ながら娯楽エリアに向かった連合軍も長くはないだろう
何せここには…
「ぅわーーーはははははは!、オラオラ!どんどん来いやー!!」
「テメェ…このクソ酔っ払いがぁっ!」
帝国娯楽エリア、市民や軍人が仕事の終わりに息を抜く為用意された一大遊戯空間 ありとあらゆる遊びが揃うエリアである
立体遊技場や運動場のような子供向けの健全なものから、娼館などの不健全な大人の遊び場も揃える娯楽の殿堂、そのエリアで一番大規模な遊技場といえばここ
『カジノ カルウェイナン』、マレウスの賭博街アルフェラッツに並ぶ一大カジノとして知られるここは まさしく遊び人天国、酒場も並列して営業している為 いい酒を飲みながら聞くダイスの音の音はどんな仙楽にも勝る物だ、ただしそれは勝ってる者に限るが
まぁそれはいい、問題は魔女排斥連合軍だ 奴等はこのカルウェイナンにある金を狙ってこの娯楽エリアに踏み入ってきたんだ、当然 帝国兵にも引けを取らない用心棒達がその応対に当たる予定ではあったが…
彼ら用心棒がする仕事は とある一人の客によって全て奪われてしまった
「くそっ!、なんだこいつ!なんで酔っ払いがこんなに強えんだよ!」
「うぃ~、うるせぇ!俺は酔ってねぇっ!!」
「がばはぁっ!?」
黒い髪と同じ色のサングラスをかけた一人の男が、飲み干した酒瓶で目の前の構成員を気絶させ吹き飛ばす、このカルウェイナンに攻め入ってきた魔女排斥組織達は この酔っ払い一人によって撃滅されたのだ
その愉快な大立ち回りを、客達は娯楽の一環として楽しめる程に 男は強かった、いや 彼が強いのを知っているからか
「な 何者だこいつ…」
「バカ!、見ろ彼処の椅子にかけてあるこいつのコート!、師団長の白コートだぞ!」
「師団長…サングラス、まさかこいつ!第二師団の団長 フリードリヒか!、なんでこんなところに…」
「あぁ?、誰か俺の名前呼んだか?、ってか おい!この酒瓶穴が空いてるぞ!、俺の酒がどっか行っちまった…」
「フリードリヒさん、今しがたアンタが飲み干しその上で酒瓶で殴ったんだろ」
「そうだったか?…、あー…そんな気もしてきた」
彼こそ第二師団の師団長フリードリヒ・バハムートだ、魔女排斥組織にもその名が知れる最強世代の一人であり その強さは師団長内でも最上位とも噂される男が、今カジノで酔っ払って一人で一万人の連合軍を叩きのめしてしまったのだ
「あーあ、アイツらツイてねぇな、よりにもよってフリードリヒさんが大負けしてる時にカジノに攻め入ってくるんだもんなぁ」
「うるせぇ!、くそう!今日はツキにツキまくってる筈だったんだよぅ!、会議の前に一発運試ししようかと思ったら!、お陰で次の給料日までその辺の草食って飢えを凌ぐ羽目になっちまった…」
フリードリヒはリーシャ達と別れた後、師団長会議に向かう前の その少しの時間にちょっとだけカジノで遊んでから向かう予定だったのだ、間に合う予定だったと人類ダメ人間代表は語るが…
結果はこれ、財布の中を空にしても足らない大負けをした挙句 熱中して時間を忘れこのザマ、しかも最悪の気分の時にカジノに襲撃が入ったもんだから もう彼は誰にも止められない、憂さ晴らしに連合軍をボコボコにして酒をかっ喰らっているのだ
「その辺の草って…、アンタまさか金持ってねぇのか!」
「俺の金は今そこのディーラーが持ってる」
「つまり無一文ってことじゃないか!、その酒代どうするんだよ!」
「そんなもん決まってるだろ…」
酒場のマスターが慌てふためく横でフラフラと別の酒瓶に手を伸ばし指でコルクを引き抜くと共に、彼はその酒瓶を掲げ
「軍に領収書送っとけ!、これはエリア防衛の為の必要経費だ!」
「アンタまたラインハルトさんに怒られるぞ…」
「ラインハルトの名は出すな!、酔いが覚める!」
今酔いが覚めたら怖くておしっこちびっちゃうとお酒を飲みながらその辺のルーレット台に腰をかけ、タバコを一本咥える
しかし、どういうことだ…、なんで魔女排斥組織がここに攻め入ってる、他のエリアは…まぁ無事だろうな、だが問題はこのマルミドワズが攻められたって点だ
馬鹿野郎が、魔女排斥組織も何考えてやがる…帝国は何よりもメンツを大事にしてんだよ、このメンツを潰しにかかってきた以上、もうお目溢しは出来ねぇ 、アルカナ諸共全て潰さない限り帝国はもう止まらないぞ
俺は戦闘とか そういう面倒な事はしたくないってのに、こうなってはもうおしまいだ、俺達はアルカナ掃滅に駆り出される、面倒な仕事増やしやがって
そんな文句をタバコの煙と共に吐き出す、いや…もしかしたら 帝国のケツを叩くために、誰かが仕組んだのか?、だとしたら随分な…
「おい、もっといい酒無いのかよ」
「無一文に飲ます酒はねぇ!、それ飲んだら仕事しろアンタ!」
「ったく、誰がここ守ってやったと思ってんだ、報酬くらい払えっての」
「税金払ってんだろ、それがアンタらの報酬だ」
「違いねぇ、反論できねぇや…、じゃあ仕方ねぇ 普段国民に払ってもらってる税金分は頑張らないといけないな、よし!庶民の敵は全滅させるか!」
「この…」
カジノ内に残った、いや この娯楽エリアに攻め入った残存勢力達は歯噛みしながらも武器を構える、確かに師団長は恐ろしいが…、相手は酔っ払いな上武器も持ってない、おまけに酔いが回って足取りも不安定だし靴下も裏表逆だしパンツに手を突っ込んでケツまでかいてる
「何見てんだよ…」
やれる、今のこいつならやれる!、相手のあまりのだらしなさに武器を掴む手が強くなる、押し切れば勝てる!師団長一人でも打ち取ればマレフィカルムでの立場も絶大になる!八大同盟に並んで九大同盟も夢じゃ無い!
