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八章 無双の魔女カノープス・前編

212.対決 藍染を割く巨刃 トルデリーゼ

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某日某刻、帝国軍に突如として持ちかけられた孤独の魔女レグルス(とオマケ2名)による軍事訓練、魔女を相手にして帝国軍がどこまでやれるか それを試すには良い機会だとルードヴィヒ将軍が語った際は帝国の一兵卒に至るまでもがこう思った

『正気かこの人は』と、よくもまぁそんな話を取り付けたものだ、何を考えているんだ、今この時に魔女と戦うなんて…

でも、次いで思ったのは確かに良い機会だと言う発想、確かにここで魔女レグルスの力を見ておくのは良いかもしれない、帝国軍が魔女を相手にどこまでやれるか、その確認にはちょうどいい

帝国軍と互角に張り合え真っ当に軍事的訓練を行える軍はこの世に殆ど存在しない、多分張り合えるのはアルクカース軍くらいだろう

三十二師団の団長達に匹敵する討滅戦士団を擁するあの国はこの世で唯一帝国の脅威になり得る国だが、それでもはっきり言って互角ではない、他の魔女大国も行儀の悪い言い方をすると敵ではない

帝国軍が本気でやれる相手は居ない、だからこそ魔女と戦って帝国の力を測るのは良い機会だ…、そう 殆どの人間がその時は思っていた


我々は、慢心していた、世界最強の軍隊に所属するかと言って 我々自身が最強なわけではない、ただ個人にて最強足り得るのは この世で八人だけなのだと、その日 思い知らされたのだった

………………………………………………………………

「そろそろ軍事演習が始まる時刻だな…」

魔女レグルスとの軍事演習が突如始まり、駐屯地に布陣する兵士の一人…ギード・レモラが囁く、彼は兵士の中でもエリートに入る部類であり、師団にも所属してるし 給料も割りかし貰ってるんだ

貯金も溜まってきたし、もうすぐ師団内でも名有りの役職をもらえそうなところまで来ている、もしそうなったら今交際している女性と正式に婚約する心算で日夜軍人としての勤めに精を出す そんな彼が立つのは最前線

今 見えているあの山の向こうに孤独の魔女と陛下の御弟子様と孤独の魔女の弟子の三人が待機しているらしい、いや もう開始の時刻だからこちらに向かってるかな?

たった三人で二百五十万の帝国軍に挑もうなんて無茶、魔女様だから許されるようなものだ

しかし…、なんだっていきなりこんな話になったんだ、普通魔女様と戦うってビッグイベントがあるなら事前に告知するだろうに、それがないってことは…あれか

さっき聞いた噂じゃ、いきなり師団長と三将軍の会議に乗り込んで 戦いを持ちかけたってのは本当なのかな、だとするといくら魔女様とは言え業腹だ

そんな手軽に喧嘩を売られるとは まだまだ帝国の恐ろしさは世界には知られていないと見える、まぁ ここ数百年表立った戦争はなし、直近で言えばレヴェル・ヘルツとの大規模な抗争くらいだ

つまり、ナメられてるんだ 我々は、だとするなら魔女様に教えてあげなくては…、今世界を守っているのは魔女様ではなく 帝国の圧倒的軍事力であることを

「ん?…なんだあれ?」

ふと 空を見上げると、空から何か降ってきているような気がする、こちらに…駐屯地の中心目掛けてだ、まさか魔女様の魔術?だがそんな魔力は感じ……

「うおぉっ!?」

「なんだなんだ!?」

「何が起こったんだ!?」

突如、大地が揺れる 

空から降ってきた何かが駐屯地に降り立ったんだ、いや墜落か?分からん、分かるのは凄まじい衝撃で駐屯地に例の飛来物が着弾し 最前線まで衝撃が飛んできたという事

いきなりの事態に狼狽える帝国兵達、それはギードも変わらない、何が起こったんだ?と首を左右に振るが状況は掴めない

「まぁまぁ、みんな落ち着きなって」

な?と周囲の部下達を落ち着かせるのはギード達師団の親分 第九師団の師団長ハインリヒ・フェニックスがピアスを揺らしながら周囲を宥める

『不死鳥』…なんて異名が付く彼だが、その由来はなんとも情けない、何度降格されても何度でも師団長の座に舞い戻った事からそう呼ばれてるんだ

酒癖も悪い 女癖も悪い、手癖も悪いしいつも寝癖で金髪をピョンピョンさせてるだらしない人で、そのチャラチャラした態度が信用ならないと帝国軍女性陣から専らの評価だが

ギードや 第九師団の団員達は彼を不思議と嫌いになれない、むしろかなり信頼している、それは何度降格されても腐らず第九師団のみんなの為に何回だって戻ってきてくれる彼の…いえ、ハインリヒ団長の強さを信じているんだ

まぁ、それはそれとして第九師団内で次いつ降格されるかの賭けをしてるのは内緒だ

「ハインリヒ団長、今の衝撃は一体…」

「さぁ?、でも魔術って感じじゃない、多分魔女の弟子…メグはあんな派手な事しないから、例の孤独の魔女の弟子 エリスが中心地に殴り込みかけたんだろう、傾奇者だよなぁ」

「ま 魔女の…弟子ですか?、魔女本人ではなく」

「魔女が本気で中心部に殴り込みかけたら、ここが衝撃で揺れる…って程度じゃ済まんでしょ、俺たちごと吹き飛んでるよ」

魔女様が超絶した力を持っているのは知っているが、それほどなのか?、というか 魔女の弟子程度が殴り込んでもあの威力とは、もしかしたら例の金髪の少女…めちゃくちゃ強いんじゃ…

あ、いや そう言えば前同僚が『魔女と魔女の弟子の修行見たけど、ありゃ修行というより個人と個人の戦争だな、ついていけないぜ俺じゃ』と言っていた、…我々は魔女の弟子というものを甘く見ていたのか?

「ハインリヒ団長!、我等も中心部に向かうべきでは!?そこに敵がいるのでしょう!」

「え?うん、居るけど行かないよ?」

「何故!」

「敵がいるから」

だから行くんでしょ!?と全員が突っ込みそうになった瞬間、ハインリヒ団長はゆっくりと一点を…、いや 最前線のその先、魔女が待機している山の方向を指差して

「だから、そこに敵がいるんだ、なのに陽動に乗って前線が下がれるか、中心部の事はそこに布陣された奴らが何とかする、俺たちの仕事は 目の前の最大戦力に対する防御なのを忘れるな」

ハッとする、ハインリヒ団長の言う通りだ、いくら後方が攻められたからと前線まで一目散に下がっては布陣は総崩れ、陣形の崩れた軍は負ける それを定石と呼ぶ

ギードら第九師団達は己を恥じた、なんと我等は浅慮だったのか、我等が団長はなんと思慮深いのだ、己の責務を理解し 果たそうとする、そんな単純な事を見失っていたとは

「団長…俺たち」

「すみません、こんな単純なことも見失うなんて」

「恥ずかしいです!俺たち!、団長の事 だらしないだけの男だと思ってたなんて」

「うんうん、いいっていいって 俺もさ?やるときゃやるっての、覚えといてよね、ね?」

ね?と笑いながら鼻の頭を擦るハインリヒに団員は涙する、我等が団長はなんと頼りになるのだと、彼のように思慮深くあろう なんて胸に秘めていると

「くだらん茶番をしている場合かね」

「およ、ゲーやん」

ツンツン尖りメガネとチクチク言葉で現れるのは大地鳴動のゲーアハルト、ハインリヒと団長であり 第八師団を纏める冷徹なる男だ、叩き上げのハインリヒとは異なり 皇帝より力を見出され特別な魔術を与えられし特記組出身のエリート

あのフリードリヒやトルデリーゼ ジルビアと言った特記組最強世代の一つ下に当たる世代の人間らしいが、ハインリヒにはあまり興味がないようだ

「全く、なんのかんの言って貴様、面倒そうな中心地に行きたくないだけだろう」

「あ…いやぁ、別に…そう言うわけでは」

ちらりちらりと部下達に向けられる視線がもう答えだ、やはりこの人は信用ならないと第九師団の鋭い目線がハインリヒを突き刺す、いやまぁそうだとは思ってましたが 

「だが、怠け者の貴様には珍しく此度の判断は正しい、正直いきなりど真ん中を攻めてくるとは我等の中で誰も予想だにしていなかった、後方の指揮系統は荒れに荒れている、そこに援軍として向かっても 逆に我等の指揮が乱されかねない」

「だよね!、うんうん!俺もそう思ってた」

「嘘をつけ、しかし…孤独の魔女の弟子エリスか、…大物の威を借りる態度がデカいだけのガキかと思えば、案外 侮れん存在かも知れんね」

ゲーアハルトはそのメガネを輝かせクイッとあげる、エリスなる人物がどう言う存在かギードは知らない、だが いきなりど真ん中に突っ込むなんて容易に出来る事じゃない

確かに今の不意打ちで中央の指揮は乱れ逆に帝国は不利に陥ってるかも知れない、だが だとしてもだ、そう判断しても敵の海の中にダイブする根性がある人間は限られる、少なくともギードには出来ない

エリスには、それを見破る知力と眼力、そしてそれを可能にする実力と胆力があるのだろう、恐ろしい話だ

「だけどさぁゲーやん、師団長は殆どこっちに集まってるよな、後ろに控えてるのってフィリっちくらいだろ?、大丈夫かな」

「我等が真に警戒すべきは弟子の方ではない、お前の言う通り 敵はあちらに居るんだ、構わんだろう」

最前線には三十二ある師団のうち 二十近くが待機している、その指揮をとるのはベテランのループレヒト師団長とマルス師団長の二人だ、そして後方には師団最高戦力のトルデリーゼ師団長とフリードリヒ師団長 そしてマダグレーナ師団長

もし、エリスが中央に行ったなら フリードリヒ師団長達が対応するだろう、なら残りで魔女の相手をする方がいいと言う判断だ

「そうですよぉ、それに魔女様と手合わせできる機会なんてなかなかないんですからぁ」

「お…」

と声をあげたのは第九 第八両師団のメンバー達だ、現れたその女性の麗しき美貌に鼻の下を伸ばすのだ

「あ、バルちゃーん」

「うふふ、こんな状況なのに元気ですねハインリヒ君は」

「こいつは通夜でも元気だよ」

第七師団の団長バルバラ・ケルベロス、別の言い方をするなら師団のアイドル…だろうか

師団長を務める女性はみんな勇ましい、トルデリーゼ師団長のように猛犬のような性格をしてたりえらく小生意気だったりサディストだったり、ロクなのが居ない中 バルバラさんは優しく聖母のように麗しい

ギードの同僚が言うには乳がでかいのが特にいいらしい、けど ギード的にはどうでもいいと言うか…、女性をそう言う見方をするのはどうかと思う、彼女と交際してからそう思うようになった

「にしても、…魔女様ですか 強いんですかねぇ」

「強くなければ魔女など名乗らんさ」

「皇帝カノープス様の恋人だもんねー、どんだけ強いだろ 楽しみー」

既にエリスに襲撃を受けていると言うのに、何処か楽観的な空気の漂う最前線、実際 彼らが冷や汗を流すような場面はここ最近全くなかった、ギード達兵卒もまた 何処か安穏とした心持ちであった

それが油断であることも気がつかず

「君達、おしゃべりはそこまでだ、どうやら来たようだよ?お客様が」

「あ、ループレヒトさん…お客様?」

ふと、そんな雑談に割って入り 諌めるのはベテランの師団長ループレヒト、あのマグダレーナ師団長の息子としてその血統を証明する男、師団長達の中でも長い年月その座に居座り続けるだけあり、もっぱらその纏め役として皆を締める彼が 言うのだ

