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七章 閃光の魔女プロキオン

205.孤独の魔女と母の影

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大いなるアルカナ 最強の五人が一人、No.19 太陽のレーシュとの激戦を制し、エリスは一人無人の街を歩き劇場の広場に戻る

レーシュの捕縛は外にいた兵士達に任せてきた、もしかしたらレーシュが途中で目覚めるかもしれない、そうなったら他の兵士じゃ太刀打ちできないだろう ぶっちゃけエリスも出来ない

けど エリスはそれはないと判断したから任せてきた、多分だけどあいつはもう無闇に暴れない、欲しいものを手に入れたから これ以上欲するものはないから、だからレーシュはもう心配しなくていい

エリスが心配するべきは後はナリアさん達の審査の行方と安否だ、…いやどうしよう これでまだルナアールが解決してなくて、絶賛ルナアールとばちばちやり合ってる最中です、とか言われたら

エリスもう戦えないよ、ぶっちゃけ今すぐベッドに入って横になりたいくらいキツいし、…いやいや さっきまで劇は普通に進んでいたし、大丈夫だと思いたい

だから、エリスが心配するのはもうナリアさんのことだけ!うん!

「…………いやぁ…そうかな」

ふと独り言を呟く、エリスが歩いているのはさっきまでレーシュと戦ってた区画だ、もうそりゃあ酷い有様だ エリスとレーシュの戦いは熾烈を極めた、故に周辺の建造物なんかは全部吹っ飛んだと言っていい、この王都アルシャラは広いから これだけの広範囲も一区画に収まる程度だが

それでも、結構な被害だ…外壁もぶっ壊したし、どうしよう …弁償だったらエリスメルクさんに泣きつかないといけない、でもあの人に迷惑かけたくないし でもそんなお金ないし…、でもレーシュを倒すには街の中で戦わないといけなかったし

んむむむ…

「あ!、エリスさん!?」

「え?、あ ナリアさん」

声を聞き、意識を眼前に向けると 前方に何やら屯する一団が見える、見れば既に思考している間に結構歩いてたらしく 中央の広場にある劇場 その裏方までやってきていたらしい

「エリスさぁーん!!!、よかった!よかった!無事だったんだね!」

その両足をダカダカと動かし足元に積もった雪をラッセルしながら突き進み エリスに向かって抱きつくナリアさんを受け止める、ポーションで傷は回復したけど 体力まではあんまり回復してないんだ、ナリアさんの華奢な体でも受け止めるのに精一杯だよエリスは

「わぷぷっ、ナリアさん…」

「よかった…、エリスさん レーシュ達は!」

「倒しましたよ、もう聖夜祭を邪魔する無粋な奴はいません」

「そっか、…エリスさん とんでもなく強い奴と戦ってるって聞いてたから、僕 心配で」

「心配かけましたね、でも…勝ちましたから、もう安心ですよ」

そう、もう安心だ…そうナリアさんに抱きしめられながら微睡んでいると…、足音が響く 大量の、これは…

「エリスちゃーん!」

「エリスーっ!」

「うぉー!、本当に戻ってきたー!」

みんなだ、クリストキントのみんな、クンラートさんやコルネリアさんと言った面々 総勢五十人くらいが一気に殺到してくる、い いやいや待て待て

「み 皆さん!?どうしてここに…というかちょっと待ってください!、そんな量で一気に…ギャッ!」

当然、そんな人数に一斉に寄ってかかられたらエリスも耐えられず倒れる…、心配してくれたのは嬉しいけど…来すぎ…

「エリスちゃんなら大丈夫だろうと思ってたけど、さっきから聞こえてた爆音 全部エリスちゃんとレーシュってやつの戦闘音なんだろ?」

「あんなすんごい音聞いたこともねぇよ…」

「聞いた話じゃあの帝国も倒せなかった怪物だっていうじゃない!、そんな危険な奴と戦ってるなんて私知らなくて、心配で心配で…うぇー…」

「コルネリアさん…、泣かないでください、きちんと勝てましたから、というか皆さんの方はもう大丈夫何ですか?、劇は?ルナアールは?」

「…それは……」

みんなの顔が一斉に暗くなる、なんだよ その不吉な顔、やめてくれよ、もう何もかも終わったんだから せめて明るい顔で居てくれよ…

まさかルナアールが何かしたのか?、流石にそっちを完全に放置したのはまずかったか?、一応ニコラスさんに頼んでおいたけど、やはりニコラスさん一人じゃ厳しかったかな…
 
「あの、何が…」

「うん、実はね…僕 審査の方棄権になっちゃった、つまり…劇をするまでもなく 失格」

「はぁっ!!??、なんで!あんなに頑張ってたのに!ここまで頑張ってきたのに!なんで!」

「…あのね、…」

信じられない 何があったんだ、劇をして失格になるならまだ溜飲も下がる、だが劇をするまでもなく棄権で失格?しかも、棄権に『なっちゃった』ってまるでナリアさんの意思関係なく失格になったみたいじゃないか

まさかまた誰かの妨害か?だとするならなんとも許し難いものだと青筋が浮かべながらナリアさんの話を聞く、エリスがいない劇場で何があったのかの話を……


ナリアさんが公演の時間を待機室で待っていると、ルナアールが現れこう言ったらしい

『次期エリス姫を今ここで選べ、そして選ばれた人間を殺す』と、なるほどそう来たかという印象だ、ぶっちゃけエリス姫なら誰でもいい、そしてエリス姫は任命制、ならその場で選んでもなんの問題もないのだ

勿論ながら、いくら栄光あるエリス姫の立場でも殺されるとわかって立候補する人間はいない、皆で押し付け合いなすりつけ合う様を見て ナリアさんは自らが立候補したらしい

みんなを守りたいという理由と共に、エリス姫が忌むべき名として扱われるのが許せなかったから、エリス姫の尊厳を守るためルナアールの前に出て そして殺されぬよう立ち回ったらしい

道中ニコラスさんに助けられ クリストキントに助けられ…色々やってるうちに、ナリアさんは審査には不参加で失格 という扱いになったらしい

一応その後、師匠にポーションを分けてもらいみんな傷を癒したとは言え怪我までしたんだぞ?、ナリアさんなんか治してもらったとはいえ足が折れてたのに、それだけ頑張ったのに…ええい!

納得行くか!候補者助けるためにやったのに失格って人の心がないのか!!と激怒すると、どうやらせめて聖夜祭だけでも続けてくれとナリアさん自身で頼んだらしい

確かに、聖夜祭は多くの人の希望、エリスもさっき上空から見たが…、誰一人としてエリスとレーシュの戦いに気がつく様子もなかった、それほどまでにみんな劇に夢中だったんだ

そんな聖夜祭を守る…、その為には仕方なかったとナリアさんは語る、まぁ うん…仕方ないと結論づけられればもうこちらから言えることは何もない、けど…けどさぁ…

「頑張ったんですよね、ナリアさん…」

「うん…みんな頑張った」

「悔しくないんですか?」

「悔しくない、僕はやれるだけのことやったからね」

エリスを抱きしめ顎をエリスの肩に置き続ける彼は、耳元で囁く彼の声に迷いはない、そう決意していたんだから今更悔いはない、だからエリスからかけられる言葉はないんだ

だから、これも気のせいだろう…、エリスの肩に伝わる熱い感触、これだってきっとナリアさんから滴る涙じゃないし、肩を震わせているのも寒いからですよね…ね、ナリアさん

「……ナリアさん」

「ッ……ッ…、ごめんね エリスさん…エリスさんに、…せめて 僕のエリス姫 見せてあげたかった」

「また五年後、見に来ますよ…貴方の夢が叶ったその時」

彼の肩に手を回し、トントンと叩く…、貴方は間違ったことはしなかった、自分の信じる物を信じ抜き 誰よりも正直にエリス姫を守った、それは讃えられるべきことだ、大丈夫 そこまで夢に本気であれるなら、きっと叶うよ…

「ありがとう…エリスさん…、せっかく 守ってくれたのに」

「いいえ、大丈夫ですよ…いいんですから」

上手く言えないけど、上手く言えないけれど…いいんだ、大丈夫なんだ…うん

「…あの、それでルナアールはどうなったんですか?、というか師匠は?」

「ああ、それなら…」

とエリスに抱きつくナリアさんの体を離せば、彼は何かを説明しようと後ろを向く…それにつられてエリスもまた、ナリアさんの後ろ エリスを心配して涙を流すクリストキント達の更に向こう側に目を向け…て……