「死ねぇ!」
「お、くるか…、おい!楽団!演奏頼むぜ ノリのいいやつ!」
「おっけーい…」
フリードリヒに頼まれジャカジャカとギターを鳴らし ドラムが叩かれる、その演奏に合わせ 魔女排斥連合もまたフリードリヒに襲いかかり…
「へっ、いい曲だ! よっと!」
「ぐぼほぉっ!?」
武器が振るわれるよりも前にフリードリヒの拳が構成員の顔面を打ち抜き、吹き飛んだ先のルーレットを蹴散らしながら男は転がっていく
「この!、やれやれ!どんどんかかれ!」
「おっと、危ねぇ~」
背後から振るわれた斧をヨタヨタと千鳥足で回避しながら 背後の構成員の胸ぐらを掴み地面へと叩きつけ、次々迫る魔女排斥組織達を軍部由来の格闘術ではなく、酔いどれ殺法で伸ばしていく
「こいつ、魔装どころか 魔術も使ってねぇぞ!」
「あいにく俺の魔術はロクに使えない役立たずでさ!こうやって戦うしかねぇのさ!」
一撃 フリードリヒのアッパーカットが炸裂し目の前の構成員が空中で六回転し地面へと落ちる
フリードリヒ・バハムートは魔術も魔装も使わない、それは彼が徒手空拳で戦った方が強い というわけでも無い
彼が特記組に入った際与えられた特記魔術…これは特記組始まって以来の失敗作と呼ばれるほどのクズ魔術だったのだ、攻撃にも防御にも使えない 辛うじて回避には役立つかもしれない、そんなレベルのダメ魔術を与えられたフリードリヒは特記魔術をあてにしていない
なんでそんなものを陛下が作って、フリードリヒに与えたかは分からないが、使えないんだから使わない
そして魔装に関してだが…、昔 親友が魔装を持って逃げた件が今も尾を引いていて、色々あるが有り体に言うなら彼は師団長特有の特異魔装を持っていないのだ
だから、こうやって戦うより他ない、魔装を持たず 特記組史上最弱の魔術を持つ師団長、だがそれでも彼は呼ばれる、特記組史上最強と
「おら!、どんどん来いやー!」
その辺の椅子を持ち上げ相手の頭で粉砕すると共に吠える、めちゃくちゃな奴だと構成員は畏怖する、武器も魔術も使わないで強いは強いが…、そう言う奴は大概特殊な武術を用いる
だがこいつはどうだ、武の理合も何もないめちゃくちゃな戦い方で一騎当千を成している、何もかもが規格外すぎる
「…ダメだ、引こう…こいつは俺たちだけじゃ抜けない」
一人の構成員が冷静につぶやく、それは恐れではない 分析の結果だ、今この場にいる構成員が命を懸けた特攻をしても、あれは容易に防いでくる もうこちらの数も多くない、撃破は不可能
倒すならアルテナイやアルカナの大幹部達が必要だ、が…ここにいない、となればもうここは捨てるしかない
「お?逃げんのか?、テメェらで突いた蜂の巣だろうが、今更ビビるくらいならハナから手を出すんじゃねぇよ…、テメェらの無謀のせいでどれだけの人間が迷惑被るか理解してんのか」
「ふっ、我々は逃げるのではない…必ずやこの帝国を潰すために、今は一度引くだけで…ぐっ」
刹那、あんなにもフラフラだったフリードリヒの足取りが 確かなものに変わり、即座に構成員の胸ぐらを掴み、その豪腕怪力によってカジノの外まで投げ飛ばす
「なら他所でやれ!、ここには罪のない人間が大勢いるんだよ!、帝国の国民達は慎ましく手前の幸せを守る為に必死に生きてんだよ!、その幸せを守ろうとするのを邪魔するってんなら、俺達帝国軍が容赦する理由はどこにもねぇ!」
「がっ…はぁ…、ひゅ ひゅ」
フリードリヒは激怒していた、別に自分の遊びの邪魔をされたからとかカジノで大負けこいたからとか、そんなくだらない理由じゃない、自分のことなんかどうだっていいんだ
こいつらは街に攻め込んできた、街には力無い市民が大勢いる、これは俺たち帝国軍とアルカナの戦いだろ、それに関係ない人間を巻き込んでその生活を砕き崩そうってんだから許せねえ
「もし市民に一人でも死人が出てみろ、俺がお前ら皆殺しにするぞ…」
「く くそ…化け物が」
「あ も…もう、終わってしまわれましたか?」
「え?」
ふと、外まで転がった構成員の元に 細い声を上げながら女が近寄ってくる、全く気配を感じなかった まるでそこにいないかのようなそれは、静かに横になる構成員の隣に立ち 見下ろす
「あ アンタ…いや、貴方は!こ これは助かった!」
「え?え?」
「アンタの助けを待ってたんだ!、アルカナの大幹部!No.18 月のカフ!」
現れたのは黒い髪をたなびかせる嫋やかな淑女、アルカナの大幹部にして切り札 アリエの一人、No.18 月のカフだ、あの太陽のレーシュに次ぐとまで言われる実力の持ち主であり 魔女排斥連合を纏める者の一人が現れてくれた、この人ならフリードリヒにも太刀打ちできると喜んでその足に縋り付く
助かった…
「誰だそれ…」
「この人は月のカフ!、アルカナの大幹部だ!、さしものお前も今の状態ではこの方には勝てまい!」
「はぁあ?、月のカフ?ナメんな!、こちとらツキに見放されたフリードリヒだっての!」
「……………」
睨み合う師団長のフリードリヒとアリエのカフ、両者とも隔絶した実力者だが 今の状態ならアリエであるカフの方が有利、他の生き残って連中も総動員して援護すればいける…!
「………………」
しかし、構成員の予想とは裏腹にカフは動かない、微動だにせず フリードリヒを見据えている
「あ?え?…ど どうしました?カフさん、あの 敵はあそこに…」
「………………」
あまりに不可解なカフの動き、全く動かない まるでこの瞬間カフが人形にでもなってしまったかのような、そんな不思議な光景に構成員だけでなくフリードリヒも首をかしげる
すると
「…ん?、月のカフ…、っていうか お前」
「………………ふふふ」
カフの考え、それを察したフリードリヒは顔色を変えて…
「お前 まさか…!!」
顔色を変えて驚愕するフリードリヒ、それを見てもなお カフは不気味に笑っているのだった
…………………………………………………………
「はぁぁぁっっ!!!」
「甘い甘い甘い」
ヒュンヒュンと影が空を避けば、それに答えるように銀の光が光芒を残し影を叩き返し寄せ付けない
重い金属音が 鋭い激突音が響き渡るここは、帝国五つのエリアの一つ 居住エリア、その中心の建造物の屋根の上にてぶつかり合うのは二人
「ぐぅっっ!!」
ガリガリと瓦を削りながら着地し敵を睨みつけるエリスと
「ふふっ、もう終わり…ですか?」
身の丈程の大槍を機敏に振り回す戦士、逢魔ヶ時旅団が幹部『明の槍』アルテナイだ、二人は邂逅の後激突 こうして何度も激突を繰り返し今に至る、…わけ…だが…
(隙がない…)
エリスは深く息を吐きながら目の前の槍使いを睨む、隙がないんだ まるで…、先程から何度も旋風圏跳で突撃を繰り返しているというのに 彼女の槍が届く範囲に踏み込んだ瞬間槍で弾き返される
それが前であれ右であれ左であれ後ろであれ変わらない、四方八方全方位 どこから踏み込んでも弾かれる、どれだけ無理矢理押し入っても弾かれてしまう…まるでバリアでも張ってあるかのような堅牢さだ
そして、遠距離攻撃を仕掛けても
「すぅー、大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』!!」
「ふっ…またですか」
風の槍を手の中で炸裂させ 瓦を吹き飛ばしながら進ませるが、アルテナイは動かない…ただ その風槍が己の射程距離内に侵入した瞬間
「はぁっ!!!」
切り刻む、槍をビュンビュン振り回して風の槍を粉々に切り刻み無力化する…、まぁ驚きはない 武器使いの達人はこういうことしてくる、ホリンさんだって出来る
ただ問題があるなら、アルクカースでも上位の戦士でありエリス一人では勝てなかったホリンさんと同格の槍の腕を奴が持つ…ってことくらいだろう
「さて、次は何をしますか?無駄でしょうがやってみてください」
「…あの、気になる事が一つあるんですが」
「何ですか?」
アルテナイの構えを見ながら一つ、思う …気になる点が一つ
「貴方、何でずっと目を瞑ってるんですか?、エリスの攻撃を何故見ないで回避できるんですか?」
彼女は一度として目を開いてない、糸目とかそんなレベルじゃない、ガッツリ目を閉じてる、オマケにエリスがどこにどう動いても首を全く動かさずその攻撃を防いでくる
目で見ずとも エリスの動きを全て把握しているかのように
「…………見る必要がないからですよ、目で見れば 逆に無駄な情報に惑わされる、私からすれば貴方達が何故馬鹿みたいに目を開いているのか…、そっちの方を伺いたい」
「でも目で見なきゃ何にもわからなくないですか?」
「…ふむ、このくらいなら教えても構いませんか」
すると、彼女は槍を持たない方の手でトン…トン…トンとリズムを刻み始める
「トン…トン…トン」
「…あの、何ですか?それ?」
「分かりませんか?、貴方の心臓の鼓動音ですよ」
「え…?」
確かに、奴の指とエリスの心臓が連動するように動いている、その事実に気がつき奴の指の速度が速くなる、何で分かるんだ…いや、鼓動ではなく鼓動『音』?