来たと、例の山の方を指して

「来た…?」

ギードは目を凝らす、見ればループレヒト師団長の指した方向、例の山がある方角から 誰か歩いてくる

悠然と、コートのポケットに手を突っ込み 黒い髪を風に揺らして歩く一人の女、皇帝陛下の謁見の際一度だけ見た その女の姿を、ギードは生涯忘れない

「…孤独の魔女」

来た、ようやく 孤独の魔女レグルスが、現れた敵影に帝国軍の油断が消え去り、全員がそそくさと持ち場に着く

数十万の大軍勢が布陣を敷く、そんな光景を前にしても…魔女レグルスは優雅に歩く、まるで前に何もないかのように、散歩でもするかのように

普通、軍勢を前にしたら攻撃姿勢を取るなり 警戒して魔術を発動させるなり、先程の弟子のように高速で突っ込んできたりしないか?、だが魔女はそんなことしない

その全てが不要である、そう語るが如き姿に ギードは顔をしかめる、ナメられていると理解したから、そりゃ魔女から見りゃ徒党を組む我等は弱く見えるだろうが

それは見えるだけであることを、彼女に教えてあげねばならない、これからは魔女が世界を守るのではない、魔女より力を授かった我らがこの世界を守るのだ

そう決意し武器を構える間に、レグルスはゆったりとした動きで軍勢を前にすると、ふと、立ち止まる…すると

「悪いな、大事な軍事演習を邪魔して、こうして時間を取ってくれたこと、感謝する」

そう 厚顔にもポッケに手を突っ込んだまま謝辞を述べるのだ、どうする?攻撃を仕掛けていいのか?どうなんだ?、誰も判断できない中、軍勢より前に出て 魔女に歩み寄る二つの影がある

ループレヒト師団長とマルス団長の二人のベテランだ、それが特殊兵装を片手に歩み寄り

「いえ、こちらとしても 張り合いのない軍事演習よりも、魔女様にお相手していただける方が好都合です」

丸メガネを指で直しながら、ループレヒトもまた厚顔に言う、魔女に対して『都合がいい』と

「全くですな、儂らとしてもまたとない機会、存分に試させてもらいましょう」

丸い顔 丸い目でニタリと笑う、マルスもまた言う、魔女に対して『試す』と

二人の団長の物言いを受け、魔女レグルスは…

「そうか、分かった、ではそちらから来い カノープスが手塩に込めて作った軍団、如何程か見てみるのも一興だ」

意にも介さぬ その程度、まるで足元で子犬が吠えている そんな感覚で軽く笑い飛ばし、来いと言う、軍団を相手に 先手を譲ると

その言葉を受け、ループレヒト師団長とマルス師団長の背から溢れる魔力と怒気と殺意が膨れ上がる、彼らとてここまでナメられたのは初めて経験だろう

「そうですか、では…お言葉に甘えましょう」

別に、魔女を敬っていないわけではない、魔女とは尊ぶべき存在、敬愛して然る存在、それは魔女大国に住まう人間 その恩恵に与る全ての人間が持ち得て当然の念

されど、魔女への敬愛以上に、帝国の人間が大切にするものがある、それは何か?

…愛国心だ

「特異魔装起動、…魔女様 戦争のやり方が変わった事はご存知で?」
 
「いや、知らないな」

「では、良いものを見せましょう、これが帝国の戦…新たなる武器、新時代の象徴」

ループレヒト師団長が片手に抱えたスーツケースを地面に落とすと共に、起動させる…師団長にのみ与えられた唯一の魔力機構兵装…特異魔装を

そも、魔力機構兵装…通称『魔装』とは、帝国が自ら作り出した最新技術の結晶であり、複数の魔術を常に発動させ使用者の戦闘行動補助する武器だ

一般的な物は小型魔装である『十徳魔装カンピオーネ』、そのままではただの長い棒だが、起動させれば槍にも砲にも盾にも…、凡そ十の形態を持ちどんな状況にも対応する
、万能の武器であるそれが一般的だ

小型魔装 中型魔装 大型魔装 戦術魔装 戦略魔装と、種類は数あれど、強力なものになれば一つの魔装で一団を相手取れる事もある事に変わりはない

反面、強力なものになれば当然作成は難しく、そして悪用を防ぐための使用条項は厳密に定められている為 自由に使う事は叶わない

…十年以上も前、魔装を悪用した帝国兵による最悪の事件があって以来その規則がより厳密化したのは今は関係ない、ましてやそいつが大量の魔装を持ち逃げした事も今は関係ない

ただ、そんな中で唯一 コストも条項も度外視で魔装の作成と個人所有 及び使用が許された人間がいる、それこそが師団長…

彼らの持つ魔装は兵卒の持つ小型魔装とは比べものにもならないコストを用いて作られており、かつ 安全性だの何だのと眠たい事は一切抜きで作成されている、厳しく法で定められた規格を無視出来る為、師団長の持つ『特異魔装』は時に

大型魔装を凌駕し 単体で戦術・戦略級の規模と破壊力を持つ

「これが私の特異魔装…『ダルハン・アヴァラガ』、これこそ 新時代の武器と闘争です」

ループレヒト師団長の持つ特異魔装、それは鎧である 普段は小型のスーツケースに収まる程小さくなっているが、一度起動させればそれは巨大化し本来の姿を現わす

体長10メートル以上の外殻を鎧として身に纏い屹立する銀の巨人、それがループレヒト師団長の特異魔装にして彼の戦闘スタイル、そこから生み出される馬力と火力はただ体を動かすだけで甚大な破壊力を生み

更に、彼自身が得意とする魔術とも非常に相性がいい、広範囲破壊という一点では 第一師団の団長ラインハルトに次ぐ程だ

「ほほほ、ループレヒト殿は派手で良いですな、見せると言って見せればこれ以上ないくらいインパクトがある、それに引き換え儂なんて、これ一本だしなぁ」

そう言いながら同じく特異魔装を起動させる丸顔のマルス、あの丸い顔 丸い体の腰に差された一本の剣、あれが彼の特異魔装

「特異魔装『謫仙二式』…、地味極まりない」

丸顔のマルス、若い頃の別名を出すなら『剣聖マルス』、…その手に握られた一振りの剣こそ彼の全てだ、ややこしい魔術を使えないながらも、剣一本であそこまで成り上がった彼が十全に力を発揮できるようにと作られたのが謫仙二式

あの剣とマルスの腕、これが二つ合わさった時 斬れない物が思い浮かぶ人間は、少なくとも帝国にはいない

銀の巨人と万断の剣聖、この二人が兵装を用いて並び立つ、なかなか見れない光景に帝国兵たちは沸き立つ、この二人の戦いが見れるなんて…と

そして同時にそれを前にした魔女レグルスは小さく口を開け

「へぇ、かっこいいな 、自分専用の武器か?いいじゃないか、私もそれが欲しいよ」

「…魔女様?これは子供がねだる玩具ではないのですよ?、これは帝国の最新技術を用いて作られた兵装、その力は屈強な帝国軍人の力を 師団長の力を、100%以上引き出すもので…」

「そうか?、私には玩具に見えるが」

スゥッ と魔女の目が細くなる、今 目の前に立つ二人の武器が、帝国の技術と力を結集して作られた二つの兵装が、彼女には玩具に見えると笑うのだ

玩具だと笑われた、帝国の力が…誇り高き師団長の武器が、これ以上ない屈辱にループレヒトはくつくつと笑い

「ふふ…くくく、そうでしたか 玩具に見えましたか、ならば…見せましょうか!、帝国の力と!我らの力を!!」

吠えあのループレヒト師団長が!、そう思うや否やその重厚な銀の体が駆動し 城門さえ破壊する巨大な拳が 瞬く間に振り上げられ

「『インパクトコラプス』!!」

拳を打ち付けるとともに発動させた、ループレヒト師団長の魔術を…

彼の最も得意とする魔術は『インパクトコラプス』、所謂衝撃系の魔術であり 内容は『拳から衝撃波を発する』という単純なもの

徒手空拳を得意とする人間や魔術師の最後の手段として用いられるそれは、射程を犠牲に凄まじい威力を秘めており、どんなにか弱い人間でも岩一つくらいなら砕けてしまうほどだ

…がしかし、この魔術のミソとなるのは『拳から放つ』という点だ、手が届かなければ当たらないデメリットでもあるが、それは逆に 拳が大きければ大きいほどこの魔術の威力と範囲は跳ね上がるという事

今のループレヒト師団長の拳は肉の掌の方ではない、あの強大で重厚で 家さえ握れそうなほど大きな手の方、あれを握り そこから衝撃波が放たれればどうなるか?、自明の理だ

その威力は 岩どころか、人の立つ根底たる大地をも砕く


事実、その銀の拳は魔女に向けて振り下ろされ大地を砕いた、魔女に激突しなおも収まらぬ衝撃は大地に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせ魔女の標高が些かながら下がる

がしかし、…それまでだった

「ぬ!?これは…」

「いいことを教えてやろうデカブツ、武器に頼るとは言わん 道具を使うなとは言わん、だがな」

無傷である、あんなにも巨大な拳を片手で受け止めてなんでもないような顔で拳を持ち上げるレグルスは浅く笑う、ループレヒト師団長は手加減していない したわけではない、本気で打ったろう 今も本気で力を加えているだろう

だとしても変わらない、別に力を入れていようがいまいが、魔女にとってはどっちでも同じことなんだ

されど、片手が塞がっているのは確かだ、魔女レグルスがループレヒト師団長の拳に押さえつけられているのは事実だ、故に そんな隙を見逃す訳がない…彼が

「キェェェェッッッ!!」

「それは道具の力だ、己の力であると勘違いするな…って話を聞け」

丸顔のマルス、剣聖の名を戴く彼が目にも留まらぬ速度で肉薄し その手の名剣 謫仙二式を横薙ぎに振るったのだ、魔女の胴に向けた打ち込みを兵卒達は知覚できなかった

…名剣『謫仙二式』、常に高密度の魔力が刃から吹き出ており その圧力で対象を両断する特異魔装

それは『謫仙一式』の持ち主を鑑みない過剰火力を抑え改善された二代目である…いや『三代目』か?、まぁいい

威力と火力を犠牲に速度と切れ味に重点を置いた剣、仮に一式が世界最強の剣だとするなら マルスの持つ謫仙二式は世界最鋭の剣、世界で最も鋭く斬れる剣である

それを容赦なく振るう、あまりの切れ味故に実戦以外では絶対に使えない必殺不可避の剣を魔女に向けて振るうのだ、魔女と言えど胴の両断は免れないかと思われた…が、それは殊の外早く結論が出た

「ぅ…うぐぅ、これは…儂の剣を受け止めた…?、いや違う これは…」

これは兵卒達やギード達からは確認出来ない事であった、いや 彼らから見ればまるでマルスの剣がレグルスの片手によって受け止められたようにも見えた、がしかし 結論はもっと残酷である

「わ 儂の剣が…届いていない…」

刃はレグルスの肉体に届いていないのである、突き出された手の数センチ手前でマルスの剣 『謫仙二式』は静止していた、まるで寸止めしているかのような絶妙な距離

無論、マルスが止めているのではない、彼は今も腕に血管が浮き出るほどに 額に汗を流すほどに全力で押している、だが 進まないのだ、まるで見えない何かに阻まれているかのように…

そこでマルスは気がつく、信じられない事実に気がつく…、受け止めているのはレグルスの手ではない、物理的影響力を持つまでに濃縮されたただの魔力が剣を受け止めているのだ

魔女は常に高密度の魔力を纏っている、それは凡ゆる外的要因と魔女を切り離す絶界の壁、この壁がある限り魔女はナイフであれ世界最高の名剣であれ 傷一つつかない

「ぐぬぅぅ!」

「剣はキチンと磨いているようだが、それよりも前に腕を磨いたらどうだ」

「くそっ!」



「おい、ゲーやん バルちゃん、あの二人がちょっとガチ目に歯が立ってねぇよ、ちょい…いやマジでヤバ臭くね?」

「だな、バルバラ 大型魔装は今駐屯地にあったか?」

「無いですね、今回は飽くまで動きの確認でしかなかったので大型 中型魔装共に持ち込みはありません」

「だよな、…各員!何をボーッと見ている!、開戦の狼煙は上がっている!、師団長は全員前へ!それ以外の者は後方で援護を!急げ!!」

ゲーアハルトの声が響く、その声に鞭を打たれた馬のように反応した兵士達は持ち場につき、カンピオーネ砲撃形態にてループレヒト師団長達を援護しようとする

当然、その中にはギードも含まれていた、彼は見た 無数の砲撃と共に師団長達が ハインリヒ団長やゲーアハルト団長 バルバラ団長達も武器を構え 魔女レグルスに向かっていく様を…

ゲーアハルト団長は 開戦の狼煙が上がったと言った、しかし 違う、始まったのは 

蹂躙である

……………………………………………………………………………

「じぇぁあああああああ!!!」

「ふっ、よっ…デカい図体の割に速いじゃないか」

私は今何をやってるんだろう、ふと冷静になると、ますます分からない、なんで私は帝国軍の師団長と呼ばれる男に攻撃されているんだ、まぁ一発も貰ってないが 問題はそこじゃあない

「シャァァァァァア!!!」

「鈍い上に遅い!」

なんか丸いやつが高速で剣を振るいながら迫ってくるので魔力を凝固し受け止める、あの剣 超高密度の魔力を纏ってるな、いいもん使ってる…

今私に苛烈な攻めを加えるこの二人は帝国軍の師団長、世界最強と言われる軍団をまとめる三十二人のうちの二人だ

実力のほどを言えばかなりの物と言える、私なら軽くあしらえるが もしこの二人のうちどちらかが今のエリスと接敵すればかなり怪しいほどに強い…、というか経験が豊富だ

そんな経験豊富なベテラン師団長二人を相手取りながら考える、またしても考える

(なんでこんなことになってるんだ?)