「それは私から説明しようか?」

「え……?」

その奥にいた人影に思わず口から声が漏れる、悠然に 優雅に黒い髪を揺らしこちらを見つめる影に、その姿に、その人に…エリスは口元を揺らす

だって、だって…その人は…

「師匠!、元に戻ったんですか!!!」

思わず駆け寄る、ナリアさんを避けてクリストキントをかき分けて、進む 師匠の元へ

だって!師匠だ!、子供の姿じゃなくて 本物の師匠だ!、エリスのよく知る…美しくて…強くて…

「すまんなエリス、苦労をかけた」

「師匠ぉーーーー!!!」

戻ったんだ!元の姿に!よかった!よかった!、うう 嬉しいよう嬉しいよう、あまりの嬉しさに抱きついちゃうもんね

「お おい、エリス、喜びすぎだ 周りの目も…、全く」

「んふー!んふー!師匠!師匠!よかったです!」

「おいおい…」

師匠に抱きつきうりうりと顔を埋めながら匂いを堪能する、ううん!師匠の匂いだ!安心する!、なんかこうすごい幸せになるような物質が脳内でドバドバ大量生産されすぎて耳から溢れるんじゃないかってくらいエリス今幸せです!、ちょっと朝までこうしてていいですかね!

「エリスさん、本当にレグルス様が大好きなんだね」

「しかし驚きだよな、あのレグルスちゃんが こんな立派な美人だったとは…」

「だからっ!言ったでしょ!師匠は!かっこいいんですよ!、刮目しろ!ナリアさん!クリストキントの皆さん!、目ん玉かっぽじってよく見てください!師匠の姿を!焼き付けろ!」

「落ち着けエリス」

あはは と苦笑いするクリストキントの皆さんに指をさしながら順番に吠える、本当にわかってるんですか!ナリアさんも!、何が驚きですかクンラートさん!、コルネリアさんもびっくりって顔しないで!ヴェンデルさんも呆れて!ルナアールも貴方ちょっとよく見てくださいよ!

「ってルナアールッ!?」

クリストキントの面々の中に紛れるように立っているルナアールの姿にびっくら仰天、死んだ虫みたいに師匠の体からポロリと落ちる

「ルナアールいるじゃないですか!ルナアール!、なんで皆さん平気な顔してるんですか!捕まえないと!」

「へ?」

エリスが騒ぎ立てれば皆キョトンとした顔をしている、当のルナアール本人さえ、いやいや へ? じゃないですよう!、この…どういう状況だオイ 

「いや、エリスさん実は…」

「ふふっ、あーっははははははははは!、まだ気がつかないかい我が宿敵エリスよ」

「何!?どういうことですか!」

ナリアさんが何かを言おうとした瞬間 ルナアールがそのマントをバッ!とはためかせくつくつと可笑しそうに笑う…

「君達は既に我が術中にあるのさ」

「まさか…いつか見せた幻覚?、これもまた幻覚…!」

「その通りさ!」

なんてことだ、何時ぞや見せられたラグナの幻覚と同じ幻覚をいつのまにか見せられていたとは…!、くそ だがいい、敵の姿が捉えられているならまだ戦える、…ここでもう一戦はキツイが…ルナアールが目の前のいるならと構えを取る

すると、師匠がエリスを退けて ルナアールの側に歩み寄ると…

「ふざけるなプロキオン、エリスが本気にする」

「あうわっ…」

ペシリとチョップがルナアールの額を打ち据える…、え?本気にする?ふざける?プロキオン…いや、もしかして みんなのこの反応、まさか…

「すまんなエリス、既にプロキオンは解放済みだ、正気を取り戻している」

「ああ、なんだ…」

聞けば既にルナアールはルナアールに非ず、師匠が一対一で戦い シリウスの呪縛を解いてプロキオン様を正気に戻していたらしい、まぁ だよね…みんなのこの解決したって空気と師匠が元に戻ってる辺りからなんとなく予想はついていましたが

「あはは、からかってごめんよ 君がとてもいいフリをしてくれたから、ボクとしても乗らざるを得なかった」

「なんだ、からかってたんですか…?」

「何事も本気でぶつかる子程からかいたくなるのさ、…なるほど 君は確かにレグルスの弟子だ」

ズイッと顎に手を当てながらこちらに接近するプロキオン様の顔を見て 出てくるのは軽い悲鳴、いやだって顔が良過ぎる…

『あ、凄く綺麗』とか『美人だなぁ』なんて呑気は感想は出てこない、代わりに湧いてくるのは

『究極の美とはなんぞや』『人類の顔面の黄金比率とは』とか答えのない曖昧な問いかけばかり、そしてそんな深き深淵の如き問いの答えが今目の前にある

長い睫毛は瞬きする都度軽く揺れ、目鼻口は絶妙な間隔を空けており 目元の泣き黒子がそれを強調する、短く切れ揃えられ外に跳ねる髪は若干赤い艶やかさを持つ白の輝きを持つ、ボーイッシュと取るか中性的と取るかは多分人それぞれだろうけど…

雰囲気はナリアさんに似てる気がする…なんとなくだけれど、それは性別に囚われないあり方故か

というか

「エリスを見て、確かに師匠の弟子だって言ってもらえたの初めてですよ」

プロキオン様の言葉にちょっとした感動を覚え嬉しくて口角が上がる、今まで出会った魔女様達はみんなエリスを見て

『レグルスの弟子がこんないい子なわけねぇー!』と口を揃えて言っていた、スピカ様もアルクトゥルス様もフォーマルハウト様もアンタレス様みんなだ、なのに…プロキオン様は違う

「あはは…、まぁ 性格面はちょっとね、昔のレグルスしか知らなければ面を食らうかもしれない」

「やっぱり…」

「でも、魂の奥底に秘める熱さ…心の炎は今も昔も変わらない、君はそう言うレグルスの熱さを受け継いでいるんだ、そういう面では 理想的な師弟と言える」

「ぷ…プロキオン様ぁ」

「あまり褒めるな、プロキオン」

師匠と揃ってやや照れる、流石は役者も兼任する魔女様、人を喜ばせる術を知ってるなぁ、まぁお世辞だとは思ってませんよ、…ただ 師匠の中にあるものをエリスも受け継げているなら それより嬉しいことはないってだけです

「……ボクは五十年もの間 シリウスの呪縛の下にあった、意識も曖昧で完全に役になりきっていたからね…正直国のみんなにもレグルス達にも、詫びても詫び切れない、君達師弟には本当に助けられたよ、ありがとう」

するとプロキオン様は徐にエリスから離れ、神妙な面持ちで頭を下げて ただ謝罪する、申し訳なかった、そしてありがとうと

プロキオン様は今日まで五十年間、行方不明であった…その間エトワールは魔女大国として低迷し衰えていった、プロキオン様もシリウスに操られていたとは言え それで仕方ないにならない程度にはこの人も立場ある身

忸怩たる思いだろう、それ故にこそ エリス達に感謝を示すと言ってくれるのだ

「構わん、別に好き勝手やっていたのはお前だけではないからな、迷惑度合いならアルクトゥルスの方が上だった」

「そうですよ、プロキオン様は正気を失い狂気に苛まれながら誰一人として殺さなかった、自国民を傷つけなかったんですから」

「それも危うかったがね、ボクが役者として誰かの命を奪う…そんな悲劇を瀬戸際で救ってくれた彼にも、感謝は尽きないよ」

そう チラリとプロキオン様が見つめるのは…

「え?僕?」

「そう、君さ サトゥルナリア」

ナリアさんだ、聞いたところによると彼は命懸けでプロキオン様に呼びかけながら殺されまいと立ち回った、ルナアールを演じている時のプロキオン様の力は本来のそれより幾分下回る、だが それでもエリスが歯が立たないくらいの強者であることに変わりはない