まさか、こいつ
「聞こえているんですか…」
「ええ、私 耳を少し改造しておりまして、他の人よりも多くの物が聞こえるのですよ、人間の鼓動音 血液の流れ 筋肉の駆動音 息遣い、人間は騒音の塊ですからね、見なくても分かりますとも」
マジかよ、いや 嘘じゃなさそうだ、本当に聞こえてるのは奴の指が証明しているし、何よりさっきまでの戦闘でそれを見ている、奴はずっと聞いていたんだ エリスの動きと風の動く音を、だから見なくても分かるのか…
「目は耳に敵わない、目では捉えきれない範囲も私には克明に理解出来る、今向こうの通りを帝国兵が歩きました、向こうの家で構成員が棚を漁りました、その奥で戦闘が始まり…ふふふ、賑やかですね」
全然聞こえん、ともすれば魔眼術以上に多くの物を捉える奴の耳には エリスが感知できない物を多く捉えている、それはエリスの居場所を常に伝え続ける…、奴に死角は存在しない
故にこそ、あの絶対的な防御力を実現させているんだ…、常に場所が分かるから 自分の射程範囲に入ったこともすぐに分かる
「ってか耳を改造って、どう言う…」
「そこまでは教えません、内緒です…さて、種明かしと準備運動はもういいですよね、そろそろ 殺しに行きますよ?」
「っ…!」
来る!と思った瞬間にはもう 来ていた、アルテナイは既にエリスの目の前まで肉薄しておその槍を構えている、と言うかエリス 今奴の射程内にすっぽりと
「死ッッ!!!!」
「ぅぐぅっっ!?!?」
怒涛の連撃、斬撃と刺突が雨のように降ってくる、回避は無理 魔術も間に合わない、最早打てる手無し そう諦めるよりも速くアルテナイの連撃は全てエリスの胴体に突き刺さりこの体を吹き飛ばす
「げはぁっ!?」
「ふむ?、…手応えがおかしい、体に穴を開けるつもりで打ったのですが…、何かに阻まれた」
瓦の上をゴロゴロ転がりながら胴体に走る甚大な影響鈍痛に悶え、立ち上がる…
危なぁ、狙われたのが胴体で…、この防刃性の高いコートの所で助かった、もしこのコートを着ていなかったら…、狙われたのが頭だったら…、どちらにせよ死んでたぞ
「ぐっ、この…」
「まぁいいです、次はその首を叩き落とします…、殺ッッ!!!」
「っっ!!」
続けざまに振るわれる横薙ぎの一撃を屈んで避ける、さっきは不意打ちだったから食らったが 奴の速度が分かってるならまだギリギリ避けられる
「殺殺殺殺殺ッッ!!!」
「ちょ!!ひぃっ!!」
しかし、奴とて弱くはないのだ、ヒュンヒュンと蜂が跳ぶより速く穂先を振るう、目に見えない何かに弾かれるようにエリスの足元の瓦が切り裂かれ飛んでいく、凄まじい速度の攻それを籠手でいなしながらなんとか致命傷だけは避けつつ 槍の射程外へ逃げる
奴の射程はさっき散々見た、どこまで逃げればいいかは既に分かって…
「逃すかッッ!!」
「んなっ!?」
槍の射程外へ逃げた もう槍は届かない、そう思った瞬間、アルテナイが槍を振るうと共に腕の関節をごきりと外し 腕が…槍が一段階長く伸びて この首に刃が迫る、まさか さっきエリスに射程を散々見せたのこれをするため…!
「ぐっっ!?」
なんとか首を動かし刃の打点をずらして、首ではなく右頬が切り裂かれ、鮮血を飛ばしながらなんとか槍から逃げ切る…
「チッ、外しましたか、勘と運のいいこと…」
「あー…んー…あー」
口を開け閉めする、よし 顎の腱は切られてないな、ここが切られたら詠唱できなくなる所だった、危ない危ない
「しかし、二度目はありません、次こそは粉微塵にしましょう」
「…………」
確かに今のを何度も繰り返されたら エリスはそのうち死ぬ、それほどに奴の攻めは苛烈だ、その上奴は耳でエリスの位置を把握して鉄壁の守りさえ成し遂げる
超人的な耳での攻撃と防御、まさしく攻防一体の構え…されど
耳がいい というのは、必ずしもメリットだけではないんですよ!
「さぁ、遺言は今のうちに言いなさい!、聞いてあげましょう!」
「っ……!」
奴が攻めてくる、またさっきの恐ろしい攻めが来る!、だが ここで引いたら 勝機はない!、前!前へ行く! 迎え撃つようにエリスも前へ進み
槍の雨を籠手で迎え打つ
「死ゃぁあああああああ!!!!」
「くっ!…!!」
覚悟を決めて槍を躱し そして弾く、恐れで後ろに引いてしまいそうになりながらも前へ前へ、槍は蛇のように唸り どこからでもエリスを攻め立てる
「くっ!、うぎっ!?」
籠手で槍を弾けばその重さに芯がブレそうになりつつも耐える、見ろ 見るんだアイツの動きを!
引くな!絶対に引くな!、怖くても恐くても 一歩でも下がれば死ぬ!、痛くても辛くても死ぬよかマシだ!耐えるんだ!、耐えて耐えて!踏み出して!、奴の目の前にこそ!勝機がある!
「チッ、小癪な…」
「っ!」
辿り着く 奴の目の前、エリスの手が届く距離、だけど長居は出来ない 奴の目の前こそが最も攻撃が苛烈な場所、どれだけ頑張ってもここ滞在出来ても数秒程度だ
だからこそ、打つ 必勝の一手!
「よく聞こえる耳だことで!、なら これならどうですか!」
「む…」
大きく手を広げ 打つ、打ち込む 奴の目の前で手を、叩いたんだ 奴の目の前で手を
そうこれは、エトワールでイグニスを昏倒させたエリスの奥義!
(びっくりキャット・スタンショック!!)