いや、大まかな流れは理解している、エリスがアルカナと戦うと言い出したんだ、それはわかる、だが帝国軍はエリスを戦いに参加させないとエリスの考えを否定した、まぁ 正直帝国軍から見ればエリスは民間人、それを戦いに巻き込めないというのならそれも分かる

しかし、エリスからしてみれば今までずっと戦ってきた組織との決着を横から掠め取られる気分だろう、エリスの旅は即ちアルカナとの戦いの旅、別に決着をつけたくてここまできたわけじゃないが、ここまできたら決着つけたいだろ 、私が同じ立場ならそう言う

そこで、帝国と協力関係を結ぶため仲良くなる 昨日そう言ってたな、で?今日こうやって駐屯地を訪れたら、なんかエリスが全軍相手するとか言い出したのだ

我が弟子の事ながら驚いて口を挟めなかった、いやいや 流石に無理だ、エリスは強いし私が強く育てた、だが帝国軍を相手にするのは流石に無理だ

なんて呆気を取られているうちにこれだ、私まで帝国軍と戦うことになり 今こうして二百五十万の軍勢相手に戦うことになったんだ、誰がこんな展開予想できようか

…だけど、そうだな 不思議と止める気にはなれなかった、帝国軍という巨大な軍勢を前に怯まず突っ込むエリスの姿は、まるで若い頃の私の姿そっくりだったから

「砲撃準備!、放て!!」

「む…」

ふと、丸顔のマルスと銀の巨人が私の側から消える、と 奥で冷えていた十万人ほどの兵士たちが一斉に魔力弾による砲撃を行ってきたのだ、まるで雨のような弾幕を前に…

私は、思わずほくそ笑む

(懐かしい、この感じ とても懐かしいな)

無言で手をかざし、魔力を凝固させ魔力弾を全て弾き返す、魔女相手に魔力攻撃は無駄だ、まぁ物理攻撃も効かんがな

しかし、懐かしい…、思い返すのはあの大いなる厄災の時だ、シリウスに与する大国達が私達を始末するため魔女討伐連合軍と称して数千万の軍勢を作って私達に襲いかかって来たんだ

そいつらと我々は戦って 戦って戦って、何かを守る為に 誰かを守る為に、全員が全員を守る為に…、皆で魂を燃やしあって戦ったんだ

「失礼魔女様!その玉肌 傷をつけても文句を言わないでください?」

「ほう?、言うな…お前誰だ」

「我が名はゲーアハルト!、大地鳴動の名を戴く第九師団が団長!」

私が記憶に目を奪われている間に肉薄してくるのは怜悧そうな眼鏡の男、そのに握りれているのは純白の…なんだ?盾の先端に剣…いや 杭のようなものが付いていて…、これは……

「響け!突槌魔装『アオスブルフ・バンカー』ッッ!!」

レグルスに向けられた突槌魔装、分かり易い言い方をしよう、それは帝国で作られあまりの実用性の無さから殆ど作られたことのない『パイルバンカー』である

土木建築用の魔力機構 『杭打ち機』と『破城槌』から着想を得られ作られたそれは、取り付けられた杭を打ち出し衝撃で対象を破壊すると言うなんとも単純明快かつ至極痛快な武装

リーチという点を除けば、単体で出せる威力の最高到達点さえ目指せるその武器を更にピーキーにしたものが彼のアオスブルフ・バンカー

爆薬と魔力爆発、この二つを掛け合わせ生まれる超加速、その鋒に乗せるのは男の夢、当たれば無敵の浪漫砲、そう 浪漫こそ男の夢であり 男の夢とは浪漫である、即ち浪漫たるこの武器は実質男

「ふんっ!」

「なぁっ!!??」

しかし、残念ながら男の夢とは、男だけの夢である、女たる魔女には通じない

悲しいかな、全力で放ったアオスブルフ・バンカーの一撃は魔女の体を貫く事はなく空を切る、避けられた 普通に

されどゲーアハルトだって無闇に打った訳ではない、歴戦の彼が『当たる』と判断したから打ったのだ、事実レグルスはこの武器の挙動は初見であり不意を突かれて避けられる保証はなかった

がしかし、初見は初見だが レグルスには見えたのだ、爆発的加速により打ち出される杭が、つまり彼女は超人的に動体視力で、 『打ち出される杭を見てから避けたのだ』、これじゃあどうやったって当たらない

「面白い武器だ、だが些か実用性に欠けないか?」

「そこがいいんでげぶぁふぁっっ!!?」

「そうか」

とりあえずなんとなく無防備になったゲーアハルトを殴り飛ばした後レグルスは気がつく、なるほどと

見れば既にレグルスの周囲は帝国軍に囲まれている、なるほど 砲撃も先程の一撃も囮、その間に私を包囲するのが本命か、いい動きをするじゃないか

「さぁ、魔女様…これからですよ」

「おい!ゲーアハルト!無事か!」

「な…なんとか…、つ…次は当て…る」

「お前いい加減武器変えろ!」

囲む軍、囲まれる私、ああ…こうも懐かしくては戻ってしまう、昔の私のテンションに

大いなる厄災を駆け抜けたあの頃に…、確かに私はこの戦いに乗り気ではない、いや 乗り気ではなかった

この戦いのメインはエリス、なら私は端役に徹し適当に軍をあしらえばいい、がしかし…、私も少しくらい遊んでも、バチは当たらんだろう

「ああ、これからなんだろ?、見せてみろ…帝国の力を」

構えを取る、久しく感じていなかった 古の躍動を感じながら、レグルスは一人 軍の中で構えを取る

……………………………………………………………………

そんなレグルスと帝国軍のぶつかり合いを他所に、場面は移り変わる

舞台は駐屯地中央、エリスが作り上げた巨大な岩迷宮の中央、既に迷宮の壁はぶち抜かれ、その中に大量の帝国兵が雪崩れ込みながらも 誰一人として動かない異常な状況が作り出されている

「………………」

「……………………」

周囲の帝国兵が見つめるのは 迷宮の中央というコロシアムのど真ん中で睨み合う二人の女だ

片方はエリス、孤独の魔女の教えを受け 帝国に喧嘩を売った張本人、既に多数の帝国兵をぶちのめし、その上で師団長フィリップさえ倒した実力者だ

そしてもう片方、エリスと睨み合うのは全体的にイガイガしたデザインの服と髪、そして師団長にのみ着用を許された白いコートを着る 第五師団の団長 トルデリーゼ

又の名を、藍染を割く巨刃 トルデリーゼ

「睨めっこには飽きたぜ、エリス とっととかかってこいよ」

「そうですか?、エリスは楽しいのでもう少し続けたいのですが」

「ボケるなよ、殺すぞ」

とはいうが…と、エリスは内心考えながらトルデリーゼさんを睨む

エリスは先程フィリップさんとの戦いを終え そのままこのトルデリーゼさんとの接敵に至ったわけだが…

正直に言おう、フィリップさんは彼が本来のフィールドで戦っていなかったからエリスは圧倒できただけだと、だがこのトルデリーゼさんは違う

トルデリーゼ・バジリスク 第五師団の団長であり、三十二人の師団長の中でも三本の指に入る実力者、既にその実力は魔女大国最強戦力クラスにあるらしい

メグさんから預かった資料にも彼女の事は深く書かれていた…

『トルデリーゼ・バジリスク、帝国三十二師団の全団長の中で最も好戦的かつ暴力的な人物、特筆すべきはその圧倒的進軍能力、目の前に壁があろうが敵軍の陣があろうが構わず進み 敵を撃滅する歩く戦略兵器』

しかも、聞けば彼女はリーシャさんやジルビアさんと同じ特記組出身、おまけに特記組出身者の中でも極めて秀でた特記組最強世代のうちの一人というじゃないか

生半可な相手じゃない、不得意なフィールドであそこまでの力を発揮したフィリップさんより強いのが確定している相手、おまけに今回は別段彼女にとって不得意なステージって訳でもない

…戦場にあればどこでも十全の力を発揮する女…、それを警戒せずしてどうするか

「あー、お前そういうタイプか、ど真ん中に突っ込んできたから猪突猛進タイプかと思ったら、存外頭と舌が良く回るタイプか、あたしそういうタイプ好きじゃねぇんだよなあ」

「だったら貴方も御託並べる前にかかってきたらどうですか?、先手…譲りますよ」
 
「チッ」

戦いとは、先手を取った者と後手に回った者とでは 比べ物にならないアドバンテージが前者に与えられる、だがこの場に至っては別…そりゃ先手を取られりゃ痛いが

互いに互いの手の内を知らず、ただ漠然と強い事だけが分かっている、せっかく先手を取ってもそれを上回られれば、せっかく先手を取り手にしたアドバンテージはまるまる相手に渡る、手の内を晒すおまけ付きで

だからこそ、睨み合う…がしかし、どうやら彼女はこういう我慢比べは好きではないようで、舌打ちと共に足を開き四股を一つ踏むと

「上等だよ、テメェのくだらねー理屈や予測なんざ、吹っ飛ばしてやる、行くぜッッ!!」

刹那、彼女の体から多量の魔力が溢れ、エリスの直感を刺激する、『来る、攻めて来る』そう瞳孔を見開いた瞬間、トルデリーゼはエリスの予測をあっさり超えてきた

先手はなんだ?、拳も足も届く距離、彼女は武器を持たないから徒手空拳か?、それとも魔術か、ここまで容易に近づいてきたという事は近接戦も難なくこなせる魔術である場合が多い、ということは…とそこまで考えて一つ頭に過ぎる

そう言えばメグさんからもらった資料にこんなことが書いてあった

彼女専用の特異魔装についてだ、けど はっきり言ってその魔装は今この状況では警戒する必要もない

何故かって?、そりゃ脅威度で見れば師団長一の脅威力を持つが、…あれはこの場じゃ使えない だから…

そこまで予測した瞬間、エリスは己の油断と判断を呪った

「えっっっ!?!?」

思わずたたらを踏む、そうだ 何をバカなことを考えていたんだ、特異魔装は確かにこの場じゃ使えない…けど、エリスはこの人の魔術を知らない、資料にも書いていなかったから

そして、エリスでさえ破壊に苦労する迷宮の壁をぶち抜いたあの破壊力の正体、この分析を怠った、そうだよ この人の戦闘スタイルは…

「死ねや!ボケが!」

話を戻そう、彼女が構えを取った瞬間 彼女が取った攻撃法は、拳でも蹴りでも魔術でもない

『砲撃』だ

「いっっっ!?!?」

咄嗟に飛ぶ、いきなり目の前で放たれた弩級の砲撃を回避すれば エリスの背後にあった堅牢な迷宮の岩壁が その砲撃によって跡形もなく吹っ飛ぶのだ、凄まじい威力の砲撃!あんなもん城の一つくらいなら半壊させられそうだぞ!