そんな恐ろしい相手を前に一歩も引かず役者として魂を賭けた叫びをルナアールに説いたのだ、それが プロキオン様の覚醒に繋がった、まさしく彼は魔女を救った英雄だよ

「そ そんな僕何もしてないですよ!、みんながいなかったら…」

「そのみんなが駆けつけてくれたのも、君だからさ…、君のあり方がボクを救った、役者として 素晴らしい魂を持っていると言える、…しかしそうか」

「ん?なんです?」

今度はナリアさんからエリスに視線を向ける、なんですか 今度は…

「アルクもスピカもレグルスも…ボク以外の全員が今弟子を持ってるんだったかな」

「ああ、あのアンタレスもな、帝国のカノープスは分からんが…」

「いや、ルナアールを演じいる間に聞いたことがある、朧げだけど怪盗として活動し各地で情報収集している時に…裏で確かに聞いた、カノープスには弟子がいる」

…所々で都度都度聞いたことがあるカノープス様の弟子、八人の魔女最強とも言われる無双の魔女には弟子がいる、ここに来て それが明確にされ、師匠はと共に顔をしかめる

確かに、カノープス様は自軍に指導を行っている、そういう意味では帝国軍全員が魔女の弟子という捉え方も出来るが、師匠曰くそれは魔女の弟子ではない

魔女の弟子足り得るのは魔女の有する古式魔術を継承した人間だけ、そしてカノープス様が使う古式魔術の名は『時空魔術』

道具に宿してその権能の一部を使うことはできるが、一個人でそれを使える人間は未だかつてカノープス様以外いなかったと言う

そのカノープス様に弟子がいる、つまり今まで他に使用者の居なかった時空魔術の使い手が見つかったということになる

「些か信じられんな、カノープスの魔術を受け継ぐ人間がいるというのも、あのカノープスが弟子を取るというのも」

「確かにカノープスが弟子に指導する様は浮かばないね、でも彼女はこの世界の行く末を最も案ずる人間、必要にかられればなんでもやると思うよ」

「確かにな…で、急にどうしたんだ?弟子の話なんて」

「ああ、ボクも今から弟子を取ろうと思うから丁度いいなってさ」

弟子…やはりか、今までの流れと同じ、魔女様が正気を取り戻すと共に弟子を取る ラグナやメルクさんと同じ!

だが、今回は別の意味も持つ、もうカノープス様が弟子を取っているというのなら、もう弟子を取っていないのはプロキオン様だけ

つまり、今プロキオン様が弟子を取れば…揃うんだ、八人目の魔女の弟子が、最後の弟子がこの世に誕生する…

「弟子…、あ もしかしてヘレナ様ですか?、じゃあ僕今から呼んできますね」

そうナリアさんが優しくも提案してくれる、だが違う 違うよ、エリスには分かる、今プロキオン様が弟子に取ろうとしているのは

そんな答え合わせをするように、プロキオン様はナリアさんを見て

「いいや違う、ボクが弟子にしたいのは君さサトゥルナリア、君 ボクの教え子にならないか?」

「え…え?、サトゥルナリアってこの場に僕しかいないんですけど」

「だから君だよ、君」

「……ええぇぇぇぇぇっっ!?!?」

ストーンと尻餅をついてひっくり返るナリアさんを見てると、なんだか懐かしい気持ちになる、思えばラグナもメルクさんも同じような反応をしてたな

弟子になって不遜な態度取ってたのってアマルトさんくらいだ、彼は厚顔だからな

「い いやいやいや!無理ですよ無理!それって僕もエリスさんみたいに魔女の弟子になるってことですよね!僕には荷が重すぎます!」

「そうかな、ボクは適任だと思うし、ボクは君を育てたい」

「僕本当にそんな大した人間じゃありませんから!、弟子にするならそこのコルネリアさんをオススメします!」

「ちょっ!、こっちに飛ばすんじゃないわよ!、…というかサトゥルナリア…、貴方わかってるの?」

「へ?」

「魔女様が認めているのよ、貴方という役者を…それを嫌がるの?」

「うっ!」

プロキオン様とは魔女であり、言い換えるなら史上最高の役者で史上最高の芸術家、ナリアさんのいる世界の頂点に立つ人物であり、同業者だ…、そんな人物からの申し出と賛辞の言葉を拒否する…それはちょっと違うんじゃないかなって顔してるなナリアさん

「そう、ボクはサトゥルナリア!君という役者の演技の魂に心底惚れ込んだ!、悪の怪盗を相手に一歩も引かぬ胆力と強い意志!、ボクの後継者に相応しいとボクが見た!、だからどうだい?ボクの教え子として 演技を学んでみる気は無いかな」

「僕が…プロキオン様の教え子として…」

「ああ、ボクが見たところ君の演技は素晴らしくも独学だろ?、なら適切な指導者が必要だ、違うかな」

「…………」

ナリアさんは幼い頃より劇団に所属し自分で今の演技を確立してきた、素晴らしい才能と努力だ、だが一人では限界がある、そこに最高の指導者が加われば

なれる、ナリアさんはこの国一番の舞台役者に

「……僕、なりたいです 一番じゃなくていい、でも 誰よりも輝け誰の記憶にも残る役者に!」

決める、決まった、覚悟が その心は偏に役者として更なるステージに行くにはどうしたらいいか、それを最も理解しているのが他でも無い彼自身だから、故に覚悟を決めた少年の目に その決意に、閃光の魔女は笑顔で答える

「はははっ、一番の役者よりもハードルが高いな!、だがボクなら叶う!叶えさせる!、だからこの手を取るんだ!サトゥルナリア!」

「はい!プロキオン様!これから…よろしくお願いします!」

「僕のことはコーチと呼ぶように?我が教え子」

「はい!コーチ!」

手を結ぶ、閃光の魔女とサトゥルナリアという一人の役者が

魔女は彼の姿に魅入られて

サトゥルナリアは更なる高みを目指して、ここに新たなる師弟が生まれた、真なる閃光の魔女の師弟、これにて一件落着だ…、完璧にでは無いがこの国の問題は解決した

これでいい、これでいいんだ…はぁー 気が抜けた

「はぁ、落ち着きましたね…漸く」

「そうだな…」

ナリアが魔女の弟子になったーー!?と騒ぐクリストキントから距離を置き 師匠と共に遠巻きにそれを眺める、閃光の魔女プロキオン様がこの国に戻り新たに弟子をとった以上、この国もまたかつての隆盛を取り戻すだろう

そして、彼もまた…エリス達と同じ運命を辿ることなる、…それについてはまたいつかお話しするとしようか

「エリス?」

「はい?なんですか師匠」

「お前は本当に大きくなったな」

そう言いながら師匠は、いつものようにエリスの頭をゆっくりと撫でる、大きくなったか、エリスは背丈だけしか大きくなった実感はないけれど、師匠が言うなら そうなんだろうな

「師匠、エリス大きくなりましたか?」

「なったさ、今回お前は強敵を打ち倒したんだろう?、見ていたよ アレがレーシュか?」

「見てたんですね…、はい 正直エリスが戦ったどんな相手より恐ろしい相手でした」

強かった、凄まじく強かった レオナヒルド ヘット コフ アイン、エリスは今まで多くの戦いを経験してきたが、そいつらが可愛く見えるくらい恐ろしい相手だった、今日という日じゃ無い限り絶対に倒せなかった…

「だろうな、あれはお前が今相手していいレベルじゃなかった、今まで戦ってきた相手はかろうじてお前の範疇に収まる相手だったが…」

「そんな都合のいいことばかりじゃ無いってことですよね、でも……」

「まだ終わりじゃ無いんだろ、戦いは」

そうだ、レーシュはNo.19 アルカナのNo.は21まである、つまりアイツより強い奴が後二人いるんだ、そしてその二人は確実に 帝国にいる、エリス達の次の目的地に

「はい、アルカナの本隊は次の帝国にいます、このままいけば レーシュより強い幹部とも戦うことになります」

「では、今のままではとても話にならんな」

「ですね、…師匠 また修行お願いしていいですか?、もっと…もっともっと強くなりたいです」

「ああ、任せておけ…私の全てをお前にあげよう」

ありがとうございます、師匠… この旅が始まってから続いた大いなるアルカナとの長い長い戦いも、そろそろ終わりだ…出来るなら 次で決着をつけておきたい、その時が来た時 実力不足なんてことにはなりたく無い