所謂猫騙し、それをしながら手の中で鳴雷招を爆裂させることで 激しい爆音を敵の目の前で放つ必殺技ならぬ必気絶技、普通の人間だって気絶するくらいのものなんだ
奴の神の如き耳なら尚更効くだろう、耳がいいということは裏を返せば大きな音に弱いということ、故に こうして目の前で爆音を鳴らしてやれば、必然 奴はその耳によって意識を奪われるのだ
「ッッ………………ふぅ」
鳴雷招の光が止み、エリスの視界も戻ってくる、するとそこには 気絶し泡を吹くアルテナイの姿が
「…………え?」
無い…、そこには槍から手を離し、両手の小指で耳を塞ぐアルテナイの姿が
「もう終わりましたか?、では…」
「え …え、なんで…ぐはぁっ!?」
耳から手を離した奴の槍の如き掌底が エリスの胸に突き刺さり、吹き飛ばす…、あれだけ素早く槍を振るう奴の腕力から出る一撃だ、槍の突きにも負けない一撃、それま容易にこの体を吹っ飛ばし 体は縦に回転しながら瓦の上に叩きつけられる
「げほっ…ぅ…ぐぉ…、な な…なんで、バレて」
「爆音よる耳への攻撃ですか、ありきたりですが目の前でやられたのでちょっとびっくりしましたよ、ちょっとね」
なぜバレた、対応できないように態々目の前まで行って打ったのに、ただの猫騙しと見せかけて不意を打つのがびっくりキャット、ショックスタンの強い所…、それなのにエリスがこれをやるのを見抜いて耳を塞いでいた?、こんなの事前に手がバレていない限り防ぎようが…
「気がつきませんか?…」
「何…が」
「…ドクン、ドクン、ドクン、ドクン…」
奴がエリスの心臓の音に合わせて手を開閉する、…なんだ?また心臓の音?、心臓…もしかして
「この大きく脈打つ鼓動…、『作戦がうまくいくかな』『なんとか成功させないと』、そんな使命感と不安に苛まれる人間特有の緊張音、この音を聞けば貴方が何かを企んでいることくらい容易に想像できます
「な……」
「貴方は頭を巡らせて作戦勝ちするタイプと伺っていますよ、でも 何かを思いついても、私には効きません、この耳で聞いていますから…貴方の心臓の音を、だから 何かを思いついても私には分かりますよ、全部ね」
くくく と笑い槍を持ち上げるアルテナイを前に、エリスはちょっと絶望する…、これは どうすればいいんだ?なんて考えても 奴にはそれが筒抜けだ、この心臓が止まらない限り エリスが作戦を思いついて行動しても…、それが奴には筒抜けだ
つまり、エリスの一番の強みである…作戦が、封じられたことになる
…これ、やばいかも
…………………………………………………………
エリスがアルテナイとの戦いでピンチに陥っている頃、同時刻に戦闘を開始したメグとフランシスコ こちらの戦いもまた進行し 激戦を繰り広げて…
「かはっ…ぁ…」
「他愛ないですね、フランシスコ…貴方は昔から二流でした」
いなかった
全身からプスプスと黒煙を立ち上らせるフランシスコは家の外に叩き出され 大の字になって仰向けに倒れており、そんな彼女をメグは冷たい目で見下ろす
メグの体には傷一つなく 相手のフランシスコは満身創痍、これだけで戦いの内容が如何に一方的であったか万人が分かるほどだ
「ジズ・ハーシェルも言ってませんでしたか?、お前は技に頼り過ぎると…、いえ あの男はそんなご丁寧に指導しませんでしたね、あるのは一つ 技を得るか死ぬかのどちらかだけ」
「う…るさい!、何故だ!何故私の技が裏切り者に通じない!何故裏切り者が私の技を上回る!、お前が父の下を去ってより十年以上も私は父の下で死を乗り越える猛特訓を積んでいたのに!、なんでまだお前の方が強いんだ!」
「それは私の方が良い師から学んでいたからですよ、最強の殺し屋ジズ・ハーシェル?、…笑わせる こっちは最強の魔女カノープス様ですよ」
「ぐっ、…このォァッ!!!」
スカートの中から何かを取り出すそぶりを見せる、メイドの野暮ったいスカートは なんでも隠せる万能のポケットだ、ジズ・ハーシェルがメイド服を着させている理由もその一つ
だからハーシェルの影達は攻撃する前にスカートの中から道具を取り出し攻撃する…んだが
「貴方は道具を取り出す素振りがあからさま過ぎます」
「うるさい!、死ね!空魔三式・絶煙爆火!!!」
絶煙爆火、ジズ・ハーシェルが娘達に与えた空魔殺式と呼ばれる技の数々 そのうちの一つだ、内容は単純 相手の隙をつき火達磨にして殺す事
方法はいくつかある、相手を特殊な油塗れにし ワイヤーなどを用いて火を引火させる方法や、今 フランシスコがやったように空魔黒火薬と呼ばれる特殊な粉塵を巻きつけ それに引火させる方法…
「ッッーーー!!!吹き飛べーっっ!!」
刹那のうちにメグに巻きつけた黒火薬に火をつけ爆発させれば、爆炎は瞬く間のうちに辺りに広がり 何もかもを焼き尽くす、すんでのところでフランシスコは離脱し その炎を見る
私は負けない 私は負けてはいけない、私は世界最強の殺し屋ジズ・ハーシェルの影、ジズ・ハーシェルは必ず相手を殺す ならその影たる私もまた必殺の存在でなければいけない
父を裏切り任務を放り出し憎き魔女に就いたあの親不孝者を殺す その任務は何が何でも達成されなければならない、それに そもそもマーガレットは憎くてたまらない相手だったし、ちょうどいいってもんだ
マーガレットは元々殺したくて堪らない相手だった、だから私はお姉さま達…本来ここに送られるはずだったデズデモーナ姉様やチタニア姉様達に無理を言って代わりにここに来たんだ、それで無理でした殺せません じゃ死ぬのは私の方だ
だからこそ、こうしてあの憎い相手を吹き飛ばせてフランシスコは胸を撫で下ろし……
「例えばほら、こんな風に違和感なく道具を取り出してこそ…なのでは?」
「な……」
声がする、次いで燃え盛る炎の中から 一本の傘をくるりと回しながら現れるのはメグ…いやマーガレットだ、その体には その服には相変わらず傷一つ見られない
「な…なんで」
「これは帝国謹製の魔装 『火渡りの傘』でございます、開いている間は使用者に火を寄せ付けない、水を…雨を寄せ付けない傘から着想を得た 対火性の傘でございます、おしゃれでしょ?」
「なんだそれ…!?」
傘の中の領域には火どころか熱さえ届いていないように見える、なんだその不思議な道具は…、傘をさして散歩するようにクルクルと傘を回転させ歩くメグに フランシスコは恐怖する
「さてと、…もうお判り頂けましたか?」
「何がだ!」
「…ハーシェルの影が使う空魔殺式の真髄は一撃必殺、一撃で相手を殺すことに特化したが故に 初見殺しの技になっているんです、分かります?私 その空魔殺式の内容全部知ってる上 貴方より上等に使えるんですよ?、貴方ではどうやっても私は殺せません」
「あ……」
確かにその通りだとフランシスコは今になって気がつく、空魔殺式の技を一度見せたら同じ技は二度と使うなと父にキツく言われた覚えがある
それは空魔殺式が本来の威力を発揮するのは 相手がその手を知らない時にのみ限るんだ、だから同じ技は使えない…しかし、同じハーシェルの影相手なら そもそも相手はこっちの手の内を最初から全部知っている
使える技は何処にもない、フランシスコの空魔殺式は 最初からマーガレットに見抜かれているんだ
「バカに…するな、お前の想像を凌駕する技を繰り出せば、お前だって必ず」
「私の想像を…凌駕?、ふふ…うふふふふ、すみません笑ってしまいました、面白い冗談でございますね、ネタ帳に記しておきましょう」
いつのまにか持っていたネタ帳にカリカリと先ほどのフランシスコの発言をメモするそのメグの姿に、フランシスコは激怒する 頭に血が上り 火にかけたやかんのようにみるみる熱を持ち
「バカにするなぁっっ!!!」
「後ろです」
「空魔一式!絶影閃空!」
一瞬にして相手の背後に回り相手の首を刈り取る必殺の斬撃を放つため、目にも留まらぬ速度でメグの背後に回るフラシンスコは気がつく、絶影閃空を発動させる前から既に メグが後ろを見ていることに