と!いうか!なんだそれ!なんでただの人間が 魔術も無しにあんなバカみたいな砲撃撃てるんだよ!

「ぅぐぅ!、な なんですかそれ!」

爆風に煽られゴロゴロ転がり、慌てて態勢を整えながらエリスは叫ぶ…、その先にいるトルデリーゼの姿は 先ほどとは些かながら変わっていたのだ

「ああ?、何って…なんだよ、これがあたし 藍染を割く巨刃のトルデ!、その力さ!」

なんだかよくわからないが、簡単にそして見たまま彼女の姿を伝えるなら

トルデリーゼの腹から 野太い砲塔が突き出ていたのだ、砲塔が生えてる人間とは珍しい、エトワール辺りじゃ受けそうだ

なんて冗談も程々に、なんだあれ…体から砲身を生やす魔術?いや彼女は詠唱もしていなかった、つまりあれは魔術じゃない?それともメグさんと同じ詠唱要らずの魔術?、訳がわからない

「ははは!オラオラ!まだまだ行くぜ!」

「ちょちょっ!それ食らったらエリス死んじゃうんですけど!?」

「死ね!」

あんたどういう思考回路してんだ!、カノープス様からエリスの身柄保護を命じられてるんじゃないんですか!?、ああいやもうこいつにはそういう理屈は通用しそうにない!

みるみるうちに体から生えた砲塔は彼女の中に吸い込まれ、続けてと言わんばかりにその右手が砲塔に変化すると共に、再び撃ってくる、城に向けてぶっ放すような威力の砲撃を、なんの遠慮もなく エリスに

「くっ、『旋風圏跳』!!」

棒立ちじゃ殺される、走って逃げても爆風に飛ばされる、こうなっては出し惜しみも何もないと風を纏い空を舞い砲撃から逃げれば、再び岩の壁が吹き飛ばされ轟音が周囲に鳴り響く

「チッ、ちょこまか逃げやがって…、こうなったら」

すると諦めたのか、手の砲塔をスルスルと体に戻す…連発は出来ないのか?、一発撃つごとに体に戻すのはどういう意味だ…

なんて疑問に思う暇もなく今度はトルデリーゼさんの体からニョキニョキと複数の棒が生え、人型のウニのようになり…いや違う、あれ棒じゃない

兵士たちが持ってた兵装、そう 砲撃も行える武器で…

「全部ぶっ壊してやるッッ!!」

「うぉっ!?」

全身から生えたカンピオーネから無数の魔力砲弾を連射し、たった一人で全方位弾幕を形成するトルデリーゼのめちゃくちゃな攻撃を前にエリスはその場で回転し、加速し …虚空を蹴り上げ飛び回る、とにかく飛ぶ 加速して飛ぶ、捕まらないように砲弾の雨から逃げ回る

全身から生えたカンピオーネを闇雲に撃ってるようで狙いは杜撰だが何にせよ質量が凄まじい、こんなんじゃ攻めるどころの話では…

「あめぇよ!!小娘っ!」

「へ?ぐぅっ!?」

刹那、砲弾の雨を避け攻略法を考えるエリスの横っ腹に衝撃が走る、防御もロクにできず脇腹に食い込んだそれはミシミシと肋骨をへし折り、エリスの体を吹き飛ばす

いきなり飛んできたんだ、超重量級の鉄の塊が…いや違う、あの塊は

「げはっ…ぐっ」

「へへへ、めいちゅー…」

ジャラジャラと腕から生えた鎖を手繰り寄せ、エリスに向けて投げたその鉄の塊を体内へと戻していくトルデリーゼ

問題はその鉄の塊だ、トルデリーゼさんに引きずられ地面に線を残すその鉄の形には覚えがある

あれは…『錨』だ、船に取り付けられるあの鉄の塊だよ、入港するとき船が波に流されないように水に沈めて船体を固定するあの重しが彼女の手から生えていたんだ、船を固定する錨をぶつけて来たんだ…

それを投げるトルデリーゼさんも、ぶつけられて生きてるエリスもどうかしてるよ

「ぐっ、…ふぅー…」

「マジかよ!まだ立つのかよ!」

肋骨は折れ 肉は弾けたが、まだ立てる クソ痛いが立てる、だってここで倒れたらもったい無いじゃないか

なにせ、彼女の使う魔術と武器の正体に合点がいったのだから

「錨…砲塔…、なるほど、あなたの魔術が分かりましたよ」

「ッ…、もうか」

最初、エリスは彼女の魔術は体から銃身を生やす魔術か何かだと勘違いしていた

だが違う、あの報道による砲撃もカンピオーネによる一斉掃射も、錨による打撃も…ある一つの魔術によって生み出された事象なのだ

そもそもだ、相手に打撃を加えようとするなら 何故錨なのだ?、鉄の塊でもいいのに…態々錨なのだ、それは彼女の『ストック』がそれしかないから

「貴方は、皇帝陛下から特別な魔術…特記魔術を預かるうちの一人でしたね…」

「…ああ」

特記魔術とは魔術導皇との協約により 帝国が好きに魔術を作れる条約だ、そしてその特記魔術の開発には皇帝カノープス様の手が加わっている

故に、特記魔術は時空間に関する物が多い…、『空間制圧系魔術』とか『空間操作魔術』とかね、つまり特記組出身である彼女が使うのは砲塔や錨を体から生やす魔術ではなく 、空間に関する魔術…つまり

「貴方の魔術は 自分の体の中に無尽蔵の空間を作り、そこに物を入れたり 出したり出来る魔術…ですね?」

「………………」

沈黙か、正直な人だ

彼女の魔術はそれで決まりだ、『自らの肉体の中に無尽蔵の空スペースを作り、物の出し入れが可能な魔術』、だから砲塔や錨が体から生えて来たんだ、入れたものを出しただけだから詠唱も必要なかったんだ

そして、彼女が体の中に入れている物は何か?、恐らく彼女が帝国軍から授かった 師団長にだけ与えられる特異魔装が一つ入っているだけだろう

それは…

「貴方が与えられた特異魔装…、確か名前は…、帝国海軍所有主力戦艦 カノープス級四番艦『イータ・カリーナ』…でしたね」

つまり だ、彼女もまたフィリップさんの『星穿弓カウスメディア』と同じように、帝国から与えられた特別な兵装を持っているんだ

彼女が与えられたのは 剣でも弓でも槍でもない、戦艦だ 海を駆ける城塞たる巨大戦艦が彼女の専用の魔装

魔力機構で動く高速戦艦であり戦略級魔装、帝国の海域を守護する戦艦をまるまる一つ与えられ、その個人所有と使用が許可された唯一の人間、それがトルデリーゼ

彼女はその魔術で体内に戦艦を収納し 戦闘になるとその一部を表出させ攻撃を行う、さっき出した砲塔も戦艦の砲塔、そして錨もまた戦艦の一部…ってわけだ

彼女の魔装は戦艦です、って聞かされてたから 警戒してなかったんだがな、だって戦艦だよ?ここで使えるわけないと思うじゃん、なのに…まさかそうやって使うとは、メグさんめ 彼女の戦闘スタイルくらい教えてくれてもいいのに

「驚きですよ、戦艦をまるまる一つ武器として扱うなんてデタラメですね」

「こっちはもっと驚きだよ、まだ数手しか手を打ってねぇのにもう諸々バレるとは、どんな目と頭してんだ」

まぁ、メグさんの資料があったからなんですけどね!

「くくく…ああそうさ!、あたしの武器は陛下より賜ったこの空間融合特記魔術『リュージョンフュージョン』と私の特異魔装『イータ・カリーナ』!、それが分かって満足か?だがそれが分かったところで何になるんだよ、別にお前が有利になるわけでもねぇだろ?、ここまで逃げ回ってるお前がよ!」

「それはどうですかね…」

「あ?」

わからないか?、手の内が読めたという事は、トルデリーゼの今手の中に隠し手札が読めているという事、彼女が強みとする部分も…弱みとする部分も読めたんだ

「貴方の使う空間融合魔術、それ 中に人って入れられませんよね」

「あ?…ああ、だからなんだよ」

だろうな、だったら自分の部下を全部中に収めて運んだ方が効率がいい、それをしないで側に待機させてるってことはそうだろうと思ってたよ

「つまり、…貴方の体の中にある戦艦、その砲塔に弾を込める人間は居ないって事ですよね」

「うっ…」

「ええと確か、イータ・カリーナに搭載されている巨大戦砲は全部で十二門、さっきまでの戦いで二発撃ったから残り十発、いや この迷宮の壁を突破するのに一発使ってるから残り最高でも九発…、それを凌げばさっきの砲弾は打ち止め ですよね?」
 
「……あ、う…その…」

あんまり嘘が得意じゃなさそうだなこの人、結局怖いのはさっきの爆撃だけ、それがなければ錨や小型兵装によるコマ撃ちくらいしか彼女には残されない

おまけに砲門一つにつき撃てるのは一発だけ、だから一発撃ったらさっきみたいに一度戻して別のを出さなくてはいけない

「さて、当てられますか?エリスに、まだ一度もクリーンヒットを当ててない貴方に、残りたった九発で」

「…ああもう!、くそっ…フリードリヒの言った通りになっちまった…」

「へ?」

「なんでもねぇ!、んなもん関係あるか!あたしは芸頼みの一発屋じゃねぇ!、手の内がバレたからってなんだ!、それを飛び越えるからあたしは…」

するとトルデリーゼさんは手を下に向け…、手から突き出した砲塔を地面につけ…、って何するつもり じゃない、する事は決まって…!

「師団長なんだよ!!!」

刹那、地面が崩れる 隆起する、トルデリーゼが地面に向けて砲撃を行ったのだ、残り九発しかないうちの一発を大胆にも地面へ向けた、普通バレたらもっと残りの弾数を大切にしないか!?

いや違う、この大胆さが、彼女を師団長足らしめているんだ!

「ぐっ!」

慌てて飛び上がる 崩れた地面に飲まれたんじゃ戦えない、幸いエリスには空へと逃げる算段が…

「動き見抜いてんのはお前だけじゃねぇんだよ!!」

「なっ!?」

エリスは勘違いしていた、地面を撃って 目眩しか、或いは衝撃による全方位攻撃を行ったのだと勘違いしていた、今の一撃は攻撃ではない、移動だったのだ

砲弾の衝撃で飛び上がり エリスに向けて突っ込んで来るために地面を砲撃したのだ、ああすればエリスが警戒して旋風圏跳で上へ逃げると読んでいた彼女は、まんまと予測通りの方向へ逃げたエリス目掛け飛び

その肩に、戦艦の衝角を露出させ 弾丸の如き速度で飛び…そして

「ぅぅおおぁぁぁあああ!!!!!」

「ごはぁっ!?」

その一撃は戦艦の突撃に等しい硬度 重量を誇る、内部に戦艦一つ抱える彼女の体重は通常の人間のそれではない、まさしく人型の戦略級兵器の一撃、彼女は砲塔など無くとも その一撃一撃が戦略級なのだ

そんな超々重量級の一撃を貰い血を吹き 突き飛ばされるエリスの体は、背後の岩壁さえ突き抜けなお飛び続ける、重たい重たい一撃、重さだけならレーシュの一撃さえ上回る

全身の骨砕かれるような一撃を貰い、壁一つ突き抜け漸く失速し地面へ転がる頃にはエリスの体はもう殆ど動く余力をなくしていた

「ぐっ、…あぁ…くそっ!」

殆ど動かない体を精神力だけで動かし、ポーチの中に入ったポーションの栓を噛み抜き、中身を仰ぐ、くそっ もう切り札を使わされた、本当ならもっと後に使う予定だったのに

油断しすぎだぞエリス!、そんな師匠の声が聞こえるようだ、何を得意になってた、弱点を指摘し見破ったからと言って!、それで竦むような容易い相手じゃないのは分かってたろ!、相手は師団長!最強の帝国の上澄みなんだ

油断するな!、全力で行け!