「仲良しね、エリスちゃん」

「え?あ、ニコラスさん…ってズタボロじゃないですか!」

ふと声をかけられて振り向くと、そこにはズタボロのニコラスさんが……

「いや、傷自体は他のみんなと同じでレグルス様に治してもらえたんだけれどね?、ボロボロなのは一張羅だけよ」

「そ そうだったんですね…、あの 大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないわよ本当にもう、あんな強いのと戦わされるなんて びっくりよ」

「うう、すみません…」

聞けばニコラスさんはナリアさんを助けるため、一人でルナアールと戦ったらしい、結果負けてさっきまで瓦礫の中で寝ていたらしいが、彼の奮戦が結果として師匠到着までナリアさんが持ちこたえる結果につながったと考えれば大金星とも言える…が

エリスが頼んだこととはいえ、凄まじい無茶振りをさせてしまった

「この埋め合わせはいつかしてもらうわよ」

「はい、何なりと…」

「ふふ、じゃあまたデルセクトに寄ってね?、メルクちゃんもザカライア君も待ってるからね」

そう言うなりニコラスさんは悪戯に笑うとズタボロの服のままふらりと何処かへ…

「あの、何処に行くんですか?」

「ん?、もう帰るのよ マルフレッドの一件も丸く収まったから、そろそろセレドナも帰国するらしいし、デルセクトに帰るの」

「ああ、そうだったんですね、ありがとうございました ニコラスさん」

「いえいえメルクちゃんにいい土産話ができたわ、じゃあ次はデルセクトで会いましょう?」

指をピッと構えながらにこやかに立ち去るニコラスさん、またあの人には助けられてしまった、このお礼はデルセクトでするべきだろうな、セレドナさんにもロクにお礼言えてないし 、うん またデルセクトにいつか行こう…!



「さて、そろそろ聖夜祭もフィナーレだ 、みんなも思うところはあるだろうが、それでも当事者として そして聖夜祭を守った影の英雄として、締めくらい見ておいたほうがいいんじゃ無いかな?」

そう語るのはプロキオン様だ、そろそろエイト・ソーサラーズが決まる頃だろう、残念ながらナリアさんはその場には立てないけれど、それでも聖夜祭を守ったんだ、守ったものくらいその目で確認しておいたほうがいいだろう

「そうですね、…じゃあ 観客席に行きますか?ナリアさん」

「うん、次回こそ 壇上に残れるように、今から予行練習しないといけないからね」

彼は健気だ、夢破れたというのに それでもまだ彼の夢と目標は終わったわけじゃ無い、だから 今回の件も糧にして、彼は進むんだ

「じゃあ、みんなで行きましょうか」

「そうだな、俺達全員で守った聖夜祭!見に行こうぜ!」

「しかし舞台に立てなかったのは残念だよなぁ」

「バカ!一番残念なナリアちゃんが泣いてないんだからあんたも泣かないの!」

「また次回頑張ればいいさ」

ぞろぞろと揃って移動するクリストキント達纏めて観客席の方へと移動する、うんうん 彼らなら次回もまたここに来れるだろう

そう、思うながら眺めているとふと、気がつく

「あれ?、リーシャさんがいない…」

リーシャさんがいないんだ、イグニスを引き受けてあの場に残った彼女がいない、…まさか まだイグニスと戦ってるのか?、だとしたら助けに行ったほうがいいな…

「そういえばアグニスはどうなったんだろう…」

「ん?、どうしたエリス、アグニスなら私が倒したぞ」

「え?師匠が?!」

「まぁな色々あってな、アグニスとイグニスは既に倒され 今マリアニールが奴らを監獄に送っているところだ」

「ん?、ってことはイグニスはもう倒れている、じゃあ…」

リーシャさんは何処へ…と呟こうとした瞬間

「おーい!、ちょっとちょっと!待ってよー置いてかないで!」

「おん?、おいリーシャ お前どこ行ってたんだよ」

「ごめーん団長、お便所行ってたらみんな居なくなってて、大慌てで探してたんですよう」

リーシャさんだ、彼女がどこからとも無く走って来る、その身には傷らしい傷も見受けられない、…もしかして無傷でイグニスを倒したのか?、相性がいいとは言っていたが、この人本当に強いんだな…

「全く、こっちは大変だったんだぜ?」

「そいつはまた、その話後で聞いても?」

「おう、それより今から観客席に移動するぞ 、早くしないと聖夜祭の終わりも見逃しちまう」

「へいへい」

そう言いながら立ち去るクンラートさんに軽く挨拶した後、…音もなくこちらに寄ってきて、周りに人がいないことを確認するリーシャさん、彼女が何を話したいか…なんとなく予想できるな

「おつかれ、エリスちゃん 本当にレーシュ倒したんだね、凄いね レーシュは帝国でも特A級の犯罪者だってのに、それを倒しちゃうなんて」

「はい、リーシャさんもイグニスを?」

「まぁね、あんなの楽勝よ、つっても相性もあった上 エリスちゃんが消耗させてくれてたから、当然ちゃ当然」

だとしても凄いよ、でも…

「すぐに倒せた割には合流が遅かったですね」

「まぁ…ね」

「帝国ですか?」

そう聞けばー彼女はおずおずと首を縦に振る、つまり帝国側からリーシャさんに接触があったと、このタイミングで声をかけるというのは偶然ではあるまい、恐らく 聖夜祭の裏で動いていたアルカナに関する事だろう

「何を話していたか、聞けますか?」

「……アルカナを討伐したことへのお褒めの言葉」

「嘘ですよね、リーシャさん嘘つく時眼鏡の位置を直す癖がありますから」

「まマジ?」

「いいえ嘘です、本当は図星を突かれた時に眼鏡を触る…です」

メガネのブリッジを中指で抑える…その動作を途中で止める、嘘なんだな 

「ほんとエリスちゃんと話すの嫌になるよ…」

「そんなこと言わないでくださいよ、エリスリーシャさんのこと好きなんですから」

「全くもう…」

「で?なんなんですか?」

「やめろエリス、リーシャが嘘をついた意味を考えろ、こいつにも立場があるんだろう」

そっか、ん?師匠にリーシャさんが帝国の人間だって言ってたっけ?、いやまぁ 力を取り戻した師匠なら、そのくらい見抜けるか…

「ありがとうございますレグルス様、流石カノープス陛下の恋人」

「だから違うと言っているだろうが!」

「そうなんです?、まぁどっちでもいいですけど、…この件については然るべき時に お話ししますから」

「分かりました、信じますね…、あの いつか言いかけた『この戦いが終わったら…』って話も いつかしてくれるんですよね」

リーシャさんはエリスに正体を明かした時、そんな話をしていた 

この戦いが終わったら、もう終わりましたけど それもまだ教えてくれないんですか?

「……よく覚えてるね、まぁ ぼちぼちね」

それだけ言い残し、クリストキント達の後を追うリーシャさんの背中は いろんなものを背負ってるように見えた、帝国軍所属か…大変なんだな

でも、それでもエリスがこうして彼女に親近感を持てるのは、エリスが 彼女を帝国軍人リーシャ・セイレーンではなく、小説家 リーシャ・ドビュッシーとして見ているからだろう

「さて、エリス 我らも行くか」

「そうですね、師匠」

ともあれ、戦いは終わった、エリスがこの国で経験した動乱は幕を閉じた、後はその終わりを 聖夜祭の終幕を目にするだけだ、師匠と共に

…………………………………………………………………………

聖夜祭の会場、アルシャラ中央広場 そこに集まった数十万人観衆が一堂に見つめる巨大な野外舞台の上には、王家ブオナローティ一族とこの国の演劇を取り仕切る重鎮達が並び立ち 今この時 次の五年の顔となる八人の役者達が決定する

そんな重大な場を見るためにエリス達とクリストキント達は皆揃って観客席のど真ん中、運のいいことにかなりの前列に入り込むことができた 

「ちゅーー」

「エリス、お前まだ飲むのか…」

呆れる師匠の声を聞きながらエリスは観客席にてナリアさん達と共に舞台を眺めている最中にある、そしてエリスの口にはグレープエードを運んでくれるストロー、新しく買ったやつだ