「あ…」
「ほらここに来た、貴方が一式の態勢に入った事くらい分かりますよ」
背後に回り首を刈り取るためナイフを構えたフランシスコを待ち受けていたメグは既に、背後に向けて閉じた傘を振りかぶってフランシスコを待っていたのだ
それに気がついた時には既に遅く
「それっ!」
「ぎゃっ!?」
殴りつけられる、閉じた傘を剣のように振るい フランシスコの頭をどかりと叩くと 思わずフランシスコもたたらを踏み
「えいやっ!」
「うげっ!?」
続けて刺突、傘の先でフランシスコの首を突き、よろけた彼女の首に傘の持ち手を引っ掛け引き寄せると共に
「どっこいしょ!」
「ぐほぁっ!!!」
頭を引き寄せられたフランシスコの顔面 鼻先にメグの膝蹴りが突き刺さり、鼻血を吹いて倒れる、目が回るような連撃、世界最強の殺し屋集団 ハーシェル家の殺し屋が、傘一本でぶちのめされるだと…
「ぁ…がぁ…ぁー」
「これでお判り頂けました?、格の違い そして師の違いを」
クルクルと指先で閉じた傘を回しながら、鼻血を吹き目を回すフランシスコを見下ろす
違うのだ、格が 桁が 次元が、まさか互角に戦えると思ってきていたのだとしたら驚きだとメグは笑う、その余裕な顔が フランシスコをさらに激怒させる
「ふざける…な、ふざけるな…ふざけるなぁぁ!、なんで!なんでなんで!、なんでお前なんだよぉぉぉ!!」
「あらあらまぁまぁ」
涙を流しながらジタバタと暴れ回るフランシスコの姿はまるで駄々っ子だ、だが悔しい気持ちが止められない 怒りが抑えられない
「なんで!、みんなお前の事ばかり褒める!チタニア姉様もオベロン姉様も!父も!母も!お前の実力ばかりを褒める!私だって出来るのに!私だって父の役に立てるのに!」
「貴方褒められたかったんですか?」
「そうだよ!そうなんだよ!、だから…だから殺して回った!、いっぱいいっぱい依頼を受けて たくさん殺して回った、私に殺せない奴は居なかった…全員首を落として 山ほど殺した!、なのに!なんでまだ一人も殺してないお前の方が優遇されるんだよ!おかしいだろそれは!」
「ふぅーーー~~~~…」
これか、これがジズ・ハーシェルの常套手段だ、あの家では殺さなければ愛されない、殺せない奴は愛してもらえず話しかけてももらえず、姉妹からいじめられて飯も与えられない、だから全員死に物狂いで殺す
するとどうだ、殺すと褒めてもらえる、いい服を着せてもらえて いい部屋で寝かせてもらえて、姉妹達からも認められる
父は人を操るのに家族の愛を使う、誰だって家族からは愛されたい、その感情を利用して人を殺人マシーンへと作り変えるんだ、父と母から姉妹から愛してもらえるうちに少女は殺すことを厭わなくなるんだ
…ただ、私だけは別だった、訓練ばかり積まされ 人を一人も殺していないのに、ハーシェルの影の上位 ファイブナンバー達と同格の扱いを受けていた、実の姉よりも尚 いい扱いを受けていた
それは偏に、ジズが私にさせたいことがあったから、ただ一人を殺させる為だけに私を最強の暗殺者にしようとしていたから…、まぁ その目論見も失敗に終わったがな
「お前を殺せば…お前が受けていた愛を、私が全て貰える…私がお前の代わりに愛してもらえる、だから殺す…殺してやる」
「哀れですね、貴方はもう人ですらない」
「喧しい!!親を裏切ったお前に言われたくない!!」
「声おっきい…、ですがここからどうします?、空魔五式を使って悪足掻きします?それとも空魔七式を使って一発逆転狙います?、それとも…」
「空魔…終式を使う」
「む…」
空魔終式、その言葉を聞いて顔の色を変えた私を見てフランシスコがニタリと笑う、まさかそこまで狂っていたか、空魔式を使えばもう…
「オススメしませんよ」
「はははっ!、さしものお前も終式は防げないか!だよな!だよな!、だってあれは防げるものじゃないものな!、なら…ふへへひひひひひ!使ってやる!空魔終式を!!」
鼻血を垂らしながら立ち上がり、スカートの中からドバドバ武器を取り出しあたりにぶちまける、こいつ本気か…
空魔終式は…、あれは技なんかじゃない、ただの自爆だぞ
「死ね…空魔終式・絶界絶命!」
足元に転がったナイフを構えて突っ込んでくるフランシスコ、
…空魔終式・絶界絶命 それはジズ・ハーシェルが教える最後の技にして空魔殺式の最終奥義
内容は最も単純、保有する武装全てを捨て身軽になった体であたりに散らばる武器全てを使い、確実に相手を絶命させる奥義…自分の命と引き換えに
つまり、刺し違える技なのだ、自分の手に負えない強者を相手にした時のみ使用を許される技、殺すことが出来ずおめおめ逃げる事も許されないハーシェルの影が追い詰められた時最後に使う技がそれだ
使えば命はない、相手を殺すまで 自分が死ぬまで攻撃を続けるそれは、どうあっても最後には自分が相手と共に死ぬようになっている、最強殺傷能力を持つ最悪の技、それをフランシスコは今 使ったのだ
最早防御を考えず 武器を抱え突っ込んでくる、逃げても別の武器に持ち替え更に進む 武装を全て捨て身軽になったハーシェルの影の捨て身の追走から逃げられる奴は居ない、迎撃したならそれをわざと受け相手を拘束し刺し殺す、そういう技だって分かってないのか…、死んだらもう 愛されないのに
「しねぇぇぇ!!!マーガレットッッ!!、お前を殺して私も死ぬぅぅぅぁぁああああああ!」
「…全く、本当に バカな人です」
ナイフを持った手が音を超え 超速の刺突となって体全体でメグに向かって放たれる、それをメグは避けない 迎撃もしない、どちらも無駄であると知っているから、これは通常の方法では防げない…だから
「展開…『時界門』」
「へ…」
フランシスコが放った神速の刺突がメグの胸に深々と突き刺さる、いや ナイフだけじゃない、腕の付け根までずっぽりとメグに…いや、メグの胸元に開いた小型の時界門に飲まれたのだ
「な!なんだこれ!私の腕は!?」
「こちらに」
自分の腕がなくなって慌てふためくフランシスコに紹介するように手で差し示すのは、フランシスコのちょうど隣に開いた別の時界門、それからフランシスコの消えた右腕が生えている、虚空に開いた穴から自分の腕がプラプラと
そのありえない感覚にフランシスコは一瞬眩暈を覚えるも、だからなんだ と気持ちを切り替える、絶界絶命は右手を失った程度じゃ止まらない、即座に左手で貫手の構えを取りそのメグの首元目掛け手を放つも
「あ もう一つ『時界門』」
「んなっ!?」
今度は左手も別の時界門に飲まれ右手の隣からにょきりと生えてくる、これはもう無理だ 一体手を抜いて引かないと と体を引こうとしたが、抜けない
慌てて手の方を見てみると、既に右手左手は別の時界門から生えてきた鎖に拘束されており、押しても引いてもビクともしない状態に拘束されており
「はいはい、危ないことはやめましょうね」
「あ おい、ちょっと!やめ…」
次々と開いていく時界門、それはフランシスコのの部位を別々に取り出し、右足 左足 胴体 と別々の場所に転移され、そこをそれぞれ別の形で拘束されて、瞬く間にフランシスコは宙に浮く頭一つになってしまう
「う…動けない…」
「これぞ奥義 絶界絶命返しでございます…、私がその技の対策をしていないと思いましたか?」
体の部位が別々の場所にあるせいでうまく動かせない、今自分は腕を右に動かしてるのか左に動かしてるのか、どう足を動かせば前へ進めるのかも分からない、感覚が狂わされているせいで身動きが取れない、あらゆる状況を乗り越えて無視して命懸けで殺しに向かう絶界絶命も こんな状態になっては続行は出来ない…
「殺せ…」
「はい?」
「もう殺せよ!、もう…どうやってもお前には勝てない、私はもう終わりだ…」
終わり その言葉は、フランシスコに重くのしかかる、もう先はない 戦えない、自分のやれることを全てやって それでも通じないんだ
殺しに生きてきたフランシスコには覚悟があった、いつか誰かに殺される覚悟が、その相手がマーガレットなのは気に食わないがこれも運命なのだろう