「ぷはっ!、…ぅうう…」

「ん?、ああ?まだ動けんのかよ、やるなぁおい」

ガラガラと崩れる壁を踏み越えて現れるトルデリーゼを、立ち上がりながら睨む、…行くんだ、本気で

「まだまだです!」

「ならまだまだぶちのめす!」

その瞬間、トルデリーゼさんの雄叫びと共に彼女の両手から二本の錨が鎖と共に飛び出て、彼女はその常人離れした膂力で錨を片手で振り回してエリス目掛け飛ばしてくる

「『旋風圏跳』!!」

「厄介だなぁ!、だが見飽きたぜ!」

風を纏い飛び立てば、トルデリーゼさんは的確にエリスの逃げ場を奪い追い立てるように錨を飛ばし振り回す、頑強な壁や地面を砕き 時に錨が突き刺さる勢いで錨は次々飛んで来る、本来戦闘用ではないが 戦艦を固定する錨の重量で殴られれば痛いのは経験済み

ですがね!

「血は凍り 息は凍てつき、全てを砕く怜悧なる力よ、臛臛婆 虎虎婆と苦痛を齎し、蒼き蓮華を作り出り砕け!『鉢特摩天牢雪獄』!!!」

迫る錨をくるりくるりと回避しながら放つのは吹雪、氷雪系古式魔術『鉢特摩天牢雪獄』

簡単に言えば氷々白息の上位互換、全身から絶対零度の吹雪を広範囲に放ちあらゆるものを凍てつかせる、これを一撃放てばそれだけでこの迷宮内がエトワールの雪原のようにグッと寒くなる

「ああ?、氷の魔術…、なんで今それを選択…いっ!?」

その瞬間、吹雪を受けても物ともしないトルデリーゼさんの顔が苦痛に歪み錨を振るう手が止まる、そりゃそうだ…

物体には熱を伝える力があるんですよぉ~なんて態々説明せねばならない人間は居ない、寒い場所にあるものは冷たくなり 熱いところにあるものは熱くなる、世の道理

そして、鉄とは人の体よりも急激に冷たくなる、冷たくなれば熱を伝える、吹雪の中で鉄に触るなど言語道断、ましてや 手から金属製の鎖を生やすなんて以ての外だ、そんな事すれば熱を伝えた鎖で手が凍傷になってしまう

「チッ、面倒な…」

「さっきのぉ!お返しでぇぇぇすっっっ!!!」

「あ、やべっ!?」

その隙を見逃してやる理由があるなら教えてほしい、鎖を慌てて仕舞い込むその隙に乗じて旋風圏跳で突っ込み、さっきのタックルのお返しと加速分のエネルギーを乗せたエリス必殺の飛び蹴りを!その顔面に!

「っっっ!?!?」

その時、苦悶の表情を浮かべたのはどちらか、隙だらけのトルデリーゼの顔に エリスの靴底がめり込む、というのになんだ どうしてだ…

(び、びくともしない…)

まるで、大地に深く突き刺された鉄の柱に打ち込んだようだ…、蹴りを加えた足の方が痛いとエリスの顔が苦悶に歪む、どういう事…いや そうか!

さっきのタックルと同じだ、この人は体の奥から戦艦の重量が少しだけ漏れ出ているんだ、だから…その重心は重く、戦艦の如く 決して倒れない

「その程度か…、つか…汚ねぇ靴で踏むんじゃ」

鼻血を垂らしながらも特に吹き飛ばされるでも無くその重い手でエリスの足を掴み…

「ねぇっ!!!」

叩きつける、超重量級の一撃は容易く大地を砕き エリスの体をも砕く、っていうか なんだこの威力、この人力ありすぎだろ…

ああいやそうか、これも重さか…、見誤った、この人の真の武器は大砲じゃなく、戦艦を抱えるが故に発生する重みだったか…、近接戦は仕掛けるべきじゃなかった…

「ぁ…がっ…ぐっ…」

「へっ、中々やるが…悪いな、負けらんねーんだわ、あたしもよ」

ああ…星が見える…、目が回る、ダメージ以上に意識が朦朧とする、手足が痺れて動けない、凄まじい重さから繰り出される徒手空拳、はっきり言って魔術以上の脅威だ

ああ、くそっ…まだ動ける、まだ動けるが、ダメだ ハマった…エリスがこの朦朧から回復するのにあと十秒ほど要する、その間にトドメを刺されるのが目に見えてる

これ…までか

「ま、良くやったって言っておくよ、お前のこと フリードリヒや将軍達には良く伝えておくよ、じゃあな…!寝てろよ!」

その凄まじい重みを解放し、大地を砕きながらトルデリーゼは片足を大きく上げる、ただの踏みつけも、圧倒て重量を持つ彼女が行えば必殺だ、…急いで旋風圏跳を…

あ ダメだ、口動かない…、パチパチと目を動かし必死に意識を取り戻そうと足掻くが、間に合わない…

そうこうしている間に断頭の刃の如き足が、今 エリスに振り下ろされる、もう何をしても間に合わない…

まぁ、良く伝えてくれるみたいだし…もう、これでいっか

「……ぁー…」

そう諦めて、目を瞑ろうとした瞬間の事だ、目の端に 何かが映った

光だ、いや光を反射する何かだ…

其れは黄金の刃、ナイフというにはあまりに短く小さなそれがエリスとトルデリーゼさんの間、大きく足を振り上げるトルデリーゼさんの足元にトスっと刺さると

「っっっ!?こ これは!?やべ!」

その黄金のナイフを見たトルデリーゼさんの顔が、真っ青に染まり 慌ててその足を戻そうとするのが見える、しかし 時は既に遅く

「『時界門』!」

そう 声が聞こえる、朦朧とする意識の中 確かにそう聞こえた、その言葉と声に覚えがある、聞き覚えがある

ああ…ようやく来てくれたか、本当に 助けられますね…

「っ!?うぎゃっ!?なんだこれ!?」

その言葉と共に突如トルデリーゼさんの足元に大穴が開く、地面に穴が開いたのではない、トルデリーゼさんと地面を繋ぐ接合点に 虚空に穴が開いたのだ、それが別の空間に繋がっている事をエリスは知っている

これは間違いなく時界門、メグさんの使う 時空魔術だ

「クソがぁっ!メグゥッ!おぼえてろぉぉぉぉぉぉぉおおおお…………」

それが足元に突如として生まれたが故に、なんの反応も出来ずトルデリーゼさんはその穴へと吸い込まれるように、いや、落ちるように消えていく

トルデリーゼさんの姿が穴へと消えると共に、穴は音もなく消え 代わりにエリスの頭上に現れた穴から 交代するように別の人間が降ってくる

「ふぅ、間に合いましたか、遅れて申し訳ございません エリス様、メイドのメグ 只今到着しました」

「め…メグさん、ありがとうございます…助かりました」

メグさんだ、今回の戦いでエリスと共に戦ってくれることになっていたメグさん、今までエリスが振り切っていたから置いていってしまったけれど、どうやら助けに来てくれたようだ…助かった、いやぁ 助かった…ああ本気で助かった、いやいや本当に助かったぞ!?

意識が戻ってきてドッと冷や汗が出てくる、あぶっねー!本気で危なかったじゃんエリス!、何諦めてたんだ!あぶなー…

「しかし、いきなり帝国軍の中心を攻めるなんて、エリス様は凄いですね」

「遠回しに無謀って言ってるんですか?、というかトルデリーゼさんは何処へ?」

「トルデリーゼ様はマルミドワズの居住エリアへ送って差し上げました、しばらく戻っては来れないでしょう」

えぐ…、そうだよ この人の魔術を使えばどんな人間も一撃で戦線離脱させられるんだ、反則じゃない?

「なるほど、でもメグさんとした事が遅かったですね、エリスてっきり一瞬でエリスのところまで来てくれると思ってました…、あ いやこれは嫌味とかではなく」

「わかってますよ、エリス様はそんなこと言いませんから、ただ…そうですね、この場所は登録していないので 直ぐに飛んでいくことはできないんです」

「登録?」

「はい…」

すると彼女は足元に転がる黄金のナイフを地面から引き抜き、まるでエリスに見せつけるように太陽の光をキラキラ反射させる…、そう言えばこれなんだ?、トルデリーゼさんは自分に命中したわけでもないのに これを見た瞬間顔色変えてたが…

「エリス様には教えていませんでしたね、私の時空魔術は万能ではないのです…、遠方にワープするなら その場所の座標を的確に記憶する必要があるのですが、その座標の的確な特定は常人には難しいのです…、エリス様のような記憶能力や 陛下のような特異な空間識別能力が無ければ 遠方へのワープは不可能、これが 時空魔術が最難の魔術と言われる所以なのです」

「でも、メグさんは出来てますよね、ワープ…エトワールから帝国まで飛びましたし」

「ですが、アガスティヤからエトワールまでは歩きでした」

ああ、それに関しては不思議には思ってた…、それは彼女の言う登録とやらが出来ていなかったからなのだろう、なんとなく色々理解出来てきたぞ…

「私の転移は、視界内の何処かとこのナイフ…、いえ『セントエルモの楔』と呼ばれるピンがある所にしか出来ないのです」

「ああ、なるほど…そのピンがある所にしか出来ない、だから 地上に降りる時も少し離れた位置に転移して、ピンが無いからエリスの所に来るまでに時間がかかったんですね」

つまり、あの黄金のナイフ…名を『セントエルモの楔』とやらがある所にしかワープは出来ない

だから、このピンが無いからエトワールまでは歩きで移動する必要があった 駐屯地に移動する時もピンが無いから直接転移できなかった…エリスの所に来るまでに時間がかかった

恐らく、彼女の住んでるマルミドワズにはこのピンが多数設置されているのだろう、そう言うことか…

彼女の言う通り、時空魔術はエリスのが思うほど万能では無いようだ…いや?、メグさんの口ぶり的にカノープス様はピンなしでも世界中に移動できるくさいぞ?、じゃあ時空魔術自体は万能じゃん…

まぁいいや

「そう言うことだったんですね、すみません…それなのに無茶振りして」

「いえ、私ももっと早くに伝えておくべきでした、ですのでエリス様?もし今後こう言う事があった時のために、このピンを 肌身離さず持っていてください」

「え?、いいんですか?エリスが持ってても…」

「構いません、沢山あるので」

するとジャラジャラとメグさんの隣に開いた穴からセントエルモの楔が山のように湧き出てくる、百や二百じゃ効かない数あるな…、こんなにあるなら 一個ぐらい…いいか

「では、頂きますね」

「はい、絶対に肌身離さず持ち歩いてください…、もう、エリス様が傷ついているのに 私が側にいない、なんて状況はごめんなので…」

「メグさん…」

やや彼女の目が潤んでいるように見える、…悪いことをしてしまったな

彼女は既にこの一件に責任を感じてる、なのに その上でエリスがこんな無茶をして…、ここに駆けつけるまでの彼女の心境を慮れば如何程のものであったか容易に想像が出来る、本当に本当に 悪いことをした

それにエリスも今回の件で身に染みた、彼女がいくら有能だからと無茶しては死にかける、いつだってエリスは一人で戦ってこなかった、孤軍奮闘はそもそも柄じゃないな、うん このピンはこれから一生肌身離さず持ち歩いて…

…ん?、しかし メグさんの任務はエリスの警護だよな、ならこれって最初に渡しておくべきじゃ無いか?、メグさん忘れてた?それとも別の機会に渡すつもりだった?