「何か口にしてないとフッと気を失ってしまいそうなので」

「だとしても飲みすぎだ」

「ふふふっ、まるでレグルスの若い頃を見てるようだ、君も昔は飲むなと言われてるのにガボガボお酒飲んでいつも重要な場面でトイレに行っていたね」

「うるさいぞプロキオン」

…なんて語るのはプロキオン様だ、この国の魔女様が何食わぬ顔でエリスの隣に座っている、…いや

「あの、プロキオン様?」

「何かな?エリス君」

「プロキオン様 こんなところにいていいんですか?、普通あそこの王族の皆さんと一緒に壇上にいるべきでは?」

「そういうわけにもいかないさ、この聖夜祭の準備にボクは関わってない、なのに一番の盛り上がりどころだけに登場して話題を掠め取るような真似はしたくないな」

なるほど、それはこの人なりの矜持か、聖夜祭の主役は飽くまで次期エイト・ソーサラーズ、その決定の場にプロキオン様が乱入しても混乱するだけだ、なら発表は後日 別の日がいいな

『では!、これより 次期エイト・ソーサラーズの発表を行います!、我々審査人の公平かつ公正な話し合いの結果、次期エイト・ソーサラーズは こちらの八人になりました』

前へ立って演説を行うのは国王ギルバート・ブオナローティ、彼の声に従い 後ろに並ぶ十四人の中から八人が前へと出てくる…

当然そこにサトゥルナリアの姿はない、一応観客達には止むに止まれぬ事情で棄権することとなったと伝えてくれているらしい、その際 大きく落胆の声が響いたとも聞いている

「ナリアさん…平気ですか」

「平気だよ、エリスさん」

その様を見て 彼が何を思うかは分からない、だが少なくともエリスは悲しいなと思う、故にこそ彼を想い 慮るようにその背を撫でる

平気か、…そうだな 平気だよね

「僕も次回は あそこに立ってみせるよ」

「エリスも応援してますよ」

その時エリスがどこにいるかは分からないが、きっと 次こそは彼をあそこに立たせてあげたいな

『まず、無双の魔女様役は エフェリーネ・サンティ!そして孤独の魔女役はティアレナ・バルトロメオ!』

「ふふふ、また五年よろしくお願いしますわ」

「いぇーい!、ありがとキャノーン!」

まぁこの人達は当然だろうなってメンツから紹介される、エフェリーネさんもティアレナさんも続投か、しばらくのはこの人達の時代だろうな

『続いてアルクトゥルス様役はデボラ・ラファエロ!フォーマルハウト様役はニコレット・ホルバイン!』

「うーす!、おかーちゃーん、見てるだかー!オラやっただよー!」

「っ…うう!、団長…みんな…よかった、よかった」

続々と次のエイト・ソーサラーズが発表される、続投で演じる者 新たに演じる者、そして選ばれなかった者が壇上で悲喜交々の反応を見せる、だが誰も涙を見せない 涙を見せず目を赤くしながら手を叩いている

選ばれなかった彼女達であんなに悔しいんだ、…立つことさえ出来なかったナリアさんは…

『続いてプロキオン様役、タチアナ・バイエルン!』

「あ…ありがとう、ありがとう みんな」

そうして、ナリアさんが挑むはずだったプロキオン様役が発表される、色々あったとはいえ 彼は挑むことさえできなかった、そしてそこにタチアナさんが立った、別にタチアナさんは悪くない けれど…

どうしてもナリアさんを気にしてしまう

「……ナリアさん」

「平気…へい…ぎだから」

声を震わせ 目を潤ませながら、タチアナさんを祝うように手を叩くナリアさん、強いな…ナリアさんは、彼が泣いてないなら エリスも泣くのはやめよう

『以上をもちまして、次期エイト・ソーサラーズの発表を終わらせていただく、彼女達による新たなる魔女劇をどうか 楽しみにしていただきたい』

割れんばかりの喝采を受ける八人の役者達、彼女達はこれから魔女の名を借り受けその名を体現する為、全霊でその役に殉ずる八人は誇らしげに 大歓声を一身に浴びる

終わった、ナリアさんの夢は終わった、エリス達の挑戦は今終わったんだ

ナリアさんの夢 悲恋の嘆き姫エリスのエリス姫を演じるにはあそこに立っていないといけない、選ばれるにはあそこに立っていないといけない、つまり 彼の今回の挑戦はここまで…ということだ

『続いてメインイベント、1ヶ月後行われる悲恋の嘆き姫エリスにて 主演であるエリス姫を演じる女優を、新エイト・ソーサラーズの面々に選んで頂こう…、皆 既に誰を選ぶか決まっているな?』

そうギルバートさんが問えば、エフェリーネさん達をはじめとする八人は深く頷く

エリス姫はエイト・ソーサラーズが適任と思う人間を指差し決める、そして選ばれた人間が次のエリス姫だ、それは即ち この国最高の八人が選ぶ この国を代表する頂点という事

ここ最近はずっとエフェリーネさんだ、何せ彼女がこの国を代表する頂点たる存在だから、だから今回もエフェリーネさんだろう…

それをわかっていてもなお、見る ナリアさんは見る、次は自分があそこへと 涙を拭い、決して泣く事なく、ただちょっと 拳を強く握りしめて…

それを見てプロキオン様は申し訳なさそうに口を引き締める、シリウスに操られていたとはいえ ナリアさんが夢破れたのは自分のせいだ、弟子として迎える云々以前に、なんとか出来まいか なんとか責任を取れないかと思案する

だが、プロキオン様さえ今回は口を挟めない、これを決める権利は王族にもない 決めるのは、あそこに立つ八人 エイト・ソーサラーズなのだから

『では、適任と思う者を それぞれ一斉に指をさして、決めて頂こう!新たなるエリス姫を!』

「では…」

そうして、八人は揃って手を挙げ指をさす、新たなる頂点を彼女達の手で定める為に

ゆっくりと、そして真っ直ぐと 指をさす

それは、皆 同じ方向を向いていて…満場一致で……




「え?…」

八人の指は揃って同じ方向を向いている、どこをどう見ても同じ方向だ、それは壇上の誰でもない エフェリーネさんでもない

その指は、…観客席を向いていた

否、向いていたのは

「…え?え?」

皆 困惑する、会場にいる人間全員が困惑する、指を指された当人…サトゥルナリアさえも

「えぇっ!?え?え?」

ナリアさんは周りを見る しかし、周りの人間がナリアさんから離れても、エイト・ソーサラーズ達の指が指し示す先は変わらない、見れば 選ばれなかった候補達もまた 全員がナリアさんを指さしているではないか

『む、…これは どういうことか』

「ギルバート陛下、此度のエリス姫は彼が適任だと言っているんですよ、…サトゥルナリア・ルシエンテス!彼が我等八人と候補者全員が選ぶ 次期エリス姫です!」

高らかに エフェリーネさんの声が果てまで響く、サトゥルナリアこそ 次期エリス姫だと、…な なんで…なんでそんな

『しかし、これは棄権している、選ばれる資格はない』

「果たしてそうでしょうか、我々は全員目にしています、彼が何よりもエリス姫に敬意を払い、その夢が命よりも重いと 実際にエリス姫の尊厳を守る為戦いに赴いた事を、その時我等は皆揃って察し そして敗れたのです、彼のあまりにも強い覚悟と信念に」

ナリアさんはルナアールから候補者達全員と エリス姫の命を守った、それは計算ではない 例え自分が死んでもエリス姫の名は汚させないと、頭一杯の覚悟と信念で怪盗に挑みかかったのだ

それを何よりも間近で見ていたのは、他でもない エフェリーネさん達候補者達だったのだ、その様にエリス姫を見たのは他でもない彼女達だったのだ、故にこそ 誰がエリス姫に相応しいかと問われれば、一人しかいないと 指をさす

「ぼ…僕が…?」

「そうです、十五人目の候補者サトゥルナリア、貴方の舞台役者としての覚悟は確かに我等の心を揺さぶりました、貴方以上のエリス姫はいません、貴方が我等のエリス姫です」

「僕が…僕が…っ!!」

打ち震える、喜びと感涙で 溢れる涙を拳を握ったままグシグシと拭う、諦めかけた夢に光明が差した、誰よりも夢を追いかけたからこそ起きた奇跡

しかし

『待て待て、君達八人の言い分はわかる、だがエリス姫は伝統ある役柄、それを…審査も受けていない人間が引き受けるのを見てはいられない、国王としての立場で言うなら、この壇上にいる人間の中から選ぶことを望む』