「殺せと?この私に?」
「私はお前と違って誇り高きハーシェルの影 その二十二番、生き恥は晒さない、殺せ!マーガレット!」
「あ そうですか、では行きますね、必殺技」
なんの遠慮なくメグはメキメキと拳を鳴らしながら握ると共に、覚悟し目を瞑るフランシスコ目掛けて…その拳を
「必殺!『ウルトラメグパーーンチ』!!」
「は?おま…ごぼはぁっ!?…あぐ」
炸裂する渾身の右ストレート、それがフランシスコの顔を捉え 気絶させる、殺してはいない 殺しはしない
「何度言えば分かるのやら、私はマーガレットではなくメグなのです、私は誰も殺しません 陛下がそう命じたから、私は誰一人として殺さない メイドになったんです」
私は誰かを殺す殺し屋ではない、誰かを活かすメイドなのだ、私は私が敬愛するお方の為に生きていく、そのお方の言葉に従いながら、だから 私は殺さない、フランシスコも殺さないんだ
気絶し、がっくりと項垂れるフランシスコを見下ろしながらメグはフッと力を抜いて
「…フランシスコ、貴方が憎んだマーガレットは もうこの世に居ないんです、あの日 ジズ・ハーシェルから命じられた仕事に赴き 死んだのです、皇帝カノープス暗殺…それに失敗して、ね?」
彼女の言うマーガレットはもうどこにもいない、十年前のあの日、マーガレットは死んだのだ
皇帝カノープスの寝室に忍び込み、そのナイフを首元に突きつけ…、目を覚ました彼の方と目が合った瞬間、死んだんですよ
だから、その恨み辛みに最早意味はなく、貴方の復讐はもう終わっていたんです、ずっとずっと前にね
多少、彼女を哀れに思いつつも、メグはやはり遠慮せず その体を鎖で拘束し、時界門を使い 帝国の牢屋に押し込めると
「さてと、お仕事も終わりましたし、エリス様のお手伝いに行きましょうか、そーれ 『時界門』」
くるりと回転しながら足元に時界門を作り、エリス様のところに向かう、エリス様にはセントエルモの楔を持たせていますし、そこへの移動は楽チンなのです
回転しながら落下するように華麗に着地を決めて、エリス様がいるであろう空間へと飛び降りる、すると 砕けた瓦を踏み砕く感触がして…
「め メグさん?」
「ん?、誰か来た…?」
「あら?」
到着するなり目にするのは、ズタボロのエリス様とそれと敵対する槍の女戦士、見た感じめちゃくちゃ強そうなのと戦ってますね…
どうやら、こっちが本命でしたか…フランシスコと遊んでる場合じゃなかったな
キョトンとするお二人に向けてカテーシーをして見せて
「間に合ったようでございますね、エリス様」
あたかもピンチを察して現れたかのようにお辞儀をする、ぶっちゃけ 状況はまるでわかりませんが、あいつを倒せばいいことはわかりますので
…………………………………………………………
明の槍 アルテナイ、逢魔ヶ時旅団なる組織の幹部らしいその女相手に、エリスは苦戦していた
エリスが今まで多くの敵を倒せてきたのは、偏に作戦勝ちと呼べるものばかり 純粋に力で上回ったことなんて数回しかない
そして、このアルテナイもまたかなりの強者 純粋に力で上回るのはかなり難しい相手、だからこそ作戦を練る必要があるが…
アルテナイは驚異的な聴力を持つ、曰く耳を改造して得たものらしいが その耳はエリスの心臓の音を聞き エリスの考えていることを察することが出来る、何かを企んで行動を起こしても、奴は 何か来る 事を予期したながら待ち構えることができる
相性は最悪、そんな相手を前に着実に追い詰められ 屋根の上の戦場でどうするか考えていたところ…、いきなり現れたのだ
虚空に穴が開きストンと着地した彼女が、メグさんが
「間に合ったようでございますね、エリス様」
そう優雅にお辞儀をし、まるでこの事態を見抜いていたかのように、エリスが窮地に陥ってるのなんか織り込み済みか 敵わないなこの人には
まぁいい!、ありがたいことに変わりはない
「メグ…、ああ 確かメグ…だったか」
目を閉じたまま槍を静かに構えるアルテナイはメグさんの方を見ない、というか目を閉じてるから誰が来たか分からないのか、見ればいいのに…、目が見えないってわけじゃなさそうだし
「援軍か、まぁ 都合がいいですね、私に掛かれば一人も二人も変わりない」
「あらそうですか?、では遠慮なく」
「ん…?」
アルテナイが顔色を変える、何をするつもりだと思わずそちらに耳を向ける、しかしメグさんは仕掛けると言いながら一歩も動いていない…が、しかし 必要ないのだ、動く必要は
彼女は一歩も動かず、どこにでも行ける、既にその為の移動経路は メグさんの背後に用意してあり…
「といっ」
「…?、なんだ?」
ぴょんと後ろにメグさんが飛び、背後に用意した時界門へ飛び込む…
…すると、ぬるりとアルテナイの背後に一瞬にして転移し
「せいやっ!」
「何ッ!?」
クルリと空中で回転し横に薙ぎ払う回し蹴りをアルテナイの背に放つも、アルテナイとて歴戦の勇士 、即座に反応し槍を背後に回し蹴りを受け止める、しかし その顔は見たこともないくらい驚愕に満ちており
「一体どうやってそこに移動した!」
「あら、見てなかったんですか?、というか 目で見れば直ぐに分かるでしょうに」
そこで気がつく、そうだ アルテナイは見てないんだ、メグさんが背後に時界門を作ったのも なんなら時界門を使ってここに来たのも、メグさんは詠唱をしない…だからアルテナイにも聞こえない
「何故だ!、詠唱もなかったどころか、貴様 心拍数にさえ一切変化がなかった!、これから仕掛けるという時に 全く動揺しない奴が…」
「ここにいるのですよ、私 そういう訓練を昔していたので」
「ぐっ!?」
メグさんの掌底がアルテナイに突き刺さり 苦悶の表情を浮かべる、動揺し 読み切れないメグさんの動きに、奴の絶対の防御も機能していない
いや、違う 奴は…アルテナイは
「トン トン トン…このリズム、そこ!」
「おおっと!」
続けざまに攻撃を繰り出そうとしたメグさんの動きを阻害し、槍による斬撃を放つ、メグさんの体が動く音 筋肉が軋む音 そこから読み取ったリズムを元に形成した構えにて メグさんを迎え撃ったのだ
初撃を躱したのはさすがメグさんと言える、だが二撃目 三撃目と徐々に加速するアルテナイの連撃にエリスはメグさんの流れる冷や汗を見た
これはまずい!
「そこに首があるな…、貰い受けるぞ!」
「くっ…、回避が 間に合わ…」
「メグさん!!!」
飛ぶ、旋風圏跳の全力加速で メグさんとアルテナイの間に割って入り、メグさんの首目掛け振るわれる槍を籠手で弾くと共に、メグさんの体を抱き上げ空へと飛び上がる
「チッ、邪魔が入ったか…」
「メグさん!大丈夫ですか!」
「え…ええ、ですが不覚でした、まさかあそこまで手早く私に順応するとは」
「だからエリスも苦戦してるんですよ、アイツ只者じゃありません」
槍の届かない位置まで飛び上がると、また奴は防御姿勢をとってその場に待機する、やはり遠距離攻撃は持たないか…、関節外したってここまでは届かない
しかし参ったな、攻めきれないぞ、帝国軍の援軍を待つか?…
「何者ですか?あれは」
「え?、確か明の槍 アルテナイと名乗る人物です、逢魔ヶ時旅団なる組織の幹部と」
「逢魔ヶ時…、それはまた…」
「知ってるんですか?メグさん」
「ええはい、逢魔ヶ時旅団とは 以前ルードヴィヒ様が語っていたマレウス・マレフィカルムの中枢に存在する大組織、八大連合の内の一つでございます」
「中枢組織!?、ってことは…」
それはつまり、ルードヴィヒさんの恐れていた事態が起こっていと言うことじゃないのか、このアルカナの戦いにマレフィカルム中枢組織が関与すれば泥沼になると、そして物の見事に中枢組織も関わってきているじゃないか
しかし、アルテナイの奴 そんな凄い所の幹部だったのか、寧ろこのレベルが主力ではなく一幹部に収まっていること自体驚きなんだが