「そうだ、エリス様」

「はい?なんです?」

「ちょうどいい機会ですので、見せておきましょう、またいつ何時このような事態に遭遇するかもわかりませんので、私…無双の魔女の弟子の力を、ご覧に入れておきます」

なんて言っている間に誂えたかのようにトルデリーゼさんが開けた穴からわんさか兵士がなだれ込んでくる、どこかの師団所属ってわけじゃない一般の兵卒だ…

トルデリーゼさんと一緒に来た第五師団の皆さんはトルデリーゼさんが戦線離脱したと見るや否や一緒に何処かへ撤退したようだ、まぁこれは実戦ではない 体調がいなくなったら無理する必要もないか

「居たぞ!、孤独の魔女の弟子…と メグ殿!?」

「皆さまご機嫌よう、大変申し訳ないのですが、私 エリス様に良いところを見せたいので、出来ればヤラレ役になっていただけますか?」

すると、メグさんはなだれ込んできた兵士…武装した帝国軍人数十人を前に何も持たずメイド服一丁でしゃなりしゃなりと前へ出る…、見せてくれるのか?良いところを、なら拝ませていただきます

無双の魔女の弟子 メグ・ジャバウォックの戦い方を…、あとエリス休憩したいので よろしくお願いします

「ではエリス様はそこでお休みを、こちらは私で片付けておきます」

「あ…はい」

「これはこれはメグ殿、いくら陛下の弟子だからと あまり我々をナメないで頂きたい、我等は帝国軍人…従者である貴方とは違うのですよ」

「ふふふ…うふふふ」

武器を構え望むところだと意気込む兵士たち、それを見て愉快そうに笑うメグさんは目を細め ぬるりとした動きで、ふらりとした動きで、前へ歩く…

…なんだ、なんなんだ メグさん、貴方そんな顔出来るんですか?

戦いを前に、ニタリと笑うあの顔、あれと同じ種類の顔をエリスは何度か見た事がある、エリスは長い旅で数度あの手の顔を見た事があるが故に、エリスはあの顔を こう呼んでいる

『加虐の顔』と…、あれは デルセクトのソニアや太陽のレーシュのような、圧倒的加害者が相手を傷つける際する顔と同じ顔…、それをメグさんが…

「まずエリス様には私の得意なことを知っていただきたいです…、私は見た目の通り力が弱く華奢でか弱いです」

「え?ええ…」

「ですがその代わり、足は速いんですよ?スピードタイプってやつです、…なのでほら こんな風に、転移を使わなくても」

トン…、そんな音がした気がする、地面を軽く叩くような跳躍、そう メグさんは軽く飛ぶような…ステップにも近いレベルで跳んだだけのはずだ、なのに どう言うことか

メグさんがさっきまで立っていた空間には誰もいない、ただ メグさんの足一つ分の砂埃だけがそこに漂い…

「冥土奉仕術…一式・『無影の歩み』、にてございます」

「なっ!?」

その驚愕の声は、メグさん以外の全員が上げたものだ、エリスも 帝国軍人も全員が顎が落ちるんじゃないかってくらいあんぐりと開けて唖然とする

メグさんが、帝国軍の一団の背後にいる、今さっきまでそこに居たのに あんなに離れた所に…え?魔術?いやでも使わなくてもって、まさか身体能力だけで?いやいや速すぎる、影だって追いつけない速度だぞ あれ!

しかも、移動した時の気配も 音も…何もなかった…、なんだあれ

「い いつの間に!、おい!後ろだ!油断するな!彼女は…」

「もう、遅うございます…ほら」

慌てて振り向く軍人達、武器を構えて背後にいるメグさんに向けて槍を振るおうと…そう 振り向いた、いや 振り向こうとした、しかし

「か…体が…動かない」

「皆さん、ボーッとされていたようなので 結んでおきました、こちらで」

見れば帝国軍人達の体は細く硬い鉄の糸で雁字搦めに結び付くされているではないか、ただ軍人達の背後に回っただけでなく 全員が反応出来ない速度で糸で結んで拘束までしていたのか…、あれを全部魔術抜きでやったのか?

結ばれた本人達も気がつかない速度の拘束に 軍人達は青くなる、されど メグさんの攻勢は終わらない

「しかし、ここまでしても私には攻撃力がございません、私が使える時空魔術は移動用の物が殆ど…陛下のような攻撃時空魔術は使えないのです、まぁ 彼らをマルミドワズに転移させ そこから転落させることは出来ますが…」

「ヒッ…」

「しかし私は陛下との約束で、もう人は殺さないと誓っているのでご安心を、…なので 陛下から攻撃する為の物を預かっているのです」

するとメグさんは動けず青褪める兵士達を前に 小さくカテーシーをしてみせる

「エリス様は特異魔装をご覧になられましたか?、ええそうです フィリップ様やトルデリーゼ様が持っていた、個人専用魔装…あれを私も頂いているのです、ただし 他の方々と違う点があるとするなら…」

パチン と指を一つ鳴らせば彼女の背後の虚空に時空を捻じ曲げる穴が開く、それは一つ二つではない、十 二十…もしかしたら百はあるかもしれないその穴は次々と開き 奥から何かが現れる

「小型専用魔装千四百二十五…中型専用魔装四百五十五…大型専用兵装百七十、戦術級を六十二 戦略級を十五個ほど所有しております、ええ 私陛下の寵愛を預かっておりますので、特別扱いということで 沢山特異兵装を持ってるのでございます、うふふ 凄いでしょ?」

凄すぎるだろ…、つまり何か?彼女は師団長でさえ一個しか持ってない専用魔装を千以上持ってると?、特別扱いがすぎるぞ…

見れば彼女の背後から現れるのは剣 槍 弓 杖、形 種別 大きさを問わず無数に現れる、今現れた数でさえ把握し切れないというのに、これでさえ ほんの一部だというのか…

「ええと、どれを使いましょう…ど れ に し よ う か な…、愛する陛下の言う通り…でございますっと、これにしましょう」

うふふ、と適当に決めた武器を時界門から引き抜く…、それは彼女が陛下から与えられた特異魔装のうちの一つ、師団長の持つ強力な武器と同格のそれを 選んで引き抜く…

時界門から現れたのは、一本の剣だ、黒々と輝く妖しい長剣…、それを片手で軽々と持ち上げると

「こちらは魔力集約機構と呼ばれる機構が内部に内蔵されていまして、放っておくだけで魔力を充填してくれる優れものでございます、なので こちらは剣として切るのではなく…こうやって!」

すると、魔力が込められたその黒剣を高々と掲げ…今、動けない中身構える軍人達を他所に今 剣が振り下ろされ…

「あ、私としたことが必殺の技名を考えるのを失念しておりました…、えーと…『メガトン…!』いえ、『ブラック!…』よりも『シュバルツ…!』の方がカッコいいでしょうか」

「今それ気にします!?」

ピタリと止まり考え始めるメグさん思わず力が抜ける、いやいやそれ今気にしますか?なんて空気が軍人達の間にも流れるのが見えた、ホッと…一息つく軍人達が見えた、なんだ本気じゃないんだと油断する姿が見えた…

まさか、そうエリスが察するとともに

「ですね、じゃあ『シュバルツ斬り』」

「え……」

振り下ろされた、呆気なく 何も気にすることなく、いや そもそも最初から何も気にしていないであろうに、その剣が容赦なく軍人達に振り下ろされた瞬間

黒の剣は、刃同様 漆黒の輝きを放ち爆裂するが如き衝撃波を放ち、大地ごと 目の前の帝国兵を吹き飛ばす、たった一本の剣から生まれたとは思えない強力な衝撃波は 拘束された上に気を抜いた軍人達では耐えられる故もなく

「ぐぉぉぁぁぁあっっっっ!?」
 
次々と吹き飛ばされ エリスの背後の岩壁にめり込み、気を失いダラリと地面へと倒れていく…

凄まじい威力、あれが師団長が持つレベルの魔装…軽く振るった一撃で現代魔術級の一撃が飛び出たぞ、恐ろしい剣…

いやいや、そこじゃない…何より恐ろしいのはメグさんだ

「ふぅ、終わりました」

なんて事ないように汗を拭う彼女にエリスは戦慄する、上手すぎるんだ 戦闘が

戦いとはチンピラの殴り合いレベルでさえ 駆け引きが存在する、相手の意図を潰し 虚を突くことにより成立する、これの上手い下手によって実力が決まると言える

その点でいうとメグさんはそれが上手いのだ、敵の一瞬の虚を突き拘束し、技名は~なんて惚けたフリで油断を誘った、どんな戦士でも隙は一瞬でも生まれるモノ、そして油断した状態で攻撃を受ければ耐えられない…

彼女はそれを息をするように、なんの滞りも無く 執行してみせた、鮮やか過ぎる手際、エリスじゃああはいかない…

それも、カノープス様に習った手練手管なのか?、それとも…

「さて、エリス様 私の力は如何でしたか?」

「び ビックリしました、本当に強いんですね、メグさん」

「いえ、私などまだまだ…、先程も言いましたが戦闘用の時空魔術は使えませんし、このように武器に頼らなければ火力も出ない、ですが エリス様の戦いの一助になるなら、これ以上ない光栄でございます」

一助も何も、この人 下手したら師団長より強いんじゃないか?、今ここでこの人と戦って…エリスは果たして勝てるだろうか、そのレベルで底が見えない

底知らずの強さ、どのくらい強いんだろうという興味を恐怖と戦慄が上回る、…メグさん 本当に油断なりませんね

「エリス様?休憩は終わりましたか?」

「え ええ、終わりました、もうピンピンです」

「ピンピンでございますか、それは良かった…では、私と一曲 踊っていただけますか?」

「踊り?」

「ええ、幸いまだ観客はいる様子、…出来れば私の力をもっと見て頂きたい、エリス様の力を私に見せて頂きたい、そんなメイドの不躾な我儘を聞いていただけますでしょうか」

なるほど、もっと一緒に戦おうというのか、有難い上にこの上ない、エリスはトルデリーゼさんとの戦いでかなり消耗したが、まだまだ動ける…動けるうちは、暴れまわって帝国軍にこの力を示したい

だから

「分かりました、では 一緒に踊りましょう、ですが エリスの踊りは激しいですよ?」

なんてキザったいセリフを吐き耳まで赤くしながら、メグさんの差し出されたその手を取る、踊ろう 戦場と言う名の舞台で、軍靴の演奏に合わせて、激しく激しく武器と魔術を振るって、この踊りで帝国軍という観客を卒倒させてやろうじゃないか

「まぁ、エリス様…イケメンでございますね」

「あはは、これでも舞台で役者やってたんで」

「イケメンは否定しないのでございますね」

「自信はあるので」

拳を握りポキポキと音を鳴らす、メイド服を揺らし コートを揺らし、共に歩き 迷宮の外にいる帝国の軍勢を睨む、数にして数十万?かなりの数だ、人の海といってもいい

そんな軍勢に向けて二人で歩き出す、二人並んで歩き出す

「凄い数ですね」

「ええ、これぞ帝国が誇る軍事力でございます、堪能していただけましたか?」
 
「…はい、十分です、でも彼らはエリスを認めてくれるでしょうか」

「きっと認めてくださいますよ、師団長を二人も倒したんですから」

「トルデリーゼさんはメグさんが倒したじゃないですか」

「従者の功績は主人の功績でございます」

「あはは…まぁ、分からなくないですが、エリスとメグさんは主従では無く友ですよ」

さて、お喋りもそろそろに、やれるところまでやってみよう この力が尽きるまで、戦おう、彼女という友が隣にいるなら どこまででも戦える気がするよ エリスは

「まさか…あれは孤独の魔女の弟子!?、中に入ったフィリップ団長とトルデリーゼ団長はどうしたんだ…」

「まさかあの二人を倒したのか…!?」

「ど どんだけ強いんだあいつ…、師団長の前にはいくつも部隊を壊滅させたって話だぞ…」

「噂で聞く以上だな…、これは アイツの力を認めないといけないかもな…」

戦慄する軍団を見つめ、迷宮の瓦礫を踏み越え 人海を前に両手を広げる、これがエリスだと言わんばかりに、見せつけるように、そして、これから思い知らせるために

「じゃあ、エリスから行きますね」

「はい、今度はきちんとついていきます、存分にどうぞ」

「では…、行きます 魔力覚醒ッッ!!!」

既に、トルデリーゼさんとの戦いで条件は満たしている、故に解放する エリスの真の力を、魔女大国最強戦力クラスにのみ許された最強の力

魔力覚醒!その名も!

「『ゼナ・デュナミス』!かー!らー!のぉぉーーー!!!」

迸る記憶の光 舞い上がる絶大な魔力を束ね、頭の中にある記憶を実在現象として具現化しー今放つは追憶魔術!