国王ギルバートは水を差すように首を振る、確かに気持ちはわかると その意思を汲んだ上で言う、例外は作れないと

エリス姫の役はもう千年も前からこうやって決めてきた、そこに例外という前例を作る危険性は計り知れない、ましてや審査も受けていないのなら当然 サトゥルナリアをエリス姫とは認められないと

「ですが…」

『エフェリーネ、頼むよ 君とは長い付き合いだが、審査を受けてない人間がエリス姫に選ばれた前例があると、今後の聖夜祭に影を落としかねない、エリス姫の審査はこれからもずっと続くんだ…』

「……しかし…」

『覚悟と夢を想う気持ちだけで、目的は果たせない…彼は行動で示しただろうが、彼は役者だ…見せるべき努力は舞台の上にしかないのだ、さぁ 選び直してくれ』

選び直せと国王は迫る、国王とエフェリーネさんは長い付き合いだ 、だがだからといって特別扱いはできない、決まりは決まりだと言われればエフェリーネさん達を役者もなんとも言えない

だって、ナリアさんは舞台にさえ 上がっていないのだから

折角起きた奇跡、されど 奇跡が奇跡として成立するには…あまりにもハードルが高い

「……っ」

そんな中、一人が 冷や汗をかきながら、拳を握る、目の前の奇跡を見て 心動かされた人間がもう一人

それは動き出し、壇上の上で 国王に向かって吠える

「ま…待ってください!父上!」

『ヘレナ…?』

ヘレナさんだ、姫騎士ヘレナがワタワタと慌てながら、国王であり父であるギルバートの前に立つ

「父上、…サトゥルナリアの勇姿と覚悟は私も見ています、彼は確かにエリス姫のために命がけで頑張ったのです!」
 
『だが…』

「私がっ!、王族として不甲斐ないばかりに…彼の命を危険に晒したのです、私は 口ばかりで成すべきことも成せず、いつも恐れ逃げてばかり…、そこを守ってくれたのがサトゥルナリアなんです!、サトゥルナリアが舞台に出られなかったのは私のせいなんです!」

ヘレナさんは己の責任を問う、自分が不甲斐ないからルナアールを前に何も出来なかった、自分が嘘をついたから アルカナを引き寄せた

ナリアさんが舞台に立つことができなかったのは自分のせいだと、自分が次のエリス姫がルナアールの狙いだと伝えていれば何か違った 対策していればサトゥルナリアが舞台を捨てることはなかったと

…でも、うん そこはエリスも同罪だ、エリスもナリアさんの精神を慮るばかりに、彼に言い出せなかったし、でもヘレナさんはその責任を今 果たそうとしている

『聞けヘレナ、お前も分かるだろう…?、エリス姫はこの舞台に立ち選ばれた者だけが、その名を拝命出来るのだ』

「なら!、ならば!…今から クリストキント劇団に サトゥルナリアに劇を披露してもらいましょう!、そして そこで決めるんです、彼が 相応しいかどうかを、そこで不満が出るようなら この話は無し…それなら、いいでしょう!舞台に立ち選ばれるなら!それなら!ねぇ!父上!」

『うっ…』

お願いしますと涙ながらに父に掴みかかり 懇願する、せめて せめて自分のせいで奪われたチャンスをナリアにと、今から クリストキントが劇を披露して認められれば…か

『う…うむ、それなら…、だが そこで相応しく無ければ、サトゥルナリアは失格、それでいいな』

「ありがとうございます!ありがとうございます!父上!…、聞いたか!サトゥルナリア!」

舞台の外に向け、観客席のサトゥルナリアに向けて ヘレナさんは拳を突き上げる、聞いていたかと、当然 聞いていた、みんな

「後は君次第だ!、舞台はここにある!君の演じる舞台がここに!、だから見せるんだ!みんなに!、君を認めさせろ!」

「…はい!、ヘレナ様!」

立ち上がるナリアさんの目に涙はもう無い、あるのは勇ましき一人の役者の勇姿だけ、彼に追従するようにクリストキントのみんなも立ち上がる

舞台は目の前にある、演ずるべき場はそこにある、なら ならば、彼らのやることは一つだけだ

「やろう!、みんな!」

「おう!」

「やってやろうぜ!」

「私達の力を!努力を!見せてやりましょう!」

「行くぜ…みんな!、クリストキント!一世一代の大舞台だッッ!!!」

吠える 吼えたてる、クリストキントは今 この聖夜祭に、小さな そして 大きな奇跡を巻き起こす、弱小劇団から始まったクリストキントの旅は今終点を迎える

最後の そして最高の舞台を演じる為に全員で吠え拳を突き上げる、それを祝福するように会場から拍手が起こる

「エリスさん、見ててください、僕の舞台を」

「ええ、見てますよ、ここで」

ナリアさんとエリスの拳を突き合わせ、コツンとぶつける…、見てますよ 貴方の夢の辿り着く世界を、エリスはここで

……………………………………………………………………

舞台に光が灯る、聖夜祭最後の演劇 サトゥルナリア・ルシエンテスとクリストキント劇団の公演が今から始まる

棄権したはずのクリストキントが今更戻ってきて、改めて劇をやることに対して、何やら疑問に思う者はいれど 口を挟む人間はいない

まぁ彼らにもままならぬ理由があったのだろうの飲み込む、というより何より クリストキントがこれから披露する劇の名を先ほど聞いて 皆驚愕したのだ

タイトルを『ヴァルゴの踊り子』、もう二十年以上も前に公演されたきり一度として再演されなかったあの伝説の劇…

ハーメア・ディスパテルやマリアニール・トラゴーディア、ユミル・ルシエンテスとスカジ・ルシエンテス、他にも伝説と謳われるような名を残した役者たちばかりで奏でられた幻の劇が今宵復活するというのだ

何かの間違いか?、同じタイトルなだけか?、いや だとしても恐れ多くてそんな真似出来ないだろう

何より 今舞台に立つ彼…、サトゥルナリア・ルシエンテスと…そう 『ルシエンテス』だ、或いは…もしかして…と皆が固唾を呑む中 舞台は開かれる、サトゥルナリアの夢と未来を掛けた舞台が始まる


『愛か、夢か…それは人の永遠の命題、元来 天秤にかけるべきものではないそれをもし、選ばねば成らぬ時が来た時、貴方は如何なる決断を下すだろうか』

天の声が響く、まるで問いかけるような そんな声と共に舞台上に一人の踊り子が現れる、美しい舞装束に身を包んだサトゥルナリアが、一人 舞台の上で装束をたなびかせ舞い回るようにその美しさを見せつける

間違いない、これは『ヴァルゴの踊り子』、二十数年前 ハーメア・ディスパテルが演じた伝説のそれだと、舞台を見たことのある人間は口元を手で覆う

『やぁ、シェリア…今日も踊りの稽古をしてるのかい?』

『あ…ヘンドリック、そ その…うん』

踊り子の名 シェリアを呼び現れるのはシェリアの恋人ヘンドリック、を演じるのはヴェンデルだ

『ごめん、私…昔からこれしか出来ないから、これくらいしか 取り柄ないから』

踊りを踊るシェリアの姿を見て、恋人であるヘンドリックは顔を歪める、恋人の美しい舞を見て 顔を顰める…、そして否定するように首を振り

『そんな事ないよ、君は美しく優しい…踊りなんかなくても、やっていけるよ』

『そう…なのかな』

踊りなど踊らなくても とヘンドリックはシェリアの踊りを見て、それがなくても君はとても美しいと褒め称える、シェリア自身 それを満更でもないと言った様子で受け止めるが、やはりどこか儚げだ