「ええ、どうやら中枢組織が関わってきているのは間違いないかと、先程私もフランシスコという別の組織の人間と接敵し…」
「え?フランシスコと戦ったんですか?」
「……エリス様 アイツと会っていたのですか?」
会ってた、アルテナイと戦うよりも前 あの屋敷で少しだけ、ただ訳の分からんことを言って立ち去っていったが…、フランシスコが中枢組織の …八大同盟の構成員ということは、つまりハーシェル家も魔女排斥組織ってことなのかな
「あの、フランシスコは…何か言っていましたか?」
「ええ、マーガレットなる人物を探していると、メグさん この帝国にそんな人間いるんですか?」
「…………、まぁ そのことについては後で話しましょう、今はアルテナイです」
そりゃそうだけど…、露骨に切ったな 話を
「そうですね、分かりました…でもはてさてどうしたものか」
「帝国軍が来る前に倒したいですね」
「え?何故ですか?」
「逃げるからです、アイツのあの耳があるなら帝国軍の到来も察知出来ます、となれば 直ぐに逃げの一手を打つでしょう、…八大同盟の幹部の一人 出来るならここで捕まえておきたいです」
なるほど、マレフィカルムの中枢組織は帝国でも足取りがつかめないほど深い闇の中にいる、それがようやくこうして尻尾を出したんだ、また尻尾巻いて逃げられる前に それを掴みたいという気持ちはわかる
しかし、アルテナイは強い…倒せるか?、そもそもエリスが何かを考えついても 奴はそれを…
「いや…待ってください?、何か思いつきそうです」
「ほほう、噂に聞くエリス様の閃きという奴ですね、頼りにします 私にできることならなんでもしますので」
「………………」
今ある手札と情報を精査する、奴は耳がいい 相手の動きや考えを読み取ることが出来るほどに、だが逆に言えば音のないものには反応出来ない、音に頼ってるからこそ さっきのメグさんの強襲には対応出来なかった
あの耳の良さを逆手に取る、さっきのように爆音を使って奴を気絶させる方法 、先程は失敗したが、このか発想に間違いはない筈なんだ
だって、アイツ エリスが鳴雷招を使った時、態々槍から手を離してまで 耳の保護に走った、つまり 奴にとっての弱点がそれであることを露骨に表しているようなものなんだ
…うん、つまり そうだ…だから
「……メグさん」
「はい、なんですか?」
「読唇術って使えますか?」
「……!、すみませんエリス様 私にはそれは難しいです」
そう言いながら首を縦に振るメグさん、どうやらエリスの意図を察してくれたようだ
そうだ、ここで作戦の打ち合わせをしてもアルテナイには筒抜けだ、だから 読唇術を使って伝える必要がある、それを察して口では出来ないといいつつ首を縦に振ってくれる、ナイスですよメグさん
「そうですか、ふーむ さてどうしましょう」
「…………」
「…………、…………」
小芝居を打ちながら目線とか唇の動きで作戦を伝える、メグさんの助けがあれば…打ち破れる、奴の絶対の聴力を
……………………………………………………………
(作戦会議ですか?、ふふ無駄ですよ 私には全て聞こえています)
アルテナイは屋根の上で 自らの頭上にいるエリス達の会話に耳を澄ませる、エリスとメグは自分の頭上にいる、槍がギリギリ届かない領域でずっとこちらを見ているのは エリスの生み出す風の音が全て教えてくれる
(何を企んでいるかは知りませんが、私の槍術とこの『魔神通耳』にかかれば全てが跳ね除けられますから)
エリスとメグは今二人で私を倒す算段をあれこれ話し合っているようだ、だが どれも纏まらず難航している それさえも私の耳には届いている、何をしに来てみろ 今度こそこの槍で二人とも串刺しにしてやる
「んー、やっぱりエリス達だけで倒すのは無理そうですね」
「はい、では帝国兵を呼びに行きましょう、出入り口を全て塞げば彼女だって逃げられないか筈ですから」
(ん?、逃げるのか?)
風を纏うエリスがメグを抱きかかえたまま立ち去っていく音が聞こえる、ブラフかと思ったが どうやら本当に立ち去っているようだ、まさか退却を選ぶとは 拍子抜けだな
あのメグとかいう女が使う謎の移動魔術の正体が見抜けなかったことだけが心残りだが、仕方あるまい、どうせこれ以上の継戦は無理、他の魔女排斥派達は軒並み倒されているし このまま帝国軍が踏み入れば蹂躙される…、いや アルカナの幹部がまだ控えているか
まぁなんでもいい、そろそろアルカナの語った例の作戦を手伝いに行くとしよう、あちらにも人手が居るだろうからな
立ち去るエリスの音が聞こえなくなるほどに遠ざかってより、私は警戒を解く…、本当に逃げたか 臆病者め、では私は悠々と目的を果たさせてもらう
「ふんっ、魔女の弟子も他愛なかったと、旅団長に伝えるとしよう」
そう、後ろへと振り返った瞬間
「その弟子って、誰のことですか?」
「なっ!?」
ドクン と音がする、鼓動だ 鼓動の音だ、これはさっきも聞いた エリスの声と鼓動の音、エリスが 今私の背後にいる、立ち去ったはずのエリスが今 後ろに…
「いつの間にっ!?」
「ちゃんと見ないと、見落としますよ」
慌てて振り向いて槍で薙ぎ払うも、容易く避けられる エリスのヒザ関節が軋む音が聞こえるから、これは屈んで避けたのか!?
いやだが!、どうして!ここに!
「お前は今さっき立ち去ったはず!」
「ええ、そのあと戻ってきたんですよ!、メグさんの時界門…時空魔術で!」
「時空魔術…?」
そこで漸く気がつく、メグの正体がカノープスの弟子である事と あの不可解な移動は時空魔術によるものだった事を、或いはこの目でメグの動きを見ていれば その魔術の正体にも合点がいったかもしれない
そう一抹でも思ったが最後、その瞬間 耳で全てを見て戦う戦士であるアルテナイのアイデンティティは崩壊する
「これだけ近づけばいけますよね!」
(っ!エリスの鼓動が大きく早くなっている、何かを企んでいるのか…!、まさかさっきと同じ 至近距離での爆音か!?、なら!!)
エリスがさっきと同じように両手を広げている音が聞こえる、恐らくさっきと同じ技だ、爆音で私を気絶させる魂胆だ、ならば対処法は同じ
私の武器はこの耳だ、オウマ様より授かったこの『魔神通耳』は万物を聞き分ける、あらゆる物を察知するこの力を 私は単なる力として捉えているわけではない
その弱点だってちゃんと理解して対策を立てている、相手がたとえ目の前で銅鑼を鳴らしてもこの耳に一切音を届けない耳の塞ぎ方を編み出している、如何にエリスが強力に音を打ち鳴らそうとも それを凌ぎきることは簡単だ
音とは一瞬で過ぎ去る、その一瞬を乗り越えた後 今度こそ彼女の急所を穿ち、殺してやると安易に近づいてきたエリスの間抜けさを笑いながら槍から手を離し、両手で耳を覆い 完全に音を遮断する構えを取る
エリスの胸騒ぎを聞けば、奴が同じ事をしようとしていることくらい…すぐに分か
「ーーーーーーっっっ!!!」
エリスがその奥で何かを叫んだ気がしたが、既にアルテナイにはそれを聞き取る術はなかった、ただ目を閉じ 耳を塞いだ彼女に残った外部との連絡手段である触覚だけが、アルテナイに律儀に危機を知らせていた
(な!?、何を…エリスが私に 抱きついている…!?)
違う これはショルダータックル、エリスは私のことを肩で押しているのだ、それも風を推進力に凄まじい勢いで、いや タックル自体にダメージはない、無いが…
なんだ!?何をしようとしているんだ!?エリスの狙いはなんだ!?、慌てて状況を確認する為に耳から手を離してしまう…すると
「っっーーー!?ぁぐぃっ!?ぎゃぁぁぁぁあああああああああ!?!?!?」
突如としてアルテナイの脳みそにいくつもの槍が突き刺さり 内側で暴れ回る、手を離した耳から不可視の槍は入り込みギリギリと脳みそに突き刺さる、死に悶えるような激痛の中 その槍の正体が『音』であることに気がついたのは その数秒後であった
(な なんだ、なんなんだこの音は!?耐えられない…耐えられない!?終わらない!?なんだこれは!)