「行きます!追憶!『四大煌星 天網恢々』!!」

放つ 練り上げた魔力を事象へと変化させ、目の前で怯える兵士達に向け 広がる帝国軍に向け記憶を基にした魔術を

四大…とはつまり、地水火風の四属性 最も基礎的と言われるこの世を構成する四つの要因の魔術

即ち

『岩鬼鳴動界轟壊』
『水旋狂濤白浪』
『眩耀灼炎火法』
『颶神風刻大槍』
 
この四つを掛け合わせた合体魔術だ、魔力覚醒状態でなければ使えない四属性の合わせ技!広範囲攻撃魔術の欲張りセット!、うねりをあげ混ざるように進む炎 風 水 岩、それが混濁し ただの一撃として帝国軍という名の海へと落ち…

「ふぅー…!、行きますよ!メグさん」

「あいあいさーでございます」

轟く爆音 吹き飛ぶ軍勢、たったの一撃で数百人の帝国軍人達が雨霰のように吹き飛び落ちる様にが目の前に広がる 、そんな惨劇を作り出し 舞い上がる土埃を切り裂いて進む

今の一撃で帝国の士気はガクンと下がった、気炎を恐怖が上回った、攻めるなら!今ぁっ!

「ひぃっ!来た!」

「どっせぇーーい!」

「がぼがぁっ!」

旋風圏跳による飛び蹴りで軍勢に切り込みながら叫ぶ、ここからは魔力や戦力の勝負ではない、気力の勝負だ!

「く くそ!、やられてたまるか!俺たちは帝国軍人…がぼがぁっ!?」

「どんどん来なさい!エリスを止めたければ言葉や勇壮では無く!力で!!」

「ぐぶぁっ!!?」

手足に旋風圏跳を纏わせる疾風韋駄天の型を用い 呆気を取られる兵士達をなぎ倒しながら進む、囲まれないよう囲まれないよう進み続ける、出来る限り 停滞しないように

「くっ!この!止めろ!アイツを!」

「アイツ…では無く、エリス様と呼びなさい!」

「へ?あれ? 体が動かな…」

刹那の間に空間を飛び回り一瞬で数十もの人間を鉄の糸で拘束するメグさんの動きは止まらない、流れるような動きで虚空に開けた穴から皇帝より寄与された特異魔装を…鈍色の乱波を取り出すと…

「拡音魔装『ガラルホルンの笛』、どうぞ ご静聴の程を…すぅーーー」

大きく息を吸い 吐く、ただそれだけの呼吸が 手に構えられた乱波によって爆音へと変化する、音とは空気の振動だ、爆裂なる振動は時として岩さえ砕き 音とは遥かな地平まで届く

彼女の吹いた乱波から放たれる音色…いやもはや振動波と呼ぶべきそれは拘束した兵士どころか周辺の兵士たちまで纏めて吹き飛ばしその意識を着実に刈り取る

「ぐほぉぁぁぁっっっ!?」

「乱波っぱー!!!…ふむ、良いですねこれ、気に入りました」

「つっっああああ!!!追憶『火雷連招』」

ややふざける様に、戯けるように戦うメグさんを尻目にエリスは全霊を込める、正直に言えば帝国兵一人一人はさしたる程強くない

いや、多分一兵卒の強さで言えばアルクカースに次ぐ程の練度ではあるが、長い旅を乗り越えたエリスの敵ではない、だが…

「押し返せーッ!!、師団長達だけが帝国だと思うんじゃねー!!」

兵士達の瞳に炎が宿っている、先程 強烈な一撃で恐怖させ下げたはずの士気がもう元に戻っている、凄まじい精神力だ…、彼らの言う『最強国家の一員である』と言う誇りは あるいは強さにもなり得るのか

ですが、誇りを持って戦ってるのはエリスも同じだ!

「エリスッッ!!!」

「ん?…貴方は」

「あの日のリベンジさせてもらうぜ!、ネハン!ヴァーナ!行くぞ!」

すると軍勢を引き裂いて現れるのはツンツンヘアーのお猿顔、エリスをここまで連れてきた軍人の一人、ゴラクさんだ 背後には無口なネハンさんと可愛らしいヴァーナちゃんもいる

「おお、ゴラクがきたぞ!」

「よっ!、特攻隊長!期待してるぜ!」

「へへへ、任せろい!」

「そんなに高らかに宣言していいだかなぁ、なぁ?ネハンさん?相手はあのエリスさんだってのに」

「まぁ、ゴラクがやりたいなら 好きにさせればいい」

どうやらゴラクさんの実力は帝国軍の中でも秀でた方にあるらしく、彼の登場に帝国軍は湧きたち ぐるりとエリスとゴラクさんを囲むように布陣し、自然と二人の為のコロシアムが出来上がる

「ゴラクさんって強いんですね」

「エリス様、一応彼の方は九代続けて軍人を輩出している軍部の名門 ハヌマーン家の嫡男です、そこらの兵士よりも幾分上等な英才教育を受けて育っておりますので」

ふと 背後からメグさんの声が聞こえて肩を揺らす、びっくりした…背後を取られたのに気がつかなかった…

「如何しますかエリス様、目障りなら私が相手しますが」
 
「いいです、エリスを指名なんですよね?ゴラクさん」

「おうよ!、なんもかんも負けっぱなしってのは俺の性に合わねぇ!、ここらで俺の力を見せつけるぜ!」

すると手に持つカンピオーネをくるくると回し 、格好良く構え腰を落とすと

「カンピオーネ!双刃形態!」

その声と共に カンピオーネの両端から魔力刃が突き出てあっという間に一つの武器と化す、あれもカンピオーネの形態の一つなのか…槍形態と何が違うかよくわからんが

やる気らしい、ゴラクさんは…ならば受けて立つ!

「行くぜ行くぜ行くぜぇーっ!」

「いけーっ!ゴラクー!」

「やっちまえー!」

「頑張るだよー!ゴラクさーん!」

「…………ふぁいとー」

両刃をクルクルと回転させ怒涛の勢いで突っ込んでくるゴラクさんの勢いは、確かに周りの兵士達を遥かに上回る速度と勢いだ、彼が期待される理由もよくわかる

だが、悪いが今のエリスは魔力覚醒を行なっている、その気合いには答えられそうにない

「ぅおりゃぁぁぁぁ!!!」

振るう、両端に刃がついたそれを、水車のように回転させひたすらエリスに斬りかかる、だが…

「あ 当たらねぇ!?」

「直線過ぎますよ、ゴラクさん!」

「げぶっ!?」

怒涛の連撃を掻い潜り、一閃 光芒も影も残さぬ右ストレートがゴラクさんの顔を打ち抜き…

「こ…この!、まだまだ…」

「はっ!」

「ぶげっ!!??」

次いで二閃、側頭部と鳩尾に拳が煌めけば、深く深く衝撃がめり込み…彼の意識を、雑草の如く刈り取れば、その体から力が抜けて…ゆっくりと地面へと向かい、倒れ伏す

「あ…ぐほぉ…、ま 魔術も使わせらんねぇと…か……」

「嘘だろ、あのゴラクまで瞬殺かよ!?」

「こりゃ、師団長二人を倒したってのはマジっぽいな…」

「あー、やっぱダメだっただよ…」

「まぁ、これで満足するでしょ」

ゴラクが倒された、あの特攻隊長が一瞬で気絶させられた、しかも魔術の一つも使わずに…、そんな声が周囲から響く、どうやら上がり始めていた士気も ゴラクさんの陥落でポッキリ折れたようだ

それだけ、彼は軍部内では注目される戦士だったのだ

「さて?次は誰が相手をしてくれますか?」

「うっ…ど どうする?、数で攻めてもダメ 実力者が挑んでもダメ…これ なんとかなるのか?」

「だ だけど戦わないと…」

「えぇ、じゃあお前いけよ…」

「いやいや…」

ギロリとエリスの睨む視線に怯え竦む兵士たち、誰でもいい 次は誰だと視線を横に流していると…

「なら、次は私が相手をする……」

そう勇ましくも前に出る者がいる、兵達の群れを割って現れるそれは、背中に巨大な槍を背負った一人の女で…

「お…おお、つ 遂に来た、遂に三将軍の一角を動かすか…!」

「アーデルトラウト様!助けに来てくれたのですね!」

現れたのは帝国最強戦力の一角にして、世界最強の三人の将軍が一人 アーデルトラウト・クエレブレ その人だ、遂にこの大軍の指揮官たる彼女が姿を現したのだ

「……まさか、私が動かなければならないほどとはな…、予想以上…」

「エリスも想定外ですよ、もう三将軍が現れるとは…他の師団長達は?」

「もう誰にも任せられん…」

なるほど、でも師団長クラスが二人以上で現れたら なす術なく負けると思いますよ、それでももう誰にも任せられないと 彼女は自らの手を下すことを決意したようだ

…大物だ、師団長達でさえあのレベルの強さだ、しかしそんな人達が手も足も出ないと称される最強の存在…将軍、その力が如何程か 見て学ぶには良い機会だ

「孤独の魔女が弟子エリスよ、お前の力は見せてもらった、もう十分だろう…この軍事演習はここで終わりだ」

「エリスはまだやれますよ?」

「だとしてもだ、将軍が動いた以上…先は無い、分からないか?…」

「さぁ、どれだけ強いかまだ分からないので」

煽る、先手を譲るように…、彼女の力がどれほどかは分からない、あの背に背負う大槍を構えず 腕を組んだままこちらを睨む彼女がどんな風に戦うかも分からない

だから、先手を譲る…エリスは魔力覚醒してますし、一撃で負けはない そう踏んで

「エリス様、…あの 流石に将軍の相手は些か…」

「止めるなメグ…、エリス殿が望んでいるのだ、ここまでやった褒美を…与えねば」

すると、流れるような素振りで両手を構える、相変わらず槍には手をつけず アーデルトラウトさんは小さく整えるように息を吸い そして吐く、…さて 見せてもらおうか

勝てるかは分からないが、それでも得るものはあるはずだ!

「さぁ!行きますよ!アーデルトラウトさん!」

「ああ、…そして これで終わりだ、魔女の弟子」

「へ?」

…これは、この軍事演習が終わった後、メグさんから聞かされた話になるんですが

帝国三将軍…、彼らもまた特記組出身者であり 扱う魔術もまた特記魔術なのだが、どうやらこの三将軍達の特記魔術は他の特記魔術とは隔絶した影響力を持つそうだ

トルデリーゼさんのように特記魔術は皇帝陛下が自ら手を加えて作り出した魔術故、時空魔術の性質を持つ、時空魔術と言えば メグさんのように別の空間に転移したり 馬車の内部を拡張したり、空間を操る力を持つ物

そういうイメージが強かった、エリスも時空魔術とはそういうものだと勘違いしていた

だがここに来て思い出す、かつて師匠が語っていた言葉

『時空魔術とは、空間と時間を操る極大魔術だ』…つまり、エリスは今まで時空魔術の空の部分しか見ていない、ということで

「…『タイムストッパー』…」

ただ一言、アーデルトラウトはそう唱える、それは帝国の守護者にのみ許された絶対の力、溢れる只ならぬ魔力にエリスは慌てて防御姿勢を取る

どんな魔術か どんな攻撃か、分からないが出来るなら回避を───………………










………………────、あれ?

「え?」

はい 終わり、そんな声が聞こえた気がする

パンパンと 手を叩き一仕事終えたかのように一息をつくアーデルトラウトさんの姿が目に入る

先程まで浮かべていた剣呑な顔も、驚異的な魔力も…何もかも消え去り、恰も戦いがおわったかのような…

「えぇっ!?えぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!?!?!?」

動かない!体が動かない!、いつの間にやらエリスの体は強靭な縄で雁字搦めにされ大地に跪いているのだ、なんで!?いつの間に!?どうしてこんな!