『じゃあ、…うん 僕は荷造りを始めるから…君も』

『分かったわ、また後でね…』

そうして立ち去るヘンドリックの背に軽く手を振り、シェリアは憂鬱そうに首を折り、ため息を吐く

『嗚呼、私はどうしたら 良いのでしょうか、夢か 愛か…どちらを選べば』

天に問う、されど天は答えない、答えなど何処にもないから

夢か 愛か…どちらを選べばいいのか…、シェリアは今人生の分岐に立たされている


『ヴァルゴの踊り子』その大まかな内容はすでに伝わっている

シェリアとヘンドリックはとある小さな町に住まう人間だ、何の変哲も無い田舎の街、ギリギリ村じゃないだけの そんな辺鄙な町にはとある伝統がある

それは『ヴァルゴの踊り子』と呼ばれる存在がある事、一年に一度の豊穣祭にて皆の前で舞を踊る大役の名だ、このヴァルゴの踊り子を見に田舎の街でありながら国王さえも見に現れるほど伝統的で そして華やかなものとしてして深く知られるそれが この街にはある

そんなヴァルゴの踊り子になるのがシェリアの夢だ、けど…それには一つ 問題がある

『ヴァルゴの踊り子は純潔でなくてはならない』、古くから伝わる伝統だ、別に純潔でなければ踊りの質が落ちるわけじゃない、だがヴァルゴの踊り子を決める街の老人達と先代先先代の踊り子達が許さない

故に必然、純潔は保たなくてはいけない…、しかし 彼女には恋人がいる、しかも恋人であるヘンドリックは商人としてやっていく為に都会に行くと言うのだ

ヴァルゴの踊り子を演じるには ヘンドリックにはついていけない、でもヘンドリックの事も好きだ、彼の夢を応援するには都会についていかなくてはいけない

ヴァルゴの踊り子かヘンドリックか、夢か 愛か、シェリアは今 どちらかを選ばねばならない人生の分岐点に立たされている

その選択肢を巡って シェリアが四苦八苦 七転八倒しながらも、舞い続け道を選んでいくという劇だ、ただひたすらシェリアの美しさを前面に叩き出す作風とそれを演じ切る役者の腕前が合わさって初めて成り立つ劇

それを見るエリスは、決してナリアさんが不足だとは思わない、この伝説の劇に ナリアさんは…クリストキントは負けていない

『シェリアよ!ヴァルゴの踊り子になりたいのなら ヘンドリックとは別れなさい』

『長老達は黙っていてください!これは僕とシェリアの問題で……』

「………………」

ボーッとエリスは観客席でナリアさん達の劇を…ヴァルゴの踊り子を眺める、いい劇だ…骨身に染みるような劇だ、シェリアの苦悩が伝わってくるようだ

愛か夢か、エリスには無縁の悩みだが…これからそういうことに悩む事もあるのかな、なんて 思ったりしながらボーッと…

「ふむ、出来がいいな」

「だね、ボクのいない間にこんな劇が生まれていたとは、惜しいことをしたな」

なんて二人揃って会話する魔女様達に気がつかない程度には観客はナリアさん達の劇に引き込まれている、それもそうだ 伝説の劇という前評判抜きにしても素晴らしい出来だ、半年という短い間ではあったが 役者として生きたエリスにはそれが分かる

「……役者…か」

…一人思う、エリスが役者を演じる事になるとは、旅に出た時は思いもしなかった

旅に出たばかりの時は、ハーメアに捨てられたという思いが強すぎて 演劇も役者も嫌いだった、その意識は成長と共に薄れていったけど、でも最近まではやっぱり苦手だった

でも、今こうして 大人の入り口に立って分かる、自分より若い子供を見るようになって分かる、自分が如何に子供だったか…ハーメアがどれだけ苦しかったか

…だからこそ見る!こうしてかつてハーメアが演じた劇を眺めて そこの舞台に…かあさまの姿を見る

エリスが生まれる前は、あそこにかあさまがいたのか…かあさまは、シェリアの役を演じていたのか…

見て…みたかったな

「隣、いいですか?」

「ん?…あれ、原作者さまじゃ無いですか」

ふと、声をかけられ隣を見れば ヴァルゴの踊り子の原作者であるマリアニールさんが現れ ストンと隣に腰をかける

「マリアニールさん…、あの アグニスとイグニスは…」

「捕らえて厳重に捕縛しておきましたよ、同じくレーシュも…ただ」

「ただ?」

「いえ、危険人物と聞いていたのですが、全く抵抗しないのです…、なんでも もう暴れる意味がないとか、エリス?何かしたのですか?」

「んー、まぁ 何も…強いて言うなれば、彼女を覚えた程度です」

「……?」

どうやらレーシュはもう満足したらしい、なら 彼女はもう暴れることはあるまい、少なくともエリスが生きている間は、もう彼女は忘却に怯える必要はない

ならそれでよし、後の沙汰は国にお任せする

「それより、いい劇ですね これ」

「あはは、若い頃書いた劇なので 今改めて見ると恥ずかしい場面ばかりで」

「そうですか?、少なくとも そう感じてる観客はいないようですが」

「それはありがたい限りですね」

作家冥利に尽きると微笑み笑う、けど あんまり嬉しそうじゃないな、何処か影があるその笑みは舞台に向けられている

「…劇の出来、あんまり良くないですか?」

「いえ、素晴らしいですよ…あの時と同じ、舞台に立つ人間が全員、本気で演じている 力を尽くして演じている、彼らにはその実力がある…以前の劇には劣らないと私自ら断言できる」

「ならどうして…」

「ハーメアを、思い出していました」

かあさまをか…、うん エリスもですよ、エリスもナリアさんの姿に見たことのない筈の母の姿を見ている、母が舞台に立つところなど見たことないのに

なのに、ナリアさんがこちらに笑みを向ける都度 見たことのないはずの母の笑顔を見てしまう、こちらに向けて 母が笑いかけているような…、そんな気さえするんだ

「これは、私がハーメアの為だけに書き上げた劇です、ハーメアという人間のためだけにハーメアを想って書き上げた劇なんです、それを 封じていたのは…きっと、こうしてハーメアの幻影を見るのが、辛かったからでしょう」

「…辛いですか」

「辛いですよ、そりゃあ…だって…もう、会えないんですから…」

絶たれた命は戻らない、過ぎ去った時は戻らない、だから命は尊く 時は大切な物なんだ

もうハーメアの命は戻らない、ハーメアと過ごした時間は戻らない、取り戻せない どうやっても、エリスもマリアニールも ハーメアという人間に置いていかれたんだ、この世に

「でも、もう目を背けるのはやめたんです、貴方と言う存在に出会えたのだから」

「それは、エリスがハーメアの娘だからですか?」

「違いますよ、…まぁ それもちょっとありますが、違います」

そう言うなりマリアニールは涙を頬に伝せながら、熱く火照ったエリスの頬を撫でる、エリスの赤くなり潤んだ瞳を見つめながら微笑む

「貴方がハーメアの希望だからです」

「希望?…」

「はい、子供というのは生まれたその時から誰かにとっての…母にとっての希望なんです、例えどんな状況にあっても 貴方さえいればハーメアは希望を失うことはない…、ハーメアの命が失われてもハーメアの希望は失われない、エリスはハーメアと私にとってのスターなんです、舞台で輝く 希望の星、それが貴方です」

「エリスが…ハーメアの」

エリスがハーメアの希望 、ハーメアがこの世に残した希望、それがエリスだと 聞かされて、胸が動く 心が揺らぐ 記憶が…煌めく

これは幻視だろうか?、今エリスが見た都合のいい夢だろうか?

エリスは今、生まれて初めて 思い出すという経験をした…

エリスの記憶は自我を得たところからしか無い、成長する都度に強まる記憶能力、それは裏を返せば幼い頃の記憶は朧げだという事…

ましてや、生まれた直後のことなんて 覚えている筈がないのに…なのに

赤ん坊のわたしを抱き上げて、微笑むハーメアの…かあさまの姿が見える

…生まれてきてくれてありがとうと、絶対に貴方を守るからと 生涯唯一の笑顔を見せこの頬を撫でるかあさまの姿が、薄っすらと見えるのは、どうしてだ…

どうして、今なんだ…

「っ……!」

マリアニールさんから顔を背け両手で顔を覆う、もうハーメアは居ない エリスの母はもう居ない、それ強く自覚する都度 目から溢れる涙を止められない

どうして今なんだ、どうして マレウスにいる時 ソレイユ村にいる時、これを思い出せなかったんだ、何故ハーメアの墓の前でエリスは こうやって泣く事が出来なかったんだ

エリスは…わたしは…、ハーメアの娘なのに…!