いつまで経っても終わることのない音の地獄の中アルテナイは耳を抑えることも忘れて頭を抱えてもがき苦しむ、一体…何が起こったんだ…と
…………これは、アルテナイの耳では捉えられない情報であり、エリスとメグが無音にて交わした作戦によるものだ
まず最初に、エリスとメグはその場を離れるような口ぶりと共に アルテナイから距離を取る、その警戒が薄れるほどに離れたら…、メグの魔術である 『時界門』を使いアルテナイの背後にエリスが回る というものだ
時界門はセントエルモの楔という特殊な道具が置いてあるから、視界の中のみにしか作れない、あまりに離れていては時界門も作ることは出来ない…しかし、アルテナイの居る場所が災いした、見晴らしのいい屋根の上にいるならば はるか遠方から遠視の魔眼を使えばそれを目に収めることが出来る
そのままエリスはメグによってアルテナイの背後に回り、手を打つフリをしながら 旋風圏跳によって全力でタックルをかましたのだ、全ては メグが作ったもう一つの時界門にアルテナイを突っ込む為
なら、アルテナイは一体どこに連れていかれたのか?、時界門とは即ち別の空間への入り口だ、入り口ならばどこかに通じてるのは言うまでもない…ならどこか
それはエリスが知る中で、この帝国の中で、最もクソやかましい空間、お日様が登ってお月様が沈むまでずっと動き続けているこの国の心臓部…
その名も生産エリアプリドエル大工場だ
「ぎぃぃぃ!!、ぐぅぅう!!なんだここは!何処だ!なんなんだ!?」
必死に耳を抑えて蹲るアルテナイを見下ろし 顎先の汗を拭うエリスは、フッと笑う
このエリアは普段から大量の機構を駆動させ全速力であらゆる物品を作っているが故に、やっかましいのだ、普通の耳を持つエリスでさえ頭が痛くなるくらいにはうるさいこの空間にいきなり落とされたアルテナイの苦しみは想像を絶する
そうだ、この音に終わりはない、少なくとも帝国が落日を迎えない限り音は止まない、どれだけ足掻いても 逃げ場はない
「くっ!、はぁ…はぁ」
アルテナイは厳重に耳を塞いでなんとかその聴力を保護する、まだ喧しいが 苦しむほどじゃない、けど…
(何も分からない…)
これは至極当然のことだが耳を塞いではエリスが何処にいるか分からない、この騒音の中からエリスを探すのは無理だ、ましてや 戦うための両手は今私の耳を守っている、これを離したら戦うどころの騒ぎじゃなくなる
……詰み、そんな言葉がアルテナイの脳裏に過る、たったの一手でここまで巻き返された、孤独の魔女は逆転劇が得意とは聞いていたが これほどまでに理不尽なものなのか
(くそ…くそっ!、業腹だが背に腹はかえられぬ!こうなれば!)
刹那アルテナイは …、この耳を授かった時より その誇りと覚悟を示すため閉じた目を開く決意をする、この耳さえあれば如何なる難敵さえ打ち倒せると 他でもない主人に示す為、出来れば開きたくなかった目を…、縫い付ける事さえ考えた目を開く
誇りを捨てる事よりも、我々には負ける事の方が許されないから…
「ッッ!!!」
故にアルテナイは目を開く、今再びこの目に頼らなければならない屈辱は筆舌に尽くしがたいが、負けるよりはマシだと
結論を言おう、アルテナイの敗因についてだ
彼女の敗因はその耳に対する絶対的な過信や己の力に対する傲慢でも、もっと手早くエリスを殺しておくべきだった事でも、メグの魔術を見抜けなかったことやその正体に対する情報精査を怠ったことでもない
アルテナイが、今この時 エリスに敗北した理由、それは一つ
彼女が、この刹那の瞬間に 目を開く…その一動作をすることたを躊躇った事にある、彼女自身の戒めと決意が 今この時、彼女の足をグイと引っ張った
彼女の敬愛する旅団長ならば、即座に下らない誇りは捨てただろう、或いは耳を潰して戦闘に取り掛かっただろう
彼女はそれが出来なかった、旅団長を敬愛する余り その敬意を示したかったが故に、彼女は闘争に要らぬ意思を持ち込んだ
それが、敗因だ
「っっ……!!」
アルテナイが目を開いた時、時既に遅く…、彼女の目の前にエリスの拳が迫っていた、その拳は炎の雷と熱光を纏い、圧倒的な迄の敵意と決意が秘められており
今 この瞬間、アルテナイにこれを防ぐ術は……
「っっがぼぉぁっ!?」
無かった、何かをするまでもなく ただ目を開くのが遅かったという理由一つで、彼女は爆雷に飲まれ 黒煙を放ちながら遥か彼方まで吹き飛び、魔力機構に叩きつけられ…意識を刈り取られる
「次からはもっと人の話を聞くことをお勧めします、ぺっ」
白目を剥き、横たわるアルテナイの前に立つエリスは一人 口の中に溜まった血を吐きながら歯を見せ笑うのであった
………………………………………………………………
「ふんっ!、あ メグさーん」
「ご無事でしたか、エリス様」
「あそこまでお膳立てしてもらえば負けはないですよ、あ ほらアルテナイですよ」
メグさんの作り出した時界門を通ってまた居住エリアへと戻ってくると、門の前でメグさんがお待ちだった、心配してくれていたようなのほれこの通りと五体満足の体と白目を剥いて脱力しているアルテナイを見せる
ないとは思うが気絶しているフリの可能性もあったので、全身を魔術縄で頑丈に縛り上げておきました、完全に拘束できればラグナだってんですから、もうこいつが動くことはないだろう
「いやしかし、助かりましたメグさん、おかげさまで勝てましたよ」
「いえ、私など…」
正直、メグさんがいなけりゃ危なかった、彼女が居たからこそ 一度引いての強襲と生産エリア直行という無理難題をクリア出来たんだ
そりゃ、エリスだって最初から生産エリアの騒音を利用することは考えてましたが、物理的に考えて無理そうなので諦めていた…が、その物理的問題を彼女がいればクリア出来る
お陰でアルテナイを騒音地獄に叩き込んで倒すことができた、強力な武器とは時として己を傷つけ得るのだ
「さてと、…まだ 魔女排斥連合の動きは活発なようですね」
「のようでございますね、ですが民間人の保護は終わったので、最悪このエリアを落とせば全て解決です」
「なんの解決にもなってないでしょそれ、皆殺しにしてハイ終わり…なら 楽でしょうけども」
問題はそんなに簡単でもない、こいつらはどうやって攻めてきたのか どうやってここに来たのか、まだ戦力はいるのか 中枢組織はどこまで関与しているのか
それを把握する段階にあるというのに、五つあるエリアのうち一つを地面に落とす程の被害を出すのは最悪が過ぎる
「冗談でございます」
「冗談で済ませてくれるとありがたいです、ここは色んな人たちの家がありますから、…陛下の手札の中にここの墜落がある なんてこと、絶対に無いと信じたいですから」
「……ええ、それは勿論」
「ならいいです、さぁ それじゃあエリス達はそろそろここを離脱しましょうか、そろそろ全体像の把握がしたいです」
「でしたら一旦軍部に向かいましょう そこで……」
と そこまで話して、エリスとメグさんの目つきが同時に変わる、剣呑な物に
「メグさん!」
「はい!、エリス様!」
唐突に叫び、同時に動き出す メグさんは背後に時界門を作り出し、エリスはメグさんを旋風圏跳で抱きかかえながらその時界門へと飛び込み 、今いる屋根の下 その少し離れた地点へと転移する
その瞬間
「ぐっ…!?」
先程までエリス達がいた建造物の屋根の上…そこに降ってくるんだ、家が 隕石のように、容赦なく降り注ぎ エリス達のいた屋根は跡形も泣き倒壊し圧壊する、回避出来ていなければエリス達は今頃…
「なんですか!これ!」
「これは…この魔術には覚えがあります!」
「魔術?…」
メグさんが珍しく顔を青くする、アルテナイを前にしても眉ひとつ動かさなかった彼女が、明確に動揺する、それはこの現象 この魔術を作り出した張本人に覚えがあったから…
そして、その正体とも思われる人影が 崩れていく家の中からゴロリと落ちてくる
「ん…んぁあ…、ようやく見つけたよ」
それは白い髪の上にナイトキャップを乗せた男、…それが凄まじい魔力を漂わせながらこちらを睨むのだ、こいつ…他の奴らとは別格だ、アルテナイさえも凌駕するほどに…
こいつは…、もしかして
「孤独の魔女エリス、よくも僕たちをコケにしてくれたね、仕返しに来たよ…」
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