さっきまで確かにエリスは立っていた、立って構えていた、筈なのに…いつの間に拘束されて…

「しかもこれ!、魔封じの縄!?、ぐぬぬぬぬぅ!解けない!」

「当たり前だ…、帝国式捕縛術…その中で最も難解な結び方をした、最早切る以外に解く方法はない」

「そんな…!っていうか!いつ間にこんな事に!、そんな難解な結び方暇なんか…」

「いつも間も…、私には必要ない…」

なんじゃそりゃ!答えになってない!、メグさん助けて!とメグさんに視線を送るも…

「これは負けですね…」

う、確かに…もしここでメグさんに縄を解いてもらっても、次アーデルトラウトさんにまた同じことをされたら意味がない、いや…もしかしたら次はこの縄が今度は首に掛かるかもしれない、そうなれば終わりだ

相手の手を見抜けず無力化された、それは即ち敗北なのだ

「くっ…」

次いで訪れるのは圧倒的敗北感、得るものも何も無い 隔絶的な差、それを感じて…歯を喰いしばる、敵うとは思ってなかったが、ここまで差があるか…世界最強とは

というか、本当に何をされたんだエリスは…

「お?、もう終わってたかぁ、流石は三将軍の一角 …やるねぇ」

「む…」

ふと、声がする

アーデルトラウトさんが現れた方角と同じ、駐屯地の最奥から響くその声を聞いた瞬間、この場にいる帝国軍人 その全員が声もなく音もなく、反応するよりも前に体が動き 道を開ける

一直線に横に退き道を作り出す、その道を歩ける人間は 四人だけ、彼等はそのコートをはためかせなが悠然と歩きながら、縄により拘束され 跪くエリスの前に現れる

「その様子じゃトルデは負けたみたいだな、三将軍様に任せて正解だったな」

陽光を反射するサングラスをキラリと掛け直すなんともだらしのなさそうな男が口を開く、あの軍議の場にいたから名前は分かる

第二師団 師団長、絶界の伏龍フリードリヒ・バハムート、それがようやく終わったかぁと肩を竦めると

「何が正解さね、三将軍まで引き出された時点であたしらの負けさ、こりゃ軍備の強化が必要…いやそれ以前に兵士一人一人をシゴき直す必要がありそうだねぇ」

全くと悪態を吐き 横に退いた兵士達をキツく睨みつける老婆、腰は曲がり 手は枯れ枝のように細く 吹けば飛ぶような老いさらばえた女、だというのに身に纏う威圧の重さは宜なるかな

三十二の師団長の中で最強と名高き彼女の名は 第十師団団長 神鳥のマグダレーナ・ハルピュイア…、それが跪くエリスを見てぐぇーと皺を濃くすると

「ああ、事実上の我らの敗北と見ていい、これは良い経験になった…、そうだな ルードヴィヒ」

静かなる巨岩、沈着なる巨漢、それはエリスの健闘を讃えるように それでいて表情は一切変えず、眉のない目でジロリと見つめる

エリスを一瞬で打ち倒したアーデルトラウトさんと同じ三将軍が一人、ゴッドローブ・ガルグイユ、彼はこの結果を粛々と受け入れ…、同じ三将軍のルードヴィヒさんへと目を向けると

「…ああ、見たいものは見れた、ご苦労だった エリス メグ、そして我が軍達よ」

労う、この軍の頂点に立つ人間として、世界の頂点に君臨する男は一人、しめやかに言葉を紡ぎ この戦いの終わりを告げる

見たいものは見れた?、つまりエリスは彼の…ルードヴィヒさんの期待に応える事が出来たのだろうか

「…あの、ルードヴィヒさん…エリスは合格ですか?」

「それは私の口から今すぐ応える事は出来ない、だが…まぁ もう心配することはあるまい、君という人間が持つ力を 皆も理解できただろうからな」

「だと…いいんですけれど、この有様なので」

「確かにそれはそうだ、アーデルトラウト…解いてあげなさい」

「…わかった、『タイムストッパー』」

まただ、またあの詠唱…魔術は確かに発動しているはずなのに───………………


……………───、っと ほら 何もしてないのに縄が切れている、手も足も武器も何も動かしていないのに一瞬で縄が切れ……

……ん?、さっきは気がつかなかったけど、アーデルトラウトさんの立っている位置 さっきと若干違わないか?、うん違う、記憶と照合してもほんの数ミリだが横にズレてる、しかも呼吸のリズムもさっきと違う

…ふむ、つまり…彼女の魔術は…ふむふむ

「アーデルトラウト、魔術は乱発するな…、エリスにあまり魔術を見せるのは危険だ」

「問題ない、私の魔術は理解出来ても対策は不可能、それに…味方になるんだろう?エリスは、なら 問題はない」

だろ?と言わんばかりに振り向きこちらを見つめるアーデルトラウトさんの目は、先ほどよりも随分柔らかだ、つまり 認めてくれるって事ですかね?

そう思いながら周囲を見回すと

「ああ、確かに彼女の力は恐ろしいが、そういえばあの子 味方だったな」

「今回の件で我等も力不足を思い知ったし…うん、あの子がいれば心強いかもしれない」

「なんたって師団長を倒しちまうくらいの実力だしな」

「それにあの判断能力と観察能力は凄まじい、正式に帝国軍に加入すれば…、師団の数は三十三になるかもな」

心強い 頼もしい そんな声が聞こえてくる、この戦いはあくまで軍事演習、戦いが終われば味方同士、そして力を見せたエリスを帝国軍のみんなはその健闘を評価し 讃えてくれる

…当初予定していた形は異なったが、それでも当初思い描いていた形にはなった、ルードヴィヒさんの言うように エリスは帝国軍の信頼を勝ち得る事が出来たのだろう

頑張った甲斐がある、それもこれも …メグさんのお陰だ

「ふふふ、どうやら上手くいったみたいですよ、メグさん」

「の…ようでございますね、流石でございます エリス様」

「何いってるんですか、こうなったのもメグさんのお陰ですよ」

「い 、いえ…私は何も」

何を仰いますやら、貴方が提案してくれたお陰です、貴方が助けてくれたお陰です、全部メグさんのお陰ですよ?そう伝えるように微笑みかければ、彼女は何やら慌てた様子で顔を背けてしまう…、褒められるのに弱いのかな…アマルトさんみたいだ

なんて、全てが一件落着 これで戦いは終わり、そんな空気が流れ始めた瞬間…

「ッッッーーーー!?!?!?」

突如響く轟音と衝撃に地面が揺れる、ガラガラと崩れた瓦礫がエリス達の足元にまで転がってくる、慌てて周囲を確認すれば 師団長も三将軍も、顔色を険しくしながらエリスの背後を見ている

なんだその顔は、まるでこの事態が不測の事態であるかのような顔に、現場の空気は一気に緊張感を持つ、一体何が起こったか

それを確認するために振り向けば………

「っ………!?」

そこには黒煙が上がっていた、エリスが作り出した岩の迷宮は燃え上がり、もうもうとした黒煙を上げている、先程の爆発音は 迷宮が吹き飛ばしたれ時の音か…

エリスが全力を出しても崩れないように設計され、トルデリーゼさんが所有する戦艦の主砲でも穴を開けるのがやっとな強度を持つ迷宮が、一撃で跡形もなく吹き飛びされた…その事実に戦慄していると

その黒煙の奥から、何かが飛んでくる…いや、何かじゃない 人だ、これは…

「おやまぁ、ループレヒトじゃないの マルスもいるのかい、こっ酷くやられてるねぇ」

なんてマダグレーナさんの言葉で気がつく、エリス達のところまで飛んできた人間は師団長のループレヒトさんとマルスさんだ、ただ 一目見ただけでは人相が分からないほどボッコボコにされている

いや、二人だけじゃない、他にも転がっているのはゲーアハルトさん ハインリヒさん バルバラさんと、どれも師団長ばかりだ、それが白目を剥き 全員ボコボコにぶちのめされている

あの師団長を、五人も それもここまでボコボコにするなんて一体…なんて、考えるまでもないな、こんな事ができる人間はこの場に一人しかいない

「さぁ、次は誰が相手だ…」

声が響く、地獄の怨嗟の如き恐ろしい禍声が響き、この場にいる全員の臓腑にズドンと突き刺さる、深くのしかかる威圧 それは吹き上がる黒煙の中を揺らめきながら歩き、その姿を現し…

「って師匠!!」

「エリス!、…どうやら包囲されているようだな、師匠の助けはいるか?」

師匠でした、だよね 分かってた、というか師匠…もしかして前線から攻めてきてここまで帝国軍人達をぶちのめしながら進んできたのか?、…嘘だろ…流石に、めちゃくちゃ強いじゃないか!さすがエリスの師匠!

「ほう、中々やるのに囲まれてるじゃないか…、だが私の敵ではなさそうだ」

「それは驚いた、どうやら前線配置していた部隊は全滅したようだ、武装を欠いていたとはいえ世界最強の軍をここまで容易く薙ぎ払うとはな」

ズシンズシンと地面を砕きながら歩く師匠と、それを見て笑うルードヴィヒさん、二人の視線が交錯するが…

残念ながらもう戦いは終わっている…、目的は果たされている

「あの…すみません師匠、実はもう戦いは終わってまして…」

「へ?、何?なんだって!?私を差し置いて勝手に終わらせたのか!?」

「すみません…」

「…そうか、じゃあこいつらボコられ損だな」

そう言いながら師匠が足で軽く蹴飛ばすのは気絶しているループレヒトさん、いや 蹴るのは可哀想ですよ師匠…

しかし、…これほどか、魔女の力とは

師匠が強いのはわかっていた、エリスは師匠こそが最強の存在だと常々思ってる、けれど その力をこうしてしっかり拝むのは初めてかもしれない

世界最強と言われる軍 帝国軍を一人で相手取っても師匠の体には傷らしい傷は見えない、消耗らしい消耗もない

魔女とは、どれだけ超絶した存在なんだ?、どれだけ文明が発達しようが、どれだけ鍛錬を積んだ人間が寄り集まり群を形成しようが 無駄、今この世で魔女に対抗できる存在なんて 魔女しかいないんじゃ…

「これは失礼、レグルス殿 戦いの方も今さっき終わったところなのですよ」

「ふむ、まぁいい それで?お前達はまだ疑うか?、我が弟子の力を」

「ふっ、こんなものを見せつけられてはね、詳しい回答は出来ませんが、今後何かを心配する必要はないとだけ伝えておきます」

「歯の奥に物が詰まった言い方だな、筆頭将軍とは簡単に物も言えないようだ、だがいい それならな」

「いえ、此度の演習に付き合っていただき、感謝します 魔女殿」

「ああ、構わん」

周りが魔女レグルスの力に竦む中、ただ一人ルードヴィヒさんだけが前に出て 最大限の礼を尽くした歓待で持て成す

魔女レグルスは単騎で帝国軍の前線部隊を全滅させ、その弟子は師団長さえ打倒した、その事実はこの軍事演習を通して瞬く間に広がるだろう、それはつまり エリスの目的達成を意味している

もうエリスの存在を疑う奴はいなくなる…と思う、まぁ何にせよ これでアルカナとの戦いに参加出来そうだ、よかったよかった

「エリス?」

「はぇ?、なんですか?師匠」

「いや、…よく頑張ったな、師として鼻が高い」

よく頑張った そう師匠に頭を撫でられれば、自然の頬が緩む、そっか…エリス頑張りましたか?、えへへ 師匠に誉められれば喜びも殊更だ

「えへへ、なんたってエリスは師匠の弟子なので」

「ああ、お前は自慢の弟子だよ」

ニコッと微笑む師匠にエリスも微笑む、こんな凄い人の弟子になれてよかったと、エリスは改めて師匠の凄さを実感し、此度の軍事演習は幕を閉じる、多分これで帝国軍との確執も消える そうなればアルカナとの戦いにも集中出来る

戦闘を終えた気怠い疲労からあんまり回らなくなった頭で、今はただ それだけを考えていた

魔女の力とその弟子の力、それに圧倒され 何が何やらという様子の帝国軍、そんな中 ただ一人だけが 興味深そうに自らの顎を撫でる

「いやいや、本当に…大したもんだよなぁ」

帝国師団長 フリードリヒは、何やら企むような様子で ただ一人、笑うのであった…
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