『ごめんなさい、ヘンドリック…私はやっぱり夢を諦めきれません』

「っ…」

慌てて顔を上げれば、舞台の上にハーメアが居る ナリアさんが立っているべき場所にハーメアが見える、それが 夢を語る

『私は私の生き方をする、その先にはきっと後悔もあるし やめておけば良かったと悔やむこともあるかもしれない、だけど 私は夢と共に生きていたい、その末に命を落としても どうか、涙なんか流さないで?、これは私の生き方なんだから あなたに責任なんかないんだから』

それはハーメアがこの世に残したエリスへの言葉のように聞こえた、全然 そんなことはないんだけど、あれは劇で 偽りの出来事なのに、ハーメアの同一視を止められない…

責任なんか、感じないで 涙なんか 流さないで…か

その言葉を受け エリスは…ヘンドリックは

『…分かったよ、悲しいけれど、僕も僕の生き方をする、道を違えもしかしたらもう会えないかもしれないけれど、それでも僕は生きて行く 自分の生き方を、例えどれだけ離れても…、君を想うことだけは許してほしい』

生きている 今エリスは生きている、ハーメアと別れたあの地から遠く離れたハーメアの故郷で今生きている、様々な因果が重なった結果 エリスは今ここでハーメアを想っている

この世とあの世、別たれた壁は分厚く もう出会えることはないけれど、きっと この想いと気持ちはそれさえも穿ち届くと信じているから、だから 人は涙を流すのだ

……そうして、シェリアとヘンドリックは道を違える、もう二度と会わぬ別れをする、その時は別に悲しくはないだろう、でもきっと時間が経てば悲しくなる 出来事が思い出になる頃に、人は漸く事の悲しさに気がつくんだ

エリスのように

「…今のセリフ、あれは やはり今思えば変えたいですね」

そう呟くのはマリアニールさんだ、彼女もまた舞台にハーメアを見てボロボロと耐えられぬとばかりに涙を流す

「あれは、私からハーメアに送る言葉でもありました…、私は私の生き方をするからハーメアも自分の生き方をしてと、白白しくもセリフにして言ったんです…けど…!」

項垂れる、涙が地面に落ち その膝を拳で殴りつける

「もっと、ヘンドリックに縋り付かせればよかった、惨たらしく 未練たらしく、置いていかないで 捨てないで、一緒にいて 夢なんてどうでもいい、一生側に居てと…形振り構わず言わせれば良かった、言えば良かったのに…!」

この劇の後 ハーメアは旅立った、この国をこの世を…そして別れは永遠の物となった、それが分かっていたならば こんな内容になんかしなかったと、嗚咽交じりに吐露するその姿は かつてのエリスと、いや今のエリスと同じだ

なんであの時と 記憶ばかりが心を突き刺す、どれだけ鮮明に思い出せても過去は変わらない、絶対に変えられない、だからこそ 思い出とは残酷だ

けれど…

「マリアニールさん、違いますよ」

「…え?」

違うんだ、違うんだよ マリアニール…、見てくれ 舞台を、もうクライマックスだよ

愛を捨てる選択をし、夢を選ぶ決断をしたハーメアは…シェリアは誰よりも輝いている、何よりも美しく、ただ一人で舞台の上で舞っている、いつまでも

ヴァルゴの踊り子として、永遠に ここで舞っているんだ…、エリス達を 待っていたんだ ここで、また見つけてくれるのを

「ハーメアは彼処で生きる決断をしたんです、彼処で死ぬ決意をしたんです、その結果は酷いものになったかもしれない、でもその時得られた輝きは今もこうして残ってるんです、彼女の輝きは消えていない、希望は彼処にも残ってるんですよ」

「…彼処、舞台…ですか」

「はい、それがハーメアの生き方です、エリス達の生き方とは違う、だからエリス達はエリス達の生き方をするんです、生きて行くんです 例えハーメアに置いていかれ 置いていったとしても、それが 別れの輝きなんです」

「……っ…、ハーメア…う…くぅっ…ぅうぅ…」

そうだ、エリスとハーメアは違う、彼女の生き方はあの生き方だ、例えどのような目にあっても 外に出る決意を止められなかった、胸に秘めた夢を捨てられなかった

それを捨てて生きたら、きっとハーメアはハーメアじゃなくなるから

だから、それを尊重し、エリス達もまた 生きて行く、例え辛くても それが輝きとなるのだから、誰かを照らす希望の星になるのだから

「……ナリアさん、ありがとう とてもいい劇でしたよ」

目を閉じ 開けば、そこには劇を終え お辞儀をするナリアさんの姿が見える、記憶を思い起こさせ 失った物さえ幻視させる、素晴らしい演技だ 素晴らしい劇だ、本当に…良いものを見せてもらった


「これで、劇は終わりだ…」

そう舞台に現れるのはヘレナさんだ、コツコツと音を鳴らし、静まり返った劇場を睨みつける

「誰か!異論のある者は!」

そして叫ぶ、異論はあるかと それはナリアさんが夢を叶える事に、彼がエリス姫になる事に、異議を申し立てる者はいるかと問う、父に重鎮に観客に 全てに

その問いに答えは返ってこない、言葉はない…代わりに、一つ返ってくる

「っっ……!!」

会場が割れるほどの喝采、素晴らしかったと拍手喝采、誰もが手を叩く 祝福する

ギルバートも、重鎮も、エフェリーネも、他の候補者も、魔女も エリスもマリアニールも、皆が皆 拍手する、文句なんか湧きっこない、完璧だった!完璧な 舞台だった!

「良かったぞー!」

「最高の劇だったわー!」

「誰も文句なんか言わないさ!誰にも文句は言わせないさ!」

「おめでとー!」


喝采に混じり飛んでくる歓声を浴びるナリアさんの目には一体何が映っているだろうか、まぁ あの涙でくしゃくしゃになった顔を見るに、想像に難くはないか

「では!、これより!次期エリス姫を決定する!、次のエリス姫は!!!」

ヘレナさんは叫ぶ、拡声魔術器無しで 喉が張り裂け全員に届くように、叫び ナリアさんに手をかざし

「彼 サトゥルナリア・ルシエンテスが!こそが!、次のエリス姫だっっっ!!!!」

「っ…!!、僕が…!」

思い続け 焦がれ続け、努力し続け 求め続け 足掻き続けた彼の人生は今、一つの答えを得た

叶った、いや 叶えたんだ、何も言うことはないほどに 文句を言わせる余地もないほどに、彼は今…皆が認める存在になれた

立ち上がり、エリスもまた 叫ぶ

「ナリアさぁぁーーーーん!!、おめでとうございまぁぁーす!、貴方こそが! エリス姫でーーすっ!」

「エリスさん…エリスさん!!」

飛び降りる、舞台から飛び降り涙を宙へ投げ出しながら彼は走る、一直線にエリスのところへ、観客もまた道を開け 彼は真っ直ぐエリスの元まで走り 飛び跳ね…

「僕 僕やったよ!やったよエリスさん!、僕なれたんだ!エリス姫に!ぐすっ なれたんだ!」

「ええ、おめでとうございます、ナリアさん」

抱きつき泣き出す、今まで堪えていた涙が溢れ出す、辛い時も苦しい時も 外に出さずに堪え続けた涙が、夢を見たその時から ずっと流さず取っておいた涙が今、漸く外へ出てくる 今は嬉し涙として

夢を叶えた少年の涙に、観客席に集まった住人達が、エトワールの国民達が 拍手を送る、今度は劇の内容にではなく、彼の今までの道行きに 賛辞を送る、よく頑張ったねと 褒め称える

「やった…やった!!」

「はい、よく頑張りました…貴方こそが エリス姫です」

「ぅぅぅう!!やったぁぁぁぁあぁ!!!!」

両手を掲げ喜ぶ彼の体を抱き上げ 二人で喜ぶ みんなで讃える

今、少年が歩み続けた 見続けた 夢と言う名の劇は幕を閉じた、万雷の喝采とともに祝福されて

奇跡の聖夜祭は、こうして終わった

サトゥルナリア・ルシエンテスという 新たなエリス姫の誕生を以ってして

そして今から始まるんだ、サトゥルナリアの ナリアさんの新たなる物語、それが 幕を開ける 開けて行く………